~光紡ぐ八ツ鏡~   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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最終回 燈火結いて

 波がさざめく、寄せては返すを繰り返して、水面は照り輝く。

 

 目を覚ますと、そこは糸の構造物の中だった。

 構造物は砂がすぐに見える、浅く遥かに広がる湖か海とも判別し難い世界に、先の先までに張り巡らされていた。見上げると、薄曇りのようなものが見えるが、空の先が見えない。

 夜見はその現実感のない景色を知っていた。

「ここは、隠世の外側。世界の出口」

 夢の中で見た、別の世界の私が辿り着き、そして絶望の末に自殺した場所。

「いいや、ここは外の世界につながる前庭でしかない。本当の外は、あの空を抜けた先にある」

 スクナビコがまた小柄を筋斗雲がわりにして、夜見の前に姿を表した。

「夜見、君はさっきまで何をしていたんだ」

「ええと、隠世の外側にまで、あの破裂の傷が走って、このままだとすぐに傷口が開くと睨んで、さらに構造体を構築して結んでいたら、その糸たちに吹き飛ばされて、いつのまにか」

「そうだね、君は眠っていた。でも、こうして結び糸は正常に機能した。なるほど、緻密で隙のない仕事、母様方が君を選んだわけだ」

 キョトンとしていた夜見が、母方とは誰かとつい尋ねていた。

「それは、どなた様なのですか」

「あと少しで来るよ、そうしたら改めて紹介するよ。それと、ラルマニ、ここならもう夜見を傷つける人はいないよ、幸い、夜見くんは現世での親愛の思いで編まれた服を着ている」

 夜見に重なっていたように、白い輝きが離れ、それはラルマニの姿になった。

「そうか、もう私が守る必要もないのだな。良い友をもった」

 スクナビコの言った『母方』の来訪まで、三人は時間を持て余した。

「そうだ」

 暁の手渡してくれたチョコ菓子を取り出した。

「食べましょう。他にすることもありませんし」

「いいねぇ!僕もそういう気分だったんだ!」

 手渡された包装を、ラルマニはまじまじと見つめた。

「これがチョコを包むもの、この中に夢にまで見たチョコが」

「え?ああ!そうでした」

「私は見ているだけで、チョコを食べたことがない。ずっと、食べてみたかったのだ」

 顔を赤らめるラルマニが、ひどく愛らしく見えて夜見は小さく笑い出した。

 ラルマニは苦戦しながら封を開け、落ちそうになるチョコボールの粒を掴み、満を辞してその一粒を口に入れた。今まで見たことのない笑顔になって、おいしいとすぐに言葉が出た。

「よかった、お口に合って」

「ああ!夜見よ!私は毎日チョコが食べたい気分だ!」

「気が早いですよ」

 

 菓子を食べ終えてから少しすると、糸の構造体を避けて、水面の上を歩む二つの人影が見えた。

「いらっしゃった」

 夜見は目を丸くして、その人影の名を読んでいた。

「可奈美さんに、姫和さん?」

 二人は飛び上がって、構造体の上にいる夜見たちの前に降り立った。

 その姿は人ではあるが、巫女服や現代的でない古の衣装が散りばめられた大きな衣服を纏っていた。その腰には二人とも刀を帯びていた。

 歩み出してきた可奈美は、あの闊達さはなく上品で落ち着いていた。

「この世界の夜見さんですね。私は何度もお会いしているのですが、あなたとははじめてですね」

「ええ、ええ、でも」

「わかる。知り合いの顔がいると、別の世界の人間だとは思えないからな、だが、私たちは少し違う。私たちは八つの世界の私たち自身のカケラを集めた存在だ」

「八つの世界の集合体?」

 姫和の言葉に可奈美が言葉を繋いだ。

「私たちは、ある世界から、ある役目を果たすために、シン化を果たした。記憶や心は一つの世界が規定になっているけれど、それぞれの世界の私自身と繋がることで、ホムスビ神としての形を得ているの」

「なら、元は一つの世界の一個人、だから」

「ああ、懐かしさを感じたが、頭では別人と判断しなくてはならない。今のお前と同じだ」

 姫和の口調は何一つ変わっていない。だが、あの厳しさに包まれた雰囲気は目の前にはない。

「そっか、思い出した」

 可奈美と姫和は互いを見て頷いた。

「なら、話は早いね。私はあなたにふたつのお願いをしにきたの」

「二つ、ですか。どんなことですか、ここでできることはたかが知れています」

「大丈夫、夜見が今までを結んできたもので、十分に力となれる」

 二人は道となる銀糸の構造体を編んでほしいとのことだった。人の手が介在した者でなくては、隠世から現世へアクセスできないのだと言う。そして、もう一つはともに『舟』に乗って、使命を果たしてほしいというものだった。

