その日のうちに、真希たちから追跡情報の提供を受けた夜見たちは、結芽の使役する荒魂とスペクトラム計の探知をもって探索をはじめることになった。
「あの、薫さん。今なんと言いました?」
「もう一度言うぞ、新宿だ」
新宿の五文字を聞いた麻琴の行動は早かった。三十分もしないうちに二機の陸自のヘリが到着し、彼女達を乗せ、関東へと向かった。
夜見と暁は麻琴と同じヘリで向かい合った。
「あのさ、まこっちゃん。防衛省の技研にスペクトラム計のプログラム渡したのって」
「しーっ、ふふ」
麻琴の人脈に呆気にとられながら、二時間半で都内に入った。
東京の都庁が置かれている新宿の駅、日が落ちようとしている時間帯には多くの人々が駅の内外を行き交っている。
意気揚々と出口を目指していた麻琴たちの顔は真っ青になっていた。
「ここは、どこ?」
待ち合わせの甲州街道口がわからず彷徨う五人を、最終的に真希が見つけ出した。そこは正反対の東口付近であった。
「すいませんでした獅童さん!新宿駅なんて、ついぞ縁がなくって!」
「そうか、いやいいんだ」
頭を掻きながら、揃っている面子に困惑しながら、もう一つの騒動を口にした。
「益子薫も迷子だ。エレンが大丈夫と迎えにいったが連絡がつかない」
「ええ!大丈夫なんですか」
「ああ、放っておこう。あの二人抜きでも大丈夫だろう」
組織のブレーン二人が行方不明の時点で、二人が独自行動を始めていることははっきりしていた。また、日高見派の若き当主、麻琴がいることも理由であるのは当然であると夜見も真希も察していた。
西新宿へと歩みながら、無線機と探知機に目で周囲を確認する。先導する真希は簡単にタギツヒメの行動パターンを話しはじめた。
「タギツヒメは本体と切り離されて実力を発揮するためには、肉体を維持するノロが足りていないと考える。その地域の荒魂を使役するためにも身を削っているのだろう。そして、ノロ含有率の多い中型荒魂の目撃情報が通報され、鎌府の刀使が西新宿であたっている」
「ということは、そこにタギツヒメが出現する確率が」
「三分の一、僕は現れると踏んでいる」
通報の情報に基づいて、刀使たちが荒魂を討伐する場に到着した。そこは首都高の高架が交差する西新宿ジャンクションの真下という特異な空間であった。
真希の手元に一匹の鳥が舞い降りてきた。その鳥は禍々しい琥珀の輝きを放っていた。
「結芽なのか」
「くわぁ! 大きな、大きなコウモリに結芽の分身が切られたよ」
「来ているのか、ここに!」
「そうだよ、いま直上に!」
真希は夜見、暁、麻琴に言いおくこともせず、迅移で飛び込んだ。
ノロの回収を始めた刀使達に白い輝きが強襲、三人を斬り伏せたところに真希の一撃が加えられた。不意の一撃にタギツヒメは顔を顰めたが、すぐに刃を反して真希の写シを切り払って飛びのいた。
「タギツヒメ!そこまでだ」
「読まれていたか、この方法はもう使えなんだよのぅ。だが、しばしの余興を楽しもうか」
「はぁ!」
真希の応援へ向かおうと御刀を抜いた瞬間、頭上の高速道路を叩く轟音が響いた。
スペクトラム計に二つの強大な反応が波となって現れた。
頭上の道路が音を立てて割れ落ち、その中から真希とタギツヒメに向かって、赤い影が一直線に突っ込んできた。その砂煙が沸き立つと、真希とタギツヒメの間に立つ赤いもやを纏う影に目を見張った。
「これが、未来というヤツか!」
咆哮とともに霧は吹き飛び、禍々しい翼とその手にある強靭な純白に輝く骨喰藤四郎、その柄は長く伸び、かつて薙刀であった頃の姿に近づいていた。
「魂依の刀使を止める方法はあるか?」
戦いに臨む覚悟を、暁のその目に見出した麻琴は、歩みながら御刀を抜き払い、写シを張った。
「簡単よ。普通の刀使と同じように、写シを剥がせばいい」
「よしっ!」
暁と麻琴が飛び込んでいくと、その背に続こうとした夜見は糸に絡まれてその場を転んだ。顔を上げると、澄まし顔のスクナビコが小柄に乗って浮かんでいた。
〔ごめんね〕
「す、スクナビコさん!」
〔どの道、今のままだとあの子は救えないよ。僕の力があればできなくはないけどね〕
「本当ですか!?」
〔ああ!君には重大な役割があるが、その練習も兼ねるちょうどいい機会だ。君には世紡糸の本当の力を教える!うまく使いなよ!〕
「世紡糸?」
真希がタギツヒメに切られるが、急いで写シを張り直して飛び込んだ。
