未来が見える友達ができた話   作:えんどう豆TW

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ワクチン二回目には勝てなかったよ…


汝、皇帝の闘志を見よ

 思えば、あの日コンタクトを紛失した時、あれがターニングポイントだったのだろう。透明で小さなものを落とした時、それを見つけることが困難であることは誰にでもわかることだ。その日はトレーニングのミーティングがあったため、使い捨てのコンタクトのことは諦めて東条トレーナーの元へと急いだのだ。あの時諦めなければこんな事にはならなかった……のかもしれない。見つかる確証はなかったが。

 

「はい、次はこれかけて」

 

 マルゼンスキーに眼鏡を手渡される。ちらりと横を見るとうんうんと唸って数々の眼鏡の中からより良いものを選ばんと吟味するキリノアメジストの姿が。着せ替え人形か私は。

 コンタクトを落としたことを伝えるとキリノはマルゼンスキーに報告、そして休日に眼鏡を買いにいこうという話になったのだ。なぜコンタクトをなくした話から眼鏡を買いに行く話になるんだ。しかも私よりもノリノリの2人である、私の眼鏡のはずなんだが。

 

「だいたい、眼鏡なんてなんでもいいだろう……」

 

 私が呆れのあまり口をついたこの発言、聞き流されるだけだと思ったその矢先に2人が鬼の形相でこちらを向いた。

 

「ルドルフちゃん……わかってない! わかってないわ!」

「まさか君の口からそんな愚かな発言が飛び出してくるとは思わなかったよ……」

 

 酷い言われようだ。そもそも他人の眼鏡で遊ぶ君たちの倫理観を疑いたいのだが。

 

「いい? 眼鏡っていうのは自分が思っている以上に似合う似合わないがあるの。適当に選んだら後悔するわよ?」

「そ、そうなのか?」

「そうだよ。ダサい眼鏡つけて授業に出たくなかったら大人しくあたしたちの言うこと聞いた方が良いと思うけどなぁ」

 

 自信満々に詰め寄ってくるマルゼンスキーとキリノアメジスト。あまりにも2人が言うので、私まで不安になってしまった。そうなのか、真剣に選んだ方がいいのか。そうか……。

 

「そう! さ、一緒に選びましょ?」

「大丈夫、最終的な決定権は君にあるんだし」

 

 ここまでやっておいてそれはないだろと言いたかったが、上機嫌なマルゼンスキーとキリノに連れられ、抵抗の余地すらなく眼鏡選びへと私は駆り出されるのであった。

 いやもうひとつ言いたいことがある。それはマルゼンスキーの選ぶ眼鏡がやけに……こう……前時代的というか、古いというか……とにかく、センスが古いのだ。この眼鏡だって丸くて縁が太くないくらいの昭和的な……うん……。キリノ、頼んだ。

 

「2人とも、眼鏡に目がねえのだな……」

 

 苦し紛れに出た駄洒落は渾身の出来だった。創作は苦しみの中で生まれる、その意味が今真に理解出来た。

 

 

 

 

 

 休み明け、マルゼンスキーと併走トレーニングを行うことになった。

 現状では東条トレーナーは形だけ私の担当トレーナーとなっており、トレーニング内容は変わらずキリノが調整している。マルゼンスキーはトレーナー自身が自ら言った様子だが、普通にトレーナーを差し置いて勝手にトレーニングしているこの状況は失礼にあたる。

 

「私みたいな新人トレーナーが2人も見るなんて無理よ。第一マルゼンスキーだけでも手が回らないくらいなのに、あなたのトレーニングまで考えるのは……情けない話だけど私には出来ないわ、ごめんなさい」

 

 契約してすぐのトレーニングの時、最初に言っておくことがあると言って彼女から言い渡された言葉だ。元々そういう約束でこの話を通したらしい。ということは東条トレーナーはキリノのトレーナーとしての腕を認めているということだろうか。だとしたら私も友人として嬉しい話だ。

 閑話休題、そんなキリノが私とマルゼンスキーとの併走を東条トレーナーに持ちかけたのだ。東条トレーナーはマルゼンスキーのことを思ってのことか反対気味だったが、当のマルゼンスキー本人は俄然やる気といった様子で、最終的に精神年齢を3歳まで落とし駄々を捏ねたマルゼンスキーの要望が通った形になる。

 

「方法はわからないが、強制的に若返ったんだ……!」

 

 キリノは戦慄していたが、どういう驚き方だ。というかそんなことが可能なのか? 答えはいいえ。

 正直キリノが何を考えてるのかわからない。貶すわけではないが、マルゼンスキーは未勝利ウマ娘だ。というかそもそもメイクデビューすらまだだ。それに対して私は最近GⅢレースに勝利したウマ娘。成績だけ見ればこの併走はマルゼンスキーのためにもならないし、私のためにもならない。

 しかし他でもないキリノの提案だ、きっと何か考えがあるのだろうと信じてやるのが担当ウマ娘というものだ。

 

「ん? いや、なんとなくだよ」

 

 ……信じてやるのが、担当ウマ娘というものだ。

 

 

 

 

 

 

「準備はいい?」

 

 ストップウォッチを片手に東条トレーナーがゲートの横に立っている。キリノはその隣で何かを端末に打ち込んでいるが、まあ恐らくデータに類するものだろう。

 

「よーい……スタート!」

 

 東条トレーナーの掛け声とともに同時にゲートを飛び出す。今回の作戦は“差し”だ。ピッタリとマルゼンスキーをマークして、タイミングを見計らって一気に抜け出す。そのためにはマルゼンスキーにしっかりと着いていかなければならないのだが……うん、引き離されることはなさそうだ。余裕を持ってついていけている。自分でもスタミナが格段に上がっているのがわかる。走りやすい──あの弥生賞の後からやけに調子がいい。

