客人である五人は真琴の取り計らいで、宝仙湖近くの玉川温泉の宿へと案内された。
脱力したままの夜見と暁を横目に、エミリーは部屋に入るなり何かに取り憑かれたようにPCに張り付いて動かなくなった。景子は手持ち無沙汰に旅館内を回っていると、浴衣姿で外の空気にあたる葉菜の姿を見つけた。
「やぁ、土師景子くんだったかな。君は知らないかもしれないが、僕も綾小路の生徒でね、技術科に面白い子がいると聞いていたよ。なんでも、上級生の論文の不備をことごとく言い当てたって」
「私は好きなことしかしてないので、つい余計なことを言ってしまうのでして、暁さんも皐月さんも、すごいです。歩み寄りができて」
「ああ、すごいなぁ、日高見さんと同郷とはいえ、彼女があそこまで踏み込んでいくとは、妬いちゃうよ」
「え、妬く?」
葉菜は顔を赤くして手をふって誤魔化してみせた。
「いいんだよ!いいんだ!僕の個人的な感想だ。しかし、君もノロの強奪集団である『悪党』の僕と話していいのかな?」
景子はしばらく考え、首を傾げた。
「なんでしょう。さっきもそうなんですけど、よく人を見てらしているように思えて」
日が落ち、赤々と染まる山々も、濃い藍色の奥から湧き上がる漆黒の闇に包まれようとしている。しかし、天頂には強く瞬く星がひとつ、またひとつと見え始める。雲の少ない空には溢れんばかりの星の海が姿をあらわし始めた。
「そうか、田沢湖周辺は星の名所だったね。雲ひとつない晴天、運がいいよ」
「わぁー!」
所変わって、夜見と暁も暗い部屋の中で夜空を見上げていた。
「一筋縄じゃいかないね」
「一筋縄ならよかった。そういえば綱引きの縄ぐらい太かった」
「一太刀では絶対に無理だね」
「一度じゃダメだな」
座敷に寝転がっていた暁は起き上がって、腕を大きく伸ばした。
「明日もう一度会おう。それから後のこと考えるよ」
「うん、さぁご飯食べに行こう。地元で泊まるなんて早々ないからさ」
「なんか、早苗のはらぺこ虫がうつったか」
「暁ぁ!」
「ふふふ、行こうぜ!」
日高見家屋敷は広大な森を敷地に持つ、星と月の灯りに照らされた茂みの合間を、赤い輝きが等間隔に屋敷へと登っていく。
研究室にけたたましく警告音が鳴り響いた。病室を飛び出た麻琴は集まってきた刀使達に指示を飛ばした。
「落ち着いて当たれば早々に掃討を完了できます!」
「麻琴ねぇさま!わたし、行きます!行かせてください!」
優稀の気迫に真琴は落ち着きを払っていた。
「優希ちゃんは装備を着用し正門前に待機」
「ねぇさま!」
「今までスペクトラム計に探知できなかった。でも、荒魂は穢れ故に一つとなる。穢れが探知できない存在が直前まで荒魂達を隠しながら屋敷に近づいてきた。それが可能なのは」
「タギツヒメですか!」
険しい表情の真琴が小さく頷くと、優稀は一息吸ってから笑顔を見せた。
「かしこまりました!まかせてください!」
守備の刀使達が配置に着くなり、這うように登る荒魂を奇襲した。日高見家に仕える刀使達はよく訓練された連携で、荒魂は反撃する間も無く討たれていく。長い石段を下りながら、無線を通して指揮をする麻琴は、ふと違和感を覚えた。
「これだけの数に関わらず、侵攻が遅すぎる」
守備の一人に無線を飛ばし、現在地を報告させた。そこから県道が見えるとの報告が返ってきた。
「本命は」
石段を凄まじい速さで駆け上がってくる白い輝きを、鞘を滑らしてすれ違いざまに切った。
反射的に張った写シが剥がれ、階段に叩きつけられた。すでに白い輝きは奥へ走り去っている。
「そうはさせません!」
白い輝きはふわりと羽が舞うように足を止め、武家様式の大きな正門を見上げた。その丸々と見開いた目、大きく広がりのある髪とその手にある二刀が誰であるかを如実に示していた。
「ふん、殻を厚めにしておればこそ、ここまで来なければわからなんだよのう。ワレの求めるものはここには」
「タギツヒメっ!」
空気を叩きつけるような轟音が何度も響き、石段が砕け散り、タギツヒメはその斬撃と呼ぶには重々しく、叩きつけるのとは異なる種の攻撃をあっさりと避けた。
その斬り付けの主を、うすら笑いを浮かべたまま見やった。
赤々しい輝きを放つ琥珀色が、その重々しい西洋風の甲冑の底から沸き立つ。その写シは白ではなく、所々に赤が混じり浮かぶ。
「日高見家が創りしノロに縋ったおもちゃか、哀れよのう」
甲冑の奥から優稀の明るい声が響いた。
「おもちゃじゃない!これは麻琴ねぇさまが作った魂依だ!人はノロを支配し、使役できる!」
「そうか、もう一つに成り始めておるのか」
優稀は愉悦の笑みを向けるタギツヒメの懐へ、一瞬で飛び込んだ。しかし、それを読んでいたように、彼女の凄まじい斬撃をことごとく受け流した。
「それを!いうなぁぁぁぁぁ!」
「ならば、その向こう側をその身で教えてやろう」
