場所を移してその夜、横須賀港に所属不明とされる潜水艦が入港し、その艦に折神朱音が乗っていることが広く伝わった。あの御前試合事件から、情報封鎖されてマンネリとしていたメディアはここぞとばかりに飛びつき、その潜水艦が本当に横須賀港の、それもヴェルニー公園の目の前とあって、海に面する欄干にはカメラが並んでいた。
しかし、ある噂も流れていた。この情報はどこから漏れていたのかと。
特祭隊司令室でモニターを注視する紫の側に雪那が立った。
「紫様、情報の出どころがわかりました。折神朱音率いる舞草に協力している特金研が毎日報道社の記者にリークしたそうです」
「あそこに朱音がいると?」
「米軍筋は否定していますが、防衛省の協力者が訓練中の米軍が予定航路から逸脱し、横須賀に乗りつけてきたそうです。そして、密偵からの折神朱音の行動履歴から、潜水艦乗艦の可能性は高いと」
「お前はいかに対応するか」
「今より横須賀に向かい、折神朱音への出頭を呼びかけます。すでに防衛省協力者も部隊を配置しています」
「そうか、では私は社に向かう。来るならばここだろう。たとえ、どんな手段をとってもな」
紫の奇妙な笑顔を気にしないようにしていたが、司令室を辞すると冷や汗が湧いていることに気がついた。
(紫様を救い出すためには!タギツヒメさえも利用しなければ!)
端末に向かって叫ぶように指令を飛ばしながら、特祭隊本部のヘリポートに進み出た。そこには、寿々花の姿があった。
「なんだ、お前には本部の守備命令が出ているだろう?」
「ここまで来てしまってからでは、私が得た情報もすでに手遅れでしょうが」
雪那は立ち止まり、迷いのないまっすぐな表情で寿々花の顔を見た。
「此花寿々花、お前はなぜ私に会いに来たの」
「簡単ですわ。あなたを押し誤っていた。それを確かめに」
「なら自分で考え、その通りに動け」
歩を進め、ヘリに乗り込むと暗い表情を浮かべた寿々花が、目だけは雪那を睨んだ。
「どう解釈してもらっていいわ。でも、願いはあなたと同じよ。紫様のために私は全身全霊を尽くす。たとえ、肉体を失ってもね」
扉を閉めると、ヘリは急速に飛び上がっていった。
寿々花は施設に入り、廊下を歩きながらぶつぶつと喋り始めた。
「確かに特金研からのリークはあった。でも、舞草との対立構造を世間は知らない。それにさらに効力の高い情報筋に情報をリークし、連携して情報を流すことで情報源から目を逸らさせた。そして、今になって密偵からの内閣情報室から漏洩が示唆された。仮説が正しいなら、内閣へのコネクトを持ち、情報判断をコントロールできる権限を持つ組織幹部はただ一人。特祭隊副指令である高津雪那!そして、その高津雪那はよりにもよって、対刀使装備を持つ機動隊と支隊の半分を連れて行ってしまった!」
司令室に入った寿々花は、真希と結芽の前に立った。緊張のみなぎる寿々花の顔を見て、真希は何かを感じ取ってか一言だけ問いた。
「どうかな」
「間違いありませんわ。高津学長は舞草です。交渉し、こちら側に引き込んだ舞草のスパイも信用ならない」
「じゃあこれから攻めてくるんだね!」
結芽のいつもの調子に寿々花は落ち着かなかった。
「嬉しそうですわね」
「一網打尽にするなら、鎌倉だよね」
自身に満ち満ちた結芽の表情が、寿々花を落ち着かせた。
「寿々花、紫様は社へ入られる。僕たちは参道で防備に当たる。結芽は荒魂を使役しながら敵を撹乱、あとは自由に戦え」
「はぁーい」
「支隊および鎌府の警備当直、待機者を本部全体に配置する」
真希はここ数日には無い、落ち着いた表情で指令を各所に伝達する。その背中を見て、寿々花は自然と指揮の助手となっていた。結芽は少しばかり困り顔で二人を後ろから見つめていた。
(おねぇさんたちに手加減できなくなっちゃった)
