~光紡ぐ八ツ鏡~   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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あだーじょ!

薄暗い霧の中を歩みながら、やがてそこが森の中であることの気がついた。木は高く、緑は澄んだ色に輝き、枝の向こうの空は昼とも夜とも判断がつかない。

 そして、歩んだ先にはあの石を積み上げた墓があった。

「ここは隠世と現世の間。古より、墓は隠世との声をつなぐ空間だった。理によってすでにこの世界に故人の魂がないとしても、人は記憶の道に思い馳せる。故人がこの世界にいた時と同様にな」

 振り返ると、琥珀の輝きを纏わすラルマニの姿があった。

「ノロはあらゆる負の感情を飲み込む。やがてそれが、自身の負を求める本能を奪われ、人の魂に支配される結果になったとしてもだ」 

 記憶の中で見た彼女と何も変わらない。いや、何も変わっていない。

「ラルマニさん。私は刀使の役目を果たすためにまだ歩み続けています。どうか、私に力を貸していただけませんか」

「私から、呪いから力を取り戻すのではなく?」

「はい。私を送り出してくれた方が、まだ戦い続けている。このままでは私はもう一度会うことができない」

「それで」

 首をかしげたラルマニは、その話を一笑の元に伏せた。

「それが、あの折神紫の運命なら、そのまま望みのままに死なせてやるのが本望だ」

「ダメです!このまま死んでいくなんて」

「死なせるのがお前なら、それでいい。忌み児がこのままノロを取り込まないのなら、私は全力でお前から御刀を引き剥がすだけだ」

「どうしてですか!?あなたも刀使なら守るべきものは違わない!」

「そうね、違わない。その運命を村国娘は全て背負った。だから、私は子孫から力を奪ったのだ。忌み児よ。もうよせ、小人神の力で記憶を見たのだろ?なら、関わらぬのがお前の幸せだ」

ラルマニの達観した瞳は、全ての自身の行動の結果を悟っているようであった。

「でも、私はまだ見ていない」

「去れ、そして御刀を捨てよ」

「あなたは村国娘を裏切っておいて、自分の正義感を今になって私に押し付けるのですか?」

「では、私の見せてきたお前の破滅の未来。あれを見ても、お前はこの道を歩むか」

「違う!いまここにいる私は違う!あの未来たちは成れたこと、なれなかったことの現実を諦めて、自分に言い聞かせているだけだった。それが一番楽な方法だって、でも、本当の意味で刀使になれたのは今ここに!あなたの前にいる私だけ!そこから先で私がどんな絶望を見るかは、私の未来です!」

「なら、私はお前の未来を否定しよう!絶対に行かせない!」

 蕨手刀を抜き払ったラルマニに白い輝きが纏われた。彼女は禍神になってなお、刀使の力を失っていなかった。そしてこうなれば、引いても無駄なのは記憶から窺い知っていた。

「なら、押し通ります!私が勝ったら必ず」

「ならないのに、約束など無駄だ」

 御刀を抜き、写シを張った。そこへふらりとスクナビコが顔を出した。

〔夜見くん、僕がこじあけた五分間だけが君の勝負の時間。その代わり、僕の銀糸は使い放題だ。上手にやるんだよ〕

「はい!」

 隠し剣の構えになると、突くような体勢のままラルマニと睨み合った。

 頭ではラルマニの剣を思い出していた、そして、記憶で見た以上の速度でラルマニは近間に飛び込んできた。

(早いっ!)

 兼光の刃が長すぎると感じるほどの近間で、ラルマニは縦横無尽に懐へ飛び込んできては、変則的に切り込む。蕨手刀の取り回しの良さと厚い斬撃力を生かした、足取りの軽やかかつ、重たい斬り付けが夜見に反撃の隙を与えない。

(折れんな、さすがヒメの子孫か)

 迅移を生かした蓮撃を返しに生かせないでこそ、夜見は淡々と昨日の稽古を思い出しながら、ラルマニの剣を読みつつ攻撃を続けさせた。絶対に間を与えない。これは村国娘とは正反対でありながら、ラルマニのそれとも異なっていた。

 一撃を避けつつ、必要なら受け、金剛身を使って押し込みを受け、迅移の飛び込みも速やかに迅移で動きを無段階に繋げることで、奇襲性を無力化する。

(だが、それでは五分と持つまいて)

(やっぱり!ラルマニさんは周囲を見てない!)

