~光紡ぐ八ツ鏡~   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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一ツノ鏡

 

 色のないはずの夢の中、深い眠りの揺り籠は、夜見にここではない景色を見させる。

 これは、私の記憶?

 

 夜空を覆う赤い波が、琥珀の輝きを滴らせながら、丸ノ内直上へ降りようとしている。

 多くの人は現実感のない光景に足を竦ませるのだろう。

 そして、この行き着く果てであっても、一人溢れる荒魂を切り払いながら、街を放浪する人影がある。

 

 ノロが、一つになり始めたノロが、ただひとつを求めるよう囁く。

 

「あなたに、また、褒めてもらいたい。一言、労ってもらいたい」

 

 ダメなら、それでいい。

 気難しいお方だから、家庭もうまくいっていないのも聞き及んでいた。だからこそ、何かにすがりたかったのでしょう。親愛を抱いた先輩に、幼い身なりの人型の荒魂に、手塩にかけて育てた教え子に尽くして自分を保っていたかったのだと、その結果ゆえの不満を何度もぶつけられた。

 

「でも、あの方はそうして一人になれば、すぐにそこへ閉じこもる。諦めてしまう」

 

あなたには、私がまだ必要なのです。

 

私が貴方様に必要とされたい。誰かに頼られたい。

 

居場所も、仲間も、力も与えてもらった。だからまだ、恩返しできていない。

 

 体のあらゆる場所から、人であった頃の器官が失われる感覚がある。

 痛みよりも、喪失感と激しい飢えが身のうちを走り回る。

 

全身の感覚が鈍りだし、ふわりと意識が消えかけるタイミングが何度も来た。

今度のも、大きい。

ゆらぐ視界の向こう、頭の中にビルの一室に座る高津雪那の姿が見えた。

 

「いま、参ります」

 

 現実感がない。それでも、足は一歩、また一歩と階段を上がっていく。

 

〔コノママダト…シヌゾ…?〕

 

 構いません。このビルにも荒魂が入り込んでいる。学長の身も危ない。

 一刻を争う状況です。だから、このまま進みます。

 

〔…………ソレデイイノカ〕

 

 はい。ここは私の選んだ道です。

 あの方にもらったものを、返す。とても簡単なことです。たとえ、この身が人であることを

失っても、私は燕さんのように後悔をしたくはありません。

 目的の階にたどり着くと、悲鳴と共に廊下を埋め尽くす荒魂達の姿があった。

 

「そこを、どいてください」

 

 もう写シなんてたいそうなものはない。ただ、ノロによって荒魂と化した肉体は、一振りで荒魂を叩き切る力をくれる。あとは、抵抗をさせないうちに切り捌くのみである。

 だが、背中を押し貫く感触が走った。

 左胸には長いツノが貫通しており、角鹿型荒魂が鼻息を鳴らしてさらにツノを押し込んだ。

 

「だからっ!」

 

兼光を逆手に持ち替えてその顔に突き捌くと、ツノを強引に引き抜き、片角を切り落としてから、二歩踏み込んで、その大きな首もすっぱりと切り落とした。

 

「ぐっ!」

 

残っていた。心臓は蝕まれずに元のままあった。そして、今ので時間がなくなったのも理解した。

 目の前でまだ背中を向け、部屋へ押し入ろうとする荒魂三体をあっという間に切り、その向こう側で恐怖に顔を引き攣らせる雪那を見つけた。

「よ、夜見!ふっ、笑いに来たのね。紫様にも、沙耶香にも、タギツヒメ様にも見捨てられた私を、モルモットふぜいのお前が助けるとは!」

 自嘲の笑いも、この人が大切な人々のために恥も外聞も気にしない人だから、こう可愛らしい人なのに、誰もこの人に手を差し伸べない。

 だからこそ、私は。

 

「ただいま戻りました。高津学長」

 

 もうダメだ。意識が飛べば、もう体の形を維持できない。

 

「お勤めご苦労様でした。夜見」

 

 その言葉を聞いた瞬間、全ての糸がぷつりと解き放たれたように、全身の力が失われる。

 やがて、強烈な睡魔が襲ってきた。

 

 これが、私の最後。

 

 でも、嬉しい。

 

 綻ぶ心が、どこかへ転がり落ちた感覚が、遠ざかっていく。

 やがて、全てが闇の向こうに消えた。

 

 

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