未来が見える友達ができた話   作:えんどう豆TW

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年末に向けて地獄が始まる…!でも更新は頑張るから…!


汝、あたしの選択を見よ

 

「ねぇねぇ、来週日本ダービーなんでしょ?」

「これ勝ったらGⅠ2勝ってことだよね!? すごーい!!」

「ああ、必ず勝ってくるよ」

 

 クラスは来週の日本ダービーの話で持ち切りだ。勿論クラスメイトである私が出走するからということもあるが、それ以上にこの日本ダービーというレースは注目度が高い。

 しかしまあ、恐らくこれほどまでに話題になっているのは私の二冠がかかっているからだろう。自意識過剰と言われればそこまでだが、客観的に見てもこれ程早い段階でGⅠレースを勝っているウマ娘は少ない。それに去年三冠を達成したミスターシービーに続く三冠ウマ娘に期待もかかっていることだろう。ここで私が三冠達成となれば無敗での記録となり、そういった噛み合いもあってのここまでの注目なのだろう。

 

「普段どんなトレーニングしてるの?」

「同じくらい強くなれる?」

 

 クラスメイト達からの質問が絶えない。私と同じトレーニングをしても距離適性や脚質の違いから上手くいくとは思えないが……。

 

「長い距離で差しを意識するとスタミナが必要になるからな、体力作りは欠かさないようにしてるよ」

「え、私って長距離得意なのかな?」

「知らないよ。私も自分の適正距離まだ知らないし」

「やっぱり早くトレーナー見つけないと……」

 

 そもそも色んな距離を走らないと測ることすらままならないと思うのだが……いややめておこう。彼女達にはそれぞれのペースがある。私が何か口を出す場面ではない。

 そもそも私がレースに出ている頻度がおかしいのだ。入学して間もなくこんなにも多くのレースに出ようとしているのはいくらなんでも早熟すぎる。自らを基準にするのは彼女達のためにもならないだろう。

 

「早くレース出たいよ~~~」

「次の選抜レース頑張ろ!」

「うん!」

 

 そうだ。こうして共に切磋琢磨していくことで、お互いに高め合って実力をつける。それこそが本来私たちウマ娘が歩んでいく道なのだから。

 それに私にだってライバルはいる。マルゼンスキーは私よりも速いだろうし、皐月賞も接戦の末の勝利だった。三冠達成は私の目標でもあるが、それ以前に周りのウマ娘に負けたくないという気持ちも強い。

 

 

 

 

 

 

「いや、ビゼンニシキは出ないと思うけど」

「そ、そうなのか?」

 

 その日のトレーニングで告げられた衝撃の事実。私と皐月賞でしのぎを削ったビゼンニシキは日本ダービーに出ない、とキリノが言う。

 

「しかし参加を表明していたはずだが……」

「え、嘘。……ハナちゃんに確認してみる?」

 

 キリノも信じられないと言った表情で、トレーニングを一時中断して東条トレーナーの下へと向かった。私の記憶が正しければ彼女は日本ダービーに登録していたはずだ。出走するウマ娘のリストに目を通した時も名前があったはずだが。

 

「ハナちゃん、ちょっといい?」

「あら? 2人は今日はトレーニングで解散って聞いてたんだけど」

「その予定だったんだけどね。日本ダービーに出走するウマ娘ってもう出揃ってるよね? よければ一覧を見たいんだけど」

「ええ、いいわよ。ちょうど今プリントしたところだから」

 

 そう言うと東条トレーナーは2~3枚のA4用紙の束を渡してきた。そこには日本ダービーに関する資料と出走するウマ娘の名前がずらりと並んでいる。流石に一人一人細かく分析をしてあるわけではないが、日本ダービーにおける距離やその日のバ場の予想や過去のデータなどがまとめてある。

 

「ありがと」

 

 キリノが資料を受け取り紙を捲る。やがて視線を下に下げて首を傾げた。

 

「……ほんとだ」

 

 キリノの後ろから覗き込むと、そこにはビゼンニシキの名がある。

 

「言った通りだっただろう?」

「信じられないことにね」

 

 ため息交じりで呆れたように肩を竦めるキリノ。すると東条トレーナーはコーヒーの入ったカップを机の上に置き口を開いた。

 

