さて、あれから稲河暁がどうしていたか、その話は一月半前に遡る。
けたたましい気合を込め、実験用の荒魂を切り払っていく。その姿は幾重にも金属パッチの貼られたスーツを身に纏い、軽やかにしかし重々しく切り払っていく。最後の五体目を切り払ったところで、頭上の管制室を見上げた。
「はぁはぁ、どうだ!」
「60秒26といったところです。しかし、Sアーマーの耐久警告が鳴りっぱなしですね。左足上がりますか」
「えっ?」
その軽い口調を聞いて、ふと左足をあげると、その部分だけが重たく感じられた。
「やはりガタが来てしまいますね。上がってきてください。試作品のデーターを取りますので」
「おう」
アーマーを脱ぎ、重たそうに肩を回しながら管制室に入ってきた。ここは美濃関学園の施設で、関市内の廃校になった体育館と校舎を再利用した『先端技術研究場』である。技術系の生徒としては体躯のしっかりとした男子生徒が、タブレットの数値を暁に見せた。
「おつかれ暁」
「どうもです服部先輩。油圧シリンダーへの負荷が強すぎましたか?」
「違うな、シリンダーの強化は成功だった。問題は末端回路が写シの高機動についていけず、焼け落ちを起こした。カチコミ作戦では可奈美たち実力のある刀使がいてこそ維持できたが、並の刀使に使わせるにはまだ時間がかかるな」
「そうですか?暁さんの協力あってここまで進んでいます。あと一息かと」
「一息か、そうだな」
播つぐみは暁へとホットミルクを差し出した。
「ありがとよ、鎌府には荒魂の提供をしてもらって」
「いえ、オペレーター業務の側、こうした荒魂の切断有効部位に関する研究をしているのでいいデータが取れました」
「そいつは何よりだ。そういえば綾小路の工科予科の友人を呼んでもいいか?開発の手助けになるかもしれない」
達夫は頷いたが、続いて首を傾げて見せた。
「構わないが、なんかここ最近の暁、ずいぶんと気合入っているな」
「タギツヒメが完全に消えた訳じゃない今、少しでも最前線に立っている刀使達の助けをしたいんだ。私のダチはどいつもこいつも無茶をしたがる奴らばかりだからな」
「それは暁もだろ。美炎といい、可奈美といい、まったく」
「私の見込んだ後輩だ。美炎泣かしたら、命ねぇからな服部先輩」
「なんかお前だけ俺を先輩扱いしてくれないな。まぁいいや、それならあれの実験もするか」
暁はミルクを飲みながら周囲を見渡した。
「防刃衣の試作品どこよ」
「それならさっきですね、エミリーさんが持って行っちゃいました。すぐに戻るって」
暁は背筋が凍る感触がした。
「ちょ!?あいつ今朝、ワケのわからん大荷物を持ち込んでいたんだぞ!まさか、あれをやっているのか?お、恩田さんに連絡!」
管制室の出入り口が勢いよく開き、目を輝かせる渡邊エミリーが、大掛かりな装置のついた白い防刃服を持ってきた。
「珠鋼回路を使った防刃&強化服第一号!暁さん!さっそくにお願いします!」
「なんでまた改造しちゃったんだーっ!」
「理論を言ったのはあなたでしょ、一部分ではなく広範にデーターをとるべきです。さぁ着て!実験を始めましょう!」
エミリーの前に立ち、達夫は防刃服を没収した。
「明日にしよう。暁に高負荷実験をしてもらったばかりなのに、続いてやらせられん」
「いや、着るぜ」
「おいおい!」
「エミリーのこういう突拍子のないのは迷惑だが、腕は信用している。それに、生地全体の回路化が可能なら、開発は前進する」
「明日用の荒魂を出しましょう。少し体格の大きい荒魂が一体です」
不敵な笑みを浮かべ、達夫から防刃服を奪い取った。
「サンキューつぐみ、服部先輩、実験指揮お願いします」
「わかったよ」
