未来が見える友達ができた話   作:えんどう豆TW

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汝、皇帝の担当トレーナーを見よ

 いつものように寮に戻り、いつものようにキリノに挨拶をする。特に何も無かったように食事に誘い、何事もなく一日を終える。寮の階段を上がっている間に頭の中で完璧なシミュレーションを終え、部屋の扉に手をかけてドアノブを捻る。

 

「ただいま、キリノ」

「おかえり、ルドルフ」

 

 完璧だ。阿吽の呼吸とはまさにこの事、夫婦と見紛うほどのコンビネーションと言っても過言ではない。何ヶ月も続けたやりとりだ、面構えが違う。

 

「今日は少しオーバーワーク気味だったかもしれない、空腹で倒れそうだよ」

「ルドルフ、何か悩み事でもある?」

 

 ん、おかしいな。会話が成立したようには思えない。この場合『じゃあご飯食べに行こっか』が正解花丸100点の回答だ。しかしキリノから返ってきた返事は私になにか悩み事があるのではないかという疑いもとい心配だ。0点。

 

「なんのことかな?」

「なんのことかな? は何かを隠そうとする時のセリフだよ。本当に心当たりがなければまずは困惑から入るからね」

 

 こういう時に焦ってボロを出すのが私の悪いところだ。そして異様に鋭い考察で私を突き刺してくるキリノ、一体今日はどうしたというのだ。

 

「なんなら最近ずっと何か考えてるよね。自己解決するかと思って何も言わなかったけどそろそろ限界なんじゃない?」

 

 一体最近はどうしたというのだ。キリノに散々頼れと言った挙句黙っている私に非があるのは認めるが、しかし解決のしようがなくて困っているのだから相談されたとて困るだろう。だから私は黙っていた。

 

「あたしの目じゃわからないってことは走りとかに関係する何かじゃないのかな? んー、振られたとか?」

「私が誰に振られると言うんだ。残念ながらそんな色恋沙汰ではないよ」

「じゃあ何?」

 

 やはりそうなるか。ここは観念して全てを話すしかない。

 

「相談というわけじゃない。これは愚痴として聞き流してもらって構わないのだが……」

 

 そう前置きして私は話し始めた。

 

 

 

「ふむふむ、なるほど。要約すると弥生賞の後からスカウトがやたら増えたと。そしてそれ自体は嬉しいけどそのトレーナーたちが信用に値するのかは疑わしいので決めかねていると。そんなところ?」

「ああそうだ。トレーナーがいた方がいいのはわかっているのだが、どうにもな……」

「それは何、腕が確かじゃないと嫌ってこと? 実績?」

 

 キリノの問いに私は首を横に振る。

 

「そこまで求めるわけじゃないさ。ただ、スカウトの中には選抜レースの後に私を見て避けたようなトレーナーもいてね。正直そういった人を今更というのは私としては難しい。我儘な話だとは思うが……」

「んー、それはそうじゃない? 嫌でしょすぐ手のひら返す人なんて。ただそうなると一人一人面談するしかないと思うけど」

「当然そんな時間は取れない。本音を言うとキリノが考えてくれた今のトレーニングで十分満足しているんだ。だからトレーナーが必要なのも形式上の話でしかないんだよ」

 

 私の言葉にキリノはニヤリと笑い、満足気にベッドの上にふんぞり返った。うんうんと得意げに頷く様子は実に子供っぽい。

 

「それは嬉しい限りだけどね。まあでもトレーナー契約がないとトゥインクルシリーズを走れないのも事実。それに出るつもりなんでしょ? 皐月賞」

 

 キリノの言葉に今度は私が頷く。当然、三冠は目標であり大事な通過点だ。だからこそここで契約に踏み切るべきか否かを迷っているわけだ。

 形だけの契約を結んでもいずれは綻びが生じ破綻することが目に見えている。かと言って今トレーナーを必要としているのは、いわば都合のいい存在を探しているのであって、これを直接伝えて不快にならないトレーナーもいないだろう。誰かが不幸になる、そんな話だ。

 

「まあそうねえ…………うん、なら私がアドバイスをしてあげる」

 

 キリノが人差し指を立てた。

 

「待とう」

「……待つ? しかしそれでは」

「間に合わないかもしれない、でもまだ時間はあるよ。それに今焦って妥協しても今後のトレーニングに悪影響を及ぼすだけだと思うな」

「それはそうだが……」

 

 つい反論してしまう。別に否定したい訳じゃない、ただ納得したいだけだ。私のこのもやもやを抑えるだけの理由が欲しい。

 

「せっかくいい成績取ったんだから、もっといいところからお声がかかるかもしれないじゃん。その可能性を今ここで潰しちゃうのは勿体ないと思わない?」

「……そうだな」

 

 私の返事にキリノは笑顔を見せる。

 

「でしょ~? だから今はとりあえずいつも通りトレーニングをして、ほかのトレーナーからの返事は保留にしときなよ。最悪蹴ってもいいし」

「わかったよ。やはり最初から相談すべきだったな」

「そうだよ? こんなに優秀なアドバイザーがいるんだから」

 