「その使命ってなんですか」

 それを姫和が語り出した。

「この世界、そしてもう七つと合わせた、八つの世界で生命の魂は循環している。その循環と八つの世界間を規定する世界の骨格がある。内包する数は違えど、そうした複数個の循環を持つ世界体が何百、何千と存在する。それを、こちらでも外宇宙と呼んでいる。そして、一個一個を基底し、骨組みを成すのが珠鋼だ。今私たちが立っているのも、珠鋼の形作った外殻の上だ」

 夜見とラルマニは改めて世界を見渡した。

 この静寂の海が全て珠鋼の上の存在とは信じられなかった。

「私たちの『刀使』の基本たる、写シは、この世界そのものの珠鋼が必要に応じて関係を結び、自身の負の感情や、願望を人間に救ってもらっているんだ。珠鋼も、生きている。さまざまな生命の中で、ほんのちょっとずつな」

「でも、使命なら現世でも」

 可奈美は首を振って、話を繋いだ。

「ううん、相手はノロじゃないの、この外宇宙にいつからか、全てを絶対の一にしようとする存在が現れた。私たちはそれを『変無』と呼んでいる。あらゆる世界の、あらゆる生命の循環の多様性も、全て否定して一つの人格、一つの世界感にしようと、今この時も外宇宙に存在する世界体を喰らい尽くそうとしている」

「じゃあ、二人は」

「そうだよ。『変無』と対話し、止めるのが使命。まだ一個であるうちに、数多の世界体の一つに戻してあげる。現世にいた時と何も変わらないよ」

 夜見は、確かにそれらが現実に存在し、しかし、穏やかにすごせばでは感知し得ないことが広がっている。

「なぜ、私なのですか」

 可奈美は、そういうところ、と答えた。

「夜見さんは優しさを相手へ振り向けるのが不器用に見える。でも、それは伝えるよりも先に、あなたがそれに応えたいと行動することで、結果として空振りしている。そういうストイックさが、糸を編むときの一心不乱な集中力を実現し得なかった。たとえ、困難な状況でも、その思いを失わない強さが、この銀糸には必要だった」

「そうだよ母様!僕に銀糸を押し付けてさ、本来の僕は道を探し当てるのが仕事なのに、おかげで大仕事だったよ」

 ぶっきらぼうにするスクナビコの頭を可奈美は優しく撫でた。

「ありがとう、ここまでご苦労様でした。でも母様は恥ずかしいよ」

「へへへ、小さな荒魂だった僕に大事な仕事をくれた。こうして、夜見やラルマニたちに合わせてくれた、話させてくれた。こんな僕に返させてくれた人を『母』と呼ばせておくれよ」

「スクナビコさん、荒魂だったんですか」

「うん、二人の世界で長らく柊家のスペクトラム計にある小さな、小さなノロだったんだ。ラルマニと同じでさ、ずっと姫和を見つめ続けて、そして可奈美たちを知った。二人がタギツヒメを封印した時、隠世に飛ばされたんだけど僕が力を振り絞って二人を現世に導いた。僕はそのまま現世の大地に順化しようとした。でも、二人は僕に力を貸してほしいと言ったんだ。応えないわけがないよ!」

「お前には世話になりっぱなしだな」

 スクナビコはくるくる姫和の周りをまわった。

「姫和に言われると恥ずかしい」

「なんだとぉスクナビコ。人がいたずらっ子を珍しく褒めようとしたら」

「ふふ、あははは!ごめんって、ごめん!」

 スクナビコの子供のような笑顔に、夜見は思わず絆されていた。

 可奈美と姫和は改めて向き直った。

「聞かせて、私たちと来てくれないかな?」

 目線を外し、小さく息を吸った。

 これだけ重大なことを知り、このまま二人と世界の外へ向かう道もある。それはとても魅力的だ。刀使となった自分を誇り、守り、そんな自分を守ってくれていた生命や世界のために、向こう側で戦う道がある。縁と縁が、自分と相手とが、紡いできたここまでの道を、ふと振り返った。

 暁、早苗、結芽、美炎、紫先生、みんなの姿が頭に浮かんだ。

 そして、まだ現世には困難な事態が数多にあることを思い出した。『変無』と対話しようと試みるほどの困難が待っている。私のすべきことはまだあそこにある。

 夜見の思いは決し、二人に向き直った。

「私は共には行けません。私はまだあの世界で人と荒魂、互いの関係の難しさに真っ向から立ち向かわなくてはいけない。それに、あそこで戦う友の隣にいるのが、私の使命ですから」

