未来が見える友達ができた話   作:えんどう豆TW

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汝、皇帝の休暇を見よ

 

 有意義に時間を過ごす方法、果たしてそんなものがこの世の中に存在するのだろうか。有意義な時間というものの定義から始めればあまりにも無意味で、その時間こそまさに無駄だったと言える結果になるだろう。しかし自分の意のままに怠惰の限りを尽くせば、それはそれで客観的に見て決して有意義とは言えない気がする。

 私は、端的に言って困っていた。何に困っているかというと、休日の有意義な過ごし方についてである。ちなみにトレーニングの類は禁止されているので、そんな選択肢は取らせてもらえない。私としてはトレーニングやレースに没頭する時間の方が心地よいのだが、体を休めろというトレーナーからのお達しを無視するわけにはいかなかった。かと言って学業において困っていることもなく、提出物は既に済ませてある。要するに私は暇だった。

 

 外はまだ少し春の気温が残るふわりとした暖かさで、ぼーっとしていると眠気を誘う。せっかくだし、運動も兼ねて外に散歩に出かけようか。普段こそ大して気にもしないが、トレセン学園の周辺を見て回るというのは実は初めてだった。この機会に色々と知っておくのも良いことではないだろうか。

 そうと決まれば善は急げ、私は簡単に荷物をまとめ、制服ではなく私服に着替える。外出届を出せば晴れて私は自由の身というわけだ……門限までは。

 

 

 

 

 

 

 駅の周辺まで出てみれば流石に人も増える。元々トレセン学園近郊ではウマ娘の客を狙って飲食店が多く展開されているが、アパレルショップやその他の雑貨屋等は残念ながらここまで出て来ないと中々無いのだ。その為駅の周辺ではヒトもウマ娘も多く見られるようになる。まあ純粋に駅の周辺が1番人が増えるというのは当たり前なのだが。

 

 昼食を済ませ適当に散策していると、アクセサリーショップにウマ娘が入っていくのが見えた。それに釣られてか、なんとなく私もフラフラとその店に吸い込まれてしまう。

 洒落っ気など私には縁のないものだと思っていたが、ふと気になってしまった。それはもう、周りのウマ娘たちがあーだこーだトレンドがどーだと話しているのだから気にならないわけがない。

 しかしながら私は流行に疎い。故に手を出せずに悩んでいたのだが、煌びやかな店の雰囲気に浮かれ、ついつい買い物をしたくなってしまった。可愛いハート型なんかは私に似合わないだろうから、なるべく無難なものがあるとありがたいのだが。

 

「も、もしかしてシンボリルドルフ?」

 

 そんなことを考えていると、声を掛けられた。振り返ってみると見知らぬウマ娘が1人、こちらを見て固まっている。

 

「ああ、そうだよ」

「ホントに!? 私すっごいファンで、この前の皐月賞もすごい応援してて、えっと、えっと……」

 

 どうやら私のファンらしい。緊張しているのか、言葉が出てこないようだ。

 

「ありがとう。そんなに緊張しなくてもいいんだが……」

「あ、握手! 握手してもらえませんか!?」

「もちろん、構わないよ」

「わ、わ、あ、ありがとう! うそ、やば、まじ???」

 

 私よりも年上に見えるが、何故だろう、彼女の方が若々しく輝いて見える。

 

「うわ~~~もう手洗えないよ……」

「そんな大袈裟な」

「大袈裟じゃないよ! 私本当にもう、やばい、泣きそう…………」

 

 思えば、目に見えてのファンというのは初めて出会った気がする。なるほど、悪い気はしない。私と会って笑顔になってくれるところを見ると嬉しくなる。

 嬉しいついでに、彼女に流行のあれこれを教えてもらうということを思いついた。

 

「代わりにと言ってはなんだが、ひとつ頼まれてくれないか?」

「え、なに!? なんでも言って!」

「あはは。恥ずかしながら、私は流行に疎くてな……よければオススメのアクセサリーなんかを教えてくれたら嬉しいのだが」

「……マジ? シンボリルドルフのアクセサリー選ぶの? 私が?」

「ああ、是非君に頼みたい」

「ううう…………緊張で吐く……」

 

