「うーんいないですね~」ガサゴソ
「そうですね…。猫さん、無事に見つかるといいのですが…」ガサゴソ
多摩さんと合流した後、私たちはさっそく彼女の飼い猫の捜索を始めた。近くの草むらや雑木林などを泥まみれになって一生懸命探している…けどやっぱりなかなか一筋縄ではいかないようだ…。
「特徴は黄緑の目に、白い毛なみ。名前は多摩ごろうねぇ…」
「おーい、多摩ごろうさーん!!」
朝潮ちゃんは猫の名前を呼びながら熱心に探しているみたいだけど…逆に大声を出してしまうと逃げてしまうのでは、と思ってみたり…。
「多摩ごろー!!どこ行ったにゃー!!」
…飼い主も名前を呼んで探しているから問題ないか。
そうして手分けしてしばらく探し続けたが…努力の甲斐むなしく尋ね猫はおろかその足取りさえ見つからない。
うーん…お昼前から探し始めたのにも関わらず、時刻を確認するともうとうにお昼は過ぎていて、もうすぐで午後のおやつの時間を回ってしまいそうである。
ああ、山本山の海苔を少し持ってくるんだったなぁ…なんて後悔していると
「みなさーん!ちょっとこっちに来てくださーい!!」
朝潮ちゃんのクソデカボイスが聞こえてくる。何か見つけたのだろうか?
「どうしたんですか!?何か見つかったんで…」
期待を胸に急いで彼女の元へと向かう。遠目に見るともうすでに多摩さんは駆けつけているようで、彼女の姿がそこにはあった。
あれ、でも朝潮ちゃんの姿が見当たらない…。彼女はどこに…?
そして現場に到着してようやく気が付いた。
「…何してるんですか?」
朝潮ちゃんはいた―――いたにはいたのだけれど。茂みに頭を突っ込んでお尻だけが突き出ている状態だ…。
「…抜けなくなったのかにゃ?」
目を丸くしていた多摩さんが心配そうに尋ねる。あ、それ十分あり得そうと私は思ってしまった。
そして彼女を茂みの中から引っこ抜いてあげようと近づいたその刹那…
「…ここ!この先に獣道があるんですよっ!」フリフリ
お尻を振りながら彼女は叫んだ。
え、獣道…?
「ほ、ほんとかにゃ!?」
朝潮ちゃんの言葉に多摩さんは驚きを隠せないようだった。そしてもしかしてと朝潮ちゃんのように彼女も茂みに半身を突っ込んだ。
端から見ると茂みから二つのかわいいお尻が飛び出しているかなり面白い状況なので写真を撮りたいと思ったのだが…さすがに堪えた。そもそもカメラ、部屋に置きっぱなしだしね!
「ほんとにゃ!」
「ですよねっ!きっと…きっとこれを辿れば!」
「うおおおっ!多摩ごろー!!」ガサガサ
…どうやら獣道があるのは本当らしい。ならそれを辿ればもしかしたら何か手掛かりが…と思ってる間に、多摩さんは言うが早いか無理やり茂みの奥へと入って行ってしまい、ついにはその姿が見えなくなった。
「青葉さんもっ!行きましょうっ!」フリフリ
…ここまできたら後には引けないよね。よしっ!
私は彼女たちと同じように体を茂みに入れ、その先へと足を踏み入れた。獣道は薄暗く、じめじめしていて、まるでトンネルの中にいるよう。しかもその名の通り獣が通るところなので青葉たちは屈まないと進めない。
それでも懸命に…時には体を這わせながら進むこと数分。
「多摩ごろ~!!!こんなとこにいたにゃー!!!」スリスリ
「よかったですっ!!」
薄暗の中、私の少し先の方に光がさしているのに気が付く。そして多摩さんと朝潮ちゃんの歓喜の声が聞こえてくる。
「…ここは」
目先の光を頼りに狭い獣道を抜け、辿り着いた先は随分と開けているところだった。
暗がりから出たばかりでまぶしさに目を細めるが、それでも多摩さんが白い猫を抱き上げて頬擦りしている姿が見られた。怪我もなさそうだ。
「…よかった。見つかったんだ」
多摩さんの飼い猫が無事見つかったことに安心する。そしてそれも束の間、周りを見て驚いた。
「青葉さん、これって…」
「…!」
私たちが辿り着いた場所、そこには片っぽだけの靴下や小さなハンカチ、小物のような物が複数散乱していた。
もしや…!
