~光紡ぐ八ツ鏡~   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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えこーず!

 御前試合予選会当日となった夜見の配備地は、会場外の警備担当であった。主として、警ら科部隊と協力して、管理局敷地入り口を交代で警備するという内容だ。

 時計は十時をすぎていた。

「試合開始ですね」

「夜見、行きたかったんだろ」

 犬上はやや調子を上げて、久しぶりに見る夜見の顔をまじまじと見た。

「そうですよ。でも、今は親衛隊支隊の一員ですから」

「だろうさ、今や警ら科高等部の期待の星なのだから」

「い、いつのまに」

 笑いこそすれど、緊張感を感じさせる目が自然と夜見を笑顔にさせた。

「だけど夜見が警ら科で学んできたことが、こうして生かされている。それどころか違う科同士の橋渡しになっている。なんだかんだ新米とか言って、事務とか裏方の作業をやっているんだろ」

「ええ、ほんの少しですが」

「本当に少しか?まぁいい、今日はよろしくな」

「はい!」

 同じ時刻に、会場の長船待合場所。ここは試合をしている武道場のフロアに面しており、見上げれば目の前で刃を交える刀使の姿が見える。薫はふて寝を決め込みながら、その耳は試合の動向をつぶさに聞き取っていた。

「薫さん?」

 聞かなかったふりをして、もう一度名前を呼ばれてから片目を開けた。

「瀬戸内さんか」

 瀬戸内智恵の豊かな体型と優しげな微笑みが、彼女を3つも4つも年上に見せた。

「ええ、今朝の新幹線でようやく」

「ああ、でも補欠に出番はなさそうだぞ」

「どういうことです?」

 隣に座っていたエレンが苦笑いで智恵に予選敗退を告げた。

「もしかして、二人ともなのね」

「おう」

「ハイ、面目次第もありませんデース」

「二人とも一応とはいえ校内選抜を通ったのよ。あとで真庭学長に怒られても助けてあげられないからね」

「心配ない。実力で負けたんだ実力でな」

「今の態度で説得力がマイナスに振り切れている気がする」

 三人並んで座ると、薫は腰を起こしてまっすぐ試合を見つめた。その頭の上にねねが乗っかった。

「瀬戸内さん、あれが小烏だ」

 口を一文字にまっすぐ平城の刀使に目を向けた。

 姫和の相手をする七之里呼吹は、気だるそうにしているものの芯のブレない立ち回りが刃を通さない。しかし、勢いの落ちない姫和が荒魂と戦い慣れた呼吹を押し切っていき、やがて迅移で脇を切り、写シを落とした。

「薫さん、木葉の三人は」

「滞りなく。約束の時以降も間違いなくな」

「でも一人は悪党に加わった疑いがあるのでしょ?約束の時を迎えて以降も私たちと同じ道を歩んでくれるとは思えないわ」

「まぁ瀬戸内さんもわかっていると思うが、悪党は一線を超えた時点で最大の敵になるのは確定事項だ。諦めてくれ」

「三つ巴を許せと言うの?」

 しかし薫はあまりにも静かな表情で試合を見つめていた。一人殺気立つ自分の姿が想像できた。

「でも木葉が仲間の候補を探し当ててくれましたヨ!昨晩、薫が会ってきたそうデース!」

「どうなの薫さん?」

「とんだひよっこだよ。この世界のことを何も理解していない。でも、あいつには何かが憑いている」

「憑いている?」

「経歴は木の葉からもらったが、警ら科で三年も刀使になれず。しかし、瀕死の状況下で刀使に選ばれた。そして昨日会った時、ねねが気付いたんだ。あいつの血には付喪神がいる。それも凄まじい憎悪の塊のな」

「薫さんは彼女を?」

「気に入った。この状況を引っ掻き回してくれるかもしれない」

 うれしそうに智恵と顔を合わせた。智恵はただ瞬きを繰り返すのみだった。

 

 予選会は午後の残りの5試合を経て、勝ち登ってきた二人が決勝に進んできた。

 会場から駅へと向かう人混みを警備しながら、人々が美濃関と平城の二校について話すのを小耳に挟んだ。退場が終わる夕方まで、夜見は会場と敷地の警備を滞りなく進んでいった。

