キリノの宣言と共に夏合宿が始まった。
彼女曰く私とマルゼンスキーにはスタートダッシュによるロスをなくすという課題がある。この夏合宿はその為にあるというわけだ。
「しかしキリノ、その為だけに2ヶ月もこの施設を使うのか?」
「甘ァい! メロンパフェより甘いねシンボリルドルフ。キミはその才能に溺れたが故にトレーニングを
「どちらかと言うと侮辱されているのは私の方じゃないか?」
「ふふふ、早速だが本題に──」
「話を逸らすな」
「しゅ、しゅいましぇん……」
ぶにゅ、と頬を挟んでやるとキリノは情けない声で謝罪した。調子に乗りすぎだ、全く。
「もちろんメインの目的はそこだけど、砂浜でのトレーニングってのはそれだけでも価値あるものだからね。使える時にたっぷり使ってしまおうってわけさ。いくらかかってるかは知らないけど……」
ちらりとキリノが東条トレーナーに視線を向ける。東条トレーナーはあっけらかんとその金額を言ってみせた。
「へぇ~、結構いいところなのね」
「それはそうだろうな。これほど立派な施設が揃っているのだから、当然莫大な投資が行われているのだろう」
「あ、あがが……」
呆然としているキリノを他所に、私たちの反応は予想通りといったものだった。
東条トレーナーがキリノに近づき、ぽんと肩に手を置く。
「大丈夫、私は貴方の味方よ」
「は、はは……そうだよね……あたしおかしくないよね……」
キリノはフラフラになりながらも何とか自分の足で立ち上がり、私達を睨みつけ口を開いた。
「これだけの出費を許されてるってことは、その分期待されてるってことだよ! この夏合宿に失敗は許されない、いいね?」
「そんなにプレッシャーをかけたら逆効果じゃないか?」
「うるさい! ていうか全然プレッシャー感じてないじゃん2人とも!」
「そりゃまあ、ねぇ?」
「トレーニングにプレッシャーも何も無いだろう。強くなるために来ている、それだけだからな」
「お二人とも余裕ですこと! 今頃結果に追われているウマ娘が必死になって……や、いいわ。やっぱ忘れて」
後半は聞き取りづらかったが、キリノが今までに無いほどやる気に満ち溢れているのは伝わってきた。
「とにかく! ここでステップアップ出来なければその余裕も合宿明けには崩れることになるんだからね!」
「もちろん、全力で臨ませてもらうさ」
「よろしい!」
兎にも角にも、こうしてキリノからのお説教は終わったのだった。
「それで、今から何をするの? 2ヶ月もあのスタートダッシュを続けるわけじゃないでしょう?」
「勿論、ずっとやってても成長率0%だよあんなの。ただ、砂浜でのトレーニングは2人とも初めてでしょ? だからまずは砂に慣れるところから」
そう言ってキリノが指さす先にあったものは、砂浜に広げられた大きなネットだった。
「夏といえば海! 海といえば砂浜! 砂浜と言えば? そう、ビーチバレー!!」
「いぇーい!!」
ノリノリのマルゼンスキー。いやいや、待って欲しい。
「キリノ、お前まさか遊びたいだけなんじゃ……」
「失礼な! これはれっきとしたトレーニングです。だからわざわざハナちゃんにまで着替えてもらってるんでしょうが」
言われてみればそうだ。トレーナーがジャージに着替えているのは単純にスーツを汚したくないだけではないらしい。
「今から2人1チームに分かれてビーチバレーをします! レシーブとスパイクは全部ルドルフとマルゼンスキー、あたしとハナちゃんはセッターだけね」
東条トレーナーが頷く。
「チーム分けはどっちでもいいんだけど、せっかくだし最初はルドルフとあたしで組もうか。慣れてきたら入れ替えて環境を変えながらやっていこう」
「いいのか? こちらはウマ娘2人のチームになるが……」
「まああたしもハナちゃんもトスしかしないからね。そこまで差はないよ」
「そうか、なら問題はなさそうだな」
両者納得の上なら構わない。それにきっと、東条トレーナーとキリノの2人で考えた上で組まれたトレーニングのはずだ。ならば私たちは信じて全力を出すのみ。
「あ、負けたチームのウマ娘はペナルティでスクワットね」
「……? お前もやるのか?」
「んなわけないでしょ。やってもいいけどあたしがやる意味なんてダイエットくらいにしかならないって」
「それもそうだな」
呆れ顔のキリノがおかしくてつい笑ってしまう。
「ルドルフちゃんって案外天然よね」
「ほんとだよ。あざといヤツ」
「あざ、とい? どういう意味だ?」
「あーもういいから! 早くやるよ!」
跳ね除けるような手の仕草であしらわれてしまった。どうやら彼女の琴線に触れてしまったらしい。
「ちゃんとAパスで返してね」