 晴れやかな夜見に、もう何を言っても無駄だと二人は悟った。

「うん!わかった」

「なれば、私が代わりに行こう」

 ラルマニは夜見の顔を見ながら、三人の間に立った。

「夜見は、天寿を果たして、世界と共に悩み、泣き、そして大いに笑え。私はお前たちを守るために外へと行こう。それが、村国娘、いいやヒメとの同じ時間を過ごせなかった私だからこその選択だ」

 ラルマニも存外に頑固である。こう言い出すと、もう止められない。

「わかったよラルマニさん、私は現世で戦うよ」

 と、スクナビコがふわりと降りてきて、小柄を夜見に手渡した。

「じゃあ、もう一つのお願いはできるね?」

 『道標』を作ること、それに夜見は異論はなかった。

 夜見は構造体に腰掛けると、蕨手刀と兼光を湖の底に突き立て、幾重もの銀糸を引き出すと、今までのように形を編み始めた。そして、六葉の文様を組み合わせた錐体を構築する。

「一度だけ教えてくれた、隠世から現世への道標の編み方でいいんですね」

「いいよ!夜見なら大丈夫」

 二刀の柄を起点に、形を縮小させていき、小柄の刃で余分な糸を切り落とすと、手のひらサイズほどの錐体の編み物ができあがった。

 それを、二人へと手渡した。

「ありがとう夜見さん」

「これで、私たちは元の場所へ帰ることができる」

「はいっ!みなさん、私をここまで連れてきてくれて、ありがとうございます!」

 ラルマニは首をふりながら、夜見の肩に手を置いた。

「違うぞ夜見、お前が願い、叶えるために諦めなかったその思いが、私たちを結びつけたんだ。夜見や、新たに出会う生命とこれから死にゆく生命と、ただ健やかであれ」

 夜見を抱きしめると、彼女の目には涙が流れ落ちていた。

「ありがとう夜見、私に出会ってくれて」

「うん、ラルマニ、ありがとう」

  

 旅立ちのときが来た。

 スクナビコはありったけの銀糸を束にして、夜見に渡した。

「僕と君の糸は切れる。でも、君なら向こうに戻るための道標を編める。それと、途中で道標をもう一個置いていってくれ」

「はい、こっちの世界の可奈美さんと姫和さんを導くためのですね」

「ああ、頼んだよ。またいつか会おう!どんな形であっても、ぼくたちはまた巡り会える」

「はい、さようなら。また会える日まで」

 四人が飛び上がると、空の中から十数隻の巨大な「船」が姿を表した。

 船が飛び込んでできた切れ目から、向こう側に広がる外宇宙と、それを飲み込む鈍色輝きが遥か向こうに見えた。

「さようなら!行ってきます!」

 可奈美たちの乗り込んだ場所に人々が集まってきた。

「あ、結芽さん、真希さん、寿々花さん、エレンさんに薫さん、美炎さんに、もしかしてカナヤマヒメ?タギツヒメとあれは紫先生?」

 彼女たちは夜見へと手を振った。

 船は上昇し始め、先頭から鈍色の輝きに向かって飛び込んでいく。

 夜見はひたすら大きく手を振った、空の切れ目が閉じるまでずっと手を振り続けた。

 

 

 

 

 

 季節は春を迎えた。

 角館を訪れていた早苗は、満開の桜が包む武家屋敷を見て回っていた。

 夜見が行方不明になって、もう半年も過ぎていた。

 あれから、イチキシマヒメが姫和と同化し、タギツヒメの逆襲で吸収され、力を取り戻したタギツヒメは隠世から本体を隠世ごと現世に下ろそうとするが、年の瀬の日、可奈美がタギツヒメから姫和を救出に成功。

可奈美、姫和、沙耶香、舞衣、薫、エレン、そして紫がタギツヒメに挑み。さらに親衛隊と調査隊、暁と麻琴に優稀が加勢し、本体のヒルコミタマを退け、可奈美と姫和の手でタギツヒメを隠世へ押し込み、折神家の封印能力によって、隠世の門は閉じられた。

『年の瀬の大災厄』と呼ばれたそれは、可奈美と姫和の行方不明で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

あの日から忙しなく討伐任務が続いたが、全国の刀使の活躍もあって、出現率が下がり、こうして世話になった夜見の実家を訪ねにやってきた。だが、なかなか足が向かず、こうして駅から街中へと歩いてきた。