 この日、最後の巡回警備を両儀と肩を並べながら回っていた。すでに怪我から回復し、両儀は以前と変わらぬやさしい笑顔を見せくれた。

「あとは御前試合会場を見回るだけだね」

「それにしても、美濃関の衛藤さんと平城の十条さんの対決とは、意外な展開」

「二人とも今年からの新顔ですからね。美濃関は去年三位の木曽輝さんが卒業されて以来、誰が上がってきてもおかしくなかったですから」

「なら平城も同じじゃない?獅童真希さんと岩倉早苗さんが中央に所属してから、誰が出てくるか不思議だったから」

「そうですね、平城の十条姫和さんと六角清香さんが代表で、六角さんは初出場にもかかわらず四位、十条さんは決勝入り。美濃関では柳瀬さんは三位だそうです」

「まさに時代の節目って感じがするね!」

「それを言うなら時代の変わり目じゃないのかな?」

「それだよ!」

 決勝会場の巨大な門が開かれ、会場の最終準備が着々と進んでいた。そこに背は低いが元気を絵に描いたような刀使が立っていた。藤巻みなきである。

「おう!巡回お疲れ様だぞ二人とも!」

「藤巻先輩もお疲れ様です。今日の巡回はここで最後です」

「そうか!でも大きいイベントがあるほど警備は手薄になりがちだぞ!日頃の心がけの3倍は気をつけてくれな!じゃあ会場の巡回も頼むぞ!」

「はい!警備の二重チェックは十分に!」

ふと両儀の目線が外れ、夜見に背中に立つ人影を指さした。そこには三人の刀使を意に介さず会場を見渡す十条姫和の姿があった。真希に似た切り立った面立ちが自然と周囲を緊張させた。

「こんにちは十条姫和さん」

 ただ、夜見はそれを意に介さず挨拶を投げかけた。ぶっきらぼうに夜見の顔を見た姫和は何も言わない。

「決勝進出おめでとうございます。私、親衛隊支隊の皐月夜見と申します。明日はこの会場警備ですのであなたの試合を拝見できます。不躾とは存じますが、明日は頑張ってください」

「ああ、どうも」

 露骨に人を遠ざけようとする彼女に、藤巻と両儀は一歩引いてしまった。

「会場、入って見学されます?」

「はぁ?」

 不意を突かれて表情を崩した姫和に、笑顔の夜見は是非にと会場内へ手招きをした。とうとう表情を崩した姫和は案内されるがまま会場内を見回った。最も、肝を冷やしたのは藤巻と両儀であり会場を回り出した二人の後ろを付いていくしかなかった。

「ここが紫様や幹部の方々が高覧なさる物見です」

 夜見が指し示した場所に当主が座る一個の椅子があった。そこからやや離れた場所に御刀を掛ける刀台が闇の中から見えた。

「お前は葉隠か」

 その質問に夜見は首を傾げた。

「葉隠って、軍法書の葉隠ですか?」

「そうか、なんでもない」

 夜見は姫和が振り返った先を眺めた。会場全体が眺められる場所であるためか、夕日を照り返す砂利の白さが余計に会場を広く感じさせた。

「皐月、お前はなぜ私を」

「いえ、一人で緊張が漲っているのだなと感じまして、でも緊張しすぎると体が強張って手が滑るってあるじゃないですか、だから少しでもゆったりとしてもらえればなと」

「余計なお世話だ。私はそんなにやわじゃない」

「ですよね。ごめんなさい」

「謝るな。心配をかけた」

 黙ってもと来た道を戻る真っ直ぐな背中を見送りながら、一抹の不安を抱えた。

「どうしたの夜見さん?」

 両儀の心配そうな顔を横に、首を横に振った。

「御前試合決勝って、ああも緊張するんだなって」

「おうよ、なにせ紫様の前で雌雄を決するんだからな。緊張しない奴がおかしいぞ!」

(でも、あれは試合を待つ人の顔じゃない。あれは大きな覚悟を決めた、一切を顧みない瞳)

「準備は滞りないようだな」

 静やかではあるものの張りのある声に夜見の背筋は凍った。両儀は喉の奥から声を捻り出した。

「ゆ、紫様」

 両隣に親衛隊を引き連れ、白い当主の制服に身を包んだ折神紫に三人は身動きを取れなかった。

(人に寄生するとは!貴様は何様じゃぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁああああああ!)

