季節は十一月も暮れに差し掛かろうとしている。
葉は落ち、冷たい風は冬の到来を告げていた。
ここは天竜川沿いに立つ、八幡電子の浜松工場。
精密製作工場の室内には、ロール状に白くきらめく生地が織り上がっていく。
「一ヶ月でやっとこ3ロールか」
肩を回し慣らす暁の隣で、計算を続けていた麻琴はその結果を笑顔で暁へと差し出した。
「でも、なんとか八着分は間に合わせられるわ」
「ちっとバタバタしたが、実証実験も上々だ」
「それと、ストームアーマーの縮小版の金飾り類も数が揃い出している。あとはデザイナーと縫製スタッフを連れて来なくちゃ」
腕を大きく伸ばすと、大きく胸を張った。
「よっしゃ!もう一踏ん張りと行こうぜ」
生産室を出ると、優稀が二人の元に駆けてきた。
「麻琴ねぇさま!暁ねぇさま!もうみなさん集まっていますよ!」
「はい、では急ぎましょうか」
三人が戻ってくると会議室には、一筋縄ではいかない面々が揃っていた。
舞草の頭脳面であるリチャード・フリードマン博士、八幡電子からS装備計画の担当者である恩田累、開発魔・渡邊エミリー、機械好きにも程度があるぞ土師景子、美濃関の良心たる服部達夫、S装備の二の舞を止めろ鴨ちなみ、実戦側からのアドバイザーには、支隊最年長の綿貫和美が真希の推薦で参加した。対荒魂に関しては開発に関わってきた播つぐみが揃っていた。
さて、この十一人の吹き荒ぶ開発問答は熾烈を極めた。
しかし、筆者には既にこの十一人を書き分ける余力が残されていないため、ここでは彼らがまとめた『魂依布計画』の完成骨子について紹介しよう。
「十二月中旬までに全九着が完成予定。装着者は実力者を考慮し、リミッターを一部外した仕様で投入する。装着者はごく普通の衣服を着用しているのと変わらないが、珠鋼を織込まれ、S
装備同様に写シなしでの全身防護効果を発揮する。さらに、布に張り巡らされた微細な回路にノロを通すことで、冥加刀使の写シ強化を『魂依布』の着脱のみで付与することができる。また、使用者の必要に応じてS装備の縮小型防具も用意される」
局長室にフリードマンが報告書を携え、朱音、紫、紗南、薫が一堂に会する。
朱音の読み上げに、紫は驚きをもっていた。
「まさか、わずか半年で実用化にたどり着くとは」
「これには日高見麻琴が、魂依の技術を全て提供してくれたから実現できた。魂依は皮膚に回路を通すことでパワーアップを実現していたが、これを珠鋼の布に転用した稲河暁のアイディアには感嘆しているよ」
フリードマンがそう誉めると、朱音は『魂依布』の名称を用いるのに難を示した。
「まだ魂依の実験が続いていると聞いております。なので、今は魂依とは別の名称を用いたいと思います。『魂依布』の実戦投入に反論はありません。みなさんもよろしいですか」
そして意義を唱えるものがいないと確認すると、最初の計画名称を用いて『祭祀礼装・禊』の名前が出され、それが承認された。
同じ本部の親衛隊詰所のロビーで立ちながら、互いに端末を突き合わせる夜見と早苗の姿があった。
「そうだね、チームでは二人もしくは三人で一組の行動単位に修正しよう。なるべく損耗をリアルタイムでカバーできるように」
「隊長格にも、一人のお付きをつけてツーマンセルでの行動単位にしましょう。それでしたら、戦力を押し出すときに指揮補佐ができます」
「うん、いいと思う。すぐに真希さんと寿々花さんに話を通そう。ところで、そうなると夜見さんは誰と組むの?」
夜見はさも当然のように、早苗を指さした。
「わたし、獅童班の隊長代理だよ」
「十二月から私の班が正式に発足するのは知っているでしょ?隊の指揮経験はここ二月程度しかないから、どうしても早苗の協力がほしいの」
「ほう、僕から優秀な部下を引き抜こうとは、大きく出たな」
夜見の後ろに立っていた真希に驚き退いた。
「お人が悪い。でも、私も生半可な覚悟で班長職を承っていません」
「わかっているよ。早苗、君の補佐に着いてくれている綿貫に班長代理の引き継ぎをしてくれ、交代書類と転属届けは僕のいる時に提出してくれ」
「了解しました。岩倉早苗は、近日中に皐月班に転属します」
「ありがとうございます真希さん」
「親衛隊の一員になってからの夜見には、何もしてやれなかったからな。僕の右腕で勘弁してくれ」
早苗はその言葉を聞いて、呆気に取られていたが、真希がそうして気にしていたことに夜見は嬉しかった。
近いうちに沙耶香か、タギツヒメと戦うのは必然となった。
休みなく働き続けた親衛隊員たちは、朱音の命令で隊ごとに刀装具の一斉メンテナンスに入った。もちろん、編成完了前休暇期間を送る皐月班が優先して入った。
「蕨手刀ですか!古代刀を研ぎ整えるのは初めてですよ」
バンダナを巻く青砥陽菜は息を飲んだ。
「うむ、こりゃあ柄もボロボロだ。このまま使い続けるのは良くない。皐月夜見さん、二振りとも柄と金具を新調する。研ぎは陽菜に任せてやってくれ」
同じように額にバンダナを巻く青砥陽司は、屈託のない笑顔を見せた。
「おとうちゃん!」
「ほら!ここで怯んでいる暇はねぇぞ!五箇伝の刀匠過程の名人が鎌倉に集まって、一気に精鋭親衛隊とかの装具を修復するってんだ!この青砥がまけられねぇ理由がある!」
