未来が見える友達ができた話   作:えんどう豆TW

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レースの描写がとても下手なことが判明したので控えていきます、マジで時間かかってすいませんでした


汝、皇帝の神威を見よ

 

 ターフを踏みしめる時、いつだって感情が昂る。芝の感触を足で感じる度に心が踊る。一面に広がる緑を見る度、私の居場所はここにあるのだと確認できる。私は走るために生まれてきたのだと、そう思う。

 もちろんレースに技術は必要だ。ただ足を前に出すだけの動作で、誰が一番先にゴールしたかを競うルールで、そんな単純なゲームでも上手いか下手かはハッキリと結果に出る。それをわかっていながら、1度作戦も技術も捨て去って思い切り走ってしまいたい衝動が身体中を駆け巡る。その衝動に囚われたが最後、“掛かって”しまえばそのウマ娘はレースの途中で潰れるのだ。だから私達は耐える。我慢する。自らが本当に欲するものの為に欲望に抗う。

 それでも時に、その衝動に身を任せることで己の限界を超えるウマ娘が現れる。私達にとってそれは諸刃の剣なのだ。己の内の獣を飼い慣らすことが出来るのならば、それもまた力となって私達を救ってくれるのだろう。

 

「…………」

 

 皐月賞。GⅠと呼ばれるこのレースには多くの強いウマ娘が参加する。油断すれば一瞬で足元を掬われ、あっという間に置いていかれるだろう。そんなレースで緊張しないのかと言われれば、否とは答えられない。だが今日の私は、自分でも驚く程に集中出来ている。いつもより五感が冴え渡っているのがわかる。負けられない、負けたくない、それ以上に今から走るのが楽しみで仕方ない。

 

 今日のレースは私のモノだ。

 

 

 

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「ルドルフ、絶好調だ」

 

 キリノアメジストが横で呟く。うん、私から見てもわかる。まるで彼女の周りだけ空気が乾いているような、ピリピリとした雰囲気がある。電気を纏っているみたいだ。

 

「でもあっちも負けてないね」

 

 キリノの視線の先、私は初めて見たがあれが恐らくは弥生賞でぶつかったルドルフのライバルなのだろう。名をビゼンニシキ、弥生賞まではルドルフを超える注目株だったが、その後は世間の評価もひっくり返り今回の皐月賞ではルドルフが1番人気だ。そんなビゼンニシキも落ち着いているように見えるが、静かに闘志を燃やしているのだろう。特有のオーラというものが感じられる。

 

「楽しみだねハナちゃん。どっちが勝つと思う?」

「私はルドルフに賭けるわよ。担当ウマ娘以外を信じるトレーナーがいるもんですか」

「うんうん、そうだねぇ」

 

 今日のキリノは、なんて言うかきもい。いつもの笑顔もどこか粘着質に感じられる。ニヤついてる。

 

「難儀ね、あなた」

「そうかな? そうかも」

 

 こいつが私の下で研修を積むと言って話しかけてきたその日から、なんとなく気に入らなかった。そんな私の感情に気づいてか、こいつはある日自分の思いの丈を私に全て打ち明けたのだ。それを聞いた私は結局どうすることも出来ず、しかし自分の下に置くことを良しとした。多感な時期だ、このまま歪んで壊れてしまう可能性を見過ごすよりは少しでもサポートしてあげたいと思ったのだ。それに、純粋に彼女のトレーナーとしての腕と、その特異な目に興味があったのも事実だ。

 ゲートに入っていくウマ娘たちを眺めながら、同時に少し可哀想だと思った。何せ運が悪い。今日のシンボリルドルフを相手に走らなければならない彼女たちは、他のレースなら勝てたかもしれないのに。失礼な話だなとは思うが、現実は残酷だ。ターフの上は実力主義なのだから。

 

「悲しい話だよねぇ。みんな自分が一着になりたくてあそこに立ってるのに」

 

 キリノが呟く。それはそうだろう、負けることを考えてターフに立つ者などいない。そもそもやってみないと勝負の結果などわからないのだ、普通は。レースに絶対はない。

 ジュルルと音を立ててストローを啜り、エナジードリンクを空にするキリノ。こいつ、その年からそんなもの飲んで大丈夫なんだろうか。結構ボーイッシュな口調の割にピンク色のものとか好きな意外な一面もあるキリノだが、まさかエナジードリンクまでピンクだとは思わなかった。

 

「悪かったね。別にピンクだから好きなわけじゃないし」

「悪いなんて言ってないわよ」

 

 地雷を踏んだらしい、ふんとそっぽを向いてキリノは一言も喋らなくなってしまった。ああもう、面倒くさい女だ。

 

