~光紡ぐ八ツ鏡~   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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うえぺけれ!(中編)

 

二人が山へ行き、ごく当然のように帰ってきたのは翌朝、村人への土産に山菜を山積みにしたカゴを馬に乗せ、何食わぬ顔で戻ってきた。昼に村国娘は朝廷の行政官のいる城へ戻り、ノロを治める神官と行政官を連れて戻ってきた。ラルマニを伴い、すぐに倒した荒魂のいる山の中へ向かった。

「村国娘よ。今度のは新たな荒魂を生み出しかねない量のノロらしいな」

「はい、神祇官どの。我々二人で一晩かかる巨大かつ強力だったゆえ、そのノロの思念は侮り難いかと」

 髭を厳つく揃えた若い役人は、ラルマニを何度も奇異の目で見る。ラルマニはそれに慣れているのか、彼の目線を無視し続けた。

「それは、重大だな。村国娘よ、その蝦夷の巫女をもそっと盾に使え。なぜに早馬で荒魂に向かったか」

「神祇官殿。私はあくまでラルマニひとりの手柄には惜しいと思ったまでです」

「名誉を得てもお前は一生この土地の人間だ。諦めろ。それにあの村をすり潰したら、新しい村を作ればよい。その時はお前の一族に与えよう」

「格別のご高配痛み入ります」

 狙い済ましたような話題の広げ方に、ラルマニは涼しい顔で役人の顔を見つめた。神祇官は薄ら笑いを浮かべて目を合わせ、ラルマニは目線を外した。

 しばらく森を抜け、馬を降りて勾配を登るとそこにはバラバラになってはいても、巨大な狼の形をしていただろう荒魂の死骸が転がっていた。

蔵人(くらんど)!頭のノロを回収しろ!あとの分は蝦夷の民にやらせる」

 屈強な体格をした長い髪の男は、目元が隠れていたがなに不自由なく作業にあたった。頭部からノロを木の柄杓で掻き出し、容器に入れると荒魂の亡骸に向かって祈りの言葉を捧げた。

 村国娘とラルマニも頭を下げ、祈りに集中したが、神祇官は周りを見渡して荒魂の巨体におどおどとしていた。

「終わりました。ここまで斬り祓われれば、荒魂は」

「蔵人よ、お主は私が荒魂を恐れたというのか!」

「失礼いたしました。仲未人(なかいたらず)さま」

 確かに神祇官・仲未人の挙動は恐怖や不安のそれではなかった。しかし、ラルマニはそんな尊厳も威厳もない彼の姿が、面白おかしかった。

 村国娘とラルマニ、そして蔵人は山道を下り始めた。

「仲未人さまは?」

「なんか馬の扱いに手間取っておったぞ」

「お前の上司だろうに村国娘や、怖い奴!」

「おふたがた」

 物静かな男の低い声は、自分たちを立ち止まらせようとの呼び止めと思い、しぶしぶ振り返った。彼は自分たちに目もくれず、後方に鼻を高くして馬に乗る仲未人の姿があった。

「余計なことをしていなければよいのですが」

「余計って、あの御仁がそんなタマかね」

「でも探ってみる必要はありそうじゃ」

 

村国娘は二人の役人を先に行かせ、あとをラルマニに託すべく言葉を交わした。

「すまんの、お主らにはこうも負担が」

 ラルマニは上機嫌に首を横に振った。

「他の村のように、見知らぬ土地へ連れて行かれよりも生まれ育った土地で生まれ、死ぬ方が幸せだ。それが私たちの選んだ道、荒魂はその口実をくれた神様。丁重に埋葬し、しかと祀るゆえ心配するな」

「わかった。ではワシは帰るでの、また近いうちに来る」

「ああ、あとこれを持っていけ」

 ラルマニから投げられたものを手にすると、それは複雑な縄文様で作られた漆のペンダントであった。

「我が一族に代々伝わる技法で作った禍探りの飾りだ。ほんの少しのノロを中央に垂らすと、ノロが荒魂のいる方向を指し示してくれる。ノロが長く伸びるほど遠く、短いほど荒魂が近いことを指す。受け取ってくれ」

