未来が見える友達ができた話   作:えんどう豆TW

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汝、皇帝とカニ鍋を食べよ

 

 

 

 砂浜を1歩、また1歩と歩く。ゆっくり、じっくり、目を閉じながら丁寧に踏みしめる。私の脚を通して全身に伝わってくるのは、砂の1粒1粒が生み出す鼓動とも言うべき自然の流れ。

 

 かつてここまで神経を研ぎ澄ませたことがあっただろうか。……いや、この表現は正しくない。正確には、かつてこれ程までに集中出来たことがあっただろうか、だ。

 大地の息吹とは斯くも雄大であったか。自然の呼吸とはこれ程までに力強く、そして優しいものであったのか。寄せては返す小波が、吹き抜ける潮風が、自然と呼ぶべき森羅万象が私の体中を駆け巡るような錯覚に襲われる。

 

「……すごい集中力」

「ああ」

 

 心地よい。このまま目を閉じていれば眠りに落ちてしまうのではないかとすら思う。それほど強大な何かに包まれながら、それでも体の芯のところで自らの意識と言うものを感じる。これが、この鋭い自我こそが私の頭から爪先まで通る神経の源。大地の力を受け止めて感覚へと変換する、生き物だけが持つ特別な器官なのかもしれない。

 

「……よし。もう一本いこうか」

「良いねぇ。マルゼンスキーも準備OK?」

「バッチグーよ!」

「ん。じゃあ位置について」

 

 ポールが立てられた場所に向かう。別にこの砂浜の上ならどこでやっても変わらないが、折角こうしてトレーニングのために整えられた場所を使わない手もないだろう。

 

「じゃあ始めるよ? よーい……」

 

 脚に力を込める。蹴り上げるのではなく、蹴りつける。不安定な足場の上で、どの角度がマストなのかを瞬時に判断する。これはスタートダッシュの練習だが、この技術を応用することでレースでの1歩が劇的に変化するだろう。それ即ち、私の中での走るということの再定義だ。

 

「ドン!」

 

 キリノの掛け声と共に私とマルゼンスキーが一斉に飛び出した。足を取られることはもうない。如何にしてこの1歩をより効率的に次の1歩に繋げるか、そういう段階だ。私もマルゼンスキーも最早スタートダッシュだけではなく、用意されたコース1000mをきっちり走り切る。競うことも大事だが、今は自分のことで手一杯だ。どちらが速かったかなど、気にしていられない。

 

「んん~素晴らしいね。2人ともスタートダッシュは完全にモノにしたし、さらにその先の段階へと進もうとしてる」

「1本前と今とでどう違ったの?」

「わからないか~~~~あいててててて。冗談じゃん!」

「真剣な場面だったでしょうが!」

 

 遠くで東条トレーナーとキリノが揉めている。どうせ、というかいつも通りキリノの煽りに東条トレーナーが怒っているのだろう。ここまで離れていてもあんな大声で騒いでいたら流石にウマ娘の耳には届く。

 

「脚の使い方が変わってる……というより変えてるね。走る度に地形の変わる砂浜というコースで、どれだけ的確な走りができるかを試してるんだよ」

「それは何? ウマ娘の動体視力をもってしてようやくわかることなの?」

「ううん、あたしの目でも捉えられないよ。でもテンポが一定に近づいていってるのはわかるでしょ?」

「……いや、わからないけど」

「そっか、じゃあもうウマ娘に生まれ変わらないと無理かも。まあ自分の100%に近い実力をどんな足場でも出せるように調整してるんだよ」

「なるほどねぇ」

 

 私たちが戻ってきたことに気づくと、2人は飲料とタオルを差し出した。流石は砂浜、1000mでも凄まじいスタミナ消費だ。

 

「2人ともばっちりモノに出来たみたいだね。正直1ヶ月ちょっとで終わるとは思わなかったよ」

 

 パチパチと乾いた拍手を送るキリノ。わざとなのか絶望的に拍手が下手くそなのかはわからない。

 

「どうする? あと残りの期間遊んでく?」

「……随分と遊んだ気がするが」

「楽しかったね、ビーチバレー。レースで勝てなくなったらみんなでビーチバレーチームを組んで稼ごう」

「良いわねそれ!」

「良くないだろ。というかプロはいないんじゃなかったのか?」

「そんなこと言ったっけ? まぁあたしも知らないんだけどね」

「お前な……」

 

 こういう時にマルゼンスキーのノリの良さがキリノの冗談に拍車をかける。

 

「正直ネタ切れなんだよね。こんなに早いと思わなかったし、まあ多少ズレても本当に遊んで終わりだと思ったんだって。でもキミ達が期待を裏切ってくれたから……あ、もちろんいい意味でね? だからこれ以上は無いんだよねぇ」

「褒められてるんだよな?」

「そうだよ。ね、ハナちゃん?」

 

 話を振られた東条トレーナーはボーッと缶コーヒーに口を付けていたが、名前を呼ばれ慌ててこちらに向き直った。

 

