~光紡ぐ八ツ鏡~   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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おとまり大作戦!

 二匹の狗型は不規則に山を駆け回り、定期的に人里近くへとやってくる。飯田から木曽にかけての山々は素人では迷うため、そのまわってくる二つの人里に回ってくるのを待ち伏せすることになった。

「というわけで、妻籠班、大妻籠班、大平班の三つに分かれて待ち伏せします。狗型は群れて必ずこの三つの宿場へと周回します。スペクトラム計に反応があり次第、現地の班は足止めをして、他班の到着まで戦闘もしくは、殲滅してください。各地への最短到着時間は二十分と想定してください」

 早苗の説明が終わり、早苗と大神の妻籠班、葉菜と兵藤に六島の大妻籠班、そして夜見、暁、由依が大平班に配置された。彼女たち以外に美濃関の刀使たちも二人いるが、ここでは省略する。

「じゃあ夜見は俺とninjaに乗ってくれ」

「えぇ〜、あのカーブさばきとスピード苦手なのに」

「まぁまぁ加減するから。あ、懸架装置から御刀が外れることはないけど、濃口はしっかりと紙縒で結んでおけよ」

「決定事項なのですね」

 早苗の満足そうな笑顔に、不満を絵に描いたように顔を突き合わせた。

「何が面白いのですか早苗さん」

「いやね、夜見さんがこんなに嬉しそうにしているのはじめてだから」

「もう。でも、ようやく落ち着いた気がします」

「刀使になってからずっとかな?」

「はい。肩肘を張りっぱなしでしたから」

「よかった!なら任務は任務!頑張らなくっちゃ!」

「はい!」

 

 大平宿に到着する頃には打ちひしがれた夜見が周りに構わずベンチに横になった。

「大丈夫か?」

「手加減してくれるっていいましたよね」

「久しぶりにダチ乗っけてのドライブだ。テンションあがらない方がおかしいだろ!」

「まったく……」

 二人が登ってきた道は、飯田と中山道を繋ぐ街道道、江戸時代以前は妻籠と飯田の間をつなぐ道がなく、南への大回りの道しか木曽六十九次をつなぐルートはなかった。それを開拓するために生まれた大平街道は、この地域の重要な道路となり、明治以降のインフラの開発によって衰退したが、この大平宿は有志によって整備され、今は体験型観光地として無人となった宿場町は維持されている。

 暁は夜見が立ち上がると、宿泊先となる家の扉を開けた。

「鍵は観光局の人が喜んで貸してくれたよ。薪や飯も自由にしてくれとさ」

「まさか自給自足」

「さすがに電気は通っているよ。あ、火起こしは自前な」

「まぁいいでしょう」

 由依が来るとさっそく火起こしや、調理を始めた。二人が家事、一人が待機と役割を割り振った。

 火を強くするため、由依は息を吹くと、火花が散った。

「ふぇ〜、こんなの小学生のときのキャンプ以来だよぅ」

「へぇ、中学生でも宿泊研修とかではなかったのですか」

 夜見が煮物の調理を進めながら尋ねると、由依の優しい笑顔が自身に向けられていた。

「あまりそうやって同級生と過ごせなかったんですよ。つい、妹に後ろめたい思いがあって」

「妹さん」

 重たい話題だが、由依は火に目を移してその炎の移ろいを見つめた。

「未久って言うの、重い病気でさ、小学高学年なのにもう数年も病院暮らし。野を駆け回って、友達と遊ぶなんて、ぜんぜん知らないんだよね。そのキャンプも未久が入院する前の最後の時の」

「ごめんなさい、つらいことを聞いてしまって」

「つらいことも過去になる。今ね、刀使の家族優待の保険で、高額治療であっても負担が軽くなるの、それで難しい治療が先月終わって、あとは根気強く回復を待つだけ」

「よかった!」

「その時は夜見さんも紹介するよ。任務じゃなくて、みんなで遊びに来ようよ」

「はい!約束です!」

 由依はふと天井を見つめたが、小さなため息を吐いて再び火加減を見た。

「その時は、五右衛門風呂でみんなと、くふっ、くふふふふふ」

「欲望が口から溢れ出ていますよ」

 暖炉を囲み、三人が交代しながら作った料理が並ぶ。

 春の山菜を使った醤油香る田舎煮、妻籠で買っておいた豆腐を使った白味噌の味噌汁。そして、おこげも混ざった釜炊きのご飯。それに、暁が持ち込んだみずのこぶの漬物であった。

