~光紡ぐ八ツ鏡~   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

32 / 47
あん・なちゅらる・してぃ!

 

 

 ここは水戸からそう遠くない大洗は、海の見えるカフェテラス。人払いのための『悪党』の刀使達が一定の空間を確保し、護衛している。

 そのうだつの上がらない独特な雰囲気を嗅ぐわせ、はたして本気なのかどうかわからない彼女の態度に、沙耶香は困惑した。

「そうですね。お土産あります。それでいいですか」

 新多弘名という刀使は、日高見派に所属する長船の刀使であった。日高見麻琴を見限り、『悪党』に入るために、一週間前の魂依暴走の一件に乗じて脱走してきた。その手引きの一切は葉菜によってなされた。

 監視役につけていた結芽が一切見かけなかった人物を、泳がして情報を掴むために連れてきた『撒き餌』の葉菜が紹介する。幹部である雪那、舞衣もふくめて彼女を信用できなかった。

 だが、下手に葉菜を手放す動機を作れば、どんな情報を撒かれるかわからない。彼女の今までの『葉隠』の経歴からは、彼女が信管の作動した爆弾であると感じさせた。

「どうかな沙耶香くん。彼女はこれでも日高見の諜報部員で、いろいろ知っている。日高見を転ばすなら弘名くんが必要だろう?それに、カナヤマヒメのノロの居所も」

 葉菜がそう話しながらカウンターからコーヒーを受け取ってくると、舞衣、弘名へ手渡した。沙耶香の前にはメロンのフラペチーノを置いた。

落ち着いた口調で弘名に問いた。

「その居場所を知ったら、あなたは用済みとして処理するかもしれない」

「用済みですか?私がいれば、安桜美炎ことカナヤマヒメの精神体を、技でも口でも政治的にも抑えられる。それがいらないなら、なんなりと処分なさってどうぞ」

 ごくシンプルに、引き出す言葉は少なく、しかし確実に沙耶香を揺さぶる。葉菜はいたってそれに慣れている様子だった。

「わかった。あなたを『悪党』に迎える。私の命令は絶対。いい?」

「どうも、効率重視でがんばります」

 舞衣は緊張をほぐすように明るい話題を振りつつ、ふとその居場所を尋ねた。

「つくばです」

「つくば?同じ茨城県の?」

「日高見家の研究施設で、表向きには金属粒子実験器具社という名前の中小企業です。実際には筑波山の地下で日高見家の所有する数百年分のノロを収容しています」

 舞衣は笑顔でその言葉に頷いた。葉菜が簡単に説明を付け加えた。

「日高見家は幹部衆がそれぞれの研究をしていて、日高見麻琴の属する分家筋はそこを保管庫にしている。その収蔵庫へのキーは彼女しか持っていない。だから若干十七で幹部筆頭の地位を持っているのさ」

「じゃあ、案内してくれますか?つくばに行くメンバーには、燕さんと山城さんをつけます。お目付役ですが、鈴本さんも行動をいっしょにしてもらいます。いいかな?沙耶香ちゃん」

「うん、私は準備があるから、あなたたちに任せる」

「かしこまり」

 沙耶香はフラペチーノを手に持つと、海の見える窓辺へと歩んで行った。それを追いかけて舞衣が追っていったことで話は終わった。

 葉菜はごく当然のように弘名を案内し、大洗水族館に連れてきた。

 館内を無言で回りながら、人気のない大きなクラゲ水槽の前に立ち止まった。

「燕結芽の荒魂がどこにでも着いてくるのに、話ができると?」

 弘名は何もかも察していたように葉菜の顔を覗くと、それを待っていたのだと言わんばかりに水槽を漂うクラゲの姿を穏やかに見つめていた。

「たぶん。は禁物だが、『悪党』抜きにしても、彼女の行動は不可解なことが多すぎる。ぼくは彼女の気に触れるようなことはしたくない。おそらく火傷じゃ済まない」

「火傷?」

「彼女が、沙耶香も含めて僕たちの生殺与奪を握っている。結芽くんはそうでなくても刀使の中では最強だ。ぼくは死にたくない」

「なるほど。ほっときます」

「ああ。じゃ、話をしようか」

 葉菜と弘名の話すべき問題は、ある一個人の経歴についてであった。

 それは、糸見沙耶香。特祭隊は親衛隊の第三席であった彼女は、雪那率いる舞草過激派の一つ『悪党』のリーダーとして、特祭隊に反旗を上げている。

 しかし、彼女は不可解な行動があった。会って間もない舞衣を幹部に迎えたり、『悪党』に可奈美、姫和、薫、エレンに一切手を出してはならないなど、目的に対して障害となる相手への対応が甘かったりと彼女の真意を掴みかねる命令があり、それを上司である雪那は一切咎めなかった。