「あのね、言っておくけど普通は貴方みたいに見ただけで一発でウマ娘の能力を見抜くトレーナーなんていないのよ」

「あたしはトレーナーじゃないよ」

「揚げ足を取るな!」

「それに距離適性や脚質を測るなんて契約して初めにやることでしょ? それを怠ってるとは思えないし、皐月賞での仕上がりは良かった。だから無能が担当してるわけじゃないと思う」

「口が悪いわよ」

「失礼しましたー。そういうわけで、あたし的には走りたいって言ったんじゃないかなって感じ。ルドルフに負けっぱなしも嫌だろうしね」

 

 キリノがこちらを向いた。彼女曰くビゼンニシキは眼中に無いとの事だが、それでも私はあれほどの猛者が何も起こさずに沈むとは思えなかった。

 

「でも珍しいわね、貴方なら把握してるものだと思ってたのだけれど」

「なにを?」

「出走リストよ。知らなかったなんてね」

「ああー……まぁ、ルドルフなら負けないかなって」

 

 へらへらと笑うキリノとは対象的に、東条トレーナーの目は真剣だ。

 

「私は怒ってるのよ? 一応研修生の身なんだから、トレーナーとしてやるべき事を怠っているのは頂けないわね」

「……だからあたしはトレーナーじゃ」

「トレーナーを目指してるんでしょうが。別に完璧にこなせと言ってるわけじゃないけど、それに近づける努力をしなさいって話。私も未熟だけど、それでも私もトレーナーの端くれなんだから。本来貴方はルドルフのトレーニングよりも私の下での研修を優先するべきなのよ? それを強制しないのは、私がマルゼンスキーのことで手一杯であること、且つ貴方が優秀だから放っておいても最低限のトレーニングの管理やルドルフのサポートが出来ると思ってるからよ。だけどそれを疎かにするなら話は別」

「…………」

「私が無条件で貴方を置いてると思ったの? やる気が見られなかったら理事長に言って外してもらうからね」

 

 つまるところ態度の問題だ。私の目には信頼に映るものも、東条トレーナーにとっては怠慢であるらしい。実際のところ、真相を知るのはキリノ自身なのだから、その点でいえば私は肯定も否定もできないし、するべきではない。

 

「……ちょっと言い過ぎたわ。今日はもう解散にしなさい。それとキリノは残って手伝いをやってもらうから、いいわね?」

「……うん、わかった。ルドルフもそれでいい?」

「あ、ああ。私は構わないが……」

「そういうわけだから、また明日ね」

 

 半ば強引に部屋から追い出された私は、結局キリノになんの言葉もかけられなかった。

 

 

 

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「手伝いって何すればいいの?」

「え? ああ、手伝いなんてないわよ」

「……えぇ?」

 

 ルドルフをトレーナー室から追い出したあと、キリノと二人きりになった私はコーヒーを入れていた。しかしながらこいつが飲むとは限らないので、2人分入れようとしていたのを急遽変更して、冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに注いだ。

 

「じゃあなんで居残り? お説教の続き?」

「ま、そんなところよ。……で? どうしたのよ本当に、貴方らしくもない」

「そうかな? まあでも気が抜けてたのは事実だし、ルドルフにも悪い事をしたよ。ごめんなさい」

 

 珍しく素直に謝るキリノ。しかし今聞きたいのは謝罪の言葉ではなかった。

 

「最近変よ貴方。反応も遅いし、さっきも言ったけどやたらと放任主義になったじゃない。皐月賞まではあんなに付きっきりだったのに、どういう心境の変化?」

「別に。ルドルフにこれ以上口出しすることもなくなったし、もうあとは時間の問題だなって判断しただけだよ」

「……あのね、貴方自分でも言ってたけどこのままじゃ本当にルドルフの才能におんぶにだっこになるわよ?」

「実際そうだからね」

「そうは言いつつもちゃんとトレーニングの方向性を決めたり私に相談してメニューを考えたりしてたじゃない。なのに急に手を離したりして、それで満足なの? 貴方はルドルフと一緒に歩みたいんじゃないの? だから自分が見るっていう条件で私に契約をさせたんじゃなかったの?」

「…………」

 

 キリノは黙っている。追い打ちをかけるようになってしまったが、私は彼女を心配しているのだ。

 

