新幹線と在来線を使って三時間半ほど、夜見は兵庫県にある長船学園へと来ていた。
長船の技術研究棟は地下に演習場も含まれるためか、広大な敷地を占めている。ほとんどのストームアーマーなどを行う開発科、全国の院生を募って刀使の職に従事する彼女らのための医療研究を行う医務科と幅が広い。
「待っていたぜ夜見!」
出迎えに出ていた暁が強くハグをしてきたので、驚いて離れた。
「おお、スマンスマン。最近、エレンの奴にしょつちゅうハグされるんで習慣的にやってしまった」
「ならよかった。それで、私は何を手伝ってあげればいいの?」
「これから、まぁ引き入れたいというか、技術協力してもらいたいヤツがいるんだ。そいつを、はるばる秋田まで尋ねに行きたいんだ」
「秋田って」
「ごめん、中で話そう」
研究棟の第八研究室に入ると、そこには機器が接続された大きな一枚布が天井から吊るされていた。土師景子が夜見と暁のもとに駆け寄ってきた。
「これが」
「はい、ストームアーマーの珠鋼か電力を用いたシステムは、あくまで現世の人工的に作り出せる強化外殻、ですが使用には耐久値、持続時間に難があり、腕の立つ方ほど足枷になりやすい代物。そこで、ストームアーマーの機能を縮小軽量化し、尚且つ持続力と耐久性を上げるため、直接身に纏う衣服に防刃とパワーブーストを乗せる計画」
早口にそれを説明しきり、土師はその計画名が何であるかを暁に投げかけた。
「それが、禊布プロジェクト。私と一緒に研究してきたみんなの答えだ」
「すごい!これが広く使われるようになれば、写シが剥がれた後の負傷率は」
「今のところ、被験者の私は無傷だ。熊型の一撃も五分の一になる!切られても気絶こそすれど、身体機能を喪失するようなことはなくなる」
「なら、なぜ技術提供を?」
難しい顔に変わった二人が、大きな課題があることを暗に示していた。
「問題は写シの出力アップだ。ストームアーマーは写シの持続時間と身体能力を上げる代物だ。だが、写シの持つ金剛身と迅移といった能力はその刀使の特性、つまり個性のばらつきが出る。だから燕結芽みたいな、そうした能力が総じて高くて併用する能力に長けている相手となると、ストームアーマーはおもちゃに見えるだろうな。それは大荒魂やタギツヒメのような特級の荒魂から見ても同じだろう」
景子は卓上から極秘と書かれた資料を手渡した。
「親衛隊でのノロアンプル服用を基礎とした『冥加刀使計画』。ノロは図らずも、私たちの写シの能力の底上げを実現していることがわかりました」
「でも、ノロを服用することは」
「思わぬ能力を与え、次第に肉体と精神を蝕む。刀使の適性が弱いほど、自我は簡単に奪われる。だが、ノロが珠鋼と干渉し、体外から底上げができるかもしれないんだ。そこで、ノロをこの禊布に通わすことができないかと考えているんだ。だがノロは穢れの量がまちまちで、回路全体に行き渡らず、塊になろうとする傾向がある」
「秋田で研究、ノロを?まさか日高見さんのこと?」
言い当てた夜見に、悲しげな表情で頷いた。
「一人で会いに行けないと」
「そういう訳じゃないんだ。いや、確かに怖いよ。一度は袂を分かったんだから」
震える彼女が、未だ行くのを躊躇っているのが感じられた。
「暁」
「すまない」
「いいです。今日にも出ますか?」
「ああ、土師とエミリーに来てもらう。すまないが二時間後に出発だ」
「はい!既に準備はできています!」
「おう」
景子が荷物を取りに出たタイミングで、大きく肩を落とした。まだ震えている。
「暁、大丈夫。自信持って」
その一言に唇を噛み締めながら、顔を伏せてポロポロと泣き出した。夜見は静かに彼女の肩に手を置いた。
それから一時間後の、秋田は田沢湖を見渡せる屋敷が北部に建っている。
この屋敷は常に屋敷中を刀使が護衛しており、何人も立ち入ることはできない。そこへと、黒い制服を着たおさげ髪の刀使一人やってきた。守衛の刀使は立ち塞がり、彼女に名前を問いた。
「『悪党』の鈴本葉菜。元親衛隊支隊であり、舞草と本部の二重スパイをしていた者だよ」
「ほう此処二日の間騒ぎを起こしている連中か、なおさら通せんな」