「また秋田から送ってもらったんだ」

「またとは失礼な。私は岐阜の味噌汁で今日を過ごしているが、心は秋田にある!どっちも日頃から愛さなきゃ」

 由依がおいしそうにご飯をほおばるのを見て、漬物を口に運び米も後に含んだ。久しく食べていなかった味と食感とに、自然と口元が綻んだ。

「それもそうですね」

「たまにはおばさんに連絡しろよ。まったく連絡してこないって心配してたぞ」

「うう、でも今までが今までで」

「稲河さんの言う通りだよ!失いかけて大事さに気付くなんて、あっちゃいけないよ!」

 由依はそれが当然と笑顔であったが、先程の話を知る夜見と暁は苦笑いを浮かべた。

「由依よぉ、重い」

「うぇえ!?」

「でも、わかったよ。後で必ず連絡する」

 夜見の心から溢れるような優しい笑顔を見て、由依は鼻血を垂れた。

「うまい。ごはん」

「うわぁ!由依さん!鼻血!」

「鼻血を垂れたまま飯食うな!夜見!茶碗と箸引き剥がせ!ティッシュどこだ!」

「ここ!ここ!うわ、力強い!」

 だが、荒魂は姿を現さず。その夜は静かに過ぎた。

 

 夜が明けると、三人は忙しなく装備を持って家を出た。

 その手にはスペクトラム計となる端末があった。

「登山道のある場所を中心にですが、探索をしましょう。潜伏している狗型をいぶり出せるかも」

「おう!他の班も動き出している!これだけ大規模に動けば出ざるをえまいて!」

「でも無理をせずですよ!何せ三匹の可能性は否定されていませんから」

「そうですね。発見しても、三人付かず離れずで」

「よっし!山狩りだ!行くぞ夜見!由依!」

「ばんちょー!いきましょー!」

「元気がいいなぁ」

 三つの班はそれぞれ索敵能力に優れた刀使を中心に、周囲の探索に出た。

 旧中山道を中心に索敵網を展開し、二時間もしないうちに大平班は目で野山を駆け降りる二つの影を見つけた。

「早い!」

 夜見のスペクトラム計は、自分たちに対して大きく円を描きながら走る狗型の反応を感知していた。

「戻ってくるよ」

 由依の一言に、夜見は緊張した面持ちで二人の顔を見た。

「だろうな。三人ならと奴は思うだろうさ。夜見!きっちり五分以内にカタをつけよう!いざとなれば一目散に逃げるさ」

「うん、打ち合わせ通りに罠を張るよ!」

 深呼吸をして兼光を抜くと、写シを張ったと同時に八幡力で飛び上がり、そのまま銀糸を木々に張り巡らしていく。

「由依、私の目算だと四分ほどで来る。守りながらは平気か?」

 その人好きの顔は冷たく、首を横に振った。

「わかった。いざと言う時は夜見を抱えて妻籠方面に下る。うまくいけば岩倉さん達と鉢合わせできる」

「いいよ、それでいきましょ」

 銀糸を張り終えた夜見が戻ってくると、暁は明眼を用いて周囲をぐるりと見回り始めた。

「荒魂は」

「素直に突っ込んでくるよ」

 木々の間を叩き割るような音が響き、弾け散る葉の下に琥珀に輝く荒魂の姿が見えた。夜見と暁に構わず茂みへと迅移で飛び込んだ由依は、その突っ込みの勢いのまま荒魂を一刀両断し、周囲を見つつ大きく振りかぶった。

「いない?まずい!」

 暁は一体しかいないことに気がつき、後ろについている夜見に呼びかけようとしたその頭上に、飛びかかる狗型が姿を現した。暁の顔を見た瞬間、夜見は反射的に御刀を振り、狗型の攻撃を受け止め茂みに押し倒された。歯を剥き出しにして襲いかかる荒魂になす術もなく、夜見は力を振り絞って狗型を蹴り飛ばしたが、ついに写シが剥がれ落ち、全身から気力が抜け落ちるように倒れてしまった。

