未来が見える友達ができた話   作:えんどう豆TW

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皐月賞直前、短めです。


汝、皇帝のトレーニングを見よ

 このトレセン学園においてチームと呼ばれる団体は、往々にしてウマ娘が所属して卒業とともに抜けていくものとされている。チームに所属しているウマ娘達は時に自分のために、時にチームのために走る。自らの目標を追いつつチーム戦……つまり団体戦としてのレースにも力を入れるのだ。最終的にチームの中の誰かが一着を取ればいいのだが、それぞれチームの中で一着を取る者、それをサポートする者に分かれ走る技術は1人で走っていては身につかない。

 現在東条トレーナーの元で走るのは私とマルゼンスキーの2人、チームとしては成り立たない人数だ。一応1人でもチームレースに出ることは出来るが、人数が少なければその分不利になるのは明らかだ。それに東条トレーナー自身の歴が浅いこともあり、彼女は今はチームレースのことは考えず自分のレースに集中させるつもりのようだ。私はいよいよ目前に迫った皐月賞、マルゼンスキーはメイクデビューとレースが目白押しである。そんな理由もあって私とマルゼンスキーは別々のメニューをこなしていた。

 

「で、今は体力作りの締めと筋トレに力を入れているってわけだね」

「なるほどね。もう立派なトレーナーじゃないか、リノ」

「いやいや、これはルドルフの才能あってのものだよ。最初から強いウマ娘を負けないように育てるのなら誰だって出来るさ」

「そんな事ないよ。それだって君の目があってこそのものじゃないか」

「おい」

 

 私の横でイチャつく2人にツッコミを入れずにはいられない。キョトンとするキリノの横で、同じような顔でこちらを向く青鹿毛のウマ娘がいた。彼女はフジキセキ、キリノのクラスメイトで友人らしい。

 

「トレーニングルームはイチャイチャする場所ではないはずなんだが」

「イチャイチャなんて、そんなねぇ?」

「ねぇ?」

「はぁ……フジキセキ、君は思いの外お茶目な性格なんだな」

「お茶目? まぁでも、イタズラは好きだよ」

 

 気品溢れる立ち振る舞いとは裏腹に案外子供っぽいやつらしい。母は舞台女優らしく、その立ち振る舞いは親譲りのものなのだろうが、内面は年相応と言ったところだ。

 

「そうか、トレーニング中はイタズラを控えてくれると助かるよ」

「まさか、邪魔なんてしないさ。私とて時と場所は弁えてるつもりだよ」

 

 それに、とフジキセキは続ける。

 

「私が目指すのは最高のエンターテイナーさ。人が不快になるようなイタズラはしないよ」

「へぇ、良いじゃないか。人を笑顔にする……私もそう出来たらいいなと思うよ」

 

 彼女の言葉に、無意識にぽつりと漏らした。フジキセキは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔になった。

 

「いや、忘れてくれ」

「忘れないよ。同じ夢を持つもの同士、恥ずかしがることないじゃないか」

「……そうだな」

 

 私には夢がある。子供の戯言と一蹴されそうな淡く、非現実的な夢。誰にも話さず胸に秘めた夢。別に誰に肯定して貰えなくてもよかった。それでも否定せずに背中を押してくれたフジキセキの言葉が嬉しかった。

 私は……いつか全てのウマ娘が幸せに暮らせる世界を作りたい。

 

「しかし君もハードなトレーニングをするね。やはり皐月賞に向けて急ピッチで仕上げているのかな?」

「うん? いや、これはいつもやっているトレーニングだ。レース前にハードなトレーニングで体を壊すわけにはいかないからな」

「それは……うん、流石としか言いようがないね」

 

 そういえば元々、私の練習を見学したいと言ってフジキセキは来たのだった。しかしキリノの話では彼女の適正距離はマイル、中距離~長距離の私のトレーニングを見ても得るものは少ないと思うが。

 

「なるべく多く走りたいんだよ。マイルはライバルが多いからね、中距離でも戦えないと」

 

 なるほど。しかしながら適正距離と言うのはなかなかに難しい問題で、私が短距離を走らないように覆せない得意不得意があるのだ。

 

「まあ、マイルにはなんて言ったってあのニホンピロウイナーがいるからね。適正距離を増やすのも一つの手だと思うよ」

「そうなのか? お前は私にやめた方がいいと言ったじゃないか」

「それはルドルフの話でしょ? キミは長く走れるタイプだからそっちを重点的に鍛えればいい。でもフジはマイル前後の距離適性が結構高いからね」

 

 キリノは人差し指を立てた。

 

「フジの面白いところはそこさ。短距離も中距離も実は伸ばせば走れるようになる。もちろん難しいし技術がより多く要求される事だけど、もしかしたら彼女は長距離以外の全ての距離を走れるランナーになれるかもしれない」

「そんなこともわかるのか」

「あくまで現時点ではの話だけどね。それに適正距離を増やすってことは、より多く適正の不十分なレースに出て経験を積まなきゃいけなくなるってことだ。その分故障のリスクは大きくなるし、あたしとしてはあんまりオススメしない。それはルドルフの時に言った事と同じだよ」

 

 キリノはちらりとフジキセキに視線を向けた。

 

「それでも私はやるよ。より多くの人に私の走りを見せるんだ」

「なら止めはしないし、相談があれば聞くよ。あたしにできる範囲でね」

「なら早速アドバイスをくれないか? まだデビューすらしていない未熟なウマ娘だけど、やった方がいいこととかさ」

 

 フジキセキの言葉にキリノは少し考え、答えた。

 

「毎日ストレッチを欠かさないこと。体は大切にね」

 

 

 

 

 

 筋トレが終わったあとに軽く走って今日のトレーニングは終了。明日はレース想定での走行を中心に筋トレは軽め。皐月賞に向けていよいよ最終調整の段階に入ったのだと実感する。フジキセキからも応援の言葉を貰い、俄然やる気になった。

 

「良いねぇ」

 

 横にいるキリノが呟く。何が良いんだ。

 

「いやなに、プレッシャーを掛けるわけじゃないけど、皐月賞が楽しみだと思ってね」

 

 くつくつと笑うキリノはまるで研究者のようだ。

 

「抜群の仕上がりだよ。あたしが保証する」

「お前がそうなるようにメニューを考えたんだろ」

「まあそうだけど。そうなるようにメニューを考えてそうなるなら、トレーナー業なんて楽なもんでしょ?」

 

 キリノは肩を竦めて首を横に振った。

 

「キミの実力だよルドルフ。キミがあたしの理想を体現したんだ。ほかのウマ娘がどれだけ望んでも得られない力、理想を現実にするだけの力がキミにはある」

 

 少し様子がおかしいようにも感じる。彼女が何を考え、私に何を見ているのか、私にはわからない。

 

「本当に、楽しみだよ」

 

 噛み締めるように呟くキリノ。結局私は何も言えないまま眠りにつくのだった。

 


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