記名されていないかと一つ拾ってみると…うん、やはりそうだ。そこには鎮守府に所属する子の名前がしっかりと記されていた。おそらく他の物もそうだろう。
状況から見るに…おそらく多摩ごろうが鎮守府の外に置いてあった物を拾い集めてここに持って来ていたのだろう。
「多摩ごろ~」キャッキャッ
でも多摩さんはそのことを知っているのだろうか?いや、鎮守府で紛失物が多く発生していたことだって実際に失くした子たち以外は特に気にさえ留めていないだろう。飼い猫のことでいっぱいいっぱいだった彼女はなおさらだ…。
「…青葉さん」
朝潮ちゃんが心配そうに私を見ている。分かってるよ、このことを彼女に伝えるかどうかってことだよね?
…多摩さんと多摩ごろうの再会、出来れば水を差したくはない。でもね…
「…多摩さんと多摩ごろうの為にも、青葉は言った方がいいと思います」
「…そうですね」
このまま黙っていることだって出来るけれど、やっぱり伝えておいた方が二人の為になる…青葉は直感的にそう感じていた。
「…多摩さん実は」
「?」
それから青葉は多摩さんに詳細を語った。
「…そっか」
私が話し終えると、多摩さんはそう言って俯いた。心なしか多摩ごろうを撫でる手が弱々しかったように見える。
どうしよう…伝えるべきではなかったか?でも多摩さんの様子になんと声を掛ければいいか分からない私に代わって朝潮ちゃんは言ったのだ。
「…大丈夫です!ちゃんと事情を話せばみなさん分かってくれますよっ!」
「…許してもらえるかにゃ?」
「大丈夫です!!!」ニコッ
…きっと根拠なんてないんだ。だけれど朝潮ちゃんの自信に満ちた表情と声が背中を押す。
「そうですよ!青葉たちも謝るの手伝いますっ!」
「で、でも…」
「乗りかかった船です!ね、朝潮ちゃん!」
「はいっ!!!」
自然とそんな言葉が出た。私だけではもしかしたら多摩さんを追い込むだけで終わってしまったかもしれない。でも朝潮ちゃんがいたから…彼女の力強い言葉は青葉と多摩さんを勇気づけてくれたのだ。
「…ありがとにゃっ!!」
吹っ切れたように多摩さんが言う。よーしやりますかぁ!
「三人で落ちてるもの集めて謝りながら届けて回りましょう!」
「三人じゃないにゃ!三人と一匹にゃっ!」
「ははっ!確かに!!」
そうと決まればさっそく!私たちは落ちている物を集めて鎮守府まで持ち帰ることにした。
「あ、そういえば…」
辺りをよくよく見回すとやはりあった。朝潮ちゃんの言う通りだ。
「…あ、USBあったんですねっ!良かった!」
「うん!朝潮ちゃんの言う通りだったよっ!」
たくさんの物にまじって私のUSBもそこにあった。
「…もう失くさないように気を付けてくださいね?」
「うん…これからはちゃんと机の引き出しにしまっておくよ」
「…はい!それがいいですっ!」
「…………」
…その後、私たちは一つずつ丁寧にそれらを持ち主の元へと届けていった。朝潮ちゃんの言う通り、誰一人として多摩さんや多摩ごろうを責め立てる子はいなかった。
そして最後の荷物を届け終わる頃にはもう日も暮れていた。半日駆け回って泥と汗にまみれた体をさっぱり洗い流してから、私たちは今日一日お疲れ様という意味合いも込めて夕飯を一緒に食べた。もちろん多摩ごろうも一緒だ。
それから就寝時間までたくさんお話をした。
別れ際、多摩さんは…
「今日はありがと!助かったにゃっ!!」ニャー
笑顔でそう言って自分の部屋へと戻っていった。
それから少しして…今度は今日一日ともに奔走した朝潮ちゃんと別れる時が来た。
「…ありがとうございましたっ!」ペコリ
最後まで元気いっぱいな朝潮ちゃんに思わず苦笑してしまう。でも今日一日を通して青葉は彼女のことをちょっと知れたような気がする。
真面目で、しっかり者…。でもそれだけじゃなくて、優しさもしっかりあって…。ちょっと変なところもあって…。いろいろあったけど楽しかったなぁ…。
また一緒に依頼を引き受けてくれますか?そう尋ねると朝潮ちゃんは…
「はい!もちろんですっ!」
笑顔でそう答え、おやすみなさいと言って行ってしまった。
「…………」
彼女の姿が見えなくなり、急に静かになったことに物足りなさを感じながら…私は自分の作業部屋へと急いだ。まだ最後の仕事が残っているからだ。
「…………」
―――青葉の考え過ぎであればいい…。
「よしっ!」
■
時刻はもうとっくに就寝時間を過ぎ、真夜中を回った頃…
「…………」ガサゴソ
裸電球が照らす中、物音を立てぬように、静かに動く黒い影が一つ…
「…………」ガサゴソガタンッ
おかしい。ここにあるはずのものがない。どこにあるのだ。
あるべきところにそれがない…焦りを隠せず思わず大きな音を立ててしまった。
「…何をしているんですか?」
ふいに声を掛けられて黒い影はその動きを止める。
声を掛けられた方を見ると見慣れた顔が一つ…その表情はどこか悲しそうに影を見つめている。
「…質問を変えましょう。何を探しているんですか?」
