~光紡ぐ八ツ鏡~   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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うえぺけれ!(後編)

 村国娘が戻ってくると、何かを待っていた仲未人は、残念そうに馬上の彼女を見上げた。

「わるいのう神祇官どの、ラルマニは来ない」

「ああ、これで済むと思うなよ」

 一段落した彼女は一筆をしたため、その日の急ぎ馬で駅令の便に手紙を預けた。彼女は松木の行動を黙認せざるおえない立場、それゆえに中央の派遣者の立場を利用する以外に手はない。そう考えを巡らし、また夜が来た。

蔵人が食事を持ってきて、炉を囲んで夕食をとることにした。雑穀飯と野菜の付け合わせだが、白米の味に舌鼓をうった。

「ラルマニさんは」

「次はないそうじゃ、当然のことか」

「ラルマニさん、だっていつまでも村人を抑えられるとは限らない。収穫物が十分に取れなければ冬越えの食を蓄えることも、税を払うこともできない。ヒメはどうやってラルマニさんを説得したのです?」

「ワシも同じことをしようかと」

「はぁ!?」

 村国娘は嘘を言っていなかった。真剣な表情に浮かぶ作り笑いが、彼のため息を誘った。

「それは、ラルマニさんも落ち着くな」

「お主がラルマニの立場でも同様にしたか」

「愚問です」

「うん、いつも迷惑をかける」

 その夜、村国娘は蔵人の腕に抱かれて眠りについた。

 

 朝になると蔵人の姿はなく、優しくかけられた布団に蔵人の匂いを嗅ぎとった。巫女の業務をこなしつつ午前を過ごす中、蔵人が朝食を持って彼女の元を訪れた。

 彼は忙しいで仕事に戻ったが、大事がなければ、穏やかである。あとは手紙の返事とそれまで将軍の行動を静止するのみ。

 ふと、ペンダントの能力が気になり、自室の祠に収めていたノロをわずかばかり飾りへと垂らした。一滴、二滴と雫になると、にわかに揺れだしそしてゆっくりと壁の方へ短く伸びた。

「近い?しかし、この城には」

 村国娘は大刀を手にすると、壁が打ち砕かれ、噴煙の中から目を赤くした二人の兵士が飛び込み、斬り付けてきた。ノロはペンダントから零れ落ちた。

「何用か!我を巫女と知ってか!」

 しかし、二人は答えず切先を何度も突き立てた。

「蔵人と違ってワシは容赦が!」

 大刀を抜いた途端、何度も重たい斬り付けが走り、抜け駆け様に金剛身を発動させると、前にいた兵士の鎧ごと上半身が穴の向こうに飛んでいった。血振すると、血が一直線に線を描いた。

「お前らごときが、ワシに敵うと?」

 残りの一人が逃げ出すのを見て、間髪入れず片足を切り落とし、右腕を断ってその手の刀を遠く投げ飛ばした。

「言え、誰の命令だ」

「くく、俺は将軍の命で貴様を殺しにきただけ、そして」

 男はそれを言うべきか迷っていたが、彼女が左手も持っていくと、死を悟った。

「殺してくれるなら言おう」

「ああ、もとより」

「俺は陽動だ。僅かな時間も持たなかったが、お前が将軍の行動を気づかなければ」

「陽動?どこへ!」

「田ノムラへの行動も陽動、目的は西の蝦夷残党の潜伏地と思われるニッタムラを制圧すること」

 彼女は男に切先を突き立て、その命を奪った。男の体からは血ではなく、琥珀色のノロが溢れた。

「禍人の兵、ニッタムラが危ない!」

 馬に急ぎ乗った彼女は、背中を追う蔵人の言葉も聞かず走り出してしまった。

「待っておれ将軍ども、今度こそ!」

 馬を走らせて二時間。疲弊したマキメは村国娘の声を無視して足を休めたため、降りて道を駆け出した。村に入ると、収穫が進み、穏やかな村の風景が広がっていた。

「おや、巫女様ではございませんか。遠路はるばるご苦労様です」

「兵隊を見なかったか?」

「兵隊?いいえ、我が村の防人ならいつもどおり今朝、関所の方へ働きに出ました」

 村国娘はめまぐるしく動く状況を振り返り、殺した男の顔を思い出した。

「あの兵士、松木将軍の側近衆!はめられたのか、ワシは!」

 

