未来が見える友達ができた話   作:えんどう豆TW

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更新があまりにも不定期なので色々お知らせするTwitterアカウントを作りました。あ、こいつ今週は無理そうだなとか見守ってくれると助かります。
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菊の花、泥中に咲く

 

 

 

 室内だと言うのに、外の熱狂が壁を越えて伝わってくる。菊花賞、クラシック三冠の最後の舞台がもうすぐ幕を開けようとしている。

 ガチャリ、と目の前のドアが開く。控え室と書かれたタグが小さく揺れ、中からは私の教え子(ということにしておこう)であるキリノアメジストが出てきた。菊花賞に参加するのは彼女ではない。

 

「どうだった?」

「問題なさそうだったよ」

「よかった。ちゃんと話し合った?」

 

 私の言葉に少し考えてキリノアメジストは再び口を開く。

 

「まあいつも通りルドルフの好きなようにって言ったけど」

「……もうちょっと詳しく報告を」

「えー」

 

 キリノアメジストが不満げに唇を尖らせた。

 

「出走ウマ娘のデータは渡した……っていうか元々それを見ながら2人で作戦は立ててたんだよ。パドックでの様子も見て最終確認をした結果好きなようにって伝えた」

 

 肩を竦める仕草がやけに似合う中等部のウマ娘。きっと将来ろくでもない大人になるだろう。

 

「そもそもあたしがレースのことでルドルフに口出し出来るわけないじゃん。釈迦に説法を超えて釈迦に説教だね」

「言いたいことはわかるけど、その上で私達トレーナーは優秀なウマ娘に指導をするのよ」

「むぅ」

 

 納得いかないらしい。最終的に走るのはウマ娘だし、私達はあくまでそれまでの手助けをする事しか出来ない。そこに間違いはないが、いくら走る者の方が優秀だったとしても、コーチングというのはそんな技術の差だけで立場の上下が決まるものではないのだ。

 

「ルドルフの方が優秀だったとしても、ルドルフは完璧じゃない。貴方が口に出すことで新しく気づく何かがあるかもしれないわよ?」

「そんなことわかってるよ。でもそれはレース前の今やることじゃない」

 

 どうしてこうも素直に言うことが聞けないのやら、と思いつつ若い頃は自分もこうだったと少し恥ずかしさにも襲われる。

 

「ま、いつかわかるでしょうね」

「あっそ」

 

 存外こいつも緊張しているらしい。いつもの屁理屈にもキレがないし、返事もどこかぎこちない。前日まであれほど余裕を見せていたのに、やはり会場の空気に触れればそれも変わるということだろうか。

 

「……無理に前に行く必要は無い、とだけ伝えた。先頭争いが激しいようなら中団の方で様子見に徹した方が上手く転がりそうだよってね」

「へぇ、それは貴方の意見?」

「うん、なにせ3000mの長距離レースだからね。最初からバチバチにやり合ってたら最後にガス欠を起こしそうなウマ娘ばっかり」

 

 彼女の瞳が爛、と輝いた。にわかには信じ難いが、ウマ娘の評価をさせればキリノアメジストが外すことは無い。

 

「先頭争いに参加しても勝てる見込みはあるけど、無駄に体力を消耗して得られるアドバンテージはそんな無さそうだった。それよりは後ろで構えてるやつらと最終コーナーで真っ向勝負した方がいいかなって」

 

 コツコツと歩を進めながら、しかしキリノは言い終えると立ち止まりくるりとこちらを向いた。

 

「もちろん出遅れは許さないけどね。あそこまで特訓したんだから」

「それについては心配いらないんじゃない?」

「まあ、疑ってるわけじゃないよ」

 

 関係者しか立ち入ることの出来ないこのエリアには、ほとんど人が通ることがない。尤も無駄に広くスペースがあるのでこんなところで立ち止まったところで誰の迷惑になることもないだろう。

 

「ねぇ、ハナちゃんはルドルフの走り好き?」

 

 次はくるりと背中を向ける。

 

「え、ええ。どうして?」

「だってさ、見てる人達からしたら逃げで圧倒的に差をつけて勝ったり、追い込みで一気に上がってくるのがやっぱり映えるでしょ? その点ルドルフの走りって勝ちに拘るエンタメ性のない真面目ちゃんな走りだと思うわけ」

「……貴方はつまらないと思うの?」

 

 ゆらりと目の前で尻尾が大きく揺れる。珍しくご機嫌だ。

 

「あたしは好きだよ、ルドルフの走り」

 