 調子に乗ってきたな。私が言えたことではないが、キリノは相当子供というか幼いというか、頭は切れるんだがこういう性格の出るところで幼稚なイメージを受けがちだ。果たして新入生が入ってきた時こいつがどんな先輩になるのやら。

 

「あ、お腹すいた。食堂行こうよ~行こ行こ行こ早く早く早く早く」

「わかった、わかったから急かさないでくれ。今準備するから」

 

 実は私より4つくらい下なんじゃないのか、キリノアメジスト。

 

 

 

 そしてあれから三日後、私は理事長室に呼び出されている。特に何かしでかした覚えもないので、理事長秘書であるたづなさんから声をかけられた時は本当に驚いた。内容は話がしたい人がいる、との事だったが結局詳細は伏せられたまま、その日のうちに理事長室を訪ねることとなった。

 

「失礼します、シンボリルドルフです」

 

 理事長室の扉を開くとそこにはたづなさんと、もう一人の女性がソファーに座っていた。

 

「どうぞこちらへ」

 

 私は促されるまま、机を挟んで女性と反対のソファーに腰かけた。私が着席したのを確認するとたづなさんは女性の後ろに控えた。

 

「まずは私から謝らなければいけないことがひとつ。本来これは理事長が承認したことなので彼女に同席してもらう予定だったのですが、外せない用事が入ってしまい私が代わりに担当させていただくことになりました」

 

 申し訳ありません、とたづなさんは深々と頭を下げた。なぜ頭に乗っている緑色の帽子が落ちないのかは考えてはいけない。

 

「いえ、全然、大丈夫ですから……」

 

 何故か上手く言葉が出てこなかった。どうやら私は相当緊張しているらしい。

 

「では……」

 

 たづなさんが女性に目を向ける。女性は頷き、私に向き直った。

 

「初めまして、私は東条ハナといいます。現在はマルゼンスキーの担当をさせてもらっています」

 

 東条ハナ、彼女はトレセン学園に務めるトレーナーらしい。マルゼンスキーとは私のひとつ上の学年のウマ娘のことで、キリノが何回か名前を出したことがある。かなり高い潜在能力を秘めたウマ娘らしい。

 

「用件から伝えます。シンボリルドルフ、私に貴方の担当をさせて貰えませんか?」

「それは……」

 

 それは、なんとも急な話だ。もちろん彼女との面識など一切ないし、彼女の目に止まったとすれば先日の弥生賞だろう。あの日から来る膨大なスカウトに辟易していたところだが、こんな場を設けられてスカウトされるのは初めてだった。そしてなによりも──。

 

「マルゼンスキーは反対しなかったのですか?」

「はい、既に彼女とは話を終えています。是非あなたと共に高め合いたいと、今回の件についてかなり肯定的です。……というか彼女は面白そうなことなら大抵ノリで通そうとするので、その……」

「ああ、確かに」

 

 私は苦笑した。明るく面倒見の良い性格から、マルゼンスキーを慕うウマ娘は少なくない。そんな彼女のことだ、むしろこの話が出た時に舞い上がって東条トレーナーに大きく賛同したのだろう。

 

「こほん。そういうわけで、あなたをスカウトしに来たということです。まだトレーナー歴の浅い私が2人目の担当を持つというのは、正直周りからの印象も良くないでしょう。そこで理事長に話を通し、直接許可を貰ってこの話を進めようとなったのです」

 

 なるほど、それで。通りでやたらと形式ばった場になったわけだ。

 

「わかりました。まずはスカウトの件、とても嬉しく思います。こちらから幾つか質問をしてもよろしいですか?」

「ええ、どうぞ」

「マルゼンスキーという担当がいながら私をスカウトしに来た理由は?」

「もちろん、あなたの走りを見てです。好きに走りたいマルゼンスキーと違うタイプ、つまり相手によって戦い方を変える器用さ。その器用さを理想的にする身体能力、どれをとっても現時点で一級品と言って差し支えない」

 

 彼女は私の走りをしっかりと見ているようだ。そう、私はデビュー戦での先行策と違い弥生賞では所謂『差し』の戦法をとっている。相手をよく見てレースを組み立てる、それが私の得意なレーススタイルだ。しかしスカウトの理由はそれだけだろうか。

 

「ですがあなたの話を聞く限り、周りから非難の目を浴びると分かっていて無理を通したように思える。それほどまでに私が欲しかった、と?」

「……それはもちろん、あなたにはそれだけの価値があると私は考えています」

 

 ふむ、きっと嘘はついていないのだろう。だがなにか引っかかる。というより何が引っかかっているのか既にわかりかけている。

 

「なるほど、なら質問を変えましょう。東条トレーナー、最近あなたの元で研修をしているトレーナーがいるのでは?」

「っ……ええまあ、それが何か?」

 

 一瞬動揺する東条トレーナー。だんだんと話の全容が見えてくる。

 