三十分もしないうちに部隊が要所に配置され、万全の防御体制となった。すでに紫は祭殿へと入り、敵がくるのを待ち構えるだけになった。
その中に入っていた葉菜は、あまりにも迅速な対応に、雪那の暗躍がついに明るみになったことを感じ取った。しかし、まだ指揮権を剥奪されていないことを見るに、その時間がないことと紫が一才の処断に言及しなかったことを察した。その彼女を含め、防衛にあたる刀使たちに一つの命令が端末を通して下達された。
「敵は折神紫様の一命をのみ狙う。各個人の全力をもって、これを阻止せよ。かぁ、あと五分ではじまるね。戦後屈指の内乱になるかな」
その五分後、潜水艦から出た朱音の演説がはじまり、潜水艦の上部ミサイル発射口から六機の黒い機が西へ向かって発射された。同時に、市街地に潜んでいた舞草部隊も一直線に本部に駆け出した。
「行くよちぃねぇ!輝先輩!」
「ええ!六人の突入支援!一人でも多く施設外縁に刀使を引きつけるわよ!」
「了解!タフネス揃いの支隊相手だよ、腕がなるねぇ!」
あの真紅のS装備を身につけた美炎が正門を破壊し、彼女の存在に気付き、写シを張った守備の刀使たちを智恵と輝が襲撃した。
「馬鹿な!美濃関!長船!それに自衛隊!?S装備さえもか!私たちは何と戦っているんだ!」
支隊員の嘆きは各所の戦闘で繰り広げられる。伍箇伝各校からの志願者も多い支隊は、実力ゆえに前線を支えるが、困惑が広がり始めた。その様子を葉菜はつぶさに観察していた。
〔由依、弾着十秒前〕
無線機を通して、由依の明るい返事が飛んできた。
〔それじゃあ、弾着と同時に誘導でいいのかな?〕
〔ああ、防衛を西御門から八幡宮方面に引き剥がす!〕
六つの轟音が海岸方面から響き、舞草部隊も守備隊も一瞬動きが止まった。
「敵の主力だ!合流して八幡宮方面から浸透してくる!」
葉菜と由依の声に呼応して、部隊が西へ集結し始める。そこには、美炎ら三人と七人の舞草の刀使がいるのみである。彼女らに守備隊が集中する中、機を降り立った可奈美、姫和、舞衣、薫、エレン、沙耶香は、守備に目もくれずに社のある西御門へまっすぐ駆け出した。
その様子を本部の屋根に乗りながら、結芽はニッカリ青江を抜き払った。
「少しでもやられてくれないとさ、最後の瞬間まで騙せられないの!」
左腕を切り裂くと、そこからノロが垂れ出し、屋根をつたって溢れるノロは荒魂となって本部上空を埋め尽くす。
「でも支隊のおねぇさんたちも結芽の荒魂を襲うよね。なら、鶯ヶ谷まで押し込んでそこで足止めしよう!いけカラスたち!」
結芽の指す方へ一斉に突っ込んでいく赤い輝きが、図らずも集結しつつあった守備隊と舞草の部隊をめがけて飛び込んできた。
「え!?何あれ」
智恵は敵味方構わずに、盾となって襲ってくるカラス型の荒魂を切り払った。やがて、何も言わず敵味方揃って大軍を攻撃し続けた。だが、繰り返し攻撃が続き、写シが剥がれる刀使も出始めた。
「ちぃねぇ!キリがないよ!燕さんはまとめて私たちを潰す気だ!」
「でも、ここから引けば、この荒魂たちが人の多い地区に流れないとは限らない!みんなそれをわかっているのよ!」
舞草側の刀使の一人が美炎に近寄った。彼女は白銀の長髪に切り立った鼻立ち、メガネ越しから青い目を輝かせる。
「綾小路の木寅ミルヤです。安桜美炎さんのS装備はあと何分持ちますか?」
「節約しながらだから、5分2セット、合わせて10分全力で動ける!」
「では今から1セットを持ちいた作戦を提案します」
背中を合わせた智恵は手はあるのかと尋ねた。
「手ではなく、おそらく荒魂たちは私たちを下がらせる意図がある。一人が道を外れようとしたら妨害されて写シを剥がされた。つまり、後ろへまっすぐ引かせたいと思われます」
「私たちは燕さんの手の内か」