「カチコミの最終段階、十条姫和の『一つの太刀』を用いたタギツヒメの封印が失敗した要因に、沙耶香の裏切りがあり、沙耶香のそれをまさかの無刀取りで衛藤可奈美が抑えてしまった。彼女は天才であり、なるほど人を惹きつける魅力もあるが、やはり未熟だ」

「きになっていたんです。糸見さんは『無念無双』という、冥加刀使の新たな段階を使用し、それはタギツヒメに対抗しえた。あっさりすぎません?」

「うん。『無念無双』は、沙耶香のノロに対する無限の吸収能力に反映される形で、強化されると踏んでいる。その吸収能力の正体はわからない。その答えは」

「彼女の経歴が教えてくれると」

 葉菜と弘名は人のいない場所を点々と移動しながら、話を続けた。

「糸見沙耶香の過去、その全てを知る高津雪那が何もかも蓋をしている」

「でも、その高津雪那には養子がいた。その養子は去年の夏に亡くなった」

 弘名はサメの大顎の骨格を覗き込み、二重に連なる歯を一つ一つ観察した。そのガラスケースの反対側に葉菜は立った。

「高津美香。十二歳の時、子供のできなかった高津夫妻に養子に入る。長髪で、顔の堀の浅い、ゆったりとした子だったらしい。養父の高津茂登が亡くなってからは、高津雪那が一人で育て、二人の希望に沿って鎌府中等部に入学し、刀使になる。そして、母親の名に恥じない活躍をしていたが、任務中に仲間の刀使を守って死亡。享年十七。彼女の本当の両親も荒魂の手にかかり、彼女も」

「妙ですね。重要人物の子供が亡くなっていたとは初耳です」

「高等部に上がってから、学級に入らず高津学長の指導で全国を点々としていたらしい」

「英才教育ですか」

「にしては、仲間内を大事にする高津学長がそんな教育をするとは思わない。それは沙耶香くんを見れば一目瞭然だ。その沙耶香くんも、高津学長の養子同然だ」

「確かに、糸見さんは孤児でしたね」

「日高見では、沙耶香の経歴はどうなっていたかな」

「葉菜の得たそれと然して、ですが冥加刀使の研究に、日高見研究者が噛んでいたようで、支援の予算が組まれたのが、三年前。この年に高津美香は高津学長直下に、糸見沙耶香が刀使の能力を見込まれて鎌府に引き取られています」

 大水槽の前に立つと、ペンギンたちが悠々と空を飛んでいた。

「無念無双の研究か」

「動機は今尚も不明です。しかし、二人ともその研究に従事したのは間違い無いかと、日高見の『魂依』研究でも、そうした例はよくありますので」

 円形の展望台に来ると、西から来た雲によって青空は半分以上が曇りになっていた。海はさほど荒れてはいないが、青ではなく黒々とした海が水平線から続いていた。

「刀使の人員増加によって被害が減ってきた。だが、その刀使は今までの被害によって家族も家も失った孤児たちがいた。彼女たちは復讐よりも、生きていくために中学時から公務員として給料が与えられる刀使の道を選ぶ。満杯の孤児院は、ここ三十年間の凄まじいまでの被害規模を反映していた」

 葉菜も弘名もいたって静かな面持ちで海を眺めていた。

「それに業を煮やして、特祭隊はノロ回収にノルマをつけた。それも、各校、各チームに争うように荒魂を討伐させ、ノロを回収させた。そして麻琴さんは、いやみんなそのノルマに押しつぶされ、傷を負った。タギツヒメは折神紫の対抗策を人員損耗という回答をもって対抗した。その回答は、私のいた場所でも同じだった」

「弘名、君は風のない薄曇りの琵琶湖を見たことがあるかい」

「いえ、意識しては」

「ここの海の境界はとてもはっきりしている。だが、琵琶湖のそれは、何も見えないんだ。ややぼんやりと水平が見えて、やがて、音もないものだから感覚が薄らいでいく。一度溶け込んでしまうと、境界があいまいになる。僕たちが、刀使の力を持つ年少の少女が、御刀に選ばれる。これは、いつまで続くのかな」