「その研修トレーナーは新人の方ですか? ……いえ、きっと違うのでしょう。自ら歴が浅いと言っていたあなたに新人の研修トレーナーを付けるわけがない」

 

 彼女の歴が浅いのも本当の話だろう。でなければ理事長にわざわざ話を通す必要は無い。

 

「ならばあなたの元で研修を行うのは一体どんなトレーナーなのでしょう。例えばまだとても未熟で、トレーナーの資格も持っていないような者でしょうか」

「…………何が言いたいんです」

「その研修生になにか吹き込まれたんじゃないですか? スカウトを受けたいがどうにも上手くいかずに困っているウマ娘がいる、とね」

 

 東条トレーナーが困ったようにうしろのたづなさんの方を向くと、たづなさんは堪えきれずにんふ、と可愛らしい声を上げて吹き出した。

 

「……はぁ、どうしてわかったんです?」

「タイミングが良すぎたんですよ。彼女に相談をしてから話が回るまでに、丁度良すぎた」

 

 きっとあいつなりに焦っていたのだろう。

 なぜあいつの口から何度かマルゼンスキーの名前が出たのか。少し考えればわかる事だ。

 

「彼女には秘密にするよう頼まれていたのですが……」

「そういう奴ですからね」

 

 東条トレーナーはそうなんですね、と呟くと机の上に置かれた緑茶にようやく手をつけた。すっかり温くなっているようだ。

 

「あなたの話は彼女から聞かされていますから、すぐにでもトレーニングを進められます。どうですか? シンボリルドルフ、私の担当ウマ娘になりませんか?」

 

 東条トレーナーの言葉に私はゆっくりと頷いた。他でもないあいつからの紹介なのだ、断る理由もない。それだけ東条トレーナーのことを信頼しているのだろう。

 

「ではたづなさん、後はよろしくお願いします」

「はい!」

 

 たづなさんは太陽のような笑顔で返事をした。学園でもかなり人気の高い理事長秘書、その理由がよくわかる。

 

「では行きましょうか。これからよろしく、シンボリルドルフ」

「こちらこそ」

 

 

 

 レース場でキリノとマルゼンスキーが待っているとの事なので面談の後すぐに向かった。キリノは私たちの姿を確認すると右手を大きく振った。

 

「ハナちゃん……と、ルドルフ? 君がどうしてここに?」

 

 わざとらしく聞くキリノに思わず吹き出しそうになるのを堪えた。しかしあまりにもその様子がおかしかったので堪えきれずに顔を手で覆う。

 

「どうしたのさ……?」

「い、いや……」

 

 怪訝そうな顔をするキリノから目を逸らす。ダメだ、こいつが今必死に演技をしていると思うと笑いが込み上げてくる。更には東条トレーナーが明後日の方向を向き、その仕草に合わせるように今度はキリノが東条トレーナーの方を向いた。

 

「ハナちゃん……?」

「な、なにかしら」

 

 事情を察したであろうキリノがじっとりと湿度の高い視線を東条トレーナーに向ける。東条トレーナーは目を合わせない。

 

「あたし言ったよね? 何回か言ったよね?」

「な、なにを?」

「いやいやいやいや、何とぼけてんの?」

 

 キリノが東条トレーナーに詰め寄る。肩を両手で掴まれたトレーナーは後ずさることも出来ない。

 

「約束破ったな!! 絶っっっっっっ対言わないでって言ったのに!!」

「破ったわけじゃないわよ! 大体あなたから頼み込んで来たくせに注文が多いのよ!! 私が担当2人も持つなんてそれだけで何言われるかビクビクしながら行ったんだからね!!」

「うるさいうるさい! 内心嬉しがってるくせに『ん、シンボリルドルフの担当できてラッキー』とか思ってるくせに、あたしを隠れ蓑にして申し訳ないとか思わなかったの!?」

「はぁぁ!? そんな邪な考えしてないわよ!! ていうかいつ隠れ蓑にしたっていうのよ最初に恥ずかしがって名前出すなって言ったのはあなたでしょ!? そんな臆病者に非難されるいわれはあーりーまーせーんー!!!」

「誰が臆病者だこの小心者!!! お腹痛くなってきた……とか言ってたのを勇気づけてあげたのに恩知らず!!!」

「あんたのせいでしょうが!!!」

 

 ついに2人で口論を始めてしまった。横のマルゼンスキーはニコニコと笑顔で見守っている。

 

「なあ、いつもあんな調子なのか?」

「うーん、そうかも? 仲良いのよねぇ」

 

 あれを仲良いと表現するのはどうなんだ? と思わなくもないが、喧嘩するほど仲が良いという諺もある。マルゼンスキーが言うのならばそうなのだろう。

 

「ねぇ2人ともー? そろそろトレーニングしたいんだけど」

「「だってこいつが!!」」

 

 お互いに指を差し合うトレーナーとキリノにマルゼンスキーは大笑いした。とても先の案じられるスタートになったが、このチームなら長くやっていける…………そんな気がする、多分。

 




チームリギル結成秘話、ハナちゃん胃に穴が空いちゃうよ。

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