哀月
ゆっくりと、弱った体でバランスを取りながら境内に降り立つ。
豪雨が降り注ぐ境内はいつもと変わらなくて、今にも霊夢が出てきそうだった。
だけど。
唇を噛み、悲しさに、悔しさに震える。
霊夢はもういないんだ。もう会えないんだ。
涙が流れそうなのをこらえ、震える体を無理矢理動かして神社の裏手に回る。
そこには、縁側で酒を飲む萃香がいた。
背後に見える部屋は、あんなことなんてなかったかのように綺麗で、何もなかった。
「魔理沙········か·········」
瓢箪を口元からおろし、ゆっくりとこちらを見る。
萃香は微笑んでいた。しかし、その微笑みには悲しさが混じっていて、
それを直視できない私は帽子の鍔を下ろす。
「おや、あんたも見てられないってか·········。
ま、しゃあないか。こんな有り様じゃあねぇ···············」
萃香はハハハと苦笑いして酒を飲む。
あんた、も·············か。
「紫か·············?」
真っ先に浮かんだ名を出す。
すると萃香はお、と少し驚いたような表情を浮かべ、続ける。
「あぁ、そうさ。鬼ともあろうものがだってさ。鬼は悲しまないとでも思っているのかねぇ」
「悲しいだろ、鬼も」
悲しくないわけがない。
萃香は霊夢を愛していたから。皆が大好きだったから。
きっと泣き出しそうなはずだ。
なのに、なのになんで。
「悲しいよ。泣き出しそうなくらい。
でも、なんだろうね。泣けないんだ。鬼としてのプライドってやつが働いてるのかね?
泣き出したいのに、泣いてしまいたのに、泣けないんだ」
嗚呼、そうか。私は理解する。
鬼は強くなくちゃいけない。
そんな鬼は、泣くことすら許されないんだな。萃香。
なら、鬼はどうしたらいい?泣けない。悲しみを吐き出すこともできない。
どうやって悲しみを拭えばいい?
あぁ、そうだ。
「萃香、相談があるぜ」
「なんだい?」
「霊夢を、皆を殺した奴等に、復讐しないか?」
「っ··········」
復讐したらいいんだ。
萃香は私の言葉を聞くなり顔をしかめる。
「私は、する。皆を奪った奴等を殺すぜ。絶対にな」
「復讐·········か··········」
萃香は瓢箪を置き、俯いて少し黙る。
沈黙が続き、雨の音だけが私の耳の中に入ってくる。
数分後、萃香は一言、
「あぁ、そうか···········うん」
と呟き、言葉を続ける。
「魔理沙、すまないな。私はやめておこうと思うよ」
「·············何故?」
「霊夢はそんなことを望んでいない気がするからさ。
あいつはきっと、私達が復讐に支配され、憎しみの中に沈むのよりも、
自分のことを忘れず、マトモに生きていく方を望んでいる。と私は思う。
いや、酔っぱらいのうわ言だと思ってくれて構わないよ。
ただ、私は自分に従っていこうと思うんだ。すまない」
萃香はどこまでも、鬼だった。
どこまでも自分に正直で、自分に従っていた。
そんな鬼を私は少し羨ましく思う。
「いや、いいぜ。私が勝手に提案しただけだからな。こっちこそ物騒な提案してすまなかった」
「いや、礼を言うよ。私はさっきまで復讐するという選択肢があった。
だけど、お前の提案で深く考えることができた。
ありがとう、魔理沙。で、だ。お前は復讐をやめる気はないのかい?」
「やめる気はないぜ。霊夢が願ってなくとも、私は勝手にやる。
そうしないと、私のこの悲しみは薄れそうにもないんだ。少しも、な」
「そうかい。なら、いいことを教えてやる。
皆の死体は今さっき、地底に向けてここを出発した。
騒ぎにならないよう、地底で処分するんだとさ。そして、皆の道具はそのまま持ってかれてる。
もし、お前が本気で復讐する気なら貰ってやりな。使われないよりは道具も嬉しいだろ」
皆の死体が、地底に············。
あぁ、お空のとこで燃やされるのか。あの灼熱地獄で。
光景を想像し、紫にたいして苛立ちを覚える。
あいつは悲しくないのか。どうしてここまで事務的になれるのか。
ふざけるなよ。
「······ありがとう、萃香。直ぐに向かうよ」
「じゃあな、魔理沙。私はここにいる。何かあったら来な」
「あぁ、じゃあな」
萃香に別れを告げ、地底に入り口へ向かう。
途中で探すよりかは、地底で待つ方がいいだろう。
ようやくマシになってきた体を奮い立たせ、本気で飛ぶ。
雨の中を星のように駆ける私を嘲笑うかのように、稲妻は何度も、何度も落ちていた。
復讐