『ゲームクリア~!』
キリノのタブレットから軽快な音声が聞こえる。愛らしい音声はシンバルの形に目と口がついたデザインをしたキャラクターがなにかダンスを踊っている画面が見える。
先程からなにか音楽がずっと流れているのは聞こえていたが、一体なんのゲームなのだろう。
「あーこれ? 音ゲー……リズムゲームってわかる?」
「すまない、こういうのには疎くてな」
「だろうね。まあその名の通りリズムに合わせてボタンを押すゲームだね、一応」
「一応?」
言い方が引っかかる。リズムゲームと言うからにはそれが正解な気もするが。
「んー、言ってしまえばゲームなわけで。曲によって譜面……えっと、リズムが決まってる以上暗記することが可能なんだ」
「……つまり?」
「何回も同じ曲をやればリズムに合わせてボタンを押すゲームじゃなくて、頭で覚えた感覚でボタンを押すゲームになるんだ」
なるほど、暗記とはそういう意味か。
「一見すると面白くないけど、ノーミスでゲームをクリアした時の達成感はあるよ」
「なるほどな。キリノはそのゲーム得意なのか?」
私の言葉にキリノは少し悩む素振りを見せた。
「平均よりはできる方、だと思う」
「言い切らないんだな」
「インターネットにはすごい人が沢山いるからね。あたしなんかまだまだだよ」
「そうなのか」
楽器に触れる彼女のことだ、そういうゲームは得意なのかと思ったのだが。
「ルドルフもやってみる?」
「ふむ、面白そうだ」
早速キリノのタブレットを借りてやってみることにした。タイトル画面には『ドラムの達人』と書かれている。
「まずはチュートリアルだね。ノーツの形によって叩く速度が決まってるからそれを覚えないと」
「ノーツ……?」
よくわからないが、一旦チュートリアルをやってみる。
なるほど、こういうゲームか。そしてこの落ちてくる……ノーツ? にはある程度間隔があり、またそれぞれに決まったボタンの押し方があるというわけだ。
「じゃあ最初だし、一番簡単なのにする?」
「? 難易度があるのか」
「あるよー。1番難しい奴なんてすごい沢山ノーツが落ちてくるんだから」
「それはまあ……確かに難しいのだろうが、やること自体は決まっているのだから、それの応用をするだけだろう?」
「えぇ……? そこまで言うのならまあ、やってみればいいと思うけど」
キリノは懐疑的だったが、私の考えが正しければこのゲームはそこまで難易度による差はない。
「確認だが、今のチュートリアルで全ての種類の叩き方を紹介したんだな?」
「うん、あたしの知る限りではこれ以外のノーツはないと思うけど」
「なら大丈夫だ、任せてくれ」
そう言ってキリノに楽曲の選択を任せた。彼女の思ういちばん難しいゲームを楽しもうじゃないか。
『フルコンボだドラ~!!』
可愛らしい音声がタブレットから流れる。ノーミスでゲームをクリアするとフルコンボ、と言うらしい。
「な……」
キリノが口をあんぐりと開けている。ふふふ、初心者だからと侮ったな?
「な、なんで? ルドルフ、このゲーム初めてじゃないの?」
「初めてさ。この曲も聴いたことは無かったが、いい曲だな」
「いや、いやいや意味わかんない。ううん、そういう人はいるよ。初見フルコンとか動画上がってたり配信あったり……でもそういう人って長年の経験あってこそのものでしょ? ルドルフはなんで? どうやって?」
酷く驚いているのか、若干言葉足らずなキリノ。それでも何が言いたいかは伝わる。
「何も特別なことはないさ。流れてくるものを目で追って、先程覚えたリズムの通り叩くだけだ。シンプルかつ視覚的にこのゲームをクリアする最適な方法だと思うが」
「それが出来たら苦労しないって……ああ、それが出来るのね」
キリノも理解したようだ。
「ジャンケンの時も似たようなこと言ってたっけ」
「ああ。先程キリノが言った暗記するゲーム、というのもこのゲームの一面なのだろう。だが初回のプレイに限っては動体視力と反応速度を試すゲームになるわけだ。シンプルながらに中々楽しめるゲームじゃないか」
「いやそんなゲームじゃ……あーいいやもう」
はぁと息を吐くキリノ。どうやら遊び方が違うらしい。
「キミといると価値観が塗り変わるよ」
「私だってそうさ。きっと人と関わるということはそういう事なのだろうな」
「あーあ。ルドルフの色に染められちゃう」
「なっ!? 言い方を考えろ!」
「あはは。でも支配欲強そうだよねルドルフって」
「そんなことはない! ……はずだが」
「いやー? 案外自分でも知らなかった扉を開くかもよ?」
「出来れば開きたくないな……」
支配欲……いや、そんなはずはない。
じっとキリノの右耳につけられたアクセサリーを見つめる。いやいやいや、そんなやましい気持ちで送ったわけじゃない。そんな独占欲とか支配欲とか、そんなわけが……。
「どうしたの?」
突然キリノがこちらを覗き込む。右耳のクリスタルが小さな音を立てて揺れた。
「なっ!? …………んでもない」
「いやなんでもなくはないでしょ」
「なんでもないんだ! 本当に! そんなつもりじゃなかったんだ!」
「は~? ……変なの」
キリノは怪訝そうな顔をしつつもどうにか追及を止めてくれた。
「はぁ~あ、強いって自由だ」
「どういうことだ?」
「能力があると選択肢も増えるってことだよ。くだらないことで再認識するなんてね」
それはその通りだが、なぜ今その話をしたんだ?