「悩みがあるなら相談しなさい。私が嫌ならマルゼンスキーでもいいし、とにかく自分の中で消化しようとしないこと。どれだけ背伸びしても貴方はまだ子供なんだから、1人で抱え込むのにも限界があるの。わかった?」

「……うん、ありがと。最近色々ありすぎてちょっとショートしちゃっただけだから大丈夫だよ。明日からは気合い入れて頑張るから」

「無理はしないの。休む時は休む、やる時はやる、メリハリつけてやらないとね」

「肝に銘じておくよ」

 

 わかってないだろ、と問い詰めたいところだったが、これ以上彼女に負担をかけるのも嫌なのでここまでにした。

 まったく、キリノにしてもルドルフにしても背伸びをしすぎなのだ。年相応に笑って泣いて感情を表に出せばいいものを、どうしてかこいつらは余裕なフリをして大人な態度で流そうとする。それを出来るようになるのはもっと大人になってからで、子供のうちにそんな真似事をしていてはいつか壊れてしまう。

 それにルドルフは精神的にもかなり落ち着いているが、キリノは違う。彼女はからかい癖こそあるものの中身はまだ幼い。しかしルドルフに合わせてなのか、無理やり感情を押さえ込んだ振る舞いをすることが多いのだ。ルドルフの精神的な余裕とは違う、ただのから元気だ。だから私はそれをやめろと言っているのだが、結果は見ての通り意地でもやめないつもりらしい。

 

「……まぁ、それだけだから。再三言うけど、1人で抱え込まないこと。いいわね?」

「わかったわかった、わかったよ。過保護なんだから」

「指導者として当然よ」

 

 キリノは半笑いで流して、足早にトレーナー室を出ていった。

 

 

 

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 廊下に出ると、「あっ」と声をあげてマルゼンスキーが後ずさった。若干気まずそうな顔をしながらも、顔を背けるようなことはしないのが彼女らしい。

 

「また盗み聞き?」

「あ、あはは……。メンゴメンゴ~……」

 

 

 

 

 

 

 しばらく2人で無言で歩いていたが、やがてマルゼンスキーが口を開いた。

 

「最近何かあったの?」

「うん? んー……まあ色々?」

「色々なんだ」

「うん、色々。色々が重なって心が追いつかなくって、ボーっとしちゃった」

「そう……。深くは聞かないけど、つらかったのよね」

 

 よしよし、とマルゼンスキーはあたしの頭を撫でた。1つしか違わないはずなのに、まるで母親のような温かさがあった。

 

「ハナちゃんにも見抜かれちゃうようじゃ、あたしもまだまだだね」

「ううん、そんな事ないわ。つらい時は誰かに頼っていいし、自分の気持ちは人にぶつけていいのよ。隠すことなんてないのよ」

 

 それはどうかなぁ、と思う。だって心配かけたくないし、弱ってると思われるのはなんだか癪だ。

 

「自分の気持ちを押し殺さなきゃいけない世界なんて間違ってる。そんなこと言う人は私がやっつけちゃうんだから」

「ふふふ、頼もしいね。……マルゼンスキーは、あたしがいいトレーナーになれると思う?」

「モチのロンよ! ハナちゃんも褒めてたし、ルドルフだって自慢してくるくらいなんだから。胸を張ってトレーナーですって言ってもいいくらいよ!」

「それはダメだけど、うん、そっか。みんな優しいね」

「え、本心よ? ほんとよ?」

「わかってるよ」

 

 マルゼンスキーはルドルフと同じタイプだ。真剣な時に人をからかわないし、お世辞で褒めることはしない。それが人を傷つけるとわかっているから。

 やがて玄関を出ると、自宅から通っているマルゼンスキーとはお別れということになった。

 

「元気出た。ありがとね、マルゼンスキー」

「うんうん、いつでもお姉さんを頼りなさい!」

 

 太陽のような笑みを振りまくマルゼンスキーに手を振って別れた。

 

 

 

 

 

 

「あーあ、食堂閉まっちゃった」

 

 玄関を出てご飯を食べようとしたら、思いのほか時間が過ぎていたため食堂が利用できなかった。仕方が無いのでコンビニにでも寄ろうかと考えていたら何やら話し声が聞こえた。

 物陰に隠れて音のするほうを覗いてみると、1人のウマ娘とそのトレーナーと思しき人物が話していた。

 