 一気に顔色が悪くなる。そんなに緊張しなくても、普通に接してほしいんだが……いや、自分の立場も考えずに求めるのは失礼か。

 

「あくまで参考にするだけだよ、そんなに気を張らないでくれ」

「う、うん。えっとね、最近だと……」

 

 そこから彼女のオシャレ講座が始まった。最初こそこの世の終わりのような顔をしていたが、話しているうちに緊張が解れてきたのか調子を取り戻していった。私はふむふむと頷くばかりだったが、どうも可愛いのばかりオススメされて選びづらい。

 

「後はこれなんかはペアルックで人気だけど……」

「これと、もうひとつはそのピンクの方かい?」

「うん、そうだよ」

 

 ペアルックのアクセサリー……少し重いか? そもそもキリノはアクセサリーに興味があるのか? そんなことを言い出したら彼女の普段着すらほとんど見た事がないが、いや最悪受け取って貰えなかったらマルゼンスキーあたりに……なんて失礼なことを考えるんだ私は! 

 

「え!? もしかして彼氏とかいたりするの!? 嘘!! ううん、聞かなかったことにするから! 秘密にするから!」

「待て待て待て」

 

 掛かり気味なウマ娘を宥める。

 

「友人の分も、と考えただけだよ。交際している男性はいない」

「あ、あ~~~~ね。びっくりしたー」

「む、そういえばその『あーね』とはなんだ? 私の友人も使っていたのだが、実は意味がよくわからなくてな……」

「え? なんだろ……なるほどね、的な? あんまり深く考えたことないかも」

「なるほどか、ありがとう」

 

 やはり今時の子というのはよくわからない言葉を使うんだな。そう考えると実はキリノはかなり流行に詳しくて、アクセサリーなんて結構持ってるんじゃないだろうか。やはりやめた方がいいか。

 

「でもいいなーシンボリルドルフからプレゼント貰えるなんて。その友達さん羨ましすぎる~~~」

「ははは、彼女が喜んでくれるとは限らないがな」

「いやもうそんなん嬉しいに決まってるよ! 友達からプレゼントとか貰ったら私めっちゃ嬉しいし」

「そう、だろうか。そういうものだろうか」

「え、嬉しくない?」

「いや私は嬉しいさ。ただ、私が感じることが全て正しいわけじゃないからな。私にとっては嬉しくても他の人は嫌がる、なんてことだってあるだろう」

「んん~~~? よくわかんないけど、やっぱ気持ちでしょ。いらないもんでもプレゼントしようとしてくれた気持ちが伝わったら嬉しいじゃん」

「それは……うん、そうだな。これにするよ」

「うんうん! 似合うと思う!」

 

 棺のような形の枠に透き通った翡翠のような輝石が埋め込まれている。もうひとつは同じ形だが、薄い桃色になっている。私はその2つを手に取り、カウンターへと持って行った。

 

「ありがとう。君のおかげでいい土産が用意できたよ」

「全然! むしろ私の方が最高だったって言うか……ううん、次のレースも応援してるからね!」

「ああ、頑張るよ」

「じゃあね!」

 

 最後の方は慌ただしく別れを済ませたが、いい出会いだった。名前を聞きそびれてしまったことにあとから気がついたが、相手の勢いに押されてしまった部分もあるのでこれはもう仕方がない。もし次に会う機会があれば、その時に聞き出すことにしよう。私は1度見た顔を忘れないからな。

 

 

 

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 いつまでも駅の周辺をブラブラと歩いていても仕方が無いので、駅から離れて大きな川の方まで来た。特に目的はなかったが、帰るには少し早いくらいの時間をどうにかして潰したかったのだ。