優稀を何度も斬り付け、あっさりと写シが剥がれ落ちるとその面を鷲掴みにした。
「ワレと一つになれ」
「ノロ?小さな声が溢れてくる。あ、ああ!いやぁぁぁあああああああああああ!」
悶える優稀の体の節々からノロが溢れ出し、それは人型ともつかない奇異な形態に変わった。両肩から荒魂の如き赤い突起を生えらせ、両足はノロの爪が生え、頭部には後ろへ伸びる二つの突起が伸び、背中には大きなコウモリの翼が生えた。
「そうか!イチキシマヒメも面白いことを考える!もはやこれは人でも荒魂でもない!」
階段を飛び越えてきた真琴は、その光景に絶句した。そこにいる怪物には優稀の被る面であることを示す鍵型のサインが入っている。その怪物はそばにいたタギツヒメを襲い、甲高い咆哮をあげた。
「タギッヒッタオヲヲヲス」
「カナヤマヒメの残骸はなかった。ここにもう用はない」
「タギツヒメっ!お前は、優稀ちゃんに何をした!」
「何を?ほんの少しこやつに通うノロを揺り起しただけだ。近いうちにこうなっていたであろう」
タギツヒメは優稀であった存在を散々に切り、怯んだ隙に乗じて森の中へ走り去っていった。
だが、走り去った方向を見つめながら、しきりに首を動かしていた。
先ほど微かにタギツヒメを名指しした声は、間違いなく優稀の声だった。真琴はやさしく優稀の名前を呼んだ。
「マッコトっネェマッ」
「優希ちゃん!」
「ワカッタノ、トテモ、カンタンダッタ」
「何が、どうしたの、すぐに元に戻すから」
「ノロハヒトヲッシリタカッタッ、モットッヒトツニッ、ミンナッ、ヒトツニナルノガッ、ミライ」
未来。未来のノロと人のあるべき姿と言うのには、それはノロも人も、今までそうであった全ての形を失っていた。
「これが、未来?」
「ソノタメニッ、ベツノ、ミライッ、タギツヒメヲッ、クラウ!」
傷口はあっという間に塞がり、翼を大きくはためかせると、夜空へ飛び上がった。
「行ってはダメ!その未来は!」
それは夜闇を一筋の赤い光となって飛んでいった。
真琴は弱々しく崩れ落ち、溢れんばかりの星空を見上げていた。
ぱちんと、痛々しく響いた。
二度目を構えたその手を、夜見は止めた。しかし、その手は弱々しく震えている。
「ふざけるなよ。タギツヒメに程よく改造されたなんて、そんな話を信じられるかってんだ!言えよ、本当のこと言えって!」
しかし、偽る言葉がないのは、真琴自身に余裕がないのが示していた。こうして、暁と夜見に助けを求めたのがその答えだった。
「まこっちゃんにどうにかできなくて、私に何をしてやれるんだ」
一夜明けた早朝に四人を呼び、そして昨晩のタギツヒメ襲撃の一件を話した。
頭を抱える暁を見つめながら、夜見はひどく落ち着きを払っていた。
「暁、手があるかも」
「ああ、なんでこうなっちまったんだ」
「暁、日高見さん、よく聞いてください。タギツヒメをリアルタイムで探知はできませんが、いた場所を追跡できるかもしれません」
真琴は驚いたように顔を上げた。しかし暁は知っていた。皐月夜見という一個人が、窮地にあうその時に、凄まじい冴えを見せることを知っていた。
「今このときも、特別チームがタギツヒメの追跡を続けています。私も追跡方法について詳細を知りません。でも、タギツヒメが出現するパターンと地域の解析が大詰めに来ています。鳥喰さんは必ず見つけられます」
「根拠はあるのですか」
「今はあるかぎり全ての手段を講じるのが先です!」
夜見はすぐに連絡をとり始め、真琴と暁はその場に座ったままだった。彼女の気迫に悲しみをよそに呆然としていた。その光景を見て、葉菜は笑い出してしまった。
「そうだった!夜見くんはああして刀使になったのだった!本当に敵わないよ!なら、僕も手伝ってやらなきゃ失礼だね」
葉菜は窓から体を乗り出すと、木に止まるカラスに向かって手招きした。
「結芽!昨日のアレを見てたなら無視できない!夜見達に処理させるから、情報をくれ!」
「本当に?結芽一人でもやるよ」
屋根を伝って、窓辺にその桜花のごとき髪がゆらめいた。
「やはり監視していたか」
靴を脱いで部屋に入り込んだ結芽は、電話を終え、落ち着いている夜見を見上げた。
「夜見おねぇさんは、人ではなくなったあの子をどうしたいの?元に戻らないかもしれないんだよ?」
「結芽さん。そうかもしれませんね。でも、いまその理由で納得することはできません。あなたはどうして」
決まりの悪そうにそっぽを向いてから、葉菜がその理由を知っていると投げた。
「その鳥喰さんが本当にタギツヒメを吸収なんて真似をすれば、ぼくたち『悪党』の大義に支障を起こす。これでいいかい?一時休戦からの共闘を申し込む」
「いいね葉菜おねぇさん!そういうことだよ夜見おねぇさん!結芽は少しだけ力を貸してあげる。あの子をほんとうに助けて見せてよね」
結芽は何を誤魔化したのかわからなかった。だが、心強い味方を得たのには変わらなかった。