 しかしながらマルゼンスキーもなかなかに善戦している。このペースで行くのなら少しスピードを上げないと、徐々に差が開いてしまう。全力で飛ばしていると言うよりは、自分が走りやすい感覚を保っていると言った方がいいか。間違いなく先行策を取るのが合っているタイプだ。なるほど、これは身体能力の底上げと共に化けてもおかしくない。キリノが注目するのも頷ける。

 

 ──そろそろ仕掛けるか。最終コーナーの手前で少しマルゼンスキーが外側へと膨らむ瞬間、一気にインコースを駆け抜ける。後ろで「あっ」という声が聞こえ、マルゼンスキーがスピードを上げる。まだ上がるのか、いい足を持っているな。それにスタミナも悪くない。だが私の方が早く加速したのだから、最高速に到達するのも私の方が早いのだ。伸びる。まだ伸びる。末脚は留まることを知らず、このままどこまでも走り抜けていけそうだった。

 

 

 

「負けちゃった~」

 

 レースが終わり、結果は4バ身差。私はもっと大差をつけて勝つつもりだったが、思いの外彼女が善戦した。これはうかうかしていられないな。

 

「2人ともお疲れ様。ハナちゃん、どうだった?」

「そうね、ルドルフに関してはキリノに任せるとして……マルゼンスキー、コーナーで外に膨らむ癖は治した方がいいわね」

「うっ……はーい」

「そうだねー。マルゼンスキーは走り方は悪くないから、少しづつロスになる悪癖を減らしていくのが今後の目標かな。体作りも悪くないと思うし、これからの成長に合わせて細かく気を配っていくといいかも。その辺はハナちゃんがしっかり管理しないとダメだよ?」

「勿論、そのつもりよ」

 

 マルゼンスキーは息を切らしているものの疲れて動けないという程ではないようだった。確かに、走り方がいいというのは的確な評価だ。彼女がどこまで考えてペース配分をしているのかはわからないが、あのペースで体力を維持できているのなら、それはもう偏に彼女の身体能力の高さ故の結果だろう。

 

「それとルドルフだけど……どうだった?」

「調子は良かったよ。マルゼンスキーがかなりいい走りをしたから冷や汗モノだったが」

「本当!?」

「ああ、素晴らしい走りだった。私にとってもいい刺激になったよ」

 

 うんうん、とキリノは満足気に頷いた。

 

「これで本格化を残してるんだから、将来が楽しみだよね」

 

 その言葉に場が静まりかえる。いや、正確には私とトレーナーが固まり、マルゼンスキーはその空気に困惑していると言った方が正しい。

 

「おい、冗談だろう? これで本格化がまだなのか?」

「そうだよ? 本格化前でこれなんだ、メイクデビューはきっととんでもないレースになるだろうね」

 

 信じられなかった。この実力ならGⅢレースで勝利してもおかしくないというのに、これがまだ本格化していないウマ娘だというのか。

 

「ああ、でもルドルフも負けてないよ? 君は結構完成されてるように見えてまだまだ伸びしろだらけだからね、2人で切磋琢磨して頑張ってくれると嬉しいね」

「あ、ああ……」

 

 励ましのつもりなのか一応フォローを入れてくれるキリノだが、私は一個前の衝撃のせいで生返事を返すことしか出来なかった。

 

「いやぁ、しかしハナちゃんもいい目してるよ。こんな逸材普通誰も気づかないって」

「え?」

「選抜レースでマルゼンスキーの秘めたる才能に気づいたんでしょ? 他のトレーナーの誰もが見逃したこの才能にさ」

「え、あ……そ、そうよ! 一目見てもうビビッと来たんだから」

「おハナちゃん、そうなの? 私も全然自分のことわからなかったのに、すごいじゃない!」

「ま、まあね! トレーナーとしてはこれくらい出来ないとね!」

「いやいや、こんな優秀なトレーナー中々いないよ? マルゼンスキーもハナちゃんも、お互いにいい出会いをしたよね」

「うんうん、それは私も思うわ! おハナちゃんと私で天下を取っちゃうんだから!」

「そ、そうよ! うん……」

 

 話を振られた東条トレーナーは終始様子がおかしかったが、まさか……いや、そんなことはない。きっと彼女は確信を持ってマルゼンスキーを選んだのだろう。まさかたまたまスカウトに応えてくれて偶然……いやいや、悪い方向に考えるなシンボリルドルフ。疑うべからずだ。

 

「じゃあ今日はメイントレーニングは終わり! あとは各自でストレッチとかで足の負担を減らすように。それとルドルフは筋トレ系も増やしてくから、今日は腹筋と腕立てとスクワットね」

 

 キリノの言葉を最後に今日は解散となった。……負けていられないな。彼女が台頭してきた時に、今のままでは勝負にならない。心が熱く燃え滾っているのがわかる。負けたくない、より速く、より長く、より力強く、より遠くへ。こんなところで満足なんてしていられない。

 

「いい顔してるね」

「ああ、マルゼンスキーに負けていられないからな。……こうなることもわかって今日のトレーニングを組んだのか?」

「うーん、まあそうだね。きっといい刺激になるだろうなって思って」

「全く、恐れ入るよ。やっぱり未来が見えるんじゃないのか?」

「あたしが見えるのはウマ娘の能力だけだよ? でもルドルフわかりやすいんだもん。だって──」

 

 

 

「──君、すっごい負けず嫌いでしょ?」

 




眼鏡に目がねえって言わせたいがためにこのエピソード入れました。眼鏡ルドルフ本当に可愛い特攻高そう。

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