ここは綾小路の宿舎エントランス、ソファーに腰掛け、ミルヤはまじまじと蕨手刀を見た。
「ホロケウ、最も古い珠鋼の鍛造方法を用いた御刀のようです。まさか、本当に存在していたとは思いませんでした。確かに、先程の禍神となってしまった巫女の話は本当のようですね」
「はい、現実感がない話ですが、ここに共にいるのは間違い無いので」
兼光も鑑定を頼むと差し出すと、真っ先に小柄を確かめた。
「これも珠鋼を使っていますが、スクナビコと結びつくものはみられませんね」
「そうですか」
自身の身に起こった全てのことを話した。
ある程度はことを知っていた由依と美炎でさえ、驚きを禁じ得なかった。それゆえか、一同は夜見がコヒメよりもはるかに奇妙に思えた。
「ねぇ夜見、私ね、昔から引き運がやたら強かったの、それで引いたのはことごとく大変なことばっかりだった。素敵な出会いもあったけどね」
「あの時、ばったりと荒魂の大群に出くわしたのもそうですか」
「あっ!やめて、やめて!ちょっと黒歴史なんだから」
なんだろうと、清香と呼吹に智恵も中身を尋ねた。おどおどする美炎がおもしろく、夜見はあの仲直りの日のことを話した。美炎が恥ずかしがるが、智恵はどこか嬉しそうであった。
「今思うと、支隊の中では誰よりも真剣で、まっすぐだったんでしょうね」
「なぁーんだ。今と変わんねぇじゃねぇか」
呼吹が笑顔で呆れる風態をすると、清香は嬉しそうに頷いた。
「みんなのために背伸びして、つまずいちゃうところとかね」
「そうそう、美炎ちゃんのかわいいポイントなんだよね!」
由依が嬉しそうに頬を擦り寄せてくるのを、美炎は静かに逃げ出した。
「ああーっ!まだ今日のハグノルマ終わってない!」
「なんか支隊にいた頃より見境がない!」
逃げ惑う美炎を追う由依の二人を眺めながら、ミルヤはふと尋ねた。
「山城由依は、まだこの隊に来て日が浅い。彼女のことを少しばかり教えてくれないか?」
「それは、あの子から聞いてください。そういうお人ですから」
由依の信念は、重たくしかしあたたかい。それを知ればこそ、余計な言葉は必要ないと夜見は思っていた。
「そうですか、ところで兼光も見せていただきありがとうございます」
「あ、そうだ。これも鑑定できますか?」
夜見は慣れた手つきで銀糸を宙から引き出した。
しばし、瞬きをしていたが、ミルヤは見るなりそれが珠鋼で出来ていると言い当てた。
「由来はわかりません。鍛錬の仕方もわからない。でも、これは珠鋼で間違いありません」
「それって珠鋼だったの?支隊の頃から荒魂も切れないほど頑丈だったの、不思議だったんだ」
美炎が立ち止まった瞬間、由依に背中から抱きつかれた。
「つかまえたーっ!」
一同の端末が一斉にアラートを鳴らし、急いで画面を注視した。
「この数はいったい!?」
智恵の驚きは一同も同様だった。
端末のスペクトラム計には、綾小路をぐるりと囲む荒魂たちの姿が映されていた。
「馬鹿な!こんな数がなぜ今まで」
「この突然の包囲と奇襲。まさかタギツヒメ」
夜見の言葉にミルヤは静かに頷いた。
「荒魂ちゃんたちが来たんだな!しかも、自分たちからこんなに!」
呼吹は目を輝かせて席を飛び越えると、出入り口の向こう側へ一目散に駆けていった。
「ミルヤさん!」
「安桜美炎、お前は六角清香と七之里の援護につけ、瀬戸内智恵と私が後方を援護する。山城由依は皐月夜見の援護、自由判断で七之里と並ぶように攻撃を始めなさい」
「了解!」