 再びこちらに向き直るキリノ。とても楽しそうな笑みを浮かべている。

 

「トレーナー目線だと安定して美しく走るルドルフは素晴らしいと思うけど」

「うんうん、ハナちゃんならそう言うと思った」

 

 コツコツと、そのままこちらへと近づいてくるキリノアメジスト。私の半分くらいしか生きてないウマ娘の、その優雅に歩く様に少し気圧される。

 

「良いよね、強者に許されたあの走り。ビックリ大作戦じゃなくて、フィジカルで叩きのめす感じがさ」

「言い方にトゲがあるわね」

 

 キリノの歩みは止まらない。

 

「奇跡なんて起こらない、ってあたしの信条があるんだ。ちゃんと実力に見合って、ちょっとやそっとの運で傾かない結果がそこにあるって思える。ね、トレーナーのハナちゃんもその方がいいよね?」

 

 ずい、と顔を近づけて迫るキリノを手で制しながら私は答える。

 

「別に貴方の信条がどうかは知らないけど、まあそうね。実力に見合った結果が反映される世界ならみんな努力の甲斐があると思うわ」

「なにそれ。……まあ、努力に見合った、って言わなかったしいいや。やっぱりあたし達気が合うと思うんだー」

「そうかしら」

 

 キリノが腕を私の首の後ろに回して抱きつく。彼女が耳元で『そうでしょ?』と囁く。

 

「くすぐったい」

「こういうのドキッとしない? ルドルフとか顔真っ赤にして慌てるんだけど」

「子供の悪戯に動揺するほどウブじゃないの。悪いわね」

「ちぇー」

 

 彼女はパッと手を離しつまらなそうにまた私に背を向けた。

 

「それに、レースに絶対はないわ。何が起こるかわからない、わからないから最善を尽くすのよ」

「そう? でもシンボリルドルフには絶対があるよ」

 

 今度は楽しそうにその場でクルクルと回り出した。やはり緊張で落ち着かないのか、忙しなく動くものだとため息をつく。

 

「ちょっと出遅れたり、位置取りが上手くいかなかったり、夜更かし気味だったり。あるいは苦いジュースを飲んで調子が優れなかったり? そんな小さな綻びじゃシンボリルドルフは崩れない」

 

 狂信者かと思うほどにキリノからのルドルフへの信頼は厚い。ハードルを上げるとかそんなレベルではない。

 

「長距離なら尚更ね。長いレースの中で立て直す時間なんていくらでもある」

「そういうところから足元を掬われるのよ」

「別に走るのあたしじゃないし、ルドルフはそんな油断しないでしょ。それに今の話はそんな奇跡が起きてもってことなんだよ」

 

「そんな結果の伴わない奇跡、奇跡なんて呼べる代物じゃないさ」

 

 結局上機嫌でわけのわからない持論を展開してキリノは満足したようだった。

 本当に……本当に、手のかかる教え子だ。

 

 

 

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「『シンボリルドルフ、無敗の三冠達成!』……おぉ、見てよこの記事。さっきの記事とほとんど同じこと書いてある」

「……嬉しいことだよ。それだけ多くの人から応援されているということだ」

「だねぇ。実感はまだ湧かない?」

「ふふ、お見通しだな。……ああ、もちろん事実として受け止めているしとても喜ばしいさ。ただ、なんだろうな、あの日最後の直線を抜けた瞬間からずっとフワフワしているんだ」

「いいんじゃない? そのうち日常に戻れるだろうし」

「そんなものだろうか?」

「うんうん」

 

 最後は生返事。面倒になったのだろう。シンボリルドルフは小さく笑ってそれを流す。

 

「ま、ゆっくりするのが1番さ。偉業をなしとげたんだ、誰も文句言わないよ」

「あ、ああ……その事なんだが」

 

 ルドルフはキリノの方へと向き直った。何事かとキリノもそちらに体を向ける。

 

「なに? どこか行きたいところでもある?」

「いいやそうじゃない。私は……」

 

 ルドルフは言葉の続きを紡ぐのを躊躇った。

 しかし意を決したようにキリノに再び眼差しを向ける。

 

「私はジャパンカップに出走しようと思う」

 

 

 

 

 

 

 

 少しの間の後、ギシリと軋む音が部屋に響く。ソファにかかる重量がウマ娘一人分軽くなった。

 

「紅茶でも淹れてあげるよ」

「どうせ『午前の紅茶』だろう?」

 

 立ち上がったキリノアメジストはコンロの方には目もくれず、冷蔵庫からペットボトルを取り出した。

 