「戦うのは刀使だよ!皐月さん!必ずこの子が全力を出せるよう、いい仕事をしてみせますから」
「はい、よろしくお願いします!」
御刀を預けてすぐに、道場へと赴いた。そこには輝と紅馬、そして紫の姿あった。
「紫先生!なぜにここへ」
「この二人から二天一流を習っている身だ。その二人の師である私が指導をしない通りがないだろう」
道着に着替えると、三人が変わり立ち代わり二刀で襲いかかってくる。タイミングを見計らって銃剣道ようの木刀を持ち出して輝が攻めかかってきた。
「はぁはぁ!なんで!輝さんは!銃剣を!」
「簡単さ、自衛隊行ったらそういう剣術もある!私もね、可奈美には敵わんが剣術バカでね!」
しかし、すべき稽古は槍術、もしくは離れた間合いからの攻撃をいなし、いかに攻めかかるかという課題を負っていた。三者三様、一切の妥協を許さない三人の剣士に、夜見は息をすぐに整えて攻め上がっていく。
「夜見、太刀が入る時に手を緩める癖をやめろ。心配ない、その立ち回りで合っているぞ」
自身を圧倒する紫の言葉は優しくも、厳しさがあった。それは自身の剣をあっさりといなす紫の太刀筋からも明らかだった。その日から通常任務を抜けていたこともあって、三時間も稽古が続いた。
「よぉーし!今日はここまでだぜ!また明後日な」
紅馬の笑顔に、夜見は顔を引き攣らせた。
「は、はい。よろしくお願いします」
もみくちゃにされた夜見は、無心でシャワーと着替えを済ませた。詰所に戻ってくると、事務室には紫が先回りをして待っていた。そこにはなぜかイチキシマヒメの姿もあった。
「せ、せんせい」
「夜見。夕食前におやつだ」
「えっ?」
紫は、さも当然のようにカップ焼きそば三つを持ってきていた。
魔法瓶からお湯を注ぎ、数分を独特な静寂の中で過ごす。身に沁みるような疲れの中、呆然としながらイチキシマヒメを見つめた。
「なんだ。我を見つめても何もないぞ」
「はぁ、そうですかぁ」
お湯をバケツに捨て、三つの容器から揚々と湯気が立ち上った。薬味を混ぜ、紫は夜見とイチキシマヒメはそれを受け取った。
「紫よ、ワレは別に食べずと」
「イチキシマヒメ、人は」
ずるずると食し、飲み込んでから話を続けた。
「食べることでコミュニケーションをつなげる」
さらに一口食べた。湧き上がるような空腹に押され、ついに夜見も食べ始めた。
「人は食によって命に生かされていることを」
イチキシマヒメは、二人の咀嚼音とソースの香りを五感で味わい始めていた。
「共に食卓に並び、食べることで共有するんだ」
(あ、紫先生って、こうしてボケるんだ)
イチキシマヒメはとうとう、割り箸を割って麺をすくい取った。
「食は、会話なのか?」
ついに、ソース焼きそばを食べ始めた。
(あ、そっか、荒魂ってごはん食べれるんだ)
音を立てて啜ると、珍妙だと言いながら、また一口、二口と食べ進める。
「私は美奈都に教えてもらってから、ついついとカップ麺を食べたくなってしまうようになった。内緒だぞ、夜見、イチキシマヒメ」
「美奈都って、可奈美さんのお母様で」
「ああ、我の大きな半身を封印した者だ」
どこか嬉しそうに、しかし寂しげな笑顔を浮かべた。
「二人を救いたいという、私個人のわがままのつもりだったが、それも不思議な縁を結んで、二人の娘とともに戦っている」
「うれしいのですか、先生」
「ああ」
イチキシマヒメはあっという間に食べ上げると、小さな声でつぶやいた。
「うまかった」
夜見は屈託のない笑顔で返事してみせた。
「はいっ!美味しゅうございました!」
「またこっそり、食事会をしよう」
「魅惑のおやつタイム、イチキシマヒメさんもぜひ」
「勘弁してくれ、人は末おそろしいのぅ」
就寝前になると、スクナビコが現れて銀糸を編む練習を始める。
複雑な折り込みからの連鎖反応、しかし縫い方を手違えると、途端に糸が絡まり、醜くい形に変わってしまう。
〔もう一回やろう!それで今日は終いにしよう〕
「はい!」
疲れが全身を包んでいるが、彼女は持ち前の冷静さを武器に、糸を組み、編み込み、複雑な立体の幾何学模様を形成していく。
〔君の使命、それは近いうちに訪れる現世と隠世の境界の破綻を結び、修復することだ〕
「初耳なんですが」
〔ふふふ!これを一度でも編み上がるのを待っていたんだ!〕
「え?」
部屋には八方向に立体的に組み込まれた幾何学が、大きな錘状に形をなしていた。
〔これが世紡糸の本来の力を発動する形だ。これを空で編めるまで毎日やるよ〕
露骨に嫌な顔をした夜見に対して、スクナビコはとても嬉しそうであった。
〔大丈夫、君はここまで来れた自分を誇りにしているし、裏切ることもない!必ず成し遂げられるよ。一応は神様の僕が保証する〕
小柄に乗って飛び回るスクナビコを目で追いながら、眠気が襲ってきた。だが、ひとつ気になることを尋ねた。
「あの、スクナビコさんって、男の子ですか」
〔え、女の子だよ〕
目を瞬かせ、呆れたように背中から倒れると、そのまま眠りに入ってしまった。
〔あらら、まぁ今はおやすみ夜見。僕は君を頼りにしたいからね。ふふ〕