 田ノムラへ続く道は、城から出た二百人の兵士と将軍、そして仲未人らによって埋め尽くされていた。

「うまく騙せましたかな?」

 仲未人の問いかけに、松木将軍は万円の笑みを浮かべた。

「刺客には子息の出世を約束した。ぬかりはない。それにあの甘い巫女なら、こういう血に訴えれば狼狽し、判断を誤るだろう。すべてはお前の情報からだぞ、藤原仲未人」

 仲未人は不気味な笑みを浮かべ、金切声のような笑い声を立てた。

「いえいえ、これで将軍閣下の直轄地は山の麓まで広がります。そうなれば、中央からの長官も認めざるおえない。よくぞ、ここまでの作戦を練られました」

「心配事があるのは蝦夷の巫女だが。これだけの人数ならたとえ刀使といえど、奇跡は無意味な力であろう。万事、なるようになる」

 先頭の兵が村に入り、収穫をしていた村人が不思議そうに兵たちの顔を見た。子供が一人兵隊へ近づき、笑いかけると兵は声を荒らげた。

「お前、いま笑ったな?」

 スパッと落とされた刃が、田畑に赤く斑点を飛び散らせた。悲鳴が響くと、兵士は村入り口の田畑にいる人々を性別・年齢構わず斬り始めた。

「おっと稲には血をつけるな。汚れる」

 騒がしいと蕨手刀を腰に佩いて田畑の道をかけるラルマニは、三百メートル離れた場所に黒い一軍と、赤く染まる人々の姿が見えた。

「何をしている」

 駆け出すと、黒い鎧姿の兵士がラルマニが見ていることを見計らって、女性の胸を突き刺した。力なく倒れた女性をラルマニはよく知っていた。

「イネに何をした」

 二日前に巫女であるラルマニに妊娠の報告と、無事の出産を祈ってくれるよう頼んできたのを覚えていた。

「この女の名か、今な、殺したんだよ。蝦夷の反乱者を」

 ラルマニは心の何かが外れた気がした。

 バンッと弾くような、叩くような音がした時。兵士の鎧が斜めに切り裂かれ、そこから血が溢れ飛んだ。そして、言わずにはいられなかった。言いたくはなかった、あの言葉を大声で言い放った。

「お前たちを殺す!」

 

 馬を借りて城に戻ってくる道で、追ってきた蔵人と鉢合わせした。

「はめられた」

「ああ、最悪の事態になった」

「田ノムラは、ラルマニは」

「村人が七人殺された。村に住まう一家全員だった。だが、村とほとんどの人は無事だった」

「蔵人!」

「ラルマニは、城から来ていた百八十あまりの兵士と松木将軍を殺した」

 村国娘が恐れていた事態が起きた。困惑し、目は泳ぎ、不可思議な挙動を繰り返した。

「ヒメ!長官殿が城に来ている!これからを話し合おう!」

「う、うん」

 蔵人の背中を追いながら、真っ白になった頭に繰り返しラルマニとの約束の言葉が流れた。約束を守れず、あっさりと騙され、友人にもっともやってはいけない殺人を許してしまった。

『頼んだぞ!ヒメ!』

 城へ戻ってきた二人の前に、供を連れて長官が姿を現した。東の政治を司る府庁の長官であり、村国娘を松木の元へ派遣した張本人である。高位の官服に、落ち着きのある白髪の長官は彼女の元へ歩み寄った。

「一歩遅かったか」

 彼女が何かを言おうとして、それをやめてしまう。長官はため息をついた。

「この城は一時的に預かった。君や田ノムラなどの在地民を兵が襲うことはない。だが、ラルマニ殿は」

「はい、間違いなくここへ」

「それで一つ提案をしたい。君にラルマニを討ってもらいたい」

 彼女の悲壮な表情が、その次の言葉を予感しているようであった。

「ラルマニがこのまま城を襲い、軍が撤退でもなれば、府庁から討伐軍を出さざるおえなくなる。そうなれば、ここ一体は灰塵と帰す、生き残ったとて見知らぬ土地へ飛ばされる」

 もはや選択肢はない。ラルマニの暴走を止め、混乱にケジメをつける。そして、彼女に責任を擦りつけ住民を守る。

「それからは」

「君が田ノムラの巫女となり、荒魂への対処するのだ。皐月村国女よ。それがお主の役目だ」

彼女の知る上司では長官が最も話がわかる人物であり、血を好まない人物。それゆえに、間断ない冷徹な判断を下せる人物でもあった。今出された提案以外に、ラルマニの愛した故郷を守る方法はなかった。

「ありがとうございます。ご提案を受けたく存じます」

「ここの館を使え、いくら壊しても構わない」

 長官の前を辞した村国娘の顔は冷め切っていた。その彼女を追う蔵人は問いかけられる。

「お主はこうなると分かっていたのか」

「バカ、ならなんでお前を呼びに行った!俺はアホか?」

「すまん」

「それは」

 アルマニに言え。言えずとも、彼女は分かっていた。だからこそ蔵人は、彼女の心のうちを察するに余りあるものがあった。長官は松木将軍の藤原摂関家との過度の癒着を警戒して、彼を府庁に呼び出すためにわざわざきていた。それは、村国娘からの報告で軍を勝手に動かしたことへの警戒も含んでいた。