ミルヤはその言葉に驚いたが、すぐにそれが人の思考範囲で統制されていることに納得した。
「ミルヤさん!この場の刀使に指示をお願いします!」
「わかりました!」
S装備が琥珀の輝きを放つと、地面を斬り払いその摩擦で炎がまかれた。
「最近できると分かった技!その名は神居!」
炎を上下左右に大きく広げると、壁となって飛び込む荒魂が火の中で次々に消失していく。
「今のうちだ!みんな!山の方へ走れ」
それが最善手段であることを了解してか、壁の合間を抜けるカラスを交代で払いながら、刀使たちは西鳥居を出た車道で荒魂に囲まれた。
「ここが行き止まりか」
刀使たちは刀を構えながら、その場で立ち尽くした。襲ってこない荒魂たちは、暗闇の中で無数の赤い輝きとなって周囲を囲んでいた。
陰でその様子を見守っていた葉菜の尻には、美炎が情けなく倒れていた。
「あの、葉菜」
「しっ、これで注意は彼らに向いたね」
彼女に起こされて、八幡宮の境内を抜け、西御門へ抜ける道に出た。
「こんなにあっさり」
「あそこに集められた守備は配備された六割だよ。燕さんはもしかしたら」
「葉菜、まだ間に合うかな」
「六人はとっくに折神家の奥の社に入り込んでいる。僕たちが奇兵隊だ」
「うん、なせばなる」
寒々とした表情で、自分に言い聞かせるようにその一言を呟いた。
奥の社では、貯蔵されたノロを喰らった紫ことタギツヒメが、六人を相手に大立ち回りを演じていた。その頭上に巨大な幹のような腕を張らせ、その先にある刀が彼女たちの攻撃を弾いていた。
「くそっ!埒があかない!」
実力ゆえに刃早いごとき姫和でさえも圧倒される。休む暇もなくタギツヒメの肥大化する本体からの攻撃は激しくなる。彼女たちの攻撃は予測されるように弾かれ、予想だもつかない位置から斬撃を受けた。
「これでは!届かない」
「届くよ。姫和ちゃんなら、必ず」
「可奈美!何だ!」
写シが消し飛ぶと、白い影が可奈美に寄り添い、その瞳は白く輝いた。前にゆったり進み出ると先ほどまで必中であった枝が、ことごとく可奈美に当たらなくなった。
「私を探し出してくれたあなたなら、絶対に負けないわ。それにタギツヒメも、その姿でまだ人の真似事をしているの?」
姫和と舞衣は思わず目を合わせた。可奈美が百も大人びたような、老齢な口ぶりをしている。
その間に、白い影が残像となり、斬撃を本体と影が二連撃で叩き加えた。いや、加えたように見えた。タギツヒメの龍眼には、可奈美が二人存在し、そのことごとくの攻撃をいなされ、返しの刃によって叩き伏せられる。勝ち筋が絶えた瞬間、上段からの斬撃が紫の胴を叩いた。
傷口はノロによってすぐに閉じられたが、攻撃が止み、折神紫の慟哭とともに、枝は壁をのたうち回るように突き暴れた。たちまち六人はバラバラにされ、可奈美のそばには姫和と沙耶香がいた。
やがて、紫は姫和の名を叫ぶように呼んだ。
「今だ!私ごとタギツヒメを隠世に封じ込めるんだ!」
目の前には覚悟の定まった表情があった。姫和は静かに小烏丸を構えた。
「この時を待っていた」
体は白く、強烈な七色の虹彩を放ちはじめた沙耶香は、その目を琥珀色に輝かせた。
「無念無双」
姫和を押しのけてタギツヒメに飛び込んだ妙法村正の刃は、千鳥によって堰き止められた。
「火事場泥棒はいけないよ、沙耶香ちゃん」
「そんな、私の動きに!」
タギツヒメから離されるように、連撃が沙耶香を弾き飛ばすと、可奈美は笑顔で姫和の顔を見やった。
「姫和ちゃん。行かないで」
「っ!」
「さぁ!タギツヒメのヒルコミタマを現世から切り離して!」
「何を!もう会えないのに」
姫和が一つの太刀を発動すると、瞬間を切り裂くように切先は紫の胸を突いた。体を今一歩踏み出そうとした時、可奈美の一言を思い出した。
『行かないで』
(もう二度と会えないからなのか?)