 夕日が水面に浮かび川が綺麗に赤く染まっている様は、思わず立ち止まって魅入ってしまうほどだった。私と同じなのかはわからないが、河川敷にはこんな風にじっと景色を眺めているだけの人も多い。勿論それだけでなく、釣りをしている人や自主トレーニングで走っているウマ娘も見える。トレセン学園から随分と離れているはずだが、こんな所まで来て走るのだからよっぽど好きなのだろう。そんなウマ娘を見ると心が熱くなる。

 

 暫くぼーっと川の方を眺めて歩いていたが、大きな橋を視界で捉えると同時に、微かに美しい旋律が私の耳に入ってきた。おそらく弦楽器のものであろうそれは、橋に近づくにつれどんどん大きくなっていく。きっと橋の付近で誰かが演奏をしているのだろう。

 激しくなくどこか懐かしさすら覚えるそのメロディーは、夕焼け空によく合う落ち着いた音色だ。優しく、哀しく、子守唄のようで、このまま聴いていたら寝てしまいそうなほどに私の心へと染み込んでいく。

 やがてその音色に鼻歌が交じり始めた。メロディーに反して可愛らしく、ちょっと子供っぽい声にはどこか聞き覚えがあり──。

 

「ん?」

 

 聞き覚えがあった。何故? その答えを求めて音の源へと近づいていく。

 

 その演者を目で捉えた時、私は声を上げてしまいそうになった。なぜお前がここにいるんだ、キリノアメジスト。こんなところで、そしてなぜギターを? その時頭の中で全てのピースがカチリという音を立ててハマった。

 休日、私に何も言わずに出ていくキリノ。クローゼットに入った縦長の何か。そうか、そういう事だったのか。キリノはつまり、休日の間ここでギターを弾いていたのだ。時に鼻歌を歌い、時に弦とピックだけで、きっと色んな音を奏でてきたのだろう。

 夢中でギターを弾いているのだろう。私がこんなに近くに来ても気づく様子すらない。いや、そもそも通行人のことなど気にも留めずに演奏しているのだろう。彼女の好きなことはこれだ、これだったのだ。

 

 やがて演奏を終えて一息ついた彼女の方へと近づき、声を掛けた。

 

「やぁキリノ、奇遇だな」

「っ!? …………ルドルフ」

 

 彼女は酷く驚いた様子で、その表情はまさに驚愕の一色に染まっていた。

 

「い、い、いつから……?」

「少し前からだよ。美しい音色が聞こえてきて、その音に釣られて歩いていたらお前に出会ったというわけだ」

「…………見てたんだ」

 

 嬉しそう、ではないな。どちらかと言うと焦っているように見える。あまり私に見られたくなかったのだろうか。

 

「どうして隠していたんだ? 素晴らしい演奏だったよ」

「……そんな事ないよ。うん、そう、恥ずかしかったんだよね。ほら、あたしまだまだ下手くそだからさー」

 

 あはは、と照れ笑いで誤魔化すキリノ。よく見るいつもの誤魔化し方だ。少し彼女との距離が縮まった気がしたのだが、こうやってはぐらかされてしまうのはいつもの事だった。

 

「そうだろうか? 少なくとも私にはとても良いものに聞こえたよ」

「ああ、そう。うん、ありがとね」

「……怒らせてしまったか?」

「ううん、驚いてるだけだよ。不意打ちだったからね」

 

 いつもの調子に戻りつつあるが、まだどこか上の空のようだ。そんなに見られたくなかったんだろうか。私からすればいつもの低い自己評価のようにしか見えないが。

 

「そうか、ならいいんだが」

「うん、大丈夫、大丈夫だよ。そろそろ帰るつもりだったしね。一緒に帰ろうよ」

「ああ、そうだな。よければまた聴かせてくれないか?」

「……こんなのでよければいくらでも」

「是非お願いしたい。なんなら帰ってからでもいい」

「隣の部屋の子に怒られるよ。なんの為にここまで来てると思って」

「ははは、それもそうか」

 

 とはいえ、こんな遠くまで来るのもおかしな話だ。わざわざこんな遠くまで来なくても、トレセン学園の近場に公園くらいあるだろう。そんなに私に見られたくなかったのか? 

