筑波山と連なる宝筐山の麓、かつて大きな寺院があった場所には厳重に柵がたてられた施設があり、二人の刀使が飛び入ってきた。
「大きな施設はダミーです。あの扉のついたゴミ捨て場へ」
弘名の承認コードで鍵が開くと、由依は誰かの気配を暗闇の中に感じ取った。
「岩か、葉菜さんならわざとかなぁ、弘名さんはこのまま目的のものを回収に向かって、私はそこでこそこそしている子の相手をする」
「了解っす」
階段を降りていく音を最後に、由依は夜闇にぐっと目を凝らした。
「出てきなよ。あなたなら、私が写シを張らなきゃ勝負にならないと踏んでいるのでしょ」
その人影は御刀を鞘に収めたまま、由依の前に姿を見せた。
「早苗さん。どうも、ひさしぶりだね」
厳しい面持ちの彼女は、帰ってほしい旨を由依に投げかけた。
「このまま奪い合うのはタギツヒメに好機を与えるも同然、そして大荒魂の残照を狙っている」
由依はありきたりなその話に肩を落とした。
「だから、沙耶香さんに託そうって話じゃない。タギツヒメより、人の理性を持った器の方が、人のためにノロや荒魂の力を使える」
言い終える前に、背中を丸めてその負っていた鞘から長大な蛍丸を抜き払った。
「これさ、もう死ぬほど言ったんだよ、言い飽きちゃった」
「なら、お互い建前は言い尽くしたわけだね」
早苗も自然と御刀を抜き払っていた。
「お!いい目してる。そうだよ、本音は沙耶香ちゃんの想いとは全く別。でもさ、今は自分の立場があるから、曲げられないのよね」
由依は切先を水平に相手へ向け、対して早苗は切先を突き出すように構えた。
「負けない。これが私のできる精一杯だから」
「精一杯か」
互いに写シを張ると、由依の切先が舐めるように首先へ何度も走る。早苗の念流による硬い防御と返しを警戒してだが、何よりも早苗の反撃を封じ続けるのに効率の良い攻撃方法であった。
しかし、一縷の隙に滑り込ませるようにその大太刀を回し外し、前進した。
(やっぱり、後手)
軽やかな足取りで下がりながら、逃すまいと進み続ける早苗の頭上めがけ、大太刀を振り落とした。受けたが、その強靭な打ち落としが念流の芯をわずかに崩した。由依は逃さず腰を落として刃を回しながら切先で早苗の胸を撫で、写シを剥がした。
「これで精一杯?」
早苗はすぐに立ち上がって間合いを離しつつ、写シを張り直した。
「まだ!まだだよ!」
飛び込んできた突きと浅い斬り付けの連続が走る。しかし、小手先のことを重ねれば重ねるほどに、由依の払いは正確さを増していき、右上段へ向かっての斬り流しが走ったのを見計らい早苗は受けて、すぐに浅く振りかぶって懐に飛び込んだ。
「だからっ!」
浅い斬り付けが長大な柄に受け止められ、次につなげる判断をする前に真正面から叩き切られ、写シが弾け飛んだ。その衝撃で後ろへ投げ出された早苗は背中から崩れた。
「いい目をしていると思ったのに、とんだ期待外れだよ早苗さん」
「だからって、諦めるわけには」
「全部後からついて回ってきた。今までついてくるだけで、何も成しえない、力にもなれない。早苗さんってさ、自分が行動の中心にないよね?」
「んっ」
「役不足、他の刀使連れてきてよ」
早苗は由依の態度に不思議と怒りが湧かない。いや、湧かせようとしない。自分の感情を相手に優先させない。親しい人の感情が、行動が、自分自身の行動の選択肢だった。なら、なぜ夜見と対等でいたいと願ったのだろう。立ち上がった早苗は笑顔であった。
「由依さん。前からずっと思っていたの、本気なら私はあなたに勝てるって」
その言葉に目を輝かせた。
「そう、その目、勝利を渇望する剣士の目は、容赦を知らない」
「まだ夜見さんと真っ向勝負してないの、いい練習相手になってね」
「まずは、腕試し」
迅移からのその速度を生かした叩き下ろし、早苗はその重い一撃を受け止め、返した刃による二度の突きによって由依の写シが剥がれた。
「早苗さん、これがあなたの剣!」
「この程度なの由依さん?」
「いいや、まだ磨き足りない!」
写シを張り間合いを離すと、二度の斬り付けから飛び離れて、隠し剣の構えから大きく振りかぶって早苗が来るのを待った。確かに飛び込んできた、だがそれは迅移による近間への飛び込み、ついふり被りの手を緩めて受けに移そうとした。そこに柄を握る両手で由依を押し込み、崩れた彼女の真っ向から切り落とし、写シを奪った。
(私は夜見さんのように、高いスタミナ量を持っているわけじゃない。でも、夜見さんはそれに満足せず、自分の欠点を状況作りに全てのリソースを割いていた。なら、苦手な相手を私のペースに引き摺り込む状況を作ればいい!)
