~光紡ぐ八ツ鏡~   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

3 / 47
ようこそ親衛隊へ!

 美濃関の高等科生寮。

 

 そこのロビーへとやってきたジャージを羽織る刀使は、だらしなくソファーにもたれて天井を見上げた。そこへと前髪を後ろに巻き取ったままの、メガネをかけた刀使が彼女に微笑みかけた。

「稲河さん」

「んぁ、福田先輩」

 すくっと体を起こして頭を下げた。

「お疲れ様です! 」

「あら、そう畏まらなくていいのよ、研究場から戻って来たばかりでしょ」

「いえ! そのお言葉だけで疲れ飛びました! それで、私に何用っすか」

 福田佐和乃は書籍の間から、一通の手紙を取り出した。

「あなた宛に速達が届いていたから、受けっておいたわ。はい」

「本当ですか? 誰だろ」

 受け取った封筒の宛名を見るなり、封筒口を小柄ですっぱり切り、文面を見た。

 その鮮やかな手並みに感心したのも束の間、飛び上がるように両腕を掲げた。

「うおおおおおおおおお、やったじゃねぇか! 」

「ん? 」

「あ、ちょっち取り乱しちまいました」

 顔に書いてあるが、あえて暁へと尋ねた。

「はい! 俺の幼馴染がついに御刀に選ばれて刀使になったんですよ! 」

「それって、秋田にいた頃のお友達さんかしら? 」

「はい! 刀使になれないって言われてたのに、なんだよ、神様も御刀もとんだ気まぐれものだ」

 福田は一瞬、書籍のタイトルを見て再び暁に視線を戻した。

「もしかしたら、そのお友達は鳳雛の卵なのかもね」

「え? それって三国志の」

「うん、蜀の軍師である諸葛亮の友にして、並び称された軍師、龐徳の呼び名ね。諸葛亮が伏竜で、宝徳は鳳雛」

「伏竜鳳雛ですか! え、夜見のヤツが鳳雛なら、伏龍は」

 笑顔で暁の顔をじっと見る佐和乃に、暁は自分に指さした。

「人が悪い……そんなに選抜試合でなかったの悪かったですか」

「うん! 高等部の期待の星だったのに、欠場した挙句に今年の選抜戦トップ3は全員中等部の子よ。すごいわね! あなたは優勝して行くと信じていたのにね」

 笑顔で迫る佐和乃にたまらず頭を下げた。

「す、すいませんでした! で、でも、」

「そのお友達さんがいないからでしょ? 連日の実験も友達のため 」

 顔を上げた暁はいたって落ち着いた表情の佐和乃を見て、瞬きを繰り返した。

「わかっちゃうのよ、暁ちゃんはずっとその子を気にかけて目立たないようにしていたんでしょ? でも、もうその必要も無くなった」

 ポロポロと流れ出す涙を暁は必死に拭った。

「伏龍は今こそ目覚めの時ね、三顧の礼で御刀を授かった鳳雛の声に応えて」

「はいっ! 」

 お互いに屈託のない笑顔を見せあった。

 