「……すまないがバレーボールには疎くてな。出来ればあまり難しい用語を使わないでくれると助かる」
「おっと、そりゃごめんね。あたしが1歩も動かなくていいように、高くて綺麗なレシーブが欲しいなってことだよ」
「なるほどな。しかし私も初心者だ、善処はするがあまり求めてくれるなよ」
「何弱気なこと言ってんの? そこは承知した、って胸を張るところだよ」
キリノはビーチバレーが楽しみなのか上機嫌だ。彼女が楽しそうなので、つい私も笑みが零れてしまう。
「承知した。勝利をプレゼントしようじゃないか」
「その調子!」
ネットの向こう側でマルゼンスキーが手を振る。向こうも準備万端らしい。
「さあ、始めよう!」
ボールが高く舞い上がり、太陽の光を遮った。
ボッ! という音と共に鋭利な角度でボールが落ちてくる。通常のビーチバレーで使われるボールとは異なりウマ娘のパワーに耐えられる素材で作られているため、このボールはその分危険度も増している。
そしてキリノの言ったことは間違っていなかったのだと理解させられた。私は砂浜を甘く見ていたのだ。
「くっ!」
辛うじて拾ったボールはそのまま相手チームのコートへと返っていく。パワーがありすぎたのだろう。
この砂浜ではまず地面を蹴ることが出来ない。力を込めればそこから足場が沈んでいき、蹴った反動は砂浜に吸収される。そのため思ったように動くことが出来ないのだ。
加えて力の伝わる遅さ、これが私の動きを鈍らせている。反応は間に合っている、だが動作が追いついていない。結果体勢を崩しながら拾ったボールは思ったところに飛ばない。
「ルドルフー! ネットの向こうは相手のコートだよー?」
「わかっている!」
ニヤニヤ笑みを浮かべと煽ってくるキリノ。律儀に返事をする自分もどうかと思うが、無駄に体力を消耗させてくる味方は果たして味方と言えるのか。
「もういっっっかい!!」
「フッ!」
次のスパイクは運良くこちら側に飛んできたため、力を相殺させながら上手くキリノに返すことが出来た。しかし体勢を崩し、次の動作が遅れる。まだ私にはスパイクを打つという役割があるのに。
「ナイスパース」
呑気な声でフラフラとボールを追いかけ、キリノはボールに飛びつくように真っ直ぐ飛んだ。
「ほっ」
美しく綺麗な姿勢から高めのトスが繰り出される。私が間に合うだけの余裕を作ってくれたのだろう。
私が一直線に走り、飛んだ先にボールが落下してくる。
「お、100点」
「ハァッ!」
マルゼンスキーがいるコートの奥、その反対のサイドにボールを打ち込む。マルゼンスキーは体を横にして飛び跳ねたが、ボールには届かなかった。
「ぁーい!」
キリノとハイタッチを交わす。だがこれでようやく点数状況は2-5、依然私たちが追う側だ。
「やられちゃった~」
「今のは仕方ないわね。切り替えていきましょう!」
「合点承知之助!」
この流れのまま取り切る。キリノと視線を交わし、お互いに頷いた。
続く3,4点目を私たちが取るも、向こうも流れを断ち切らんと6点目を取る。そこからお互いに交互に点を取り合い、気づけば9-10で向こうのマッチポイントとなった。
「ラスト取るわよー!」
「させないさ!」
マルゼンスキーのサーブを拾い、遅れないよう直ぐに体勢を立て直して前に出る。パスが低かったせいで時間的な余裕はないが、充分間に合う。そしてキリノがボールをあげる瞬間──。
「あっ」
「っ!?」
砂浜に足を取られそのまま体を砂浜の上に滑らせた。ボールはそのまま地面に落ちていく。
ボスン、という砂の擦れる音を立て1ゲーム目が終了した。
「大丈夫?」
「ああ、怪我はない。すまないな、負けてしまった」
「だねぇ。じゃ、スクワット200回ね」
「たったそれだけなのか?」
「当たり前でしょ。ペナルティに時間を取られるトレーニングがあってたまるもんか」
それもそうだ。
砂浜でのトレーニングは予想以上にハードで、マルゼンスキーは水を飲みながら砂浜に横たわっている。当然私も休みたいが、ペナルティはいわば休憩なし、という事だろう。スクワットの時間でどうにかして呼吸を整えなければならない。スクワットで呼吸を整えるなど意味が全く分からないが、やらなければならないのだから仕方がない。
「はっ、はっ。キリノ、ひとつ聞いてっ、いいか?」
「いいよー?」
「はっ、お前はっ、何故そんなにっ、自由に動けるんだっ?」
そしてその間に疑問をひとつ解消しておく。キリノの砂浜での動きは美しさすら覚えるほど綺麗だったのだ。飛んだ時の姿勢、まるで普段と変わらない地面に立っているような体の動き。私とは明らかに違う事をやっているように見えた。
「トス以外やってないからじゃない?」