「別に。ただリズムゲームを違う側面からクリアするやつが目の前にいたから、ちょっと思い出しただけ」
「今のはたまたまだろう?」
「たまたまでも結果が全てだよ。運を引き寄せる力だって元々のフィジカルがないと……いや、フィジカルがある者こそ運を活かすことが出来るというべきかも」
運。責任の所在がどこにもない、使い勝手のいい要素。それをキリノは自身に責任があると捉えるのか。
「ふふ、やはり私もいつも驚かされるよ。お前はいつだって私の価値観を……世界を変えてくれる」
「何が? 何かあった?」
「運なんて概念についてそんな真剣に、真摯に考える者も少ないだろうなと思っただけだ。ただ、そのお前の考えた先にある世界を見れた私は幸せ者だ」
「やっぱり変なの、あたしの主観なだけでしょ」
「ああ、だからこそお前と出会えて良かったと思うよ」
キリノがふいと視線を逸らした。いつもの照れ隠しだ。
「あたしに変えられること、きっと誰も望んでないよ」
「そうだろうか。私は少なくともこれからも望んでいるのだが」
「親不孝者だ~。折角詰め込んだ帝王学が泣いてるよ」
「ふふ、そんなに閉じ込めておきたいならトレセン学園に出したりしないだろうさ」
「ぐぬぬ、反論出来ない」
やめやめ、とタブレットの電源を落としキリノはベッドに潜り込む。
「……ねぇ、弱音吐いていい?」
「……! あ、ああ、勿論だ」
「………………やっぱいいや、おやすみ」
「え、え? わ、私では力不足だろうか?」
「んーん、どうでもよくなっただけ」
「そ、うか……」
初めてキリノが私に頼ってくれる気がして少し嬉しかった。残念ながら結局その機会は来なかったわけだが。
どうでもよくなったのならいいことだ、と呑気に片付けていいものか。それとも踏み込むべきではないとここで流すのが最善か。思えばいつもこうやって迷っている気がする。
「なんかめんどくさい女みたいだねあたし」
「い、いやそんなことはないぞ!」
「ふふふ、本当にどうでもよくなっただけだからいいよ。何となく口に出そうとしてくだらないなぁって思っただけ」
静寂が部屋を包む。
「ルドルフは自分がまだまだやれるって思う?」
「それはもちろん、限界がいつ来るかなんて今はわからないからな」
「違うよ。今の自分が、今現時点で最善だと言える?」
「それは……それもわからない、もっと上手くやれたこともあったかもしれないし、なかったかもしれない」
「珍しく曖昧だね。……あたしもわかんない。他のトレーナーだったらもっとルドルフは強くなってたかもって思ったり、いやそもそもルドルフを超えるトレーナーじゃないとそんなこと出来ないんだから誰がやってもこうなってたって思ったり」
一拍置いて再びキリノは口を開いた。
「結局あたしの結論は後者。だってその方があたしにとっては都合がいいから」
薄暗い部屋の中、彼女の表情はわからない。それでもなぜだか笑っている気がした。
「勿論時間をかければこれから先も成長すると思う。で、時を重ねる毎にずっとこんな疑問につきまとわれるんだと思う。トレーナーって皆そうなのかな? だとしたら大変だ」
ふふ、と今度は明確に笑い声が聞こえた。
「……頑張ろうね」
一緒に、と小さな声で付け足した。初めて隣にキリノがいる気がして、それをどうしても手放したくなかった。
「……ああ。ああ!」
何度も頷く、肯定ではなく同調の思いを込めて。
部屋の隅。お互いのベッドは離れているが、1番近い距離にいる。夜なのに暖かいのは、夏が近付いてきたからなのだろうか。
大人の前では子供で、友達の前では大人でいたい女。めんどくさい彼女みたいになってきたけどそのうちヤンデレとかになるんかな。