変わってここは鎌倉の特祭隊本部。折神家本家屋敷の側に寄り添うに、親衛隊詰所となる施設がある。砂利道をぎこちなく歩きながら、詰所前に彼女が立った。

息を呑んだが落ち着かず、改めて深呼吸した。

「ねぇおねえさん、刀使になったって? 」

 後ろから声をかけられ、夜見は急ぎ振り返った。

「燕結芽さん。はい、一応は刀使になったそうです」

「じゃあ」

 瞬間の抜き付けがワンテンポ遅めに走った。夜見の抜き付けと写シが張ったと同じタイミングには、眼前に切先が置かれた。

「おねぇさん、いいね。でも結芽の敵じゃないね」

「き、恐縮です」

「でも返したのは褒めてあげる! 」

 ニッカリ青江を戻し、夜見の頭を撫でた。冷や汗が額に滲んでいた。

「結芽! 」

「あ、真希おねえさんだ、逃げよっと」

 軽い足取りであっという間に追いかけて来た獅童から、逃げ去っていってしまった。

「やれやれ、大丈夫か皐月夜見」

「生きた心地がしませんでした。あの瞬間、三度は斬られたと思います」

「そこまで分析して返したならすごいものだ」

 写シを解くと膝を突いて激しく息を吐いた。真希は首を振りながらも、夜見へと手を差し出した。

「申告通りか、立てるか? 」

 手を取られると、強烈な力で体が起こされた。

 その張り詰めた表情に、夜見は自然と背を正す。

「だがここは親衛隊だ。そんなことでは通常任務には着けられない」

「構いません! 必ず追いついてみせます! 」

「信じられん、と言っているところだが、君はこうして刀使になった。今は信じよう! 」

「ありがとうございます! 精進します! 」

「早苗! あとの世話はお前が見てやれ」

 真希の後ろについていた早苗ははっきりとした口調で返事した。そうして真希は本部施設の方へ向かっていった。まだ背筋の固まったままの夜見へとウィンクした。

「あ、岩倉さん」

「皐月さん、今日から親衛隊ですけど、今まで通りでいいですからね」

 困ったように早苗の顔を見ていたが、彼女は自分から先ほどの立ち合いで散らばった夜見の持ち物を拾いはじめた。

「やります! 自分で! 」

 一緒に拾いながら、先程の結芽の行動が恒例行事なのだと説明した。

「燕さんはああやって新人のレベルに合わせて挑みかかってくるの、そして初太刀で斬り伏せられてから、結芽の敵じゃないねっていうのがお決まりなの。でも、皐月さんは本当に不思議なひとだね、結芽さんの太刀筋が見えるなんて」

「読めても、刀越しに読み返されていた印象ですけど」

「でもそのセンスは無類の物だよ。大事にしてね。あと私のことは早苗と呼んでね」

「じゃあ私も夜見と呼んでください。早苗さん」

「うん、よろしくね夜見さん! 」

 親衛隊詰所は主に親衛隊四人の寮を兼ね、同時に親衛隊属の露払部隊が待機任務についている。メンバーは主に特祭隊司令である高津雪那の権威誇示のために、ほとんど鎌府の刀使が占めるものの、親衛隊隊員や伍箇伝の学長の推薦で親衛隊部隊に入ってくる。露払部隊は獅童班、此花班、糸見班と別れている。燕部隊は彼女に指揮能力なしと判断した高津学長が、獅童班と此花班に分けて吸収された。そして、糸見班も名ばかりの班で二人の隊員が、彼女の単独任務の応援として所属しているだけである。

「だから夜見さんは、高津学長の推薦で親衛隊入りになったということだね」

「なんか複雑ですね」

「気にすることはないよ。私も獅童さんの推薦がなかったら親衛隊なんて縁のない場所だったしね。じゃあこれから施設を案内するね」

 控え所は折神家屋敷への直通路があるが、これは四人の私室のある区画の向こう側にあり、この区画には親衛隊四人の許可がないと通れない。

正面玄関の受付は各班のシフト制、掃除も同様で、親衛隊の朝夕稽古会も各班の持ち回りである。また精鋭の刀使がいる関係で、近郊における大型荒魂出現時は彼女たちが応援もしくは討伐に入る。これに関しても班ごとのシフト制、人数のいない糸見班は此花班か獅童班に組み込まれる形で任務に参加する。最も道側から窓辺に休憩スペース、ミーティングルーム、部屋は班ごとに割り当てられ大部屋二つは此花班と獅童班、中部屋と呼ばれる元ミーティングルームの一室には糸見班、札は外されているが結芽班部室、現在は空室になっている。二階は親衛隊員専用の食堂となっている。

「各部屋には全て地上波テレビモニターと、本部からの任務要請を通達するモニターが設置されていて、緊急時には二十四時間対応できるようになっているんだ」

 早苗は荷を抱えた夜見を第二宿直室へと手招きした。

「ほ、ほんとに私ここで暮らすんですか?」

「高津学長は足手まといなら、施設の管理係もやらせておけって、ひどいよね」

「でも、半人前なので何事もがんばります! 」

「その気合い羨ましいなぁ、じゃあ夜見さんが所属する班のみんなに紹介するね。今日は待機任務だから部室で勉強しているはず」

 早苗は休憩室手前の糸見班の部室へ案内した。

「失礼します! 今日から糸見班に入る皐月夜見さんを連れて来ました」

 扉を開くと、ちょうど昼食どきであるのか弁当を食していた。だがそこにはこの部室の主人たる糸見沙耶香の姿はなかった。

 右手には長い髪を青いリボンで後ろに束ねた活発そうな少女と、サイドテールで前髪を切り整えている目鼻立ちの整った少女が向き合って座っている。二人とも綾小路の制服を着用していた。