防刃服を着込み、再び体育館に敷かれた砂場に立つと装置の電源を入れ、目の前に進み出てきた荒魂へ御刀を構えた。
「来いっ!全てを仏ッ恥義理るくらいじゃねぇと、あいつらと守れねぇんだよ!」
では月日を戻し、夏を過ぎた
あの親衛隊詰所の宿直室は、短い期間ながらも夜見の部屋であり、そして空き部屋への勧めも断ってこの部屋に戻ってきた。
早朝の6時にも関わらず、詰所は支隊の隊員達が激しく入れ替わる。各地からの応援要請も受け、ひっきりなしに出撃していく。今日から親衛隊業務に就くことになるが、やることは相変わらず支隊の時と変わらず、細々とした書類整理からである。身支度を整え、入り口脇の事務室に入ると既に書類整理にあたる人影が見えた。
「大神さんに六島さん。おはようございます」
切り立った美しい面立ちの大神と、まだ眠たそうだが朗らかな笑顔の六島が今まで夜見の当たっていた書類を片付けていた。
「おはようございます皐月さん。うむ、とても似合ってらっしゃる」
茶に金刺繍の施された親衛隊制服を着た夜見は、どこか照れ臭そうにしていた。
「まだまだこれからですね」
「ところで、今日から支隊の書類業務は交代制になったのですが、なぜに事務室へ」
「あ、そうだね」
「まさかいつもの癖で事務室に来ちゃったのですかぁ?」
「はい、六島さん。戻ってきてから溜まりっぱなしでしたから、つい自然と」
大神はサクッと一つの冊子にサインすると、夜見へと差し出した。
「これからは親衛隊のほうで頑張ってください。ついでなのですが、食堂の書類をお願いできますか」
「いいですよ」
朝食と朝練を済ませ、本部棟局長室が親衛隊隊員の集合場所となる。
「おはようございます」
既に寿々花と早苗の姿があった。
「おはようございます。ようやく袖を通してくださったのですね」
「はい、あの時は申し訳ありません」
「ふふっ、冗談ですわ。早苗さんも真希さんの代理をお願いしますわね」
「タギツヒメ捜索に向かった獅童さんの代わりはしっかり努めます」
しかし、親衛隊のメンバー二人は反旗を上げ、親しいもう一人は特殊な任務に従事し、残ったのは自身と新入の夜見、そして支隊で指揮をとってきた早苗だけであった。その早苗も、真希から直々の指名であった。寂しい反面、休む暇なく働かなければならない状況が、今までのことを悔やむ時間をなくさせてくれることに、寿々花は内心ホッとしていた。
簡単な打ち合わせを済ませると、すぐに司令室に向かい、そこで朱音と本部長となった真庭学長と対面した。
「今日は国会の証人喚問があります。原稿は昨日の打ち合わせ通りに進みます。そして、皐月夜見はS装備開発支援の要請があるため長船へ出張、岩倉早苗は本部での待機をお願いします」
寿々花が簡単に今日の日程を確認すると、真庭は感慨深そうに夜見の顔を見た。
「皐月、どうも薫はお前を高く買っているようだぞ」
「はい、そのようで」
「自覚はあるか、まぁあいつは頭の回るヤツだ。せいぜい使いっパシリになるなよ」
「ええっと、真庭本部長は薫さんを」
「無理だ。あいつは基本的に事後承諾が多くてな、先に行ってくることがあったら的中する。つまりは、こっちから合わせるのが向こうも都合がいい」
「薫さんと真庭さんのご期待にそえるよう努力します」
解散すると、早苗と肩を並ばせながら長い廊下を歩いていく。刀使達が親衛隊の制服を見るなり頭を下げ、夜見が条件反射で頭を下げるのを一幕に言葉を交わす。
「やっと親衛隊と支隊の体制が復帰して、任務も円滑化できるようになったね。システムの復旧に思ったより手間取ったのが大きかったのかな」
