未来が見える友達ができた話   作:えんどう豆TW

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理事長室で

 

 

 肩で息をする。肺と心臓が悲鳴を上げ、体温が上昇していくのを目を瞑って耐える。首を横に振って顔を上げれば、芝で覆われた大地が眼前に広がっている。

 

「どう? 久しぶりの芝は」

 

 後ろから声を掛けられる。キリノアメジスト、私の擬似的なトレーナーにして親友である彼女の声だ。

 

「調子は良いよ。良すぎるくらいだ」

「だろうね。タイム見る?」

「ああ」

 

 夏合宿を終えて芝に戻ってきた私とマルゼンスキーは、まず感覚を取り戻すところから始まる。と言っても今日はマルゼンスキーとは別でトレーニングを行っている。

 

「見てこれ、本番より速いよ」

「そうだな」

 

 私達の表情は笑っていない。これは良い事のように見えるが、速いからいいと言うわけではないのだ。

 

「砂浜での感覚に慣れすぎたせいか、まだ制御が利かないんだ」

「だから修得()るもの修得()ったら後は休もうって言ったのに。マルゼンスキーと二人で盛り上がっちゃってずっと走ってるからこんな事になるんだよ」

「……すまない、予想外だったんだ。まさかお前がここまで考えてるとは」

「まあ別に戻すのに多少時間がかかる程度だし、大きな問題じゃないけどね。それに下手にブレーキかけて怪我するよりは、思い切り走ってスタミナ切れ起こした方がマシだよ」

 

 苦しむのはあたしじゃないし、と余計な一言まで付け加えてキリノは意地悪く笑った。

 もっとも悪いことばかりじゃない。自分の力が合宿前より比べ物にならないほど跳ね上がっているのは実感できる。

 

「あ、でも走る本数は制限するからね? 流石に走りすぎて脚壊れるのはマジでないから」

「わかっているさ。しばらく休憩をとるよ」

「よろしい」

 

 彼女は止めこそしなかったものの、私の脚に関しては思うことがあるようだ。走る度にチェックと休憩を頻繁にされるのは初めての経験だ。

 

「環境の変化はバカに出来ないからね。砂浜は出力が制限されるから必要なかったけど、芝に戻ったらその逆でしょ? ……まぁあたしにはあんまり感覚わかんないけどね。パパが合宿の後が1番大変って言ってたから、ちゃんと聞いといてよかったよ」

「キリノのお父様か……一体どんなトレーナーだったんだ?」

「さあ? トレーナー時代の話はあんま知らないし、あたしが物心ついた時には結構偉い人だったし。でも結構優秀なトレーナーだったみたい。おかげで助かってるよ」

 

 現役でトレーナーをやっていたとすればきっと中央にいたのだろうし、話を聞くこともあっただろう。キリノの父上の話を全く聞かないということは、つまりそれだけ昔にここのトレーナーを辞めたということなのだろうな。ところで、少し気になったことがあるのだが。

 

「お前、パパって呼ぶんだな」

「会ったばっかりの時の話? いいじゃん、隠してたんだよ恥ずかしいから」

「別に恥ずかしがることはないぞ?」

「あたしが恥ずかしいんだからそういうことなの」

「……もしかして、初対面の時は結構、こう……作っていたのか?」

「そーだよ。ていうかキミのせいだからね? ルドルフのキャラに合わせてこっちもそれっぽく作ってたのに」

「そ、そうだったのか……」

「最近はもういいかなって思ってるけどね。だってどうせそのうちボロ出るし、演じるだけ無駄だなぁって」

「素の方が楽だろうに」

「んーまぁ苦楽の話ではないんだけど……」

 

 なんだか可愛い一面を見ることが出来た気がする。ああ、そう思われたくなかったから演じていたわけだ。私も少なからずそういう風に人前で振舞っている節がなくはない。が、演じるというほど大袈裟なものでもない。

 

「それで、キリノはお父様に憧れてトレーナーを目指しているのか?」

「え、ああー……まあそんなところ」

「ふむ、さぞかし素晴らしいトレーナーだったのだろうな」

「うんうん。はい、脚オッケーだから走って来ていいよ」

「おっと、そうか。じゃあもう一本行ってくるよ」

「はいよー」

 

 余裕のあるトレーニングだからか、会話の時間も多い。普段自分から言い出さないキリノと交流を深めるチャンスである。というか、同室同チームと言っても過言ではない彼女と私がどうしてここまでコミュニケーションに難儀しなければならないのだ。

 ……いや、わかっている。私はコミュニケーションが下手なのだ。これからもきっと苦労していくのだろう。願わくばキリノとの交流の中で少しでも私が成長しますように。

 

「……いかん、集中せねば」

 

 怪我でもしたらそれこそ愛想を尽かされてしまう。基本的に細かい指示がトレーニング中にないのは、キリノからの私への信頼の証だ。ならばそれを裏切るような真似はできない。

 

 

 

 

 

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 時刻は16時。ルドルフのトレーニングが終わり、久々のトレセン学園を堪能していた。ところがそのタイミングで端末がブルブルと震え出す。

 

「はいもしもし」

『私だ! 急な連絡ですまない!』

「私だ私だ詐欺ですか?」

『なっ!? ひ、否定! 秋川やよいだ!』

「知ってるけどね。どしたのやよいちゃん」

『いやなに、東条くんからも話は聞いているのだが、初めての夏合宿の感想を君からも是非聞きたいと思ってな!』

「そんな一生徒を贔屓するようなことしていいの?」

『む、むむ……』

「あはは、冗談だよ。今からでいい?」

『安堵! 君が問題ないならばすぐにでも来て欲しい!』

「おっけー」

 

