~光紡ぐ八ツ鏡~   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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にわし・きんぐ!

 サミュエル・コッキング苑に聳えるシーキャンドル、沙耶香はその上に立ちながら、上空に集まるノロを少しずつ吸収していく。

 だが、飛び込んできた白い一閃がノロとの導路を切り離した。

 振り向くと、黄金の額当てをつけた。目新しい巫女服の刀使が二刀を手に立っていた。

「あなたは」

「沙耶香さん、もうやめましょう」

 ふわりと降り立った沙耶香の目は、琥珀の輝きを放っていた。

「言葉はいらない。邪魔をしたからには、斬るか斬られるかだけ」

「ええ、それが終わったら帰りましょう。みんなのもとに」

 お互いの間合いを見計らい、少しずつ距離を狭める。

 沙耶香が迅移を組み合わせて飛び込んできた。右の蕨手刀を器用に動かしながら、沙耶香の必殺の切り落としを尽くいなし、隙あらば何度も薙ぐように刃を走らせた。

 互いに必中を狙い、それを先読みしてさらに必中の太刀を遠ざける。

 夜見は不用意に迅移や八幡力を使わず、魂依布による基礎身体能力の底上げのみで戦う。

 無念無双は、三段階相当の迅移などの恩恵とともに、一番に主だったのは相手の写シに備わる能力の有効範囲から、認識を外させる効果があった。だが、可奈美や姫和はそれを見抜き、圧倒した。それは、常に写シに頼り切らない剣の腕と洞察力という、無念無双ではなく沙耶香の未熟な剣という死角に滑り込むものだった。

 だが、反対に沙耶香は写シのそれら能力を用いて攻めかかる。

(なら、その都度に発動すればいい!)

 金剛身を発動し、わずかに振り落とされた剣を耐え、すぐに迅移で回り込みに対応し、八幡力で押しのけ、左上段からの兼光の一閃を叩きつける。沙耶香の右角が切り落とされ、思わず飛びのいてしまった。

(この能力の切り替えスピード、無念無双で惑わせられない)

 夜見はようやく沙耶香の土俵に立てた。

 だが、それは彼女の戦い方を、能力などの情報を集めて組んだ戦術である。彼女が剣の天才であることは理解しているが、可奈美が沙耶香は能力に溺れていると看破した故に、今こうして互角の勝負ができている。際どい、賭けに近い戦いでもあった。

「スクナビコさん」

〔いいよ、君の好きなように組んでみな〕

 沙耶香に攻めかかりながら、少しずつ夜見の戦術意図に気付いて、速度とパワーを上げ始めた。

(出せばいい!三段階迅移!)

(くそっ!あと少し!)

 熱くなった頭がすっと青ざめた。自身の意図にかかわらず、こうして突然に冷静さを取り戻す自分の体質に夜見は感謝した。

 何度も攻めかかり、剣を弾かれながら、両剣が地面を舐めた。

 息を全て吐き切ると、少しずつ息を吸い込みながら迅移の段階を上げていく。

 無表情の夜見に対して、沙耶香は引き攣った笑みを浮かべた。

(来た!)

 沙耶香は三段階目に互いに入ったことを確信すると、無念無双の七色の残像が夜見の動きを惑わし、縦横無尽の斬り付けが何度も夜見に叩きつけられる。

 写シが剥がれ、石畳の上を転げ落ちた。額当ては砕け散り、魂依布には無数の傷が焼け跡のようについていた。

 沙耶香は笑みを崩さず、太刀を振り上げてゆっくりと夜見に近寄った。

(斬れっ!斬れっ!斬れっ!斬れっ!)

 内からの声に視界も、意識も沙耶香は奪われていた。

「…可能性をひとつ、摘みとりて、ほころびを繕え。我は世紡糸を君がために奉る!」

 地面から銀糸が一斉に走り、沙耶香を中心に編み上がると、八角形を組み合わせた幾何学文様が彼女を包み込む。夜見が糸を引くと、それが沙耶香に向かって一つになるように結ばれ、それは一つの糸玉となって沙耶香の頭上に打ち上げられた。

 沙耶香の体は赤みを取り戻し、その目から琥珀の輝きは失せていた。

 力を失って膝から崩れ落ちた沙耶香は、夜見をまっすぐ睨んだ。

「何をしたの」

「はぁ、はぁ、あなたからっ、無念無双をっ、奪った!」

 立ち上がった沙耶香は、写シを張り、御刀を構えた。

「なら、あなたを倒して、おねえちゃんを返してもらう!」

 夜見も体を起こし、二刀を構えて写シを張った。

「もう、おねえさんから離れても」

「戻らない過去の記憶はまるで他人の思い出だった。でも、おねえちゃんのくれた思い出は、本物の私の思い出!私はおねえちゃんとの誓いを守るために斬って、お姉ちゃんのもう一つの体になろうとした。でも、まだ何も応えてくれない!私はただおねえちゃんの声が聞きたかったの」

 攻めかかってきた沙耶香の剣は、強情な押し込みを繰り返すが、芯の通った性格無比な剣筋である。

 二刀の不規則なカウンターを、一太刀で何度も弾き返される。

 沙耶香はまだ成長している。

 夜見は彼女が羨ましく思えた。そして、その背中を支えなくてはいけないことも理解した。

(なら、負けられません!)