「はぁ~? ハナちゃんに言われたくない」

「私のどこがめんどくさいのよ」

「えっと…………あはは」

「すぐそうやって誤魔化す。何も考えずに反論するのやめなさいよね、反抗期?」

「くぅ……」

 

 今日は特に情緒不安定だな。競走バでもないくせにどうしてこんなにも気性難なのか…………いや、ウマ娘という生き物は総じてこんなものなのかもしれない。あまり学園の外でウマ娘と関わる機会がないので、競走バ以外のウマ娘というのは私の中で稀なのだ。その唯一の特例も、大して変わらないのだが。

 

「お待たせ~! 会場内で迷っちゃって」

「あ、マルゼンスキー」

「心配したじゃない。メッセージも全然既読つかないし」

「いや~焦っちゃって」

 

 メンゴメンゴ、と手を合わせて謝るマルゼンスキー。とはいえレースに間に合ったのは良かった。メイクデビュー前のいい刺激になればと息抜きもかねて彼女を誘ったのだ。

 

「あ、ほら始まるわよ!」

 

 マルゼンスキーが指差す。ターフでは今にも走り出さんとするウマ娘たちがゲートの中でその闘志を静かに燃やしていた。

 

 

 

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 スタートは上出来。バ群に囲まれない位置につけた。このまま先行して様子を見るか、抜けだすウマ娘の後ろに就くか。先行争いは激しい。6人くらいか? 最初は私が少し前に出たがすぐに追い越される。ハイペースなレースになりそうだがここでさらに逃げに打って出るとは、余程スタミナに自信があるのか、それとも掛かってしまったか。ビゼンニシキは私の少し後ろから様子を窺っているが、まず間違いなくマークされているだろう。

 

 意図してというわけではないだろうが、こうなると囲まれた形になるな。だがそれでも冷静に、周りの戦況を見極めろ。どこでこのバ群が崩れるか。

 

 コーナーだ。次のコーナーが勝負どころだ。内から? 外から? 外からだ。

 

 コーナーに足を踏み入れる。それと同時に内側に寄ったバ群とは逆の方向に足を進める。外からだ。外から差し切って一気に前に躍り出る。

 

「なッ!?」

 

 余程内側に入られたくなかったのだろう。コーナーの内側で固まったウマ娘たちは、予想に反して左側にいる私に声を上げる。

 

 このまま外側から差し切れたら順当に私が勝つだろう。だがそうはならない、そうだろう? 

 

 私の更に外側から迫る影。私を終始徹底してマークしていたのはお前だったな、ビゼンニシキ。

 

 迫る影を抑えんとコースを遮り、その影は私の思い通りにはさせまいと敢えてこちら側に寄せた。競り合いを御所望らしい。ならばいいだろう、応えてやる。コーナーを越えて直線に差し掛かる。まだだ。まだ間に合う。今は目の前の宿敵との競り合いに集中しろ。

 

 

 

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「頑張れ……っ!」

 

 無意識に声が漏れた。横のキリノも目を見開いてレースに集中している。

 

「ルドルフちゃん負けるな~~~~!!!!」

 

 マルゼンスキーはうるさい。でも叫びたくなる気持ちもわかる。

 最終コーナーでの勝負は完璧。コース選択も間違えない。卓越した勝負センスがこれでもかというくらいに伝わってくる。これが中等部? シニア級にも届きそうなくらい…………いいや、それ以上かもしれない。彼女ならミスターシービーを止められるかもしれない。マルゼンスキーと同期のあの怪物、そこにすら手が届きそうなほどのもう一人の『怪物』が私の目に映っている。

 しかしビゼンニシキも食らいつく。彼女はルドルフのあのスムーズでありながらキレキレの外回りを見過ごさなかったのだ。彼女も同じくらい優秀なウマ娘に見える。

 

『ビゼンニシキは、ルドルフを超えられないよ』

 

 前にキリノが言っていた。彼女は天才ではないと。彼女では玉座に手が届かないと。どうして? 弥生賞でも彼女はシンボリルドルフに一番近かったウマ娘じゃない。それでもキリノは首を横に振った。

 

『彼女は勝てない…………ううん、伸び代がルドルフと違いすぎる。今はまだ戦えるかもしれないけど、いずれついていけなくなるよ。だから次の皐月賞が彼女にとって一番勝てる見込みがある、それでいて最後のレースなんだ』

 

 曰く、皐月賞は一番早いウマ娘が勝つ。それは早熟で足の速いという二つの意味を持った言葉だ。ビゼンニシキというウマ娘はまさにそこにぴったりとあてはまるウマ娘なのだそうだ。

 

『彼女の最初で最後のGⅠ勝利かもしれないんだ。もしそこで勝てないのなら一生ルドルフには勝てないよ』

 