 村国娘は何も言わず首にかけ、飾りを胸にしまった。

「大切にするぞ。またな」

「さようなら!また会おう!」

 ラルマニが遠くになるまで村国娘へ手を振った。金色の野原が傾く日を照り返し、風が稲をそっとなぜる。馬はここちよい風に自然と足を早めた。

「急がずとよい、マキメや」

 陽は落ち、城内にある刀使の庁舎に戻ってくると、すでに木簡の作成にあたっていた蔵人と目が合った。

「すまぬ、ちと長話になっての」

「構いません。あなたとラルマニどのの仲でありますから」

 蔵人の目の前に、村国娘の手製の麻袋が置かれた。

「夕食まだじゃろ?そのラルマニからじゃ」

「おお!噂のクルミ菓子ですね。ありがたく頂戴します」

 二人して菓子をつまんでいると、そこへ物々しい行政官が現れ、すぐに将の元へ来るように言った。将とはこの城の軍の大将であり、この土地を与えられた代官とも言える人物である。協力した田ノムラ以外の豪族精力を排除している今、この蝦夷の土地の支配者その人である。

「この時間からとは、よほどの大事かの、すまんが」

「ええ、文書の作成は滞りなく」

「ありがとう」

 丘陵の上に築かれた四方を望む櫓、装甲を纏う兵士と巨門、そして城の核である代官の居館が建っている。儀礼通りに目通りの部屋へ通されると、そこには既に仲未人の姿があった。

「このような時間のご足労感謝に耐えぬ」

 仲未人と村国娘が頭を下げると、その声の主は、短い髭とまん丸と大きな目を見せる戦場慣れした顔で、自身の座についた。

「松木様、していかがなさいましたか」

「うむ、村国娘よ。蝦夷の残党が近々東寄りこの城へ登ってくるという噂がある」

「はい、私も聞き及んでおります」

「その蝦夷たち、ノロを己が身に取り込み、非常に強力な呪術で国境の関所を次々と破壊しておると聞く」

「なんと!蝦夷がそのような禁忌を!」

 そう相槌を打って見せたが、そのような話は初耳であり、その残党を全滅させた松木将軍の噂が圧倒的に優勢であった。それは庁舎ではまだ発表されていなかったが、アルマニが東からの敗残兵から聞き及んでいたことだった。

「そこでだ。唐の国よりもたらされたノロを用いる秘術、我が軍でも使うこととした」

 その発言は、寝耳に水であった。

「ご存知のとおり、ノロは私めの許可なしにはお出しできません。兵を禍神にされるおつもりですか?」

 表情を変えず頷いた松木の不気味さに、村国娘に悪寒が走った。

「そうだな。しかし、神祇官が朝廷よりの許可でノロを扱う分には問題なかろうて」

「そのノロ!どこで!」

 松木は言葉に窮したのか、仲未人に話を逸らした。

「朝廷の命によりノロを扱うは悪用を避けんがため、そのために私がノロを保管することを禁止されるのは道理ではない。必要の限りはそうするべきだろうて」

「ほう!じゃが御神の刀の巫女たる私めが、神祇官の荒魂に対する危機管理能力の欠如を断ずることも可能たるをお忘れか?それは先の悪用で荒魂が都に溢れた一件があったからであるぞ!」

「そうでございます!私もそれは重大なことと判断し、村国娘一人にその責を負わせるわ心苦しい。この私の良心を、此の土地で朝廷の代理人をなさる松木将軍が悪となされば、その言葉に従い、朝廷よりの命を守る忠臣として私は身を捧げましょう」

 村国娘は唖然とした。反論する自信がないために、上辺に話を盛って話の筋を遠ざけられていく。そして、将軍は深く仲未人の話にうなずき続けた。村国娘は、自身が事後承諾のために引きづり出されたと気づいた。

(何もかも手遅れだったか)

「どうかな、彼の良心故のノロ利用計画。どうか賛同してくれぬか」

 内心煮えたぎるような思いを必死に押し込め。

「管轄外ゆえ、私には知らぬことでございます」

 彼女が庁舎に居続けるためには、彼の蝦夷討伐を見て見ぬふりをしなければならない。それはラルマニを守るためにも重要なことだった。

「うむ、お主の立場ゆえ仕方があるまい。それでも理解してくれたことに感謝したい」

 それから食事と酒が供されたが、まったく話が入ってこなかった。おそらく下品な話題だったのだろうが、上機嫌な二人の首謀者の声を聞くのが嫌だった。彼女が解放されたのはそれから三時間後だった。