「そうかな」

 ラルマニは夜見にフェイントをかけると、森を駆け回り、わずかに見える銀糸を切り離した。

「これで捉えられまいて」

 夜見は息を飲み、右腕を大きく振りかざした。

 隠れて張り巡らされていた糸が夜見の両腕を縛り上げ、それが木を伝ってラルマニの利き手を縛った。

「何のつもりだ」

「あなたに私を止める覚悟があるなら!ここで殺してみせてください」

「その代わりに私の右手とな、愚かだが、それも手か」

 青ざめていく夜見は全力で糸を引き絞るが、糸は腕に食い込んでいく。ラルマニがさらに強く糸を引くと、夜見は歯軋りを立てた。

「頑固者だ。なぜ、なぜ剣で切らぬ?お前は自身の実力なら、私を切り払えると知りながら」

「そうしたくないからですよ。あの日、お互いに諦めてしまったから、今日という日を迎えてしまった。でも、もういいと思ったんです。あなたを抱えるのをやめて、ここからをはじめたい」

「いやだ。それでは、ヒメが私を殺したことが過去になってしまう。ヒメが抱えた罪をお前たちに背負わせない。この一心、曲げられない!」

「どっちが頑固者ですか」

 俯き、歯軋りを立てながら、吹き出す汗も拭わず、力を振り絞る。

「村国娘とラルマニさんが守ってくれた私も、私という一人!あなたに私の運命を背負わせたつもりはありません!」

「このラルマニが、押し付けていたと」

「もういいんですよ。今までありがとう。私たちを守ってくれて」

 ラルマニは夜見の声に村国娘が重なった。

 友に自分を殺すことを押し付けた。そして、殺したという罪を背負わせた。友は決して自身に許しを乞わなかった。その代わりに、自身の身に降りかかる不幸を全て背負った。時には村の危機に際しても自身に責があると、ありもしない罪を背負った。もう苦しむ彼女を見たくない。

 なら彼女で終われせてやればいい。

 刀使の力を子孫から奪い、力を利用されることから遠ざける。それなら、皐月の一族は誰からも利用されることなく、平穏に暮らせるはずだ。未来視で夜見の破滅を見た。なら、すべきことはひとつ、これからも変わらない。私は村国娘の子孫を護る。

「嫌だ。私を遠ざけるな、夜見」

 糸は限界まで絞られ、夜見の腕が今まさに引き裂かれようとしている。このまま写シが剥がれた夜見は、本当に腕を失ってしまう。だが、ひとりぼっちで寄り添い続けてきたラルマニの孤独な心が手を緩めさせない。

「どうすれば」

〔いいかげんにしないか!〕

 小柄が飛び、両腕を縛っていた糸が切り剥がされ、写シを失った夜見は正面から倒れ込んでしまった。

〔ラルマニ!もう君一人の問題じゃないし、君から押し付けられることでもない。夜見は力を貸してほしいと言ったんだよ。その言葉を忘れたとは言わさないよ!〕

 霧が晴れていき、木々の合間から山と湖が見えた。ここはあの田ノムラのあった故郷の景色だった。

〔ここは確かに隠世と現世の間だ。そこに魂の心象風景が掘り起こされる。そこに弔われた魂とのつながりが深い場所をね〕

「そうだ。ヒメの守ってくれた景色と人。巣立った鳥が必ずしも、親の思いや記憶を失うわけではないのだな」

 息を落ち着かせた夜見へと、ラルマニは手を差し伸ばした。

「ありがとうございます」

「私の勝ちだな」

 何度も負け続けても、それでも前へ進み出た夜見は『またか』と気持ちを撫で下ろした。

「まただな。結局は私もヒメとの稽古では勝ち越せなんだ」

「はい」

「勝った以上は私の好きにさせてもらう」

 夜見の持ってきた蕨手刀を手にし、そこに自身の蕨手刀を重ねると一つとなった。

「お前の写シは生まれたその日に繋がりを切っている。だが、私の写シで結び直せば、また使える」

 夜見へと蕨手刀を押しやると、寂しげな笑顔を浮かべた。

「私がお前の力になれるのか?」

 今までとは異なるやり方を始めるのだから、ラルマニに自身がないのは当然だった。

「はい!」

 ラルマニの手を握り、泣き出した夜見の肩をそっと叩いた。

 

 すでに二時間が経ち、荒魂の軍団は波状攻撃を繰り返す。三人は肩で息をしながら、手に持つ獲物を正面に向けて構え続けた。

「くそっ!タギツヒメはこの山がノロの溜まり場だと知っていて、私らに差し向けてきやがる!」

 暁がリズム良く凪ぐと、五歩進む間に三体の蛙型が弾け飛んだ。

「でも大きいのは村国娘さんとラルマニさんが大昔に祓っている!なら、倒せないはずがない!」

「だが、俺たちの体力が持つかどうか」

 紅馬は常人の戦いぶりでは無い。しかし、手足は痺れ、吹き出す汗を拭うが止まらない。強引に剣を振るっているのは早苗と暁も同じだった」

 それに気づいてか、次に来た荒魂たちの足はゆっくりとしたものだった。近距離まで近づいて、懐に飛び込む準備をしている。そこへ、カエルの毒が飛び、かからぬように下がった隙に木々の合間から鳥型の荒魂が急降下し、三人を追い立てる。