 あの日、再開した日は花がなかった枝垂れ桜は、美しい薄紅色に輝いていた。

 そこに、背の高い、短い髪に二振りの御刀。ボロボロだが、彼女専用の祭祀礼装・禊を着ている。そのふわりと、しかし忽然と現れた人影になんども目を拭った。

 頬に平手も打った。

「夢じゃない」

 振り向いた彼女は、自身を見て驚き、すぐに泣き出しそうな笑顔に変わった。

「早苗」

 考えるよりも先に夜見へと飛び込んでいた。目の前に感じる暖かさが、本物であると感じさせた。いや、感じられた。確かに、彼女はここにいる。

「早苗、ただいま」

 泣き顔で歪んだ視界も顔も構わず、早苗は満遍の笑顔を見せた。

「おかえりなさい、夜見!」

 

 

 朝が来た。いつものように顔を洗い、化粧水で整え、シャツとスカートを着替え、髪を整えてから、白と紫のジャケットを着付けて着剣装置の金具をジャケットのソケット部に接続した。

 鏡に向かいながら、深呼吸して部屋を出た。

 まずは、事務室に向かい、今日も処理担当と会う。

「おはようございます錦織さん、兵藤さん」

「おはよう皐月さん」

「おはよーなのですー!」

 いつもの落ち着いて清楚な錦織と、元気一杯の兵藤なずなの顔を見て、笑顔を見せた。

「食堂の書類を持っていきます」

 錦織は待っていたようにノートを手渡した。

「はい、いつも早起きするのは、隊員の顔を真っ先に見るためだな」

「事務シフトはどうしても早朝からの任務ですから、無理をしていないか確認しないといけません」

「皐月さん!この通り!なずなは元気いーっぱいですから!おまかせくださーい!」

「はいっ!お願いします」

 朝食を済ませ、稽古場に行くと、そこには葉菜の姿があった。

「調査隊付きになったが、もっぱら後方支援だからね。何かあった時のために、日々剣の鍛錬はかかせないよ」

「葉菜さんには敵わないなぁ」

 二人して笑い合い、そして立ち会ってから、夜見は先に本部棟に向かった。

 本部等の親衛隊待機室は、局長室の部屋がそのまま使われている。もちろん、紫と変わらず、朱音も親衛隊と政務をとっている。

 部屋には既に、真希、寿々花、結芽、早苗、薫に沙耶香が待っていた。

「おはようございます夜見さん」

「おはようございます寿々花さん」

「来て早々ごめんなさい、一つ報告がありますの」

「日高見御老衆の件ですね」

「ええ、やはり十人中反対九票で、麻琴さんの計画変更案が否決されましたわ。これから先は内紛の可能性が高いですわ」

「日高見と縁のある美炎さんにはカナヤマヒメが共生している。早めに手を打たないといけませんね」

 紫、朱音、紗南、そして雪那が入ってきた。

 雪那は『年の瀬の災厄』で卓越した指揮能力を発揮し、その功績で罷免を免除されて鎌府と関東地区司令を任されていた。

「ふたりとも、その話は後だ。全員、横一列並べ」

 真希がそう号令をかけると、四人の指令たちに対して、夜見たちが向き合うように立った。

 それに朱音が頷くと、紗南が前に出て資料を声高に読み上げた。

「人事通達。これは、本日より有効となる。まず、特別遊撃隊隊長、益子薫」

「おう」

「ねねー!」

「特別遊撃隊副長、糸見沙耶香」

「はい!」

 一歩進み出た二人に、紗南は頷いた。

「続いて、親衛隊関西方面隊『白組』第五席兼隊長、岩倉早苗」

「はいっ!」

「同じく、『白組』第四席兼副官、燕結芽」

「はぁーい!」

 資料をめくると、夜見は思わず息を飲んだ。

「親衛隊関東方面隊および本部付き『紅組』第一席兼副官、獅童真希」

「はいっ!」

「同じく『紅組』第二席、此花寿々花」

「はいっ!」

 白と紫、そして金をあしらった新たな制服。夜見の胸には、五箇伝マークのブローチがついた飾緒が輝いている。

「そして、東西親衛隊隊長の第三席、皐月夜見」

 前へ一歩踏み出した彼女の顔は、これからの事態への緊張と、晴れやかな気持ちが混在していた。だが、目はまっすぐ前を見つめ、輝いて見えた。

「皐月夜見!謹んで拝命いたします!」

 

 

 

 

 

 

 

 これは『あの日』からをはじめた、私たちの物語。

 

 

 

 

 

 

「光紡ぐ八ツ鏡」完

 

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