 

「ところで、なんでこんな遠くまで来たんだ? いつもここで弾いているのか?」

「そうだよ。まあ、実家の近くだからだね。家に帰るついでにって感じかな」

「なるほど、そうだったのか」

「うん、それにここはあたしのお気に入りでもあるからね。昔はよくここで走っ…………遊んでたんだ。だから思い出の場所なの」

 

 そう語るキリノの表情は、夕日の影が差してよく見えなかった。

 

「思い出の場所、か。うん、良いじゃないか」

「なに? 黄昏ちゃって」

「黄昏てなんかないさ。ただ私も昔のことを思い出しただけさ」

「へー。昔のルドルフも今と変わらなかった?」

「そうでもないさ。昔はまあ、その、結構やんちゃだったようでな。なかなか言うことを聞かない、いわゆる気性難なウマ娘だったらしい。今のように育ったのは両親の教育あってのものだよ」

「ルドルフが気性難……まぁわからなくもないかな」

「そ、そうなのか?」

 

 それはつまり、今でも私は気性難の気があるという事だろうか。

 

「なんとなくだよ。負けず嫌いなとことか、勝負に熱くなるところとか、案外そうかもって思えるだけ」

「そ、そうか……」

 

 正直今はかなり品行方正、模範的なウマ娘を目指しているのだが、今でも幼い頃の性格は治っていないように見えるらしい。まだまだ未熟な部分が隠しきれていないようだ。

 

「悪いことじゃないと思うよ? 可愛げがあるじゃん」

「それはフォローしているつもりなのか?」

「フォローも何も、本心だよ」

「はぁ……そう受け取っておくよ」

 

 ふふ、と薄く笑うキリノはいつの間にかいつもの調子を取り戻していた。ほっと息を吐いて、安堵している自分がいることに気づいた。

 

 

 

 

 

 

 寮に帰ってからも、キリノは相変わらず隠すようにクローゼットにギターを置いた。その時の表情を見るに今日のことをだいぶ気にしているようだ。何かお詫びになれば……と探していると、ちょうど土産を買っていたのを思い出した。

 

「なぁキリノ、アクセサリーに興味はないか?」

「……はっ? アクセサリー? な、無くはないけど……」

「……なんだその反応は」

 

 声を裏返して跳ねるキリノ。まるで信じられないものを見るような目をこちらに向けてくる。

 

「まさかルドルフからそんな単語が出てくるなんて思わなくてね」

「私をなんだと思っているんだ? まあ私自身少し思うところがないわけでもないが……まあなんだ、今日はお前にお土産があるんだ」

「……アクセサリーの?」

「ああ、私とペアルックのな。私が右耳用で、お前のが左耳用だ」

 

 小さい袋から2つのアクセサリーを取り出す。そのうち桃色に輝く半透明のアクセサリーをプラスチックから取り出して、キリノの前に差し出した。キリノはまじまじとそれを見つめている。

 

「ペアルックって、ルドルフと? これってあたしにプレゼントってこと?」

「そうだ、受け取ってくれるか?」

「あたしに? ……あたしなんかに?」

「なんかとはなんだ。いや、私も考えたのだが……その、やはり重いだろうか?」

「う、ううん! 嬉しい! 嬉しいよ……うん。そっか、お揃いかぁ」

「私のはこれだ。あ、こっちの方が良かったのか?」

「ううん、ルドルフが選んでくれたんだからこれにしよう。可愛いし」

「そ、そうか。良かった……」

 

 なんとか受けとって貰えたようで一安心だ。こんなに緊張するものだとは思わなかった。というか、私が友人という関係を重くとらえすぎている気がする。もっと気楽に、もっと軽く、これからはそう心がけていこう。

 

 結局その日のうちにキリノは耳飾りをつけることなく、しかし寝るまでずっと手に持ってじろじろと眺めていた。なんだか様子のおかしい、そんな一日だった。

 




キリノちゃんの情緒ぐちゃぐちゃになっちゃった。

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