「いますよ、大洗に」
そうじゃない。そうじゃあないんだ。
『悪党』のノロ収蔵庫襲撃から二週間。一時は彼女を拘留する方針だったが、薫と朱音の機転で即任務に飛ばすことで、由依は処罰から免れた。ただし、タギツヒメのノロが四散したことによる、荒魂の大量発生は、由依ふくめ夜見たちを否応なしに討伐へと駆り立てた。
そうして二週間。
あいも変わらずタギツヒメと『悪党』とで、三つ巴でノロを奪い合う日々が続いていた。そんな状況にテコを入れたいと、薫は由依に紗耶香たちの居場所を尋ねた。
「基本的に水戸の高津学長を支援する民間派閥と、東海村のノロ研究施設にアクセスしやすい大洗を根城にしているんです」
こうもあっさりと居場所がわかった。いや、むしろ来ても跳ね除けられる自信があればこそなのだろうか、薫はすぐにややこしい事態の連なりを考えずにはいられなかった。
(タギツヒメは戦力を整えたら、タキリヒメかイチキシマヒメを狙いに来る。でも、それは沙耶香もそうする可能性が高いということでもある)
目の前の由依はいつも通りに飄々としているが、こちらに戻ってきた理由も何となく想像がついた。
「なぁ由依、なんで戻る気になった」
「義理立てが済んだからかな、沙耶香ちゃんが戦力増強のために欲しがっていたノロの六割は集まったし、それに守勢に回る特祭隊の方がやばいと踏んだの、妹のいる病院だって刀剣類管理教区付属だからね」
「そうか、はぁ」
「まぁねぇ、戻ってきても高津学長主導で『悪党』の冥加刀使化は進行している。タギツヒメが繰り出してくる荒魂の規模が大きくなってきている。おかげで『悪党』の子達にも怪我人が出ている始末、もちろん冥加刀使の子もだよ」
薫はしばし天井を見つめ、由依に向き直った。
「決めた。由依、調査隊に入ってタギツヒメへの有効打を探れ、もしかしたらコヒメが鍵になるかもしれん」
「了解!制服は綾小路のを借りていくね」
たった一言の命令を聞いて、由依は足早に司令室を後にした。
オペレーターが忙しく指示を飛ばす中で、真庭紗南の声も大きく響いていた。
(可奈美、エターナル、エレン、真希に、寿々花も関東の任務に着かせるべきだな、なるべくチームで固まらせて、有事に対応できるようにしよう。もちろん、俺も一緒に関東に残る。遊撃で動かせるのは夜見と早苗か、いい加減に好き嫌いせずに麻琴と話ししねぇとなぁ)
司令の大きな席で大きなため息をつくと、ねねが二発ほほを叩いた。
「さんきゅーねね」
「ねねーっ!」
勢いよく起き上がると、寧々切丸ではなく山鳥毛を手にし、真庭学長の前に立った。
「薫、この状況はまだ続く、そうだろう」
「うんにゃ、近いうちにタギツヒメも沙耶香も攻めてくる。守り以外に手がなくなるくらいに後手後となっちまったが、勝負は始まったばかりだ」
「しかし、調査隊も、魂依布計画もまだ始まったばかりだ。すぐに戦力にはできんぞ」
「おう、だから本部長には負け戦の覚悟がほしい。最後の最後に勝利を掠め取る執念を、な」
薫と紗南は互いに不敵な笑みをぶつけ合った。
「もう負け戦の連続だ。今更怖くない。悪いが、頼むぞ薫」
「ふふん、じゃあ一世一代の時間稼ぎを始めるか」
「ねねぇー!」
忙しく全国を飛び回る夜見は、その日を綾小路の学生寮で過ごすことになった。
また、日があるうちにどうしてもここにくる必要があった。
「あ、もう秋か」
校庭に植えられた紅葉が赤付き、彼女の髪を撫でるように冷たい風が流れる。深呼吸すると、今一度、薫からのメールを開き読んだ。
(簡単に言ってくれるなぁ)