 随分と冷たい言い草だ。

 

『これでも応援してるんだよ。彼女だけが、唯一…………』

 

 そう言いかけてキリノは口を閉じた。

 そしてそのビゼンニシキがまさに今シンボリルドルフと火花を散らして走っている。両者一歩も引かない、もし少しでも間違えれば失格一歩手前の競り合い。それでもお互い譲らない。何故ならばお互いに理解しているからだ、この競り合いに勝ったものがこのレースに勝つのだと。

 まさかこれを見越してこいつは最近やたらと筋トレに力を入れていたのか? まるで本当に未来が見えているみたいだ。ルドルフの言っていたあの冗談は、もしかしたら真実だったのかもしれない。

 

「ねぇ、あなた本当に────」

 

 私の右隣に座るキリノに声をかけようとして、言葉が詰まった。瞬きもせず、呼吸も忘れて、両目をこれ以上ないほどに開いて、食い入るようにレースを見る少女がそこにいた。まるで彼女だけ時が止まっているかのような錯覚を覚えた。…………未来が見えるのなら、こうはならないか。

 

「ルドルフちゃ~~~~ん!!!!」

 

 もう半泣きのマルゼンスキーが左で騒ぐ。もう、こっちまでハラハラしてくるじゃない。

 

 そして一体どれほどの時が経っただろうか。現実ではきっと十数秒、それでも私達にとって何分にも感じられるその永い勝負の決着は、ほんの一瞬のうちに訪れた。

 

 

 

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 永遠に続くかと思われた競り合いに、終わりが訪れる。別に体を寄せ合っていたわけではない。接触があったわけでもない。それでも、ずるりと何かが滑り落ちるような感覚があった。常に視界の端に映っていた影が姿を消した。

 

 

 

 今だ。

 

 

 

 地面を蹴る足に力を入れ、一瞬、されど渾身の力で踏みしめる。ドン、という轟音が聞こえた気がした。

 

 

 

 一歩目。周りがスローモーションに見える。ゾーンという言葉が頭をよぎる。

 

 

 

 二歩目。一気に右のウマ娘たちの横を通り過ぎ直線を突き抜ける感覚。こちらを振り向くウマ娘たちの、驚愕の表情が目に映った。この二歩目も、実際には何歩目なのかわからない。私の感覚がそう錯覚しているだけかもしれない。

 

 

 

 そして三歩目。

 

 

 

 

 

「は──────―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 音を置き去りにした。何も聞こえない。目に映るのは辿り着くべきゴールだけだ。そして着実に、確実に、間違いなく、ゴールのその向こう側に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 瞬間、世界のすべてが戻ってきた。

 

 轟、という音と共に風が巻き起こる。私が駆け抜けた後なのだと理解するのに空白が必要だった。

 

「シンボリルドルフ先頭だ! シンボリルドルフ、ゴールイン!」

 

 実況が鳴り響く。私が勝ったのだと、ようやく実感がわいてきた。拳を固く握りしめ、喜びを嚙み締める。勝った、勝った、勝った! 勝ったんだ!! 

 観客席で見ているであろうキリノ。そして東条トレーナー、きっとマルゼンスキーもいるだろう。どこにいるかはわからないが、彼女たちに向けて人差し指を掲げた。まずは一冠、まずは一勝だ。見ているんだろう? 私は勝ったぞ! 

 

 

 

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「ハ゛ナ゛ちゃ゛ん゛~~~~!!」

「勝った! 勝ったのよね!? ルドルフが勝ったのよね!?」

「そうだよ。はは、二人して何泣いてんのさ」

「だって! だって~~!!」

 

 こんなレースを見て感動しないことがあるだろうか。ビゼンニシキの一瞬のスキをついて怒涛の加速を以てレースにケリをつけたシンボリルドルフ。しかしその恐るべき加速にビゼンニシキは最後まで食らいついたのだ。最終的に差は縮まらなかったものの、もし少しでも失速すればどうなっていたかわからなかった。シンボリルドルフの勝負強さ、パワー、そしてなによりも終盤のスピードとそれに耐えきったスタミナ。全てだ。全てが彼女を勝利に導いたのだ。

 

「惜しかったねぇ、ビゼンニシキ。競り負けなければワンチャンあったのに」

 

 キリノが呟く。その通りだ、もし後少しでも均衡状態を保っていれば。或いは少しでも早く外側につけていれば。でもそうはならなかった。

 

「おめでとうルドルフ。君の勝ちだ。完璧、完璧だよホント。一体誰が君に勝てるんだろうね」

 

 拍手を送るキリノ。その顔は嬉しそうに笑っていた。

 




ギャン泣きマルゼンスキー先輩

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