 狗型は木を蹴り、彼女へ再びまっすぐ飛び込んだ。

「はっ!」

 低く飛び込んできた暁が隠剣の構えから宙を二度切り払った。

「おらっ!」

 その乱暴にも見える剣とは裏腹に、狗型の右前足を切り落とした。荒魂は体勢を崩して崖へと転がり落ちていった。夜見は歯を食いしばって、妻籠班へと荒魂逃亡の情報を送った。

 そんな彼女をあきれたように暁は見ていた。

「写シ剥がれたら気絶するって言ってなかったか?」

「今は寝ている暇はないから」

「それは、そうだがよ。お前がタフなところは変わらないな」

 暁の差し出した手を掴み、勢いよく立ち上がった。すると、腰がすくんでうまく立っていられなかった。

「ごめん」

「いいよ」

 手負いの荒魂は早苗の妻籠班が発見し、討伐された。しかし、未だ姿の見えない三匹目は確認されなかった。

 

 騒がしい一日も落ち着き、再び夜闇が大平宿を染めた。

 疲れからか由依はすぐに寝落ちたが、落ち着かないまま夜見は縁側に腰を下ろした。見上げると星空が瞬いていた。故郷の宙と同じくらいに澄んだ星の瞬きである。

「夜見、まだ起きていたのか」

「暁」

 彼女から差し出された炭酸ジュースを手にすると、隣に座る彼女へと礼を言った。

「おう、いいよ。怪我がなくてよかった」

 一瞬だが、暁の真剣な眼差しが、昼間の戦闘を思い出させた。

「夜見!」

「ごめん!」

 夜見の顔を何度も見て、ため息をついて頭を掻いた。

「言い方悪かったな」

「大丈夫。つい逡巡しちゃうだけ」

「いつかはおちつくといいな。でも、本当に怪我してほしくなかったんだ」

「うん、暁は今日みたいなことに合ったことは」

「何度も、何度もあるよ。やりきれねぇよ。一度写シの剥がれた刀使の脆さは、ひでぇんだよ」

 思いは同じだった。怪我をして、泣く泣く諦めた背中を何度も見た。逃げた同級生もいた。でも、だれも責められない。それでも残った仲間を守ろうと、死にかけた自分の姿が浮かんだ。

「どうにかできないのかな。刀使はいままでずっとそうだった。でも、これからの姿にできない」

 暁は意を決したように口調を改めた。

「私さ、まこっちゃんに刀使の怪我を減らす研究に誘われたんだ」

「日高見さんに」

 向き合う二人の耳に、遠くフクロウの鳴き声が響く。

「まこっちゃんは、私と優希に大事なチームメイトが刀使どころか、人として生きるのが難しくなったことを話してくれてな、そして母親もそうだったことを教えてくれた。このまま傷つき、犠牲が増えるのが正しいことなのか、まこっちゃんは刀使を守る研究を今やっている。そして、私はその頼みを断った」

「暁、日高見さんと仲が良かったあなたが、なぜ」

「約束があって研究内容は話せない。が、俺はそれでいいのか疑問を抱いちまった。その方法で本当に刀使を、みんなを守れるのか、優希にはこっぴどく怒られちまった。友達なのに薄情だって、でもよ、まこっちゃんの手を引いて別の道を指してやるのも友達だろ?だから、俺はまこっちゃんからの誘いを断って、同じ願いを叶えるために美濃関に来たんだ」

「刀使を怪我から守るための?」

「違う。二度と見失わないためだ」

「稲河が御前試合に出てこなかったのはそのため?」

「半分な」

「もう半分は?」

 照れ臭そうに顔を出す月を見上げた。

「由依と同じだ。お前に後ろめたくてな」

「ばかじゃん」

「なっ!」

「その半分、許さないからね。暁ちゃんの活躍を期待してたんだから」

 許さないの一言とは正反対の表情で、暁を見つめ返した。

「勘弁してくれ」

「それで?美濃関で暁がしていることは?」

「対荒魂用強化外殻。Sアーマーっていう、まぁパワードスーツの研究さ。これがあれば、写シが剥がれてもスーツが刀使を自動的に保護してくれる。その保護強度や、損傷の想定を研究している。必ず、まこっちゃんへの希望として持っていける」