「やっぱり私、諦めます。ごめんなさい、ごめんなさい……」

「……君の夢を叶えてあげたかったんだがな。僕では力不足だったようだ」

「そんな! トレーナーさんのせいじゃ……っ」

 

 啜り泣くウマ娘の肩を抱き、沈黙するトレーナー。その表情は暗い。

 

「……僕の知り合いに優秀なトレーナーがいる。話を通しておくから、もう一度頑張ってみないか?」

「……私じゃ無理ですよ。だって1年も頑張ったのに、何も結果を残せなかったじゃないですか。私は弱い、才能がないウマ娘なんです。私じゃ……」

 

 あたしの目に映るのは現実。どうしようもなくて、覆すことの出来ない事実。感情や気合じゃどうにもならない、無機質な数字と文字列。

 パパの時もこんなんだったのかな。でもママはその後も一緒にいたんだし、こんなに暗い別れ方はしてないか。

 

「何よりもう、走れないんです。心が折れて、足を前に出すのも嫌で、もう何もしたくない……。もう、嫌ぁ……」

 

 悲痛な泣き声だけが辺りに響く。きっと珍しい事じゃないのだろう。こんな風に1人、また1人とターフの上から姿を消していく。そして新しい風が吹いては、その風もどこかへ行ってしまうのだ。

 正直に言うと、あの子が羨ましかった。もう嫌だと泣き喚いて、無理だダメだと全てを投げ出して、誰かに感情を叩きつけて全部捨ててしまいたかった。

 でも諦めの悪いウマ娘だから、我儘なウマ娘だから、自分がこの世界にいていいんだという証明書がどうしても欲しくて足掻いてしまった。どんな形でもいいから、どんな事でもいいから。そんなことを言いながら未練がましくレースの近くにしがみついた。

 何も諦められない。何も捨てることが出来ない。自分が一番現実をわかっているのに、一番現実を見ようとしない。

 素直になれない。認められない。誰かに認めて欲しいのに、自分が自分を認めようとしない。ストイックなんて綺麗なものじゃない。現実逃避を続けて、続けて、何もかもを否定しているだけの化け物に過ぎない。

 

「っ!」

 

 気づけばその場から走り出していた。これ以上見ていたくなかった。

 何も見たくない。何も認めたくない。わかってしまう前に遠ざけたい。ルドルフが認めてくれていることも、ハナちゃんが評価してくれてることも、この目があれば優秀なトレーナーとして活躍出来るであろうことも、全部自分が望んだことなのに。なのにどうして、その言葉を否定するんだ? どうして認めようとしないんだ? あたしはどうしたいんだ? わからない。何もわからない。

 

 逃げるようにコンビニに駆け込んで、何も考えずにカップラーメンを買った。そうだ、お腹すいてたんだった。振り返ればコンビニの灯りが遠くに見えて、心臓が早くて、息が切れて、それが少し嬉しくて。やっぱり走るのは好きだけど、この高揚感が胸を締め付ける。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 呼吸を整えるのに時間がかかる。それだけで少し悲しくなった。

 夜の冷たい空気が私の頭を冷却していく。

 

 いい加減、現実を見る時だ。夢は全部捨ててしまえ。ギターはもうやめよう。走るのは諦めてたはずだろう? あたしはあたしに出来る事をやるんだ。

 トレーナーになろう。中央でトレーナーになって、多くのウマ娘をターフの上に立たせるんだ。ルドルフが認めてくれた、ハナちゃんが背中を押してくれた、マルゼンスキーが受け止めてくれた。みんなが応援してくれた。

 斜に構えてたせいで人からの好意も評価も全部受け流して、現実から目を背けていた。自分を好きになれなくて、自分を褒める誰かの言葉を蹴り飛ばしてた。夢を諦めたつもりで手放せてなくて、トレーナーとして成長していくことを怖がっていた。

 でももう全部やめよう。今までの自分は殺してしまおう。今の自分を好きになろう。あたしには才能があるんだ。自分の才能を認めよう、トレーナーとしての才能があることを自覚するんだ。あたしは変わるんだ! 

 夢を見るのは終わり、目を覚ます時だ。初めましてあたし。明日から頑張ろうね。

 

 街灯が照らす夜道を歩く。まるで芝の上を踊るように、足取りは軽かった。

 




作者の人キリノちゃん嫌いなの?愛だよ愛!

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