天才剣士がいたからって身内も同じだとは限らない 作:塩なめこ
人里の治安を守る者、それが自警団である。
外敵である妖怪や妖獣の里への侵入を防いだり、武器や里を囲む防壁の手入れをしたりと防御を固め里を存続させるための自衛力となる。
しかし、時には人々のいざこざの仲裁をしたり、道路掃除や拡張、建築などにも手を出したりと内政にも取り組むこともある。
それが名目上、自警団に求められる役割だ。
だが、実際にその本来の目的のために働けているかと言うとそうでもない。人里の守護者を名乗るにしてはお粗末と言っていいだろう。なんせ自力で外敵を退けることなんてほとんどできないのだから。
だがしかしそれは仕方の無いことだった。なんせ相手は妖怪なのだ。
人よりも遥かに強靭な肉体、圧倒的な再生力、超次元的な能力に殺そうとしても死なない魂に寄った生物、それが妖怪なのだ。
人間が彼らを倒すには自身の霊力をもってするか、魔法使いになって人の道を外れ、魔力を用いた法でもって滅するしかない。
それにその技術も半端であっては意味が無い。なぜなら厄介なことに人里を襲う妖怪というのは大体強力な奴ばかりだからだ。
そうなる理由は考えてみれば簡単だ。そもそもこの幻想郷では基本的に里の人間を食おうとすること自体がご法度だ。それを破れば博麗の巫女か妖怪の賢者とやらに殺される。
故にこの里に来る妖怪は大体二通りで、法を知らない新参者か、先述した罰が怖くないほど強い奴のどちらかなのだ。
そうなると里としてはどうしようもない。
そも霊力や魔力を操れる人間自体が希少存在だ。都合よくそんな奴が里にいる訳では無い。そして対抗する手段が無ければ殺されるだけである。
そしてそれは里と運命を共にする自警団も同じ。ではそんな自警団の実際の役割とはなにか。
人々の前に立ち、囮となって時間を稼ぎ、上白沢先生か博麗の巫女が到着するまで必死に戦う。要は肉壁なのだ。
そんな肉壁集団の団長に俺はこの度就任した。してしまった。
理由は単純、代々俺の家の者がその役職に就いていたからというものだ。
おじいちゃんも父さんも先代頭目の兄貴も全員妖怪に殺された。
そんな不吉極まりない過去を持つ立場に収まってしまったのである。まだ齢二十にも満たない若造がだ。
しかも───。
「団長! 今日はどのような鍛錬をいたしましょう?」
「頭、里周りの壁の補強終わりました。次の指示を」
「頭目、備蓄している武器を一新すべきと愚考いたしますがいかがいたしましょうか?」
───なまじ先代が強かったせいで過去最高に部下の士気が高い。
ここで俺の兄貴、つまり一個前の自警団団長の話をしよう。
俺の兄貴は天才だった。それはもう里の人々だけでなく、博麗の巫女や賢者、外に住む妖怪までもが認めるほどに。
剣の腕前、俺など遠く及ばない。
体術の心得、当然俺より数段上だ。
政治の腕、学のない俺と比べるのもおこがましい。
あらゆる能力で俺含めた歴代の頭目たちの上を行っていた。無論霊力もだ。彼ならそれを放出するだけで雑魚を消滅させることができた。
幾多の大妖怪を討伐し、退治し、懲らしめて、人里は若い天才の登場でこの先30年は安泰だと泣くほど喜んだ。彼はみんなの希望だったんだ。
でも、そんな兄貴もまた妖怪に殺された。圧倒的才覚と知力を持った彼の治世はたった3年で終わった。たった3年だ。
妖怪は本当に油断ならないものなのだ。彼らの強い個体は圧倒的身体能力の他に、何かしら強力な特殊能力を持っている。彼は新参者のそれにやられたのだ。
ここ数十年でもあれほど幻想郷を騒がせた事件はないと言われている吸血鬼異変。その終結間際で彼は逝ってしまった。俺の目の前で。
俺はあの光景を今でも夢に見る。あの完璧だった兄貴まで妖怪の魔の手にかかった。だと言うのに里の皆が俺に期待を寄せている。兄貴が死んだのに士気が高いのはみんなのその過大評価のせいだった。
なぜこうも俺が評価されるのか。簡単だ。俺は兄貴が命を落としたあの紅い館から生きて帰ってきた。その事実が実情を知らない村の人たちに現実逃避の道を作ってしまった。
「まだ弟がいる」とそんなふうに宣ったのは誰だっただろうか。俺がいたとしても前より良くなることなどないと言うのに。
「あぁ……えーと、そのだな……。あー、鍛錬は二人一組で組手を。補強組は見回り組と交代してくれ。武器に関してはかかる費用をまとめて帳簿を出しといてくれ」
「「「了解しました!」」」
正直不安でならない。
今の人里は希望に満ち溢れすぎている。言い方を変えれば浮かれすぎだ。なんでそんなに浮かれていられるのかは分からないが、とにかくダメだ。
俺はそんなに強くない。俺は兄貴のようになれない。俺は兄貴の代わりじゃない。
「さぁ、来なさい
「……へいへい」
だから俺に兄貴を求めないでくれ。人間も妖怪も、風見幽香───お前も!
◆◆◆
「ぜぇ……ぜぇ……くそっ!」
「ほらほらどうしたの? また私に手を使わせないわけ?
うるさい、黙れと返す余裕もない。なぜなら、ここからすぐにでも動かなければ俺は粉々になるからだ。
風見幽香自身は動いていない。彼女は妖力に任せた光弾の弾幕を展開している。その速度は普通人間には捉えきれないほどのもの。
力を捻り出して走り出せば、やはり俺のいた場所は大きな爆煙を上げた。地面は抉れ、大きな穴ぼこのできあがりだ。
動け、動け、動け、動け────!
でなければ待つのは死だ。近づけ、近づけ、近づけ!!
俺は霊力こそあれど兄貴のように飛ぶことは出来ない。そもそもの容量が少ないからだ。だから牽制に霊力弾を飛ばすことも出来ない。そんなことをすればガス欠で動けなくなるうえ、力を溜めるのに止まらなくてはならない。この状況では愚の骨頂。
故に手に持つこの剣が届く所まで近づくしかない。
視界に入る全てのものの位置を正確に把握しろ。動きを予想し、順序を立て、道を設定し、動き出す。
思考を回し、想定を更新し、標的の位置を予想し、これまでの全てを繰り返し、攻撃できるその時まで動き回れ。
近づけば近づくほど弾の密度は濃くなる。それは子供すらも通さないほどに狭くなり、重なる光の弾は同時に視界まで奪う。風見幽香の位置はもう目では捉えられない。故に目だけに頼るのもまた愚かな行為だ。
感じろ、感じろ、感じろ、感じろ────ッ!
まだ兄貴が生きていた頃、二人で鍛錬してきたことを思い出せ。
『いいか琥二郎。俺たちが苦戦を強いられるような相手はな、最初俺たちに本気を出さない。唯一絶対の自信がある自分の能力を使おうとしないんだ』
なぜならそれは俺たち人間が弱いから。人間ごときに本気を出せば、それは妖怪としての威厳を損なう行為となる。
威厳とは妖怪の糧となる畏れの源だ。人々の畏れを保つために妖怪は化け物でなくてはならない。即ち不死身で、圧倒的で、不可思議で