~光紡ぐ八ツ鏡~   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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あとむ・はーと・まざー!

 

「待ってー!」

 満身創痍の美炎は、その黒い制服の背中を追いかけた。ただ、その腕に抱かれたコヒメだけを凝視した。

「タギツヒメとあれだけ戦ってまだ走れるとは、美炎さんは怖いですね」

 身を翻し、真正面から飛び込んでくる美炎を突き裂いた。茂みを転がり落ちた美炎から写シが落ち、そのまま気を失ってしまった。

「やれやれ、鈴本さんの言う通りですね。皐月夜見と美炎さんと真っ向勝負は避けるべきと」

 タギツヒメと糸見沙耶香が同盟を組んでいた。

 いや、正確には情報を一方的に提供していたのだが、このコヒメと美炎を誘拐するために、双方の利害が一致した。その結果は、沙耶香の敗北を盾に弘名がコヒメを誘拐。タギツヒメは安桜美炎の力を目覚めさせてしまい、撤退した。

「やれやれ、もっと早く情報を掴んでいれば、こうもあっさり捕まえなかったのに」

 合流地点に到着すると、そこには沙耶香と葉菜の姿があった。

「どうも、戻りました」

 不満げな葉菜は、弘名にお姫様抱っこされるコヒメの顔を撫でた。誘拐されたにしては、穏やかな寝息を立てていた。

「この場で処理して吸収する」

「沙耶香、今はよせ」

 目を赤く輝かせる沙耶香が、凄まじい力で葉菜の襟を掴み引いた。

 だが、彼女は怯まず声を上げた。

「文句があるかもしれないが、これは高津先生からの厳命だよ!沙耶香、君はノロを取り込みすぎだ、無念無双による消化が追いついていない。本当かどうか、舞衣にも釘を刺されなかったのかい」

「でも、だって」

 泣き出しそうな顔で葉菜に答えを乞う沙耶香が、幼くか細く思えた。

「穢れのないノロは手に入れた。とにかく戻ろう」

 

 あれから三日も経ってしまった。

 病院の一室で、夜見と美炎は二人ベッドを並べていた。

「夜見、昨日はごめん」

「いえ、守り切れなかったのは事実ですから」

 目を覚ますなり美炎は激昂したが、次第に自分を責め出して智恵に叱られるといった出来事があったが、明後日の隊員を前にして、二人は落ち着かない様子であった。

「美炎さん、私はコヒメさんを」

「わかるよ、私も今すぐ助けに行きたい」

 病室に入ってきた呼吹が、湿った空気を感じて不満そうに美炎のベッド前に座った。

「チチエとミルヤが監視しろって言うから、来てみれば、どうせコヒメ追いかける算段つけてたんだろ?」

「だって」

 ビニールからプリンを取り出すと、机に三つのプリンを置いて、その封を切った。

「だってもあるか、みほっちの回復の方が優先だろ。相手は沙耶香とお前を負かした刀使のいる『悪党』だぞ。興味もない奴らを一緒に追いかけるんだ。ちっとは感謝しろよ」

 一個を食べると、もう一個の封を切って食べようとした。

「わかったよ!ふっきーの言う通りにする。だから!」

 二個目のプリンを意地でも渡すまいと、美炎と呼吹は引っ張り合いをはじめた。

「みほっちは欲張りさんかぁ!?三つとも私のだ!」

「このぉ大方、誰かからの差し入れを横取りするつもりだったんだ!」

「いいじゃねぇか!私が来てやってんだ!その手を離せ!」

「呼吹ちゃん?」

 智恵に一通り聞かれていた呼吹の手から、美炎と夜見に差し入れのプリンが渡った。

「ふふふ、ふたりとも仲良しなんですね」

「どこが!?」

「どこがだよ!?」

 そうして息ぴったりなところ、そう言いかけた夜見はつけたままのテレビを消そうとした。

「美炎さん、呼吹さん、智恵さん!これを!」

 

 三女神のうち一人であるタキリヒメは、可奈美の護衛の元で、防衛省の地下隔離室に幽閉されていた。

この日は、朝から都内各地で一斉に荒魂が発生した。

その中の一群がある場所へまっすぐ向かいつつあると、特祭隊の面々は気づいた。

「薫、可奈美と姫和にエレン、獅童と此花を防衛省に向けるのでいいんだな」

「早苗たちは」

「支隊は今朝からの討伐任務で散り散りだ。なるべくすぐ新宿に迎える刀使を向かわせるが、避難活動が優先になるから、期待はさせられない」

「了解、やれやれ、堂々と真正面から攻めてくるか」

 

 十五体のビル3階に匹敵する大きさの熊型、十体の強力な角鹿型、頭上を埋める十体の翼竜型が一群となり新目白通りから都道319号線へ差し掛かっていた。

 突然の大群の出現に、街は騒然となり、新宿一体が大混乱に陥った。その光景を嬉々として見下ろしているタギツヒメその人であった。

「タキリヒメよ、なるほど人は不完全な生命だ。だが、はたして生かすに値するのか?」

 警察も自衛隊も市街地での、それも避難する民間人が入り乱れる環境下で、発砲することなどできない。しかし、足止めをしようにも巨大な荒魂の列は、道に置き捨てられた車を踏み潰し、炎が一体を包みはじめる。