「美味しいじゃん午前ティー」

「否定はしないが、『淹れる』という表現は避けるべきだな」

「雰囲気だよ雰囲気」

 

 彼女たちが今使用しているトレーナー室には、当然そういった飲料を用意する設備もある。しかし悲しいかな、キリノアメジストは紅茶の淹れ方を知らなかった。

 

「あたしからの労い」

「それはありがたいがな」

 

 すっとカップをルドルフの前に持ってくる。素直に受け取れ、と言外に圧を掛けられたルドルフは大人しくすることにした。

 

「それで?」

「それで、とは?」

 

 ルドルフの言葉に顔を向けずに返すキリノ。その様子に少し不機嫌になったのか、ルドルフは眉をひそめた。

 

「先程の返事だ。ジャパンカップに出走しようと思っている、と言ったんだが」

「ああ、聞き間違いか幻聴かと思った」

「なに?」

 

 さらにルドルフの眉間のシワが濃くなる。キリノは気にする様子もなくカップに口をつけた。

 

「冗談じゃないならやめた方がいいよ、とマジレスしますけど」

「理由は?」

「スパンが短すぎる」

 

 ピシャリと言い切るキリノ。ルドルフはその返事をわかっていたようにゆっくりと頷く。

 

「わかっているさ」

「わかってないよ。2週間じゃ何も出来ない」

「わかっているとも。今の私の力がどこまで通用するかを知りたいんだ」

「そう、じゃあやめた方がいいね。万全の状態じゃ挑めないし、やっても納得いかない結果で終わると思うよ」

 

 ピクリとルドルフの耳が動く。

 

「私じゃ力不足だと言いたいのか?」

「そう言って引き下がるならそういう事にするけど」

「まともに取り合って貰おうか。私は仮に力不足だったとしても挑戦するつもりだ」

「ならどう言えばやめてくれる? こんな短いスパンでレースに出ようものなら怪我してもおかしくないんですけど」

「菊花賞後の検査も問題なかったはずだ。もちろんハードなトレーニングは挟まない、あくまで今の力試しがしたいだけだ」

「ならもう少し後に予定組むから待っててくれない?」

「いいや、ジャパンカップこそが相応しいと私は考えている」

 

 段々とキリノの機嫌も悪くなってきたのか、耳や尻尾が顕著に動きを見せ始める。

 

「どうしてジャパンカップに拘るの?」

「言っただろう、力試しだ」

「嘘。キミはバカだけど愚かじゃない。そんな競走狂人みたいな発想で無理なスケジュールを通すような奴じゃないでしょ?」

「……なら、なんだと言うんだ?」

「大方世論にアテられたんでしょ。多くの人がルドルフの出走を待ち望んでいる、その期待に応えなければいけない、ってね」

「……………………」

 

 しばらく沈黙が続いた。

 

「図星でしょ」

「……だとしても、私は走るべきだと思う」

「くだらない。去年、ミスターシービーは菊花賞の後世論に流されることなくジャパンカップを見送った。賢明な判断だったと思うよ」

「私もそれに倣うべきだと?」

「そういうこと」

 

 ルドルフがキリノを睨みつける。珍しくキリノは受け流さずに睨み返した。

 

「引き下がれ」

「断る」

「チッ……別に力不足だって言っているわけじゃない。本調子なら間違いなく1着を狙える実力はあるし、出走予定のウマ娘の中でもトップクラスなのは認める。でも時間が足りない。ハナちゃんも同じことを言うと思うけど、短期間で複数のレースに出るのは色んな面から考えても悪影響を及ぼす場合が多い」

「わかっているさ! だが、それでも多くの人が待っているんだぞ!」

「シンボリルドルフ、キミはなんのために走るの? 自分のためじゃないの? 有象無象の民衆のために走ってたの?」

「もちろん私が望むからだ! そして今回も、私がそうしたいと思った、だから決めたんだ!」

 

 いつの間にか二人ともソファから立ち上がっていた。もちろんその事には気づかずに議論は白熱していく。

 

「ならまずはあたしじゃなくてハナちゃんのことを説得するんだね。それまであたしは首を縦に振らないから」

「いいだろう。東条トレーナーを説得出来たら私に協力してもらうぞ」

 

 ギリ、と歯軋りをしてキリノは部屋を出ていった。1人残されたシンボリルドルフは長く息を吐き、ソファに深く座り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「………………カップぐらい片付けろ」

 

 独り言ちる。言葉は返ってこない。

 

 

 

 




前半:メスガキ(?)キリノちゃん
後半:ブチギレキリノちゃん
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