そして、麻琴と暁が優稀の足止めにかかった。だが、荒魂と人間の間の存在となったそれは、荒魂の毒性、特殊性の全てを扱えた。昆虫のような人ではありえない機動で回り込み、荒魂の強い毒性を御刀に帯びさせ、その毒を帯びた瘴気の光線さえ撃ち放った。二人の写シを何度も侵食し、剥がし落とす。
「くっ!なんだよ優稀のやつ強いじゃないか!」
蛙飛びで予備動作もなしに暁の間合いに飛び込んできたが、それを狙っていた麻琴が斬撃を弾き返した。しかし、飛び散る毒が、容赦無く降りかかった。
「きゃっ!」
「まこっちゃん!」
麻琴を抱えて間合いを離すと、化け物は咆哮をあげて威嚇した。
「言葉を失っている。昨日よりも同化が進んでいるの?」
「馬鹿野郎!まだ、まだ優稀はのまれちゃいねぇ!」
毒の光線が走り飛び、急いで飛びのいた二人の背後の車がぺシャリと潰れ、爆発した。無人だったことを確認する暇もなく、熟達した剣士のごとき縦横無尽な薙刀捌きで、二人の攻撃をことごとく受け流す。二人は最初に実力を測れず、一方的に攻撃を受け既に満身創痍となっていた。
夜見はようやく二刀を抜き払って、写シを張った。
「成熟した写シの力、借ります!」
迅移と同時に八幡力を組み合わせた三度の斬撃が、化け物の体勢を崩し、地面を舐めさせた。
飛び散る毒を避けながら、巨体に近づくと小柄を使って、銀糸を肉体に突き通した。悶えるそれの反撃を受けながら、金剛身で強化した右足でそれの顔面を蹴り飛ばし、その隙を用いて糸を縫い付ける。
「すごい。これが皐月さんの実力!」
「まこっちゃん。何か作戦があるらしい、一発アタマに叩き込もう!」
「ええ、一太刀で決めてみせる」
麻琴は月山を鞘に戻し、柄を胸元に寄せて鞘の動きを自由にさせた。
「上等だ!囮は任せろ!」
夜見の攻撃をその剛腕で跳ね除け、怯んで間合いを離した隙を逃さず、今度は暁が飛び込んできて、優稀の気を逸らす。
「優稀!帰ってこい!」
低く飛び込み何度も薙刀の刃を受け流し、懐に入り込んで刃を叩き込むが、それを丁寧に柄で受け止め、そのまま暁を殴り吹き飛ばした。
その大きな動きで前にせり出た頭を、横一文字から真っ向縦一文字に真琴の月山によって斬られ、写シが剥がれ落ちた。動きが止まり、目の前に立つ麻琴を見つめた。
「優稀ちゃん!私はあなたを失う未来なんていらないわ!そのためなら、私は!」
夜見は、糸を幾重にも両腕の柄に巻き取らせ、やや間合いを離しながら、少しずつ糸を引く力を強めていく。準備は整った。
「スクナビコさん」
〔はいよ。じゃあ、タギツヒメによってノロと共鳴する前に、元の鳥喰優稀を紡ぎ直せばいいんだね。さぁ、言った通りに、右の上から二本目の糸を解き放って。それでしつけ糸が走る!〕
言った通り一本を離すと、複雑に編み込まれた糸が連鎖して、体外に張り出していたノロがあっという間に肉体に収まり、人型を取り戻した。
〔八つの世界を結びし鋼の螺旋よ、この一つ鏡の可能性をひとつ、つまみ抜き、ほころびを繕え。我は世紡糸を君がために奉る〕
夜見は銀糸を操りながら、魂依の甲冑をひとつ、またひとつ剥がしていき、やがて優稀の顔が現れると、彼女と一つになっていたノロが糸玉となって地面に転げ落ちた。玉汗を流しながら、激しく呼吸を繰り返した。
糸が離れると、穏やかな寝顔を浮かべて糸が切れたように地面へ倒れた。麻琴と暁は無我夢中で優稀を抱きとめた。
「優稀!優稀!」
「ううん、麻琴ねぇさま。あきらねぇさまばかりずるい。わたしにも冷凍みかん、ください」
「優稀ちゃん!」
暁と麻琴の懐に抱かれ、穏やかな眠りの中で笑顔を浮かべている。技の成功を確信すると、夜見は膝から崩れ落ちそうになった。
「おっと、危ない」
そんな彼女を葉菜は抱きとめた。満遍の笑みを見て、夜見も笑顔を見せた。
「今のはなんだい」
しゃべろうとする夜見の口をとっさに塞いだ。
「すまない。でも、今聞いてしまったら情報として利用してしまう。僕は大事なことを知らないでいよう」
「葉菜さん」
夜見を起こすと、葉菜は何度も頷いた。
「ようやくわかった。ボクのすべきことは、再び特祭隊を一つに戻すことだ。そして君たちが動きやすいよう、ボクが『悪党』側から全体をコントロールする。ホットラインは早苗が持っている。そして決着がつく時に再び会おう!」
「わかりました!戻ってきた時、私があなたの居場所を守って見せます」
「たのむ。それと、命を投げ出すマネは勘弁してくれよ、それじゃ!」
駆け出した葉菜の足取りは軽かった。また再び会う日まで、共に戦い続ける友との約束の言葉を交わした。
(そんな顔しないでください。私は葉菜さんを尊敬しているのですから)