隣にやってきた人物も、同じように紅葉の木を見上げた。
気難しさを絵に描いたような、そんな硬そうな面持ちの女性は夜見に向き直った。
「皐月夜見。御前試合前の模擬試合以来だな」
「お久しぶりです。相楽先生」
綾小路武芸学舎学長の相楽結月。夜見は、結芽を冥加刀使に導き、由依と葉菜というスパイを舞草に提供し、現況ではどちらにも旗を振らず、赤羽刀調査隊の支援者となり、中立の存在となっていることしか、存在を認知していなかった。
「夜見。すまないが、先に聞かせてくれないか、結芽は私を恨んでいたか」
寒そうに身を縮こませている彼女からは、一切の覇気を感じられなかった。
「結芽さんは、たぶんこれは自分が選んだことなのだから、あなたはきっかけでしかない。そういうふうに言うかもしれません。戻ってきて欲しいのに、沙耶香ちゃんから離れてはいけないと、自分から戻っていった。あの子は少しずつ大きくなっていますよ」
「そうか」
しばしの沈黙ののち、何を聞きたくて尋ねたのかと問う。
「あなたがまだ、高津学長と繋がっているのか、知りたいそうです」
「わかった。その前に、ある人物に会っておくといい」
「どなたですか」
「じきに調査隊が来る。彼女たちに聞くといい」
「わかりました。ではのちほど、お話をお伺いに参ります」
結月は夜見の顔をじっと見つめた。
「ありがとう。結芽の姉であってくれて」
「はい」
綾小路内の研究棟エントランスで待っていると、夜見は久しいその声の方へと振り向いた。
「夜見―っ!」
手を振る美炎と、それに続く制服の異なる五人の刀使が、話に聞いていた調査隊の面々であると初めて知った。もちろん、由依もその中に混ざっていた。
「美炎さん、お久しぶりです」
「そうだよ、旅立ちの日からあの日を迎えても、ずっと会ってなかったんだもの、でも早苗から色々聞いていたよ。みんな、紹介するね皐月夜見さんだよ」
「知っているよ」
七之里呼吹のうだつの上がらなさそうな表情を、夜見は思い出した。
「あ!対荒魂の射撃実験の時、横取りしたって怒っていた!」
「アタシは荒魂ちゃんを横取りされたことは、ぜってー忘れないようにしてるんだ夜見先輩」
「そんな言い方ないよ、呼吹さん。その前も毎日、捕縛荒魂を相手にしていたんでしょ」
「荒魂を見るや飛び出していくあなたには、少し贅沢だったかもしれませんね」
六角清香とミルヤの言葉に呼吹はぶっきらぼうにしながら、美炎は目を点にさせていた。
「え、夜見さ、学年いくつ」
「高等部一年ですよ?」
「じゃあ、年上で、先輩ってこと?」
呼吹は何かに気づいて、美炎の背に忍び寄った。
「おっと、みほっち。まさか、高等部の先輩をずーっと、呼び捨てでタメ口だったのかよ。此花隊長に言いつけようかなぁ」
「お願い〜っ!それだけはやめてぇ〜!」
「呼吹ちゃん。おねぇさんは、やりすぎはいけないと思うの」
「わかった!わかった!チチエはその顔こぇえからやめろ!ごめんって、美炎」
震えガタつくほどに怯える美炎を、夜見は困ったように大丈夫と繰り返し言い聞かせた。
「いいの?」
「もうそんな細かなことを気にしていません。今までのように接してくれると、嬉しいです」
「ありがとう〜っ!」
美炎が親衛隊支隊で必死に背伸びをしながら、しかも舞草のスパイ活動もしていた。しかし、目の前にいる彼女は年相応の女の子に感じられた。
「でもね皐月さん、此花さんに会うと直角に礼をする癖があるのよ」
智恵のその言葉は、トラウマが悪化しているように思えたが、気にしないことにした。