「お、なかなかの美少女じゃない? 大人びているところが幼さを強調しているねぇ」

 長髪の少女は立ち上がるなり、まじまじと夜見を観察した。

「や・め・な・よ、由依。やぁすまないね、僕は鈴本葉菜。この子は山城由依」

 手刀で軽く由依の頭を叩くと、夜見の前から引き剥がした。

「葉菜しゃーん! これは私の性なのよぅ〜」

「言い訳無用! 初対面の子にそれはアウトだから、でも大人びているのは確かだね」

 葉菜は背の高い夜見をまじまじと見上げた。夜見が瞬きしていないのに気付いて葉菜は詫びの言葉を入れた。

「いやぁすまない、そう堅くしないでくれ、とまぁ初日だから難しいか」

「ごめんなさい」

「うん、僕たち親衛隊は即伝達・即実践がモットーでね。君の事はだいたい聞いているんだ。糸を張る能力があるってね」

「それなんですが、私にもなんで糸なのか分からないんです」

 早苗も気になって夜見の顔を覗き込んだ。

「私も気になっていたの、初めてにしては手練れているように見えたの」

 三人に囲まれて緊張がピークに達した。

「あ、あの、ええと! 今ここで出せますよ」

 パッと冷静になった途端その言葉が出た。しかし葉菜は訝しげに顔を傾けた。

「初めてだったんだよね」

 夜見は御刀を静かに抜き写シを張ると、両手を編むように動かしているうちに半透明の銀糸が現れた。

「御刀を手にした途端、こうすればいいって声が流れ込んできたんです。そしたら、思い描いた通りに荒魂を拘束できたんです」

刀を右薬指と親指で器用に保持しながら、あやとりで東京タワーの編み目を編んでみせた。

「おぉー! 」

 感心した三人は思わず拍手した。照れ臭そうにしながら、やがて顔が青ざめ始めた。

「ごめんね、見せてくれてありがとう。君はとんでもない力を秘めているらしい」

 御刀を納めて、写シを解くと夜見の額からじっとりと汗が滲んだ。

「なるほど、座ろう」

 席に着き、由依が出してくれたお茶を一口飲んむなり、大きなため息が出た。

「私、写シを張れるのに五分以上張ると気絶するのです。だから一、二分写シを発動するだけでこうして疲れが溢れ出るのです」

「ふぅん、君は短時間しか写シが張れないということか」

「はい、治すようには努力しているのですが」

「でも、まだ刀使になったばかりだし、高津学長の考えは僕には分からないが、これから実践の中で直していこう」

「はい! 」

 葉菜と早苗は、詰所での庶務担当との兼任について夜見の承諾を得て、授業とのバランス、朝と夕方からの稽古にはかならず参加すること、任務の参加は優先事項であり、必ず輪番表を確認する旨の説明を受けて、その日の任務は終わった。

 彼女が慣れるまでは、手隙があれば葉菜と由依、そして早苗が世話をすることになった。

「じゃあ稽古に行こっか、御刀を持ってね」

 夕方の稽古には、待機任務に出ている人員を除いた全員が稽古についていた。全員、臨戦の制服姿で写シを張っての実戦訓練が基本であるためか、写シが張れる限り何度でも突っ込んでいく。

 剣を合わせた稽古というのであれば、警ら科にいた頃と何ら変わらないと思いながら、写シを張るという大前提ができないことが、夜見にとって大きな問題だった。

「だ、大丈夫だよ! 型合わせでもいいから! 」

 そう言いながら虚空を見るような仏頂面の夜見を諌める早苗の前に、目の下に隈を浮かべた固い面持ちで、ツインテールの少女が刀を肩に負い立っていた。

「安桜さん」

「あなたが噂の皐月夜見さんね。いいよ、立ち会おうよ」

「え! 待って安桜さん! 」

「事情がどうかは関係ない! 親衛隊に席を置くなら即実践あるのみ! ここでみんなに実力を見せることも新人の仕事だよ! 事情なら剣で聞く、さぁ! 」

 夜見は一歩後退り、早苗の顔を見た。彼女も迷ってか夜見の顔を見ない。

(逃げたくないけど、この稽古だと怪我のリスクもある。でも、これは自分で選んだ道の上なんだ。逃げることは、私から逃げることと同じだ! )