「なんとしても持たせる!夜見さんが戻ってきた時に!誰も欠けていないように」

 その早苗の目に、間際まで近づいてきた蛙型が目に飛び込んできた。この体当たりを受ければ、写シは剥がれ、怪我では済まない事態が待っている。

 だがしかし、そうはならない。なぜならば、繭から飛び出た蕨手刀が蛙の顔に突き立てられ、その勢いのまま真っ二つとなって地面に飛び散った。

 早苗は自身の背にしていた繭から飛び出した夜見に驚き、彼女の名を呼んだ。

「夜見!」

「ただいま戻りました。状況は」

「最後の波状攻撃が来る!これを受けたら私たちは持たない」

「攻めかかれますか?」

「おうよ!」

「俺たちの恐ろしさを思い知らせてやる!」

「ここまで痛めつけられると、意地でも負けられない!」

 三人の声を聞いて夜見は飛び込んだ、その右手には蕨手刀を持ち、左手には水神切兼光。最初に駆けてくる最前線の蛙達を兼光で流しながら切り捨て、尾を返して背を見せた残りの懐に飛び込んで蕨手刀で最後の一匹まで切り払った。

「暁さん!紅馬さん!まずは紅馬さん正面の荒魂達に突貫します!」

「各個撃破か!」

「おっしゃ!」

 紅馬が先頭に飛び込んで、二匹を切ってその足を鈍らせた隙、その隙を逃さず早苗と暁は主力の狗型五匹を相手取り、夜見はその波状攻撃の指揮をしていた荒魂がいると踏んで、軍団の後方に飛び込み、茂みに隠れている隠型の姿を見つけた。

「やっかいなのがいる!なら!」

 夜見は五分を超えてなおも顔を青くせず、衰えることなく迅移で木々の合間を縫うように走る。やがて隠型も気付き、腹を大きく膨らませると地面から夜見を追うように攻撃が走った。その衝撃ががむしゃらに自身を追うものと気付き、夜見は不敵な笑みを浮かべて隠型の目の前に立ち止まった。隠型は怒りを現すように、巨大な一本尾を夜見の頭上に振り上げた。

「捕まえました!」

 蕨手刀を宙に振ると、銀糸が隠型の尾を縛り上げた。

 隠型は地面にその尾を隠し、地上からではなく地下から攻撃をする。そして、弱った相手へのトドメの一撃に一本を叩きつける。ゆえに潜っての戦いの繊細さはなく、表に出れば逃げ場はない。一撃必殺だからこその危うさ、そこに夜見は浸け入った。

「早苗!暁!今です!」

 木々の間を飛び上がってきた二人が、固定された尻尾を散々に切り、隠型から伸びる尻尾の付け根を紅馬は二本の斧で叩き斬った。

「お覚悟!」 

 逃げ出した隠型を右袈裟から一刀両断した。切り口に荒さはなく、隠型は地面に落ちてぴたりと動かなくなった。

 無視した荒魂達へ向き直ったが、すでに姿はなく、スペクトラム計からも遠くへ離れていく荒魂たちを確認した。

「あとは秋田支局の刀使たちに任せよう」

「勝った」

「うん、勝ったよ」

 暁は小さく笑い出すと、やがて大きく笑い出した。

「なぁ早苗!さっきの夜見の戦いかた見たか!まんまラルマニの戦いかたじゃん」

「うん!あの通りすぎながらの斬り付けも」

「ああ!村国娘の!」

 夜見は目を丸くしてから、その意味がわかってくると嬉しそうに蕨手刀を鞘に収めた。

「写シの制限時間もなくなったな」

「ううん、私の写シとの繋がりはとっくの昔に失っている。今の私の写シはラルマニさんから譲ってもらったもの」

 目をキョトンとさせる暁に構わず、紅馬は嬉しそうに頷いた。

「写シは繋がり、人が人であった写真だ。ゆえに、記憶、形、声、感触、それらを受け継ぐことを写シの主が望めば、写シは継承される」

「よくご存知なんですね」

「師匠の受け売りだ」

「すごい方なんですねきっと」

 そう問いた夜見の顔を見て、紅馬は笑い出した。

「こいつ、ここまで話しておいてまだ気づいてないのかよ!」

「え?」

 早苗は自信なさげにその答えを言った。

「紅馬さんの剣法は独自色があるけど、基本の中に徹底的に仕込まれた二天一流がある。そして、現役刀使最年長のその人も、二天一流」

「ま、ええ!流れさん!まさか」

「そのまさかよ、俺の師匠はお前の思い人、折神紫先生さ」

 夜見はしばし驚き、つられて笑い出した。

 おかしかった。ここまで人と人の縁は続き、思わぬ出会いと出来事を目の前に起こす。それが、夜見をここに導き、そしてまた新たな道を指す。彼女は紫と話す楽しみがまた一つ増えた。

 

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