「糸見沙耶香の力は、愛宕の肉体を模したもの。そう言えば、あなたは話に応じてくれますか」
「どこでその名前を?みなさんその方から離れてください」
守衛の刀使は、門前の階段に立つしずやかな女性へと頭を下げた。
「どうもお初に目にかかります。いや、連絡は幾度も取っていましたね、日高見麻琴様」
「あなたが『葉隠』の方ですか、しかし、その身なりをあまり感心できませんね」
葉菜は口調も表情も崩さず、静かに礼をした。
「私達は日高見の御老衆の方々には感謝しております。長らくノロと人体の接点について情報と技術の交換をしてまいりました」
麻琴はチラリと不快そうな表情を見せたが、階段を降り、葉菜の顔をまじまじと見つめた。
「そうでした。高津学長にはどうぞよろしくお伝えください。ところで、お約束していた沙耶香さんの神化はどこまで進んでいますか」
葉菜は訝しげな表情を匂わせつつも、いずれ必ずと言いおいて話を切った。
「積もる話もございます。どうぞ中へ」
守衛の刀使に指示を伝えて屋敷に入らせると、タイミングを見計らって茶髪の闊達な少女が真琴のそばに走ってきた。
「真琴ねぇさま、緊急の連絡です」
「どうしたの優稀ちゃん」
「暁ねぇさまが、ここに来るそうです」
「暁ちゃんが、今はS装備の開発に関わっているあの子が、なぜ」
「会えば話すそうです。それに同行者に皐月さんもいると」
麻琴は二人がわざわざここに来ることに心当たりがなかった。だが、今の研究を打ち明けたが、結局協力してもらえなかったことを思い出し、暁はそれに関して話に来ると踏んだ。
「優稀ちゃん、いざとなった時は悪党も暁ちゃんも倒すことになるかも」
ためらう真琴にほがらかな笑顔で答えてみせた。
「この優稀に任せてください!たとえ暁ねぇさまでも、今の私なら負けませんから!」
「ごめんなさい。でも、お願いね」
「はいっ!」
「日高見さんがそんな研究を」
屋敷へ続く山道を歩みながら、重たそうに足を前へ進めた。
「あいつなりに正しいと信じてやっているんだ。まこっちゃんのお母さんが続けていた研究を継承したんだ。以前、話したろ長船の同級生の話」
「うん。でもノロを直接身に纏う。それも」
「まこっちゃんは肌に貼りめぐらした回路は取り外しがきく、刀使を引退すれば外せば人体に害はない」
「でも暁さん、その回路って」
「ああ、禊布の回路のアイディアはまこっちゃんのものだ。回路を体に貼るよりはノロの接触によるリスクは軽減される。そう考えた末の禊布だ。着いたぞ」
夜見が前へ進み出ると、豪勢な門前に長船の制服を着た刀使達が歩み寄ってきた。
「特祭隊本部より参られた方々ですね。お話は伺っておりますので、奥へ」
屋敷の応接間へ通されると、屋敷の奥に日本家屋には似合わない重厚な扉が見えた。
「気になりますか、皐月さん」
「日高見さん、お久しぶりです」
白銀の髪に、落ち着きを払った威風は近付き難い雰囲気を醸し出す人物であった。何度か夜見も会ってはいたものの、自然と距離をとっていた。
「ええ、中学一年生のころ以来でしょうか」
「はい、暁と刀使になるための門出以来ですね」
麻琴は夜見の格好をまじまじと見た。
「ひどく何かを主張するような子じゃなかったけれど、こうして親衛隊の制服を着ているのは、何か輝くものがあってこそなのでしょうね」
「そうかもしれません。みなさんに買ってもらっている身分です。誠意を尽くすのみですから」
真琴の背中からひょっこりと顔を出すと、優稀もまじまじと夜見の姿を見た。
「ほ、ほんとうに親衛隊になったのですね!秋田局の適性試験はダメだったのに」
「鳥喰さん、お久しぶりです。私も意外でした、諦めなかった末と思いたいです」
「かわりましたね」
驚く優稀を背中から暁が捕らえた。
「そうだぁ!刀使になって、見るもん全部変わって、それに今までのことがあって一皮も二皮も剥けるもんよ!」
「あきらねぇさまぁ〜やめてぇ〜!」
優稀にじゃれつくのを見ながら、真琴は落ち着き払った様子で暁の顔を見つめる。それに気づいてか、優稀をそっと離した。
「暁ねぇさま?」
一息吐いて、麻琴の顔を見た。そこには別れの日から変わらない彼女の姿があった。