「特に本部ではカチコミ作戦の被害で手痛くやられましたから、特に燕さんの荒魂による無差別攻撃は舞草にも痛手だったらしく、半月を精鋭抜きで荒魂討伐に当たりましたから」
「これからが本番と思うと、肩が重いよ」
「そういえば、美炎さんが調査隊に入ったと聞きましたよ」
「うん、部署の垣根を問わず人員を集めているの。まだ行方知れずの赤羽刀や特殊な荒魂の創作が主任務になるけれど」
「美炎さんの明るい性格なら、どこでだってやっていけます」
気がつけば本部棟入り口の前に立っていた。
「それじゃ行ってきます早苗」
「いってらっしゃい夜見」
各地では荒魂の討伐が進む最中、このような事件が各地で起こっていた。
「討伐完了!ノロの回収を急げ!」
綾小路の刀使と回収員がノロの回収作業を始めたところに、黒い制服を着た刀使達が続々とその周りを囲んだ。
「何のつもりだ!」
「私たちは『悪党』、ノロを真に正しい場所で管理するために組織された義勇軍。そのノロをこちらへ、抵抗すれば怪我では済まん」
「ふざけないでよ!知らない奴にやすやすとノロを渡せるものですか!」
お互いに写シを張ると、すぐに『悪党』の刀使は斬りかかってきた。防戦になりながら、ノロの二本の回収ケースを守る中に、突如荒魂が突撃してきて刀使達を吹き飛ばした。そしてケースを守る人員を切り捨てた白く輝く人影に、綾小路の刀使も、『悪党』も目を見張った。
「よもや刀使同士の対立とは、やはり人は愚かだな。これはワレがもらっていくぞ」
一本のケースが割かれ、溢れ出たノロがあっという間に白い人影に吸収された。
もう一本のケースを持つ刀使に向かった途端、フードを被る刀使の強烈な叩き込みを受けて、弾き飛ばされた。
「はぁ!」
間髪入れず、巧みな切り返しで白い人影を押し込んでいく。しかし、二刀をもって一撃を受け流すとその場を飛び去り、影を追おうとした刀使を荒魂達が襲いかかった。
結局、荒魂を倒し切る頃には『悪党』も、フードをした刀使も姿を消していた。
警視庁および特祭隊に出された決起状が届いてから、日付を越してすぐの十八時間後にはこうした『悪党』のノロ強奪行為と、別働の荒魂によるノロの奪還が行われていた。そして、荒魂側には顔を隠した白く輝く刀使の姿があったことが報告され出した。
フードの刀使が、山道に止めてあるワゴン車へ注意深く乗り込むと、車内にはエレンと輝の姿があった。
「タギツヒメは」
フードを上げた彼女は、生真面目を絵に描いたような興奮した様子で、二人に問いかけた。
「すいませんデース真希さん。またしても見失いましたネ」
だが、と言葉を繋ぎながら、輝はタブレット端末を真希に手渡した。
「奴は法則的に動いている。必ず近くの神社や、社に、祠へ逃げ込んだ途端に姿が消えている」
「社は現世と隠世を結ぶ境界、今でこそ重要視されなくなったが、人の開いた境界は全国各地に残っている。あり得なくないな小波蔵の仮説は」
「そうだねぇ、境界の隙間を縫って、あたかもワープをしているなんて、誰が想像できるよ?」
「ですがグランパとルイルイの八幡電子の科学的な裏付けがあってこそデース!刀使を探知するために、防衛研にプログラムを書き換えられていたのは不快ですが」
三人は顔を見合わせ、同時に『悪党』の名を口にした。今までの明るい気分が吹き飛ぶような、暗い表情が並んでいた。
「高津学長がいるとなると、技術面では同じことをしているな」
「飛ばしていたドローンも何者かに落とされた。回収はしたが、荒魂のものと思しき爪痕があった」
真希は頭を強く掻いた。
「結芽か!敵になると、こうも厄介だとは」
「さぁ!次へ急ごう!少しでもタギツヒメの行き先を手繰り寄せるんだ!」
輝がそう号令をかけると、車は勢いよく山を降りて行った。