「行けるよ!暁の思いは絶対に無碍にならない!」

「本当か、私ならできるか」

 何かを思い出してか、暁は唇を噛み締める。夜見はジュースを一口飲んだ。

「そんな顔をしないでよ。私が刀使になること、やっぱり信じてくれなかったの」

 夜見へ言いかけた言葉を飲み込んで、しばらく考え込んで、悔しげに再び顔を見やった。

「いじわるだな夜見」

「暁こそ」

「ふふ」

「あはは!」

 互いに笑った。大声で笑った。そして、嬉しさに涙を滲ませた。 

 

 翌日は一日中の探索もむなしく日は傾いてしまった。

 あくまで目撃証言だけのため、ノロの回収も済んだ今となっては、周辺地域の警備任務となっていた。

「だはぁー、疲れたよぅ。労ってよ夜見さん」

「はい、今日もがんばりましたね。由依さん」

「うぉー!元気100倍!ありがとう夜見さん!お礼にハグしてあげるね!」

「遠慮しておきます」

「だははは!」

 暁の端末が鳴り、すぐに出ると板敷を立ち上がった。

「わかりました!すぐに行きます」

「暁」

「番長!」

 三人は至極当然のように御刀を持って外に向かった。

「三匹目が本当にいた!それも今、大妻籠と大平宿の間の道で車を追い回してるそうだ」

「そんな!」

 夜見と暁は自然とバイクに目がいった。

「バイクなら先回りできるぜ!」

 その暁の提案に夜見は首を振った。

「いや、狗型の背中を狙うなら乗りながらのほうがいい!」

「正気か!」

「暁が運転を!太刀は私が振る!」

 由依は不敵な笑みを浮かべ、暁の背中をバイクへ押しやった。

「時間が惜しいんだよね。行って!」

 ヘルメットを持った夜見を見て、ようやく暁は動き出した。後部座席に乗った夜見へ、金属板の張り巡らされた右籠手を差し出した。

「Sアーマーの試作品のひとつだ!最悪、写シが落ちても荒魂は斬り伏せられる!」

「うん、使うよ!」

 籠手を装着し、バイクに乗ると、暁は加減をせずバイクを急発進させた。

二日前とは比べ物にならない切るようなコーナリングで、坂を急速に下っていく。いつのまにか大平街道を出て、中山道へ通じる道に出ると谷間の道の奥に車を追う狗型の姿が見えた。

「夜見!一太刀で決めろ!このバイクもすぐには止まってやれないからな!」

 兼光を抜き払うと右籠手の機能を発動。いつもよりも動きの軽さを感じた。

「これなら!いけるよ!暁!」

 軽トラへ追いつき、その荷台へ飛びかかろうとする狗型を捉えた。

「お覚悟!」

 すり抜けざまに、狗型を横から一刀両断にし、バイクは軽トラを追い抜きさった。

「うまくいったか!」

「やったよ」

 しかし、風切る音で聞こえない。そこで、夜見はノロのこびりついた切先を前へかざした。

「やった!」

 速度を落とし、荒魂の方へ戻ってくると、道端で軽トラを降りて放心する老人の姿があった。

「大丈夫ですか」

 ヘルメットをとり、御刀を納めると、夜見へと駆け寄った老人は何度も、何度も彼女に礼を言った。

「いえ、こちらこそ遅くなってごめんなさい!」

「ぐすっ、なぁによ、刀使さんがいると知ってたから耐えられたんだ。でもよ!いやぁしぬかと思った!かははは!」

「はい!ご無事で何よりです」

「それにしてもすごかったな!まるで源平武者の如き馬上太刀!お見事!」

照れ臭そうに暁へ目線を送ると、ピースをして満遍の笑みを返した。夜見も小さくピースして見せた。泣き腫らした笑顔で老人も暁へピースすると自然と笑いに包まれた。

 

 

 

 

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