「まこっちゃん。私はまだ、まこっちゃんと同じ夢を追っている。寝物語じゃない、私たちの望んだ未来をな」
その方法が正解とは思えない。そう言った暁の頑なさはよく知り、そして、それが道を結んできたことをよく知っていた。
「そんな暁ちゃんを、私は一度だって疑ったことはないよ。でも、私も暁ちゃん以上に頑固なつもりだよ」
「ふふ、望むところだ。まこっちゃん」
応接間に通されると、ぶっきらぼうに座る葉菜の姿があった。
「葉菜さん!どうしてここに」
葉菜は驚きこそすれど、すぐに落ち着いた。
「どうやら、僕が知らない間に色々なことが起きていたようだね。だからこそか」
そう匂わせたのも束の間、席に座した真琴と暁はすぐに互いの目的を話し出した。
「まこっちゃんがどこまで知っているかは、私たちは把握してない。でも私の目的を何一つ偽りなく言おう!まこっちゃん、魂依の実験を中止して、私の進めている禊布プロジェクトに参加してくれ!」
しかし、真琴は無表情にただ静かに暁の顔を見つめていた。
「いつか魂依は成功する。でも、手段が一つとは限らない。いま少し手を止めて、新しい角度からアプローチするのも、魂依を成功させる一手になるんじゃないか」
「長年の先行研究と協力してくれた刀使の助けがあって、魂依は成功へ近づきつつあります。私は母とみんなの犠牲に築いた理論と技術に間違いはない」
まどろっこしさを感じながらも、暁は諦めず資料を取り出し、提示した。
「冥加刀使計画は、反面のリスクに目をつぶったもの。たとえ、直接体内にノロを植え込むではなくても、時間をかければたとえノロとの同化リスクを減らしても、やがて冥加刀使と変わらなくなる!ノロに触れ続けるのが問題なら、よりノロとの干渉時間を減らせばいい!私らが研究を進めている禊布は、珠鋼とノロの二つの回路によって能力と負傷率を抑え、ノロとの接触リスクを禊布で作った防刃衣の着脱によって軽減することができる!日高見家が続けてきた、ノロの円滑な回路化の技術があれば、実現できるんだ」
「そう、すごいですね」
「な!」
「でも、そのリスクが今の魂依で起きたという実証はされていない。おもしろいけれど、魂依の方が確実に刀使を守れるわ。禊布での珠鋼とノロの調和が技術的に可能か、これからのものよりも、実現が近い私たちの研究の方が刀使にとっても、荒魂の脅威に怯える人々にとっても有益よ」
全てを素直に話した暁に繋げる言葉はなかった。ぐったりと椅子にもたれかかった。
「かなわんか」
「ごめんなさい暁ちゃん。でも、同じ夢をみていたことは嬉しいわ」
「ああ、まこっちゃん。今はここまでだが、私の研究を何か役立ててくれ。資料は煮るなり焼くなりよ」
「暁」
諦め顔の暁が攻めあぐねたものを、自分にどうこうできるか疑問だった。
「今実現ができないなら、将来的な統合を目指せばいいのではないのですか」
「それは考えものですが、魂依の技術は完成の域です」
「でもそれは、これからの運用のデーターを反映したものではないですよね」
エミリーは何か面白げに夜見と真琴の問答を見ていた。気迫に押されて、見ているしかできない景子はエミリーが何かを企んでいるのを感じられた。
「それはS装備同様に、データーをとりつつ適宜に修正していきます」
「なら、これから魂依の方向転換も視野に入れてくれますか?」
「禊布を魂依の研究に?」
「そうです。幸いにも伍箇伝の研究者がS装備の普及型開発に合わせて、禊布の開発をしています。より負傷率を抑えながら、S装備を扱いやすくする研究は続いています。この開発力を日高見さんに大いに力になるはずです」
「無駄です。既に優稀ちゃんが被験者になり、魂依の実証が始まっています。方針転換はありえません」
ついに夜見も言葉に窮し、頭を抱えてしまった。静かに話を聞いていた葉菜は時折、外を気にしていた。真琴は立ち上がり、田沢湖の見える窓の前に立った。
「二人の思いは伝わりました。考えを変えるつもりはありませんが、禊布の研究を応援しています。いつか、魂依と併用ができるようになれば嬉しいですね」
優しい笑顔を見て、完全に打ちのめされたことを感じ取った。