 二天一流の先を読んで打つ剣、夜見の終わりのない連続する攻撃が、無念無双の剥がれた沙耶香を消耗させていく。そして、余裕を失い蕨手刀を落とし払った。そこに、兼光の突きが喉元に走り、写シを切り払った。

「終わった」

 膝を崩し、歌仙兼定が地面を転がった。

「沙耶香さん、もう、十分ですか?」

 顔を上げた沙耶香は、穏やかな笑顔で静かに頷いた。

夜見は写シを解き、二刀を鞘に収めた。

「ごめんね、美香おねえちゃん。夢は、ここにおいていくね」

【ふざけるな!】

 芯から響く声は、夜見が封じたノロの塊から発していた。

【おまえは、私のはずなのに、この身にいる姉を捨てると言うのか!許さない!お前ごと、この世界を引き裂いてやる!】

 その声は沙耶香の声だった。だが、その怒気のこもった声は、体を竦ませる沙耶香のものとは別に感じられた。

糸玉は弾け飛び、そのノロの塊から二つの目がぎょろりと姿を見せた。

【これだけの荒魂と、無念無双の無限の吸収能力があれば、現世と隠世は】

「その境界が弾ける」

 自身の先ほどま考えていたことが、目の前の自分だった者によって現実にされていく。

 空を覆う塊に飛び込んだ沙耶香のノロは、一つとなり、やがて小さな球体へと急激に収縮する。

「沙耶香さん!危ない!」

 夜見が沙耶香を抱えて推し倒れた途端、その球体は弾けて空と大地を一直線に切った。

江ノ島は真っ二つになり、空には真っ黒な切れ目が現れ、その中を赤い輝きが駆け抜けている。

「ああ!ああ!わ、私は」

「落ち着いてください!」

 沙耶香はその光景を見たくなかった。だが、それはその現実に直面して、初めて自覚した。

「わたし、取り返しのつかないことを」

 袂で泣く沙耶香の頭をそっと撫でて、顔を上げた彼女に笑顔を見せた。

「なんで、なんで!世界が崩壊するかもしれないのに!」

「大丈夫!そのための切り札は残っています」

 立ち上がった夜見は、兼光の鞘から小柄を抜き払った。

 進み出ると、その体を何十、何百、何千もの銀糸が走り、漂う。

 夜見の頭上に光輪を背負うスクナビコが、自身も背丈ほどの針を構えた。

〔さぁ夜見!ここが正念場だよ!〕

「はい!ようやくわかりました、私はこのために、糸を、人を、珠鋼を、ノロを、荒魂を、自身を紙縒り、編み、結んできたんだ!」

 八角形の文様が錘状の形を成し、その錐体はさらに八角形の幾何学的な構造体を組み上げていく。スクナビコが裂け目へ飛んで、銀糸を裂け目に通し、そこへも錐体の複雑な構造体を繋ぎ合わせていく。

 その錐体の向こうに、あらゆる世界の、多くの時間の光景が、感情が、記憶が、生命の姿が流れていく。沙耶香は立ち尽くしながら、その中から出てきた一人の人影が目の前に降り立ったのに気付いた。その光は沙耶香をそっと抱いた。

「おねえちゃん!ずっと、ずっとそばにいてくれていたんだね!」

「沙耶香ちゃん、私を愛してくれてありがとうね」

 あの時と変わらない笑顔を浮かべ美香は、再び糸の流れの中に戻っていく。

 沙耶香は泣いた、望まぬ形で願いが叶ってしまったことに、嬉しさが込み上げてきた。そして、舞衣や可奈美、姫和、薫、エレン、そして雪那の顔が浮かんだ。今は一つのことを願った、またみんなに会いたいと、心から願った。

 

 夜見は傷口を結び始めた。錐体の構造体たちは、大きな口をゆっくりと閉じ、塞いでいく。

 だが、傷口が閉じる速度が一気に落ちた。

「スクナビコさん、これは」

〔ああ!思ったよりも深い!この世界の基底にまで傷がついている。隠世の外までいかないとダメだ〕

「行きます!」

〔すまない。本当にすまない!僕は先に糸を張り巡らす!君は写シで縫合糸を登ってきてくれ!〕

「わかりました!」

 糸から手を離すと、後ろにいた沙耶香の前に立った。

 息を切らしているが、夜見はいたって穏やかな笑顔を浮かべた。

「沙耶香さん、私はこれから現世と隠世を分つ壁の基底を修復してきます。いつか、帰ってきます。必ず」

「そんな、隠世の向こう側は時間の流れが違うって聞くよ!生きている内に会えないかもしれないんだよ」

「そうなっても、必ず帰ってきます。沙耶香さん、私の代わりにみんなとタギツヒメと戦ってくださいませんか?タギツヒメは本体を隠世から下ろすことを、諦めていないはずですから」

 沙耶香は袖で涙を拭い、大きく頷いた。

「わかったよ!みんなと一緒に、立ち向かうよ!」

「ありがとう。そして、行ってきます」

 写シを発動すると、糸の構造物を辿って、スクナビコの飛び込んだ空間の切れ目へ飛び込んだ。

 

 夜見がその中に入ってからしばらくすると、傷口が完全に塞がり、真っ青な空が鎌倉と江ノ島の上空を覆っていた。

 

 その後、本部と悪党の刀使たちによって、残っていた荒魂は掃討された。

 決死の戦いに飛び込んだ自衛隊員二人と十四人の刀使は、一人の行方不明と十五人の無事が確認された。

 江ノ島を割く5メートル底の溝という傷が数時間の出来事の記憶をとどめていた。

 

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