 そんなわけでお呼び出しを貰った。そんなに畏まらなくてもと思うけれど、立場って大変だ。昔はあんな喋り方じゃなかったのに、理事長という立場をなにか誤解している気がしなくもない。

 

 

 

「失礼しまーす」

「歓迎! よく来てくれた!」

「お邪魔しています」

 

 てっきりやよいちゃんとたづなさんがいるのかと思ったら、たづなさんの代わりに居たのは予想外の人物だった。

 

「樫本さん、久しぶりな気がしますね」

「実際、合同研修以来ですから。3ヶ月と少しくらいでしょうか」

 

 樫本さん。最近中央のトレセン学園に戻ってきたらしい、優秀なトレーナーなんだとか。理事長の代理を務めたこともあったりと、やよいちゃんからの信頼も厚い人だ。

 と言ってもあたしがトレセン学園に来た頃にはもう中央にいたので、それまで何をしていたとかは詳しく聞いていない。

 

「私は別件ですので、終わったらすぐに退室します」

「あ、そうなんですね」

「提案! 理子くんも折角なら彼女の話を聞いて行ったらどうだろうか!」

「と、言いますと?」

 

 なんか変なこと言い出した。いやいやあたしなんかの話聞いても仕方ない人でしょこの人は。

 

「あーいや、あたしの夏合宿の話を聞きたいってやよ……理事長が言ってて、多分そんな面白い話じゃないですよ!」

「いやいや、そんなことはない! きっと理子くんも興味深い話だと思うぞ!」

「いやいやいや……」

「ふむ……キリノさんが構わないと言うのであれば、もう少しここにいさせてもらいましょう」

「え、あ、や、あたしは良いんですけどお時間とかは……」

「大丈夫ですよ。今日のトレーニングは休みになっているので」

「そ、そうですか。あはは……」

 

 いやーなんか軽く報告して駄弁って終わりになるはずがすごいことになっちゃった。樫本さんあたしの話聞いてもなんもタメにならないでしょこれ。

 

「……まあ、あんまりハードルあげない方向で」

 

 結局逃げ道も見つからず、あたしは観念してソファーに腰掛けた。

 

 

 

 

 

 

 そこからは、言わば育成談義に近いものになっていった。もちろんあたしが樫本さんのレベルの話が出来るはずもなく、頷くばかりだったのは言うまでもない。

 

「なるほど、ビーチバレーですか。確かに、足場に慣れるという観点で言えば走るだけが全てではないですね」

「砂浜で遊ぶって言ったらこれくらいしか思いつかなくて。あとまあ、スポーツって基本の動作全てに走ることに繋がる動きがあるので、悪くないかなってことで」

「これはキリノさんの提案で行ったんですよね?」

「あ、はい。一応あたしに任された部分ではありますね」

「なかなか1人で思いつく方法では無いと思います。流石はあの人の娘さんですね」

「あはは、そんな事ないですよ。父と比べたらあたしなんてまだまだですから」

「この若さでこの手腕ですから、そう卑下することはないと思います。将来が楽しみですね」

「え、えへへ」

 

 なんだか予想外に褒められて変な笑い声が出てしまった。

 

「大変面白いお話でした。また暫く中央を離れることになりますが、次に会う時を楽しみにしています」

「あ、そうなんですね……。はい! 次は父に並ぶようなトレーナーに成長した姿をお見せしますよ!」

「ええ。それではまた」

「うむ!」

 

 樫本さんが部屋を出てドアが閉まる。それと同時にふうと息を吐いた。

 

「まるで借りてきたネコ娘だな!」

「いないでしょネコ娘なんて。やよいちゃんは思いつきで人を巻き込むんだから~……」

 

 こういうところは昔から変わらない。小さい頃に面倒を見てもらった時もどっちが年上かわからなくなるほど振り回された覚えがある。

 

「でも褒めて貰えたし。うれし」

「……意外。君は父親を引き合いに出されるのは嫌うと思っていたのだが」

「パパがすごいトレーナーらしいのは知ってるし、別になんとも思わないよ」

「肯定! 現役時代、中央では知らぬ人はいないというほどの人物だったぞ!」

「やっぱウマ娘は血統なんだねえ。トレーナーの才能も血で決まるのかも」

「そ、それは、わからないが! しかし! 君の力は君だけのものだ。誰から貰ったとか、誰のおかげだとか、そんなのは関係ない!」

「気まずそうな顔しないでよ。大丈夫だからさ」

「う、うむ……」

 

 下手くそなくせに気遣いなんかしちゃって。いや、気を遣わせるようなあたしが悪いんだけどさ。

 

「楽しいよ、トレーナー。住めば都ってやつだね」

「そう思ってくれているのなら嬉しい。優秀なトレーナーが増えるのは喜ばしいことだ!」

「人手不足もあたしが正式なトレーナーになる頃には解消されてるといいね。その頃にはやよいちゃんも正式に理事長かな?」

「事実上私が管理していることが多いのだから、肩書きなど意味を持たんさ」

「それもそっか。じゃあ名誉理事長ってことで」

 

 捉え方次第だなぁ、と思う。あたしが悪い方向に捉える癖を持ってるのもあるけど。こういうところ見習わないとね。

 そもそもあたしは親へのコンプレックスでトレーナーになるのを嫌ってたわけじゃないし、最近はターフへの未練も……まあないとは言わないけど、それよりも大事なものが出来た。だから前に進める。

 

「じゃ、あたしもそろそろ行くね」

「うむ! 実に有意義な時間であった!」

「はいはい。今後ともご贔屓に」

 

 贔屓というより気にかけてもらってるだけだろうけど。お姉ちゃんのつもりなのかもしれない。

 




やよいちゃんと昔から面識があるとか、そんな設定。
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