「相楽学長から許可を得ています。あなたにコヒメを合わせたい」
「コヒメ?」
御刀を佩いたまま入室を勧められると、厳重に閉じられた部屋の中に白い肌に琥珀の瞳、そして両耳を頭に生やした少女が本を読んでいた。児童向けの絵本である。
「美炎!みんな!」
美炎は何の抵抗もなく、駆けてきたコヒメを抱き留めた。
〔ほうほう、もしかして〕
小柄が飛び、さらに夜見から人型の白い影が離れた。
スクナビコとラルマニであった。
驚く一同は二人の突然の出現に驚いた。智恵はそれが、夜見の憑神であると見抜いた。
コヒメの前に小柄を浮かすと、スクナビコはまじまじとその姿を見た。
〔タギツヒメのように大きな本体を有していない。僅かなノロで、しかも君自身で人型を完結させている!穢れのない、純粋な好奇心ゆえに生まれたんだね〕
「ど、どうして、わかったの?」
〔わかるとも、君にも僕と同じ珠鋼のより結んだ存在だからだ〕
「えっ?」
〔ま、いずれわかるよ。でも、ラルマニはなぜ出てきたんだい?〕
スクナビコと夜見の隣を過ぎると、美炎とコヒメを交互に見た。
〔安桜美炎よ、お前は愛宕安桜の者だな。そうでなくて、内と外で荒魂の親愛など受けられまいて〕
「カナヤマヒメがわかるのですか」
〔ああ、まだ目覚めていないが、穢れが感じられないのでな、よほどお前に寄り添っているのだな。不思議だな、夜見〕
「ん?」
〔なぜか、このタイミングになって、人型の荒魂たちが足並みを揃えて現れた。コヒメ、と言うか、お前はどうしたい?〕
美炎は、なぜそのような問いなのかを尋ねた。
〔意思をこの世に結んでいる目的が荒魂にはある。大抵の荒魂は、はじめこそ好奇心や穢れの発散を目的にしてきた。それが、いつのまにか殺されるという事実を、作り出す人と珠鋼に並々ならぬ怨念を持つことになった。ゆえにノロを分祀し、常に彼らが穢れを落とし、見守れる場所に置くことにした。彼らが、大地への回帰を果たせるその日を紡ぐのが、神なる力を持つノロと珠鋼が人の業を濯ぐ手段であり、刀使の役目。それがこの時代では幾分か変質しているが、概ねはそれを守っている。ゆえに、彼らを信じ、ノロとなり穏やかにいる道がある。しかし、それが、全ての荒魂が受け入れるとは限らない。その結果が、カナヤマヒメやタギツヒメだった。幼い彼らが、最短距離で人への興味と怨念を果たせる道を弾き出した。コヒメや、お前はどうしたい?〕
「コヒメをノロに還すなんて!」
〔愛宕安桜、私はコヒメに尋ねている〕
コヒメは寂しげな顔を浮かべたが、しばらくして大きく声を張った。
「わたしは、一人でいたくない!どう思われてもいい、かまって欲しいの!」
人でも、荒魂でもない、どっちつかずのコヒメを、夜見は幼い一人の女の子と思い出していた。おそらく、美炎も、この場にいる調査隊の面々も、同じ気持ちなのだろうと思えた。
〔まるで人だな。いや、人と珠鋼が生み出したゆえに、人という形と魂は成るのだろうかの、わかった。ただし、そのささやかな願いを叶えるために、お前は同胞のタギツヒメを討つことに手を貸せるか〕
「タギツヒメの思いがわからない。いっぱいのノロに溢れる思いが一つになったのに、その思いの中にノロじゃないのもいる。だから、怖い。あの思いは簡単に抑えられない。だから、討てるかわからない」
「コヒメ」
ラルマニは大きなため息をついた。が、その顔は笑っていた。
〔夜見、よくこの娘と話し、食を味わい、戯れよ。それで十分だ〕
そう言うと、夜見に重なるように姿を消した。