 夜見は震える手を握り締め、二歩前へ出た。

「やります! よろしくお願いします」

 美炎はその言葉を待っていたように写シを張り、隠剣の構えで夜見に対した。

 困惑する早苗を、葉菜は壁側へと引っ張った。

「ごめんよ、僕も皐月くんの力が見たいんだ。それと、君の問題についてもね」

 夜見は兼光の腰反りは深めで平作りの刃が鈍く光った。

 夜見は上段に構えて、写シを張った。

「いくよ新入り、私は安桜美炎だ! 」

「皐月夜見、参ります! 」

 いきなり美炎が迅移で斬りかかって来た瞬間、カウンターの上段打ちが走ったが、美炎はそれを狙っていたように迅移を解いて、夜見の打ち込みを流すように刃を返した。その見えた背中に向かって小さな切り返しを振り下ろした。金剛身を発動させ刃を弾くと、するりと体勢を低くして何度も美炎に斬撃を加えた。美炎は長身の夜見から加えられる攻撃に踏ん張りながら、隙あらば何度でも切り返しをするが、互いに実力は拮抗したまま時間は過ぎていく。

 葉菜も早苗も、稽古を見ている心の余裕は、針が進むごとに少しずつ削がれていった。

 美炎は焦りを募らしてか夜見へ間隙なく飛び込み、対した夜見はその顔から赤みが失われていく。互いに決して弱くないことは理解した。だが、ここで折れることをお互いが認められなかった。

 間合いをとりつつ、お互いに切先を向けた。

「ひどい表情だよ皐月さん! 限界じゃないの」

「いえ、いいえ」

 幽鬼のように向けられた夜見の目は、大きく瞳孔が見開いていた。

「きっと体がボロボロになっても、私は心で体を起こしてみせます」

 美炎は自身の言葉を後悔しながらも、青眼の構えとなった。すでに互いに十分以上に刃を合わせた。もはや戦う必要はなかった。それを証明するように、稽古場の空気は凍りついていた。

「時間切れだ、止めないと」

 だが構わず飛び込んだ夜見は、無駄のない三度の切り込みでついに美炎の額を切った。だが、戦いを諦めていない美炎は夜見の腕を抑え、その胴を斬った。めり込んだ刃を見て必死に抜こうとした美炎を、写シを保ったままの夜見は真顔で見つめていた。

「うそ、なんで写シが消えないの」

 夜見の上段からの切り落としで、抜けた刀とともに床に投げ出された。写シは剥がれ、勝敗は決した。彼女のもとへ駆けた早苗は美炎の無事を確認し、そして構え続ける夜見を見上げた。

「夜見さん! 試合は終わりましたよ」

「怖い、逃げれば、ここで終わる! 」

 由依は何かを感じ取ってかすぐに大太刀を抜いて写シを張った。

「由依もそう思うのかい! 」

 葉菜の問いかけに黙って頷いた。

剥がれない写シを抱えたまま立ち尽くす夜見に、由依は大太刀の切先を構えた。

「皐月さん! すごいですね! でもついた勝負なんだから、気にかけるべきは相手なの忘れないでほしいな」

「私が強いとわかれば、誰も敵わないと知られれば、私が刀使でいることに口を出す人はいなくなる。刀使でいられる」

 試合前の明るい口調ではない。心以外すべてを失ったような、低く響く声だった。早苗は立ち上がり、御刀を抜き由依の前へと出た。

「早苗さん、怪我させたくないんで下がってくれますか」

「私は夜見さんに助けてもらった。その大事なことを負い目にしていた! 私は仲間としての失態は私で返す! 」

「後出しもいいところですね、だから今のような中途半端な立場なんですよ。引っ込んでてください。あなたは後ろにいてもらって構いませんから」

「なら! なんで御刀を抜いたの山城さん! 」

「決まっています。自身の信念や願いを通すために、自分の居場所を曲解する。そんなことでは何も救えないし、何も成し得ない。小さな自分の身のうちで、心が擦り切れ消えるまでそのままだ。そんな、小さな皐月さんに教えてあげるんです。今すぐにでも刀使をやめたらってね」

 前に一歩二歩と早苗を追い越して、小さく切先を揺らし続けた。その由依の表情は見たことのない冷たい表情をしていた。

「はぁ! 」

 斬り込んできた夜見の刃を返し、ゆっくりと切先をその首元に突き刺した。そして抜くなり、大ぶりに夜見の胴を斬り落とした。ようやくのことで夜見の写シは剥がれた。

「決着_ッ」

 大太刀を負ったまま立ち去る由依と入れ替わりで、早苗は夜見の体を抱き起こした。

 立ち去ろうとする由依の前に葉菜は立ちはだかった。

「どいてくれません? 」

「それでいいのかい? こんな納得の仕方で、君はこれから刀使でいられるのかい」

「別に、高給がもらえる限り刀使でいるだけです」

 葉菜を避けて稽古場を出ていった由依を、振り返ることもせず大きなため息をついた。

「無責任な僕に、何が言えた」

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。