美炎と清香が駆け出すと、四人は互いに顔を見合った。
「タギツヒメの目的は」
「コヒメか、美炎さんの中にいるカナヤマヒメ」
「山城由依、皐月夜見さん。命令を改めます。山城は安桜美炎を護衛、皐月夜見さんはコヒメのいる研究棟の護衛を!」
「まかせてください!」
タギツヒメの軍団は徐々に前へ前進する。
やがて呼吹を発端に、綾小路の刀使による反撃がはじまった。
「相楽結月か、紫の右腕であった女か、こうも早いとはのう。相手に不足はない」
呼吹たちのいる場所とは正反対の場所に、タギツヒメは熊型の背に乗って森の奥に見える綾小路の校舎を見下していた。
「どこにおるのかのう、清光の切先よ」
場所と時を三十分前に移した鎌倉の特祭隊本部。
夕食を済ませた薫は頭の上のねねの寝息を聞きながら、物思いに耽っていた。親衛隊詰所の休憩室ではコーヒーが飲み放題であり、それを知ってから毎日来ていた。
作戦を立て、指示を済ませた彼女は曇った顔でメールの一文を読んでいた。
【鈴の葉は知らぬ。白き鳥は鵺と獲物を啄むを】
今しがた送られてきた弘名からの文章が、まず葉菜が重大な作戦から外されていることを示す。そして、白い鳥と虎。すでに獲物を捕食している、つまり、沙耶香が鳥と仮定して協力者と同調した動きを見せている。その協力者、鵺という妖怪の名で存在を暗示している。
(ずっと頭に引っかかっていた。タギツヒメはどうして、カナヤマヒメの分祀ノロの存在を知っていた。協力的になるまで、日高見家が厳重に蓋をしていたことだぞ)
薫は何かに感づいた。それに則って、まずエレンに電話を掛けた。
彼女は祖父のフリードマン博士とともに、『魂依布計画』の協力をするために特金研に赴いている。
「どうしましたか薫?」
「エレン、ひとつ考えて欲しいんだ。沙耶香は俺たちが三女神のうち二人を確保、一度ならずと自身をうちかました可奈美がいる。さらに、タギツヒメが独立して敵対している。まず、どこから対処すればいい?」
「ノンノン薫!私たちには美炎とコヒメがいまース!両者ともに、内蔵している穢れのないノロは魅力的なはずです」
「そうか、穢れのないノロは純粋な力になりうる。冥加刀使の完成は結局のところノロから不純物を取り除き切れなかった故に、中止したのだったな」
「そうしますと、まずは二人の女神と戦って負けるよりも、純粋なノロを手に入れるのが増強には一番」
「ああ、エレン。結論は同じだな。すぐに連絡をとる!」
「お願いシマース!」
電話を切ると、神妙な面持ちのまま再ダイヤルして電話をかけた。
それが二分すぎると、音声メッセージの案内に繋がれた。
「夜見、美炎、死ぬんじゃねぇぞ」
三段階目の迅移が見抜かれ、写シの剥がれた夜見は壁に叩きつけられた。
(これが、完成された無念無双なの)
起き上がった夜見の前を黒い衣服に身に纏い、頭から琥珀に輝く両角を伸ばす少女は、強烈な七色の残像を起こす写シを身に纏い。コヒメのいる部屋の方へ歩んでいく。
「行かせません!」
写シを再び張ると、二刀を構えて彼女に向かって飛び込んだ。張り巡らせた糸は確実に足止めにはなる。
「それじゃ、届かないよ」
斬り付けが避けられ、激しい斬り付けが何度も叩きつけられ、写シの剥がれた夜見は床に倒れ込んだ。
「い、糸見さんっ!」
「おねぇちゃんと私の願いを妨げるなら、死ぬ覚悟はあるよね」
沙耶香の目は琥珀色に輝き、もはや人間とは思えないほどに真っ白な肌が、彼女がどんな存在に変化したのかを察知させた。それは、コヒメとは真逆の性格へ向かっている。