「え!? あ、ああ、そうね! うん、私もそう思うわ!」

「……聞いてなかったね。まぁそんなわけでこっからの予定は無し。体がなまらない程度にトレーニングをしつつ、束の間のバカンスもどきを楽しんで欲しい」

 

 あたしも遊ぶ時間増えてラッキ~、とスキップ交じりに宿泊施設に戻っていくキリノ。どうやら本当にそういうことらしい。少し拍子抜けと言えば失礼ではあるが、私もマルゼンスキーもまだまだやる気だったところだ。

 

「なぁマルゼンスキー、明日は併走にしないか?」

「良いわね! 丁度私もやりたいと思ってたのよ、もう以心伝心ね!」

「……! ああ! よろしく頼むよ」

 

 そんなわけで合宿の残りのトレーニングはどうにかなりそうだった。しかし以心伝心、以心伝心か……。なんというか四字熟語と言うのは、かっこいい響きだ。私もこう、会話の中で自然に使う事が出来れば格好がつくだろうか。

 

 部屋に戻ると寝転がりながらタブレットを弄るキリノの姿があった。早々と浴衣に着替えて旅館を満喫している。

 私は明日以降マルゼンスキーとの併走をトレーニングに入れることをキリノに伝える。

 

「……というわけだ、よろしく頼むよ」

「へー、そうなんだ」

「おいおい、そんな反応をしなくてもいいじゃないか」

「…………」

「……聞いてるのか?」

「………………はぁ~あ、しょーもな」

「……?」

 

 微妙な空気の中、何故かマルゼンスキーだけは腹を抱えて大笑いしながら畳の上を転げ回っていた。その日キリノは夕飯を食べるまでずっと不機嫌だった。

 

 

 

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 ぐつぐつと煮える鍋を前にすると、どれだけ腹が脹れていても食欲が湧いてくる。そして隣で耳と尻尾を見たことないほど動かしているキリノに若干食欲を削がれ、結果的にはちょっとプラスくらいだ。

 

「おい、少しは大人しくしないか」

「だってカニだよ!? 蟹、カニ、カニカニカニカニ…………」

「確かにカニは美味しいが……はっ! そう! 確かに! カニは美味しいな!」

「あはははは! 2人とも今日は絶好調ね!」

「こいつ自分だけ……! まあいいや、カニ食べられるし!」

 

 今日の夕飯は蟹のフルコースだった。今回の宿泊では施設の利用のみを目的としていたため、長期間の利用であることも相まって食事の料金は差し引いてもらっていたのだ。しかしこのように別で料金を払えばちゃんとサービスも受けられるシステムとなっており、今日は私たちのトレーニング達成の祝いということで旅館の中にある食事処を使わせてもらった。

 個室を完全に貸切にし、そして1番高い蟹のフルコースを選ぶというなんとも贅沢な話だった。しかしこれは元々予定されていたようで、どう転んでも合宿の最終日にはここで食事することを予定していたらしい。ところがその予定が前倒しになり、場合によっては早めにトレセン学園に戻ることも視野に入れたためにこうしてトレーニング達成の日に元々予定していた食事を合わせたのだとか。

 

「いや~蟹食べ放題だなんて普通ありえないよね」

「貴方これを見てからここじゃないと嫌って言って聞かなかったものね」

 

 つまりキリノは今回の施設を蟹で選んだわけだ。なんとも複雑な気分である。

 

「今日は一生分の蟹を食べる気でいるからね、ウマ娘の胃袋はこのためにあったんだ!」

「……大丈夫かしら、この旅館」

 

 従来の食べ放題はしっかりと元が取れるように値段設定をしているらしいが、実際それを超えてくるウマ娘は結構いるわけで。

 

 ……なんなら私もそのひとりなわけで。

 

「ふふ、食べ放題にしたことを後悔させてやる……!」

「キリノは普段あまり食べないじゃないか。食べ過ぎで倒れるなよ?」

「まさか! ここでセーブするくらいなら食べ過ぎで倒れた方が未来のあたしは後悔しないよ!」

 

 と、そこに茹でられたズワイガニが運ばれてくる。食べやすいように殻もしっかり取ってあるが、いやもう山盛りと言って差し支えない脚の数だ。本当に倒産するのではないだろうか。

 

「ああ! 聞こえる! あたしを呼ぶ蟹ちゃんの声が!」

「幻聴だろうな」

「ね、もう食べていいよね? ね!?」

「2人のお祝いなのになんで貴方が1番はしゃいでるのよ……。ま、今回の功労者だしいいか。じゃあちょっと早いけど、みんな合宿お疲れ様。それぞれの目標に向けて、明日からまた新たな1歩を踏み出しましょう」

 

 東条トレーナーがグラスを掲げる。私達も意図を汲み取り、それぞれの飲み物が入ったグラスを手に持った。もちろん私達はまだアルコール飲料を口にすることは出来ないが。

 

「「「「乾杯!」」」」

 

 

 

 

 

 

 併走…………へー、そう…………はっ! 

 

 

 




シンボリルドルフのやる気が下がった!

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