 泥酔でフラフラとしていた彼女を、門前で待っていた蔵人が支えた。庁舎に着く前に彼女は蔵人の胸に抱きついて一歩も歩かなかった。

「村国娘」

「やめい。その呼び名を今夜はもう聞きとうない」

「ならヒメや、歩いてくだされ。あともうすぐです」

「だっこ」

「まったく、仕方がありませんね」

 彼女を背中で抱えると、先程の倍のペースで歩き進められた。はじめからこうするのが正解だったと、蔵人は後悔した。

「いいじゃろ、お主は我が許嫁であろう?」

「そうでありますが、ちと重い」

「言うておけ、そのうちよいこともしてやろうぞ」

「酔うとこれだ。言ったことに後悔はせんでください」

 心地よさげに彼の背中で眠りについた。

 

 翌朝、自身の部屋で目覚めると寝ぼけ眼の村国娘の元に、蔵人が駆け込んできた。息を切らす彼へどうしたのかと問いた。

「松木将軍が田ノムラを直轄にすべく、兵を動かすという噂が立っておる」

「あの大馬鹿どもめ、すぐに館へ登る」

「もうその噂を聞いてラルマニが城に向かっている!」

「昨日今日だぞ!」

「先行していた部隊が収穫物の一部を略奪したそうだ。事情を知らない役人たちは右往左往している」

 立ち尽くす彼女に向かって、その名を呼んだ。

「今はラルマニをここに来させるな!将軍たちのいい都合で利用される!ヒメが話してくれていた最悪の事態になる前に、君が動くべきだ!」

「わかっておる、ああ、わかっておる」

 発破をかけられた彼女は急ぎ着替え、腰に御刀を帯び、厩戸から馬を引き出した。

「マキメや!飛ばすぞ!」

 主人の意を汲んだ彼は勢いよく駆け出し、村へ行く道を駆けていく。田ノムラから二つ前の村に兵の姿を見つけ、話が事実であると確信した。

 そして、道の先に馬に乗るラルマニの姿が見え、木陰に立ち止まって大きく手を振った。ラルマニの乗った馬は速度を落とし、ゆっくりと村国娘へ近づくが、その手には抜き身の蕨手刀があった。

「村国娘よ、これは如何なる義か」

「簡単なことじゃ、お主一人で暴れたとて、いずれすり潰されるがオチじゃ」

「はっ、やってみないことにはわからんだろ!」

 自身の無謀さを自嘲しながら、村国娘の落ち着きを払った表情におとなしくさせられるのを嫌った。

「村の大事な収穫を此のような形で踏み躙られ、次は全てと言ってきた!ルールに従ってきた臣民にするこれが朝廷の礼儀か!私は許せん!斬らねば収まらんはこの怒りと悲しみは!」

「そうだな。では二人で行こう」

「お前は朝廷側だろうに」

「朝廷だが、ここの支配は松木将軍一人のもの、そして彼が間違いでも刀使を殺してみろ。失脚どころでは済まなかろう。もとより、奴らは気に食わなんだ。いっそ息の根を止めるのもよかろう!」

「いいのか!」

「おう!行こう!」

 村国娘はマキメを勢いよく走らせた。彼女は感情が乗る限り、城中央の館までラルマニを突破させるつもりだった。ラルマニも着いてくるが、やがて馬足が遅くなり、完全に止まってしまった。怪訝な顔でラルマニの元に戻った。先ほどと打って変わってしおらしくするラルマニに、村国娘はため息をついた。

「馬鹿者。ワシはお前となら本気で飛び込むぞ、なのに、どうしたのじゃ」

「すまない。村は私が説明するから、お前は松木将軍を言いくるめてくれんか?」

「ラルマニ、くやしゅうはないのか?ヤツらはワシら巫女の顔に泥を塗ったのだぞ?神と帝より授けられたこのお役目は、わが使命として貫かねば」

「お前は私を説得に来たのではないのか!」

 村国娘は瞳を瞬かせ、そういえばと思い出したようにラルマニの言葉に驚いた。

「二日前に飛んで村に来てくれた時も、城内の目も気にせず飛び出したから、説明に苦労したと蔵人が言っていたぞ」

「ラルマニ、お主に言われとうない」

「それはすまん。まちがいなく、これ限りだ。だから、二度とこの手を選ばせるな」

 残念そうな村国娘に、ラルマニは呆れたように笑った。

「わかった。早合点も考えものだな。全力を尽くそう」

「頼んだよ。ヒメ!」

 

 

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