 そのはるか前を、刀使たちが一人また一人と一群となって歩んでくる。その数はいつのまに三十人以上にまで増えていた。

「来るか、刀使よ」

 その一人の刀使が、薫のそばに寄ってきた。早苗である。

「都内にいる三十一人の混合部隊をかき集めてきたよ。本当はもっといるのだけど」

「いいや、それでも十二分に頼りになる!俺たちはまっすぐ祓い潰しに行く!全体の指揮は早苗に任せる!」

「わかったよ!」

 先頭に躍り出た薫は足を止めると、袮々切丸の大きな鞘を砕き割った。

「タキリヒメのところには行かせねぇよ、タギツヒメ」

 一斉に飛びかかった刀使たちは、薫が即座に熊型一体を一刀両断したのを皮切りに、一体また一体と倒しながらその列を止めようとする。その中に寿々花と真希、エレンが混じって、毒の瘴気を飛ばす角鹿型を優先して倒していく。天と地からの絶え間ない攻撃を耐えながら、刀使たちはいつしか荒魂の軍団をその場に釘付けにしていた。

「そうでなくてはならぬのぉ!だが、あの荒魂もどきではワレを制し得ない!抗え!それを成し得るものたちこそ相手に相応しい!」

 熊型が一斉に足を振り上げる。

 その場にいる刀使たちは、今から起こることを容易に想像し得た。

「一刻も早く地面から離れるんだ!ビルに逃げてもいい!」

 真希の怒号で一斉に飛び上がった途端に、熊型たちは地面を叩いた。

「さぁもがけ、人よ」

 熊型の引き起こした雷鳴に似た地響きは、周囲のビルのガラスを振動で割り、木々の葉は全て落ち、建物の中にはドミノのように倒れるものが現れた。

 けたたましい防災ベルの音が全てのビルから響き、その光景を呆然と眺めていた刀使たちを空中から翼竜たちが襲いかかり、写シを奪っていく。

 そして、軍団の最先方にタギツヒメが立った。

「ねねぇーっ!」

 怒りの声を上げたねねは飛び上がると、巨大な獅子の如き荒魂となり、薫のそばについて軍団へと威嚇の咆哮をあげた。

「少しの犠牲は仕方ない。そう思っていた。だが、俺が甘かった!お前をぶった斬る!」

 怒りに満ちた薫とねねの隣にエレンが進み出た。

「私も同じ思いデース!」

「人同士のことを御し切れなかった私も同罪ですわ。でも、」

「今はタギツヒメを切り祓うが、僕たちの贖罪!」

 真希と寿々花も三人とともに並んだ。

「ワレは向こう側に用がある。避けて通ろうぞ」

 迅移のごとき速さで飛び込んできたタギツヒメは瓦礫を隠れ蓑に、五人のそばをあっという間に避けて、抜き去っていく。

「このやろう!逃すか」

「薫!」

 エレンの声で翼竜の一撃を避けた。彼女たちの前には、まだ半数も生き残っている荒魂軍団が立ちはだかっていた。

「そこを、どけぇぇぇええええ!」

 猿叫を轟かせ、五人は自分たちを包囲せんとする軍団に飛び込んでいった。

 

 可奈美と姫和はタギツヒメに挑みかかった、しかし、未だ実力差ゆえに剣が弾かれる。

 その光景を見ていたタキリヒメは、可奈美を守らんとタギツヒメの前に躍り出た。

「タギツヒメ、人と荒魂の新たな可能性が芽吹こうとしている。私はそれを見たくなった。ゆえにお前はその願いにもっとも近しいはず、なぜ力を欲す」

 刀を手に、自身と互角に戦うタキリヒメの問いにタギツヒメは笑顔で答えた。

「簡単だ。未だ荒魂は人に斬られる存在だからだ。ゆえに、まずは人を滅ぼすと言う行動をもって、ワレが珠鋼と人に対して対等な存在に昇華するのだ。人類という群に釣り合う、強大なワレという個を作り出すためにな」

「それでいいの?」

 タキリヒメの援護に入った可奈美は声を上げた。

「私とタギツヒメに垣根はないのに、それを信じてくれないの」

「衛藤可奈美、今のお前では役不足」

「可奈美!だめだ!」

 姫和の声は一拍遅かった。

 可奈美の写シを剥がし、止めを刺そうとしたが、その刃をその身をもって受け止めていたのは、タキリヒメであった。割れた面の底にいた素顔は、穏やかな笑顔を浮かべて可奈美を見つめていた。

「飛べ、衛藤可奈美。その刀の別名のように、雷を裂いて飛ぶのだ」

 膝から崩れたタキリヒメを刀越しに、タギツヒメその体ごとノロを吸収した。

「タキリヒメっ!」

「ふふふ、あとはイチキシマヒメだけか、存外あっけない」

 写シを張って再び挑みかかってきた二人を無視するように避け、出口を一目散に駆けていく。

「きぇええええええええええええ」

 エントランスに出た瞬間、袮々切丸による打ち廻りが走る。

 シンプルな攻撃ゆえに、すさまじい速度とパワーでタギツヒメを畳みかける。

「だが、甘い!」

 背後を取られたが、エレンが大きく弾けるような力でタギツヒメを蹴り上げた。

 三段階迅移で飛び込んできた寿々花の太刀が、ついにタギツヒメの胴に傷をつけた。だが、それを読んでいたように寿々花の写シが突き裂かれ、駆け足で防衛省敷地内の鳥居に飛び込むと、その姿がパタリと消えてしまった。

 最後の熊型を斬り伏せた真希は、鳥居に飛び込んだタギツヒメを見た。

 彼女とねね、そして早苗が殿となって軍団を叩き伏せたが、それでも間に合わなかったことを痛感した。

「くそぉ!」

 息を切らしながらも、叫ばずにはいられなかった。

 

 たった一時間で、外苑大通りと合羽坂の一体は壊滅し、防衛省は使用不可能になるほどの被害を被った。

 そして、残有する最高戦力でのタキリヒメ防衛戦は、敗北という結果を残してしまった。

 

 

 

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