「なるほど、そもそも前提が荒魂やノロを中心に回っている。その限り、人の認識は混濁し続ける」

「僕たちは今まさに、その前提を変えていく機会に直面している。でも、旧態依然なのは、どうしようもない事実だ。刀使に関わる、誰も彼もがだ」

 葉菜が着信に応答すると、由依に車を水族館前につけるように言い置き、電話を切った。

「葉菜。この変革はもう止められないのですか」

「変革?そんなものは、とうの二十年前に江ノ島で終わっているよ」

 螺旋階段を降りていく葉菜を、弘名は黙って着いていった。

 

 

 茨城県のつくばに到着した早苗と夜見、そして可奈美は、日高見麻琴の派閥が管理する保管施設へ行くため、輝に土浦から車を出してもらうこととなった。

 駅前の広いロータリー前で三人は待っていた。

「そういえばなんだけど、なんで『悪党』なんだろう?」

 可奈美の何気ない疑問に、夜見も首をかしげた。

「どうしてなんでしょう?わかりやすくて『悪党』呼びが定着していましたが」

 早苗が検索画面に出てきた画面を二人へと見せた。そこには鳥帽子を被った男の肖像画が表示されていた。

「だ、誰?」

「可奈美さん!楠木正成ですよ!南北朝時代の名将です!」

 そういえばと早苗が刀使たちに配られた『悪党』の制服の写真には、襟元に菊花水の紋章を象ったバッチが付けられていることを示した。

「楠木正成は河内一帯で無理な荘園支配や年貢取り立てに抵抗し、鎌倉幕府討伐を志した後醍醐天皇に味方し、少ない戦力で万の敵を相手にした名将です。『悪党』はこうした反乱行為を起こしていた楠木正成たちを鎌倉方が呼んだ呼称ですが、後世、義賊的な彼らを尊敬する意味合いもあります」

「へぇ、沙耶香ちゃんがそこまで考えていたんだ」

 感心する可奈美に対して早苗は首を傾げた。

「うーん、おそらく高津学長の入れ知恵じゃないかな、少なくない人数の刀使を味方につけて、わざわざ制服も作って支給しているんだもの、それだけの行動力は高津学長以外ありえないよ」

「紫様、じゃなかったタギツヒメに対抗しながら、色々準備していたんだね」

「そうですね。高津先生は、糸見さんはいつから『悪党』を準備していたのでしょう」

 クランクションが鳴ると、駅前のロータリーに見慣れたオリーブドラブのパジェロが停まっていた。

「おまたせ、可奈美も久しぶりだね」

「はい!輝先輩!また稽古付けて欲しいです」

「あいかわらずだなぁ。、わかった!今日はつきっきりの警護だから、たまには付き合ってやる!乗れ!」

「二人で話を完結させないでください三尉殿」

「すまん、すまん!」

 車は駅から十分ほど、金属粒子実験器具社の研究所がある。大通りに面する三階建ての研究棟には日高見家の金環のマークが象られている。

「日高見家の研究を支援しながら、国立の金属特殊研究所などに検査機器を納入しているメーカーだ。まさか、ここの社長が夜見と顔見知りとはねぇ」

「そもそも社長だという旨を今はじめて知りました」

「あらそう?それもそうか」

 車が研究所につくと、一人の老人が三人を出迎えた。

「どうも、つくば本社の所長の有村です。麻琴様から事情を聞いております。どうぞ」

 三人が案内された場所は、地下の第四開発研究室と呼ばれる場所の扉であった。

「ここは?」

「お嬢様は先にみなさんにある人に会ってほしいとのことです。警護はそれからで」

 自動扉が開くと、そこには白衣を着て、研究員と打ち合わせを重ねる暁の姿があった。彼女の目の前には、魂依の装甲の裏に張り巡らされ、枝のように幾重に重ねられた回路が走っていた。

「暁」

「おう、来たか」

「これが、魂依のノロを通す回路だね」

「ああ!こいつはすごいんだ!ノロが一つになろうとする作用を、珠鋼の粒子で誘導することでノロがある限り均等に、全体へ巡らし続けるんだ!ここまでの技術を完成させるのに、どれだけの時間がかかっているのか」

「いけるんだね!これで禊布を」

「これだけ完成していれば、あとは禊布の試作品に反映させるだけだ。かなり早く実戦に出せる!実地試験も合わせて、ひと月半でお前にも届けられるぜ」

「そんなに早く!」

 嬉しそうな顔から苦笑いに変わって、頭を掻いて見せた。

「母親の代以前から、日高見はこれを研究し、実現して見せた。そりゃあよ、頑固にもなる」

「暁、これは麻琴さんのためにもなる。やろう!」

「うっし、元気出た!それじゃ、例の場所を教えるぜ」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。