構えたまま、由依が写シを張るのを待ち構えた。
(後の先を構築する)
由依の顔は緊張によって両頬が上がっていたが、目は笑っていなかった。
「これじゃ対等じゃないね。妹がいること話したよね」
「うん、未久ちゃんだよね」
「そうだよ。未久を救うために私は高津学長と相楽学長とさ、取引したの、最新治療を条件に舞草の二重スパイと実験体をやるとね」
由依の目は赤く光り、そのまま蛍丸を上段に構えて写シを張った。
「おかげで未久は回復に向かっている。だから、私はその報酬に見合った仕事を果たす。全力で、精緻に、ときに豪勢に!」
「ありがとう。お互いに全力を尽くす理由がある。そして、いい勝負ができる」
ふとした瞬間に静寂が訪れ、互いに静かに息を吐く音に耳を澄ます。
早苗の息が止まった。
先に飛び込んだのは由依であった。
左から薙ぐように見せてから、切先を早苗の胸と首へまっすぐ突き立てた。だがそれは突きではなく、小さく振りかぶった細やかな斬り付けであった。陰流を元にした彼女の大太刀剣法は、可奈美ほどの観察眼を持っていないものの、リーチゆえに二の足を踏みがちな大太刀で相手の出足を計りながら、決定打を叩き込めるタイミングを見出す。彼女の剣は、相手のペースと歩幅を彼女の有効な間合いに留めおくことにある。
対する早苗の間合いはびくともしない。これには語弊があるが、念流の作り込まれた『芯』は容易に崩し得ない。攻防に即した剣を振る彼女自身の軸はブレず、それどころか由依の二の足に合わさせる大太刀の間合いに入らない。常に大太刀の切先が自身の隣を過ぎる程度の場所で、間合いを維持し続ける。それどころか、ジリジリと前へ詰め始める。
(ならば!)
切先を早苗の天頂に廻し、口を一文字に結び留めた。
同時に早苗も上段から刀を振り落とすと、その弾けるような打ち込みに、早苗の腰が崩れた。
(そこっ!)
小さく薙ぐように刃を走らせたが、すでに突き出すように構えていた刃に突き受け止められ、そのまま滑り込むように突きを刺し入れた。
切先を離すと、由依の写シは落ちて、その場に膝から崩れ落ちた。
「やっぱ、かっこかわいいじゃん」
息を切らしながら、由依が再び写シを張るのを待っていたが、大太刀から手を離して手を挙げるのを見て、ようやく構えを解いた。
「もう写シ張れないよ」
すっかり緊張の抜けた顔を見せるため、早苗はむっと口をへの字にさせた。
「まったくもう!」
御刀を鞘に戻すと、もう一度戻ってくるように言った。
「いいよ。沙耶香ちゃんへの義理立ても済んだし、『悪党』には葉菜さんもいるしね」
「本当なんですね?」
「うん。かっこかわいい早苗ちゃんの指示に従います!ビシバシ使ってね」
「返す手のひらが軽すぎないかな」
「語るべきことは決闘の中で語り合った。ようこそ、剣士の世界へ!」
「ごまかさないの!」
強烈なブザー音に二人同時に端末を見た。
「この反響値!まさか!」
大太刀を抱えた由依はすぐに写シを張った。
「早苗ちゃん、行ける?」
「はい!」
地下保管施設の扉は壊し開かれ、その周りに黒い制服を着た二人の刀使が倒れていた。息を切らしながら、影に隠れていた弘名はレイピアの切先を天井に向け、息を整えた。
「確かに、麻琴さんでもきついでしょ」
「出てこい。ワレを騙すとはいい度胸だ」
「何が」
写シを張り、表へ出ると、その赤い影に向かって切先を走らせた。最小の動きから繰り返される神速の突きがタギツヒメを押し込んでいく。だが、タギツヒメは笑っていた。
「なるほど、こうか?」
二刀のうち片方だけを突き構え、鍔から先を突き出すように切先を走らせる。胴への突きを鍔でいなして、逆に切先を胸に滑り込ませた。
「ぐっ」
写シが剥がれ、弘名はその場に崩れ落ちた。
「どう言うわけかは知らぬが、ここにはどのカグツチもいない!だが、残置気配は感じる。そう離れてはないところに、ヤツもおろうて」
写シのない弘名へ振り落とされた刃は、迅移で飛び込んできた刃に弾かれた。
「させないよ!」
連続する打ち合いに、タギツヒメは顔をしかめた。目の前には一度ならずとも自身を圧倒した可奈美の姿があった。
「千鳥の娘か」
「はぁ!」
タギツヒメは可奈美の勢いを打ち落とすと、出口を飛び出でて、早苗と由依を無視して山を駆け降りていった。
「おわなくちゃ!」
「由依さん。私たちが追いかけても、返り討ちに会うだけだよ」
「むぅ〜」
地下に降りると、弘名が切り開かれた保管所の中から、ノロの入ったケースを一本取り出していた。可奈美はどうしたものかと、やってきた早苗の顔を見た。
「何があったのですか、それにあなたは誰ですか」
弘名はケースのシリアルナンバーを確かめると、早苗に向かって一言、自分は『葉隠』であると告げた。
「いずれ、またお会いしましょう。どうもカグツチのノロも移動済みみたいなので」
その場にいる人々を気にせず、写シを張るとタギツヒメのように逃げるように施設から去っていった。