「いいや、違う。はっ、私とはっ、明らかに体の動かし方がっ、異なっているっ、はぁ、はぁ……」
「はいお疲れ様。んー、私に聞くよりもマルゼンスキーの方がいいと思うけど」
「はぁ、はぁ、それは、何故だ?」
「明らかに経験者でしょあれ。ビーチバレーのプロかな?」
「驚いた、ビーチバレーにもプロがあるのだなっ…………はぁ……」
「いや、ないよ」
「あまりからかうな。余裕が無い私は何をするかわからんぞ」
「おお怖。まあ経験者なのは間違いないだろうから、次のゲームが始まるまでに聞いとけば?」
「私が聞きたいのはバレーの事ではないんだ。私は砂浜という不安定な足場に先程も一杯食わされたわけだが、お前はなぜそんなに普段通りに動けるんだ?」
ああ、とキリノが手を打った。
「力みすぎなんだよルドルフは」
「そんなに力を込めているつもりは無いんだが……」
「うーん、ある意味あたしのハードトレーニングのせいなのかな」
そういうとキリノは少し考え込んで、再び口を開いた。
「例えば……オレンジ。オレンジって柔らかいよね?」
「オレンジ? あ、ああ、確かに柔らかいが……」
「オレンジを握り潰すのにめちゃめちゃ力込める? そんな事ないよね、柔らかいって言ってたんだし。でもじゃあ、全く力を込めなくてただ掌で包んでるだけだと潰れないよね?」
キリノは右手を開いたり閉じたりしてジェスチャーで説明している。
「つまりオレンジを握り潰すのに適切な力ってものがあるわけで、それを超過した分だけ余分な力を加えたことになる。もちろんオレンジを握り潰すという結果は得られるだろうけど、これを色んなことに当てはめると話は変わってくる」
キリノが人差し指を立てる。
「過ぎたるは及ばざるが如し、丁度いい力加減じゃないと良い結果が得られない時だってある。そのひとつがこの砂浜さ」
「私が力を込めすぎているから、いつも通りの結果が得られていないと?」
「そういうこと。なんなら砂浜に限った話じゃない。良バ場、重バ場、それぞれ適切な力加減ってものがあるんだ。だから重バ場で足を取られて怪我する子だっている。さっきは砂浜でよかったけど、アレが雨の日の次の芝だったらどうなっていたんだろうね」
キリノがそう言うと途端に寒気がした。危なっかしい、と暗に言われているのだろう。
「実際にレース前に走って地面の状態を確かめる、その後どれほどの力加減で走れば良いのか、いつもより勝負を仕掛けるタイミングを早くするのか、それとも遅くするのか。加速が難しいと感じられるのは何mから何mの間なのか。レースプラニングって言うのはそこから始まるもんだよ」
「それは勿論、その通りだ」
「頭でわかってても活かせないなら同じだよ。砂浜は流石に経験がないからちょっと例外だけど、それでもキミはまだ自分の力をコントロール出来てないってことだ」
キリノに人差し指を突きつけられた。私は何も言い返せない。
「キミに足りないのは技術だ。レース運びだけが技術じゃない、レースの一瞬一瞬全てが技術の積み重ねなんだから。雨の日に強いウマ娘、内枠で強くなるウマ娘、もちろん差しや追い込みみたいな作戦が上手いウマ娘も、全てその子たちの技術の結晶だよ。今はキミにフィジカルで勝てるやつがいないから、そういう小手先の技術を真正面から潰せるようにした。だけどこの先はそうはいかない」
キリノの視線が私を射抜く。息が詰まるほどに真剣だった。
「技術を磨く時が来たんだ、ルドルフ。他者から盗み、自らで生み出し、色んな方法で技術を身につける段階だ。そのためには、まずこの足場を攻略しないとね」
「……ああ! 必ず成し遂げてみせよう」
「うんうん。……ああ、なんか厳しいこと言っちゃったけど、勿論ルドルフにも技術がないってわけじゃないんだよ? コーナーでキミに勝てるウマ娘は上にもなかなかいないんじゃないかな」
そういうとキリノは立ち上がった。
「それにきっと、キミはもっと楽に勝てるだろうから」
「……? それはどういう……」
「さ! 十分休んだでしょ? 第2ゲーム始めるよー!」
「も、もうやるの!? もう少し……」
「何言ってんの! ハナちゃんそんなだと将来腰の曲がったおばあちゃんになるよ?」
「本当に失礼なガキね!!」
彼女の言葉の意味を理解するのはもう少し先なのだろう。今は目の前の課題に集中するべきだ。
私は両頬を叩き立ち上がる。足元の砂山が崩れるのを感じ、足に込める力を少し弛めた。
何故ビーチバレーかというと、最も好きな漫画がアレだからです。全然勉強できなかったのにプロになった後に「何ヶ国語喋れるんだ…?」って思われてるシーンが好き。推しは宮侑です。(高速詠唱)