姫和が躊躇した瞬間、紫から切り離された本体が隠世と現生の境界に切られ、現世に残されたタギツヒメが引き戻される力でバラバラに、それも天頂に向かって飛んだ。そのノロの赤い流れ星が、空を埋め尽くし瞬く。
その光景を屋根の上から見上げながら、結芽は大きなため息をついた。
「沙耶香ちゃん、ドジ踏んだね」
沙耶香の剣は可奈美の知るそれではない。いつの間にか、それも無意識に動かし続けていた剣が、目の前にいる少女がただの人間でないと教えてきた。
「無念無双?」
「これは、おねぇちゃんがくれた真・無念無双!あと一歩だったのに、なんで!なんで!可奈美が!」
だが、可奈美は冷静に剣をさばき、やがて動きを読み始めると、さらに強化されや無念無双の動きを完全に捉えた。そして、その剣に怒りが沸きはじめ、村正を素手で引き剥がし、石畳を転がった。
「沙耶香ちゃんの剣には迷いもあるけど、一本の筋の通った信念があった!でも、今の剣には心がない!自分の技も、体も、剣も、ただの道具としてしか見てない!そんな空っぽの剣、私には通じないよ!」
「空っぽ」
その言葉を憎むとも、悲しむともできない表情で、沙耶香の体から写シも、琥珀の輝きも消えた。
「知らないよ。そんな簡単なことじゃない!」
沙耶香は村正を放り出して、その場から駆け出してしまった。可奈美はその小さな後ろ姿を見て、言いようのない後悔が湧き出してきた。そして、自分からかけられる言葉がないことも察した。
「可奈美ちゃん」
舞衣が枝の間を縫って顔を出すと、泣き出しそうな可奈美の姿があった。
「ごめん、ごめん、私、沙耶香ちゃんの剣を否定した」
舞衣は黙って可奈美の頭を撫で、抱きとめた。それを、可奈美は押し離した。
「舞衣ちゃん!沙耶香ちゃんを一人にさせないで!」
「可奈美ちゃん!」
「ワケは沙耶香ちゃんに聞けばわかるから、お願い。私じゃ沙耶香ちゃんに優しい言葉、かけられない!」
可奈美が、心の底から沙耶香との繋がりが切れたことを後悔し、悲しんでいる。その彼女の頼みを、沙耶香を、無視できない自分がいると気づいた。なら、すべきことはひとつである。
「可奈美ちゃん。何かあったら連絡して、しばらく会えなくなるけど、必ずまた会いましょう」
「舞衣ちゃん。お願い」
「うん、おねぇちゃんに任せて」
舞衣は沙耶香が去った方向へ駆け出した。可奈美は涙を浮かべたまま、事切れるように地面に倒れ込んだ。
「おい!可奈美!姫和!沙耶香!」
薫が叫びながら枝を叩き割って、その空間に踏み込んだ。
可奈美の倒れる向こうには、空っぽになった枝の中心と、倒れる姫和と紫の姿があった。三人とも息があり、薫は『よかった』と、繰り返し呟き、ねねはその頭をやさしく撫でた。
涙を拭う沙耶香の背中を支えながら舞衣は歩き続けた。
二人の前に、暗闇から結芽と由依が姿を現した。
「やっちゃったね、沙耶香ちゃん」
睨む沙耶香を楽しげに見つめ返した。
「もしかして千鳥のおねぇさんにやられた?前々から、紛い物なしの真っ向勝負でも、勝てるか自信なかったんだよね。仕方ないよ」
結芽は何かを感じて振り向くと、そこには葉菜の姿があった。由依は隙を作らず、その腹を叩いて葉菜の動きを封じた。
「だ、騙したな」
「騙した?わかっていて私たちに関わっていたのでしょ、葉菜しゃん」
「由依!」
沙耶香は泣き跡も拭わず、葉菜の前に進み出た。
「あなたの力が必要なの、絶対に逃さない」
四人の前にクルーザーが周囲を照らしながら現れた、その中から涼しい表情の雪那が降りてきた。
「先生、申し訳ありません」
頭を下げる沙耶香を、雪那は抱きしめた。
「大丈夫、こういうこともあるわ。こうして生きていてくれて何よりよ沙耶香」
「おねぇちゃんも、そう思うかな」
「そうよ。美香もあなたの命が大事って言ってくれるわ」
朗らかな表情で、心配そうな沙耶香を諌めた。
赤い流れ星がいまだ瞬いている。戦いの後の静かな夜にはふさわしくない、奇妙で美しい光景であった。
第二部 完