 

まもなく、ラルマニが城門前に現れた。

 

美しかった巫女服は真っ赤に染まり、しかし蕨手刀には血の一滴もついていなかった。ラルマニの御刀は、蝦夷たちの最後の珠鋼で作った最後の蕨手刀であった。

 ラルマニは兵士のいないまっすぐの道を進み続け、やがて周濠と柵に囲まれた小高い城のような館へと辿り着いた。開かれた門には村国娘が立っていた。

「村国娘よ、もはや何も語るまい」

 ラルマニの怒声に、彼女はいたって平静であった。

「ああ、我の出世を約束した将軍殿をこのような手打ちにするとは、つくづく蝦夷の者は、愚かで無粋よの、ワシの手で手打ちにし、恥を注がねば」

「キサマァ!私はお前を友と信じたのに、これが仕打ちか!絶対に許さん」

(よい、それで)

 写シを張り、飛び込んできた斬撃は村国娘の背にしていた門の柱が真っ二つになり、門の構造物は壕へ前のめりに崩れ落ちた。二人は館内に入り、扉という扉を破りながら、互いの先に廻ろうと駆ける。粉塵の中に写シの白い光が見えると、引いて構えが分かってから斬撃を加える。

 まだ剣術が定まっていない時代、村国娘は薙ぐ、叩きつける斬り付けを主とした馬上剣法、ラルマニは、懐に飛び込み刺突と縦横無尽な斬撃を加える、超接近戦を主とした白兵戦剣法を用いていた。この二人が巨大な荒魂を相手にする時、適材適所で抜群の連携を発揮した。

 だが、この館で繰り広げられるのは、互いの手をよく知っているが、互いに苦手とする戦法との戦いであった。

 村国娘はラルマニとの正面対決を避け、ひたすら館の柱を叩き斬り、そして最後の一本を切り落とし、ラルマニが力任せの斬撃を加えてくると、その衝撃で建物は上半分がズレるように崩れ落ち、ラルマニは急いで外へと出た。粉塵が舞い、視界が奪われた瞬間、鈍い衝撃が右脇腹をかすめた。彼女が気づいた時には、上段から叩き下ろす一撃によって写シを失い、倒れ込んだ。

 村国娘は隙もなくラルマニの右手を突き裂き、蕨手刀を奪った。

粉塵が収まると、互いの顔が見えた。ラルマニの目から怒りが消えていない。村国娘は、もっと他に彼女と和解する道があったのではないのか、そして、ようやくその思考に至った自身の軍人としての心を恨んだ。

「私は死んでもお前を呪う!お前の子孫が全て死に絶えるその日まで!呪いが貴様らを縛り続ける!殺せ!裏切り者!」

 直刀の切先が喉に差し込み、しばし溢れる血に悶えながら、ラルマニはやがて動かなくなった。

 顔を見まいと伏せていた顔を起こした彼女は、ラルマニの青く苦しみを浮かべる死顔に震え、涙し、剣を投げ捨てラルマニの体を抱きしめた。

「すまん!すまないラルマニよ!ワシが至らぬばかりに、もっともっと考えて動けば、こんなことにはならなんだ!ああ!お前の無念を全て受け止め、お前の故郷を守り通して見せる!それがわし自身への呪いじゃ」

 届かない許しを乞う言葉を何度も言い。村国娘は落ち着くと、二振りの剣を鞘に戻し、ラルマニを抱えて門の方へ向かった。

迎えにきた蔵人はひどくやつれた彼女と、青くなったラルマニを見て、おもわず俯いてしまった。

 

皐月村国刀使女は田ノムラの巫女となり、蔵人が婚姻によって皐月家当主に就き、府庁から正式に田ノムラの代官として任じられた。

村国娘は殺された村人、そしてラルマニを丁重に葬り、その態度を見た村人は彼女に同情の眼差しを向けた。彼女は刀使の役目を果たしつつ、五人の子を産んだが三人が半年もしないうちになくなり、一人はラルマニの幻を見て発狂し出奔、残った三男が皐月家を継いだ。

彼女が亡くなるまで、とうとう代わりの刀使がくることはなかった。それは、村国娘が代わりを拒否し続けた故であった。そして、彼女の手には必ず荒魂を見つけ出すペンダントがあり、村は彼女の亡くなるその日まで平穏であったという。村人は彼女の献身に長く感謝し続けた。

 

 子孫は絶対に刀使になれない呪いによって、以降は刀使ではなく男性の神官の一族として土地に根付いて行った。

 

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