「まだ!」
銀糸が一斉に張り巡らされ、沙耶香の道筋を塞いだ。
「それで?」
珠鋼の糸が切られた。いや、薙ぐようではあるが、ノロと写シ、そして珠鋼が合わさることで、沙耶香と妙法村正は尋常ならざる力を発動している。
〔だめだ。規格外にも程度があるよ〕
「スクナビコさん!あなたが匙を投げないでください!」
再び立ち上がると、力を振り絞って写シを発動する。ラルマニから授けられた写シのは十二分の耐久力を持っている。だが、相手が悪いという事実を、その身でひしひしと感じていた。
僅かに夜見を見た彼女の目は、その眼中に夜見はいないと言っているも同然だった。
「はぁ、まだ立つのなら、止めをさす」
一太刀は入ったが、そこから腕の写シを叩き落とされると、突きが夜見の気力を奪い去った。
力なく壁に倒れかかった彼女に向かって、その切先が振り上げられた。
「さようなら」
「だめ!」
そのか弱い剣が沙耶香の振り落としを払った。
目の前で涙顔を浮かべるコヒメよりも、力を抜いていた自分に驚いた。
「夜見は!ラルマニは!私を認めてくれた人なの!殺させない」
「コヒメさん、逃げて」
小狐丸を構える彼女には、荒魂にはないはずの写シが張られていた。
「あなたも呪われた運命に生まれた子なら、私と一つに」
「コヒメはコヒメなの!あなたみたいな、荒魂もどきじゃない!」
必死に御刀を振るうが、沙耶香には入らない。少しばかり手を緩めて転ばせると、その背中を斬って写シを剥がした。
「わたしだって、なりたくて荒魂になったわけじゃない!でも、このノロの中にはいるのよ」
「あ、うう、美炎」
溢れんばかりの殺意がコヒメを恐怖させた。
「わたしはおねぇちゃんとひとつだから!こわくない!」
動かない体に歯軋りしていた夜見の目に、沙耶香を切り飛ばした白い閃光が見えた。
斬られた沙耶香は、片角が消え、白い肌が赤みを帯びた人肌に変化していた。
「沙耶香。これが、お前の決めた戦いなんだな」
静かな呼吸に、よく練られた彼女は、左拳を突き立てる卜伝流の構えで沙耶香に対した。
「十条さん!」
「怪我はないか」
「はいっ!」
驚きで起き上がった体を走らせて、コヒメを守るように懐に抱いた。
「薫からとにかく綾小路の研究棟に行ってくれと連絡が来た。あいつの勘が外れた試しがないからな、お互い運が悪いな沙耶香」
白い鬼ではなくなった沙耶香だが、まだ強靭な七色を帯びていた。
「邪魔しないで!」
走った刃を、歯にもかけないといった表情のまま刃を受け、やがて沙耶香に対して攻めにかかると勢いを削ぎだし、呼吸を乱しにかかる。
「すごい!これが姫和さんの実力なんだ!」
沙耶香は可奈美と戦った時と同じ感覚を味わっていた。
(無念無双は龍眼と三段以上の迅移さえも乱し、崩す!なのに、姫和の剣は無念無双を貫通する!)
沙耶香はたまらず間合いを離すが、姫和の無段階三段階迅移の射程から離れられるスペースは、研究棟の廊下にはなかった。その泣き腫らした顔には、先程までの無機物な非人間的な表情はなかった。敗北を前に溢れる感情が、沙耶香の顔に溢れかえっていた。
「沙耶香。おまえがどういう信念で動いているかは知らない。だが、いつでも帰ってきていい。可奈美なら、そう言うだろう」
背を向けて迅移で消え去った沙耶香は、姫和のその言葉に返す言葉をそこに置いていかなかった。
朦朧とする意識の中を無理に起こしていた夜見は、コヒメの隣で気絶し倒れた。