 頭の芯から響くような絶叫に思わず耳を塞いだ夜見とは対照的に、紫は小さく冷たい微笑みを見せた。

「皐月夜見!紫様の前だぞ!」

「かまわん獅童。お互い様だからな」

「は、はい」

 その声は夜見と紫にしか聞こえていない。周りの人間は戸惑うものとただ静かにしている者に分かれた。

「珍しい先客がいたようだが、藤巻みなき」

「はい!決勝進出者にして午前試合選抜刀使の平城学館の十条姫和が来ておりました」

「そうか、滞りなく時は進んでいくようだな」

 周囲を一回り見た紫は静かに夜見へと歩み寄った。

 背筋を硬らせ、何を考えているか読めない紫を前に声が出なかった。

「知りたいか?その声の正体を」

「はい」

「なら明日、お前は一切の物事に感知しないことだ。お前のそれはお前自身の運命だからな」

「運命は受け入れるもの、それとも選択の時ですか」

「ならなぜここにいるのだ皐月夜見」

 その問いの意味は測り難く、しかし紫の言い知れぬ奥深さに魅入られていた。

 

 夕日は沈みだし、空は群青に染められる。明日の決勝に向かって鎌倉周囲はさらに人が集まってくる。駅周辺はより顕著になってきた。

 入り口周辺の警備員テントで美炎は早苗とともに明日の会場内警備について、簡単な打ち合わせを進めていた。

「あとは皐月さんとの読み合わせだけど、まだ巡回から戻ってこないの?」

「だって久しぶりに警ら科の子達と会ったんだよ、積もる話もあるでしょ」

「まぁ確かにね。じゃあ、私は知り合いに会いにいってくるね!」

「はい、確か小学校時代のお友達でしたっけ」

「そうだよ、じゃ」

「いってらっしゃい!」

 美炎は簡単に手を振りながら別れ、すぐに江ノ電に乗って江ノ島駅に向かった。ここも宿泊の刀使や見学者で賑わっていた。人混みの合間を抜け、弁天橋を駆けていった。橋の半ばで夕闇の中の富士を見守る人影へと声をかけた。

「ちぃねぇ!」

「美炎ちゃん、久しぶりね」

 二人は江ノ島のエスカレーターを上り、夜景を見上げられる展望台の前で立ち止まった。売店で買った肉まんを頬張りながら扇に広がる鎌倉市街の夜景を二人見つめた。

「大丈夫だった?羽島学長の伝手であなたを親衛隊支隊へ入れるなんて無茶をしたけれど」

「へっちゃらだよ。友達もできたしね」

「友達?もしかして皐月さんって子?」

「そうだよ。葉菜の報告書は読んでいるよね」

「ええ、真面目で不思議な子だって」

「実は益子さんからも皐月さんの話を切り出されてね」

「ええ!いつのまに」

「昨日会っていたみたいよ。それで美炎ちゃんは皐月さんに脈があると思う」

 美炎は首を傾げた。

「ないと思う。皐月さんは何も知らない。つい三週間前に刀使になったばかりでおまけに短時間しか写シを張れない欠点がある。人や能力で魅力があっても、明日を迎えればなすすべもなく状況に流されるだけ」

「そっか」

「薫も同じこと言っていたんじゃない?」

「それを差し引いても余りあるって、引き込む気満々よ」

「ん〜なるべく不確定なものを利用するのはどうかな。由依がどうも木葉から外れ始めていることもあるから、疑っているんだよ内部に亀裂が走っているんじゃないかって」

「そこまで深刻なの」

「葉菜が書いたものに目を通していないから分からないけど、由依は高津学長と糸見さんに強いコネクションを持っている。悪党として活動しているのは間違いない。今回の計画は全て高津学長にも筒抜けと考えるべきだよ」

「それだけじゃないわ。今は組織として一つだけど、どこかで分裂する。特にタギツ姫の扱いについては完全に意見が分かれているわ」

「タギツヒメを封印か、それとも利用するか」

 大きなため息をついた智恵は静かに目を瞑った。

「美炎ちゃんはどちら側かしら」

「ちぃねぇの味方だよ」

 屈託のない笑顔で自身を見つめる美炎に、自然と落ち着いた。

「ふふ、おねぇさん、心配事ばかりで迷いっていたのかも、今のは忘れて」

「わかっているよ」

「そうそう、これを彼から」

 ポケットから手渡された手紙を手にし、顔を真っ赤にさせた。

「は、服部先輩だってちぃねぇ!か、彼とかそういうのじゃ」

「あら、私なにも付き合っているとか聞いてないわよ」

 誤魔化すように手紙の封を開け、文面を見るなり嬉しさと優しさの入りまじった表情になり、やがて真剣な表情に取って変わられた。

「うん、確かに受け取ったよ」

「管理局を騙して一基新造するのは大変だったのよ。でも、これは私たちからの信頼の証。明日から大変だけど、がんばりましょう」

「ありがとう。私は蟷螂の斧かもしれないけれど、やり遂げてみせるよ。なせばなる!」

 

 

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