影が何も答えないので、再びその者は声を発した。その声は悲しみをはらんでいるようだった。
影は何も答えない。ただ沈黙を貫いている。
「…お探しのものはこれですよね?」
「…!」
差し出されたものを見て、ようやく影が小さく息を漏らした。
「残念ですよ…朝潮ちゃん」
自らの懐から取り出したそれ―――USBを手に青葉は黒い影もとい朝潮に呼びかけた。
「…机にしまったんじゃなかったんですか?」
低く唸るような声でそう言う朝潮に青葉は未だに信じられないという表情を見せる。
「…肌身離さずって教えてくれたじゃないですか」
「ああ、そうでしたね…」
どこか納得したように小さく笑う朝潮。でもそれもすぐに消え、冷淡な顔を覗かせる。
怒りでも失望でもなく、ただ悲しい事実だけがそこにはあった。
「…どこから疑ってたんですか?」
「…最初に違和感を覚えたのは、司令官についての依頼だけ妙に朝潮ちゃんが食いついてきたことです。でも…あなたであればそれもあり得なくはないと思って青葉の考えすぎかな…と思ってました」
「…………」
「青葉、あなたなら司令官の不貞疑惑を真っ向から否定してくる、もしくは信じないと思ってました。そんなデタラメ言うなと食って掛かってくると思って身構えてました。でも違った。あなたは否定することもなければ、信じないということもなく…ただ私の言うことを素直に受け取っていました…妙なくらいに」
「…………」
「…もうその時にはすでに知っていたんですよね?司令官が不貞行為をしていることが虚偽ではなく事実であることに…!だから簡単に納得することが出来た…」
「…………」
「…そしてあなたがそれを知っているのは、司令官が自らあなたにそれを告げたからではないですか?あなたが青葉のUSBを探していたのが何よりの証拠です。今日、あなたが青葉の助手として送られてきたのも…すべては最初から仕組まれたことだったんですね?おそらく司令官は自分の不貞疑惑の証拠を青葉が掴んでいることを知り、危惧したのでしょう…だからあなたに頼んだ!青葉からその証拠を奪い取れと!」
「…………」
「…不貞疑惑の証拠をどこにデータとして入れているのか、そしてそれを知っているのは誰なのか詳しく尋ねてくるのも少し妙だと思いました」
「…………」
「…そしてUSBを見つけた時、青葉が机の引き出しにしまっておくと言ったのに対してあなたはなんと言ったか覚えていますか?はい、それがいいですっ!…と言ったのです。これはおかしい。今日あなたが一貫して言っていたことにそれは矛盾するんです!」
「…………」
「…あなたはパンツの中に室内の鍵をしまうくらい徹底的に紛失盗難防止に努めていました。そして青葉に言ったじゃないですか!大事なものは肌身離さず持っているべきだと…。それがなせ?なぜUSBの時は机の引き出しにしまうことを容認したのでしょう…!答えは簡単です!USBに関しては肌身離さず持たれたら困るんですよ、奪うことが出来ないから!」
「…………」
「…朝潮ちゃん、本当に残念です。なぜそこまでして司令官の…」
「…くくッ」
「…朝潮ちゃん?」
青葉が話し続ける中、朝潮は顔を伏せていたこともあり、その表情は青葉にはよく見えていなかった。
しかし朝潮が小さく言葉を漏らし、顔を上げたことで青葉はその表情を窺い知ることが出来た。
朝潮は笑っていたのだ。
「く、ククッ…!クククククッ!!アーハッハッハッハ!!!」
「朝潮ちゃん…」
最初はあふれ出る笑みを堪えようとしていたが、次第にそれも抑えきれなくなり…。最後は高揚した様子で体を震わせ、朝潮は高らかに笑い出した。
「…お見事です、青葉さん」
そして一頻り笑った後、朝潮は観念したように肩をすくめた。
「…すべて青葉さんが今話した通りです。しかし…少し油断しすぎましたね」
「…………」
「どうして…という顔をしていますね。でも青葉さんならもうお判りでしょう?」
「…………」
「…すべては司令官の為。それ以外の何物でもありません」
「…………」
「司令官が奪えと言ったら奪う。殺せと言ったら殺す。司令官の言葉がすべてなんですよ」
「…………」
「…それが私、朝潮なんです」
冷たくそう告げる朝潮の顔を青葉は見続けることが出来なかった。視界が歪み、喉が詰まるような気がした。
でも…それでも。
「…今日一緒に過ごして分かったんです。朝潮ちゃんは真面目で、一生懸命で…」
「それはすべて司令官の為にと演じた虚構の私です」
「あ、明るくて…元気いっ、ぱいでぇ…たまにドジっ子でぇ…」
「おや泣いているんですか?本当の朝潮を知って失望しましたか?」
「…妹さんたちの写真をぉ、見る時のォ、顔はとっても優しくてぇえっ!せ、せっかく…と、ともだちにぃなれたと…」
「…残念でしたね。あなたとはお友達にはなれません」
朝潮の言葉に青葉はもう涙で何も見えなくなっていた。そして嗚咽で伝えたい言葉が出てこなくなりそうになりながらも、それでも必死で伝えようとした。
今日一緒に過ごした朝潮ちゃんは決して虚構の姿じゃない!それも含めて朝潮ちゃんなんだって…!
「…さて、そろそろこの茶番も終わりにしましょう。司令官がお待ちです」
いい加減この状況に飽きたと言わんばかりに、朝潮は冷めた顔でそう言い放った。そしてスカートを捲り、パンツの中から取り出したのは…手のひらに収まるぐらいの超小型拳銃。
「…今から十秒数えます。それまでにそれを渡してください」
「…う、ううッ!」
青葉は涙を拭い、ようやく朝潮を見る。そして銃口が自分に向けられていることを知り、心臓がバクバクし始める。
「…十、九、八、七、六」
どうする…どうすればいい?
「…五、四、三、二」
朝潮ちゃんっ!!!
「…一、零。さようなら」
「ちょっーとまったぁあああああああっ!!」
青葉の叫びに朝潮の引き金にかけられていた指が動きを止めた。
「命乞いですか?それなら早くそのUSBをこちらに―――」
「…取引しませんかっ!?」
「取引?フフ、何をバカなことを…」
「本気ですっ!」
じっと朝潮を見据える青葉の視線。少し前の取り乱していた青葉とは明らかに違う…朝潮はそう感じた。
青葉がこの土壇場で持ち出した取引の内容…朝潮は好奇心を抑えることが出来なかった。
「…取引とは?」
朝潮が引き金にかけていた指を外すのを見て青葉は一呼吸おいて話し始める。
「…実はあの時朝潮ちゃんに渡したリストには載ってなかったんだけど…もう一つ司令官に関する重要な案件、それについての写真があるんだよ。そこの山本山の缶からに入ってる」
「…取って見せてください。おかしな真似をしたら分かってますよね?」
「…わかりました。下に置いて探してもいいです?なにぶんたくさん写真が入っているので探すのも一苦労で…」
そう言って山本山の缶からを下に置き、ガサガサと漁り始める。そしてしばらくしてからいくつかの写真を取り出した青葉に対し…
「…見せなさいっ!」
朝潮が催促をしたので、パッと投げるようにして彼女に写真を渡す。そして写真を見た彼女は…
「こ、これは…///」ズキュンドキュン
今だ―――
「いっけええええええええ!!山本山ァ!!」ドカーン
「なっ!?」
青葉の全力のキックが山本山の缶からを思いっきり蹴り上げ―――刹那、山本山の缶からはすさまじい勢いで朝潮の顔面へと吸い込まれていった。
「がっ!?ば、かな…」バタン
あまりの衝撃に脳震盪を起こした朝潮…彼女は薄れ行く意識の中で自身の手に握られた数枚の写真―――妹たちの水着姿を収めた写真を見ながらその場に倒れ込んだ。
「今日私が見た朝潮ちゃんは虚構じゃない!それも朝潮ちゃんの一面なんですよ!」
誰に聞かせるわけでなくそう吐き捨て、肩で息をしながら朝潮を見下ろした。
朝潮はスヤァと穏やかな表情を浮かべ気絶しているようだった。
「そう…自分の妹が大好きで仕方がないシスコンのあなたもね」
そう言って遠くを見るような目をした青葉の視線は壁に貼られた朝潮型の写真に注がれていた。
~場面は暗転しエンディングテーマ『初恋!水雷〇隊』が流れ始める~
このSSは…御覧のスポンサーの提供で…お送りしました(名探偵コ〇ソ風)
FIN
正直言うと、山本山の缶からを蹴って「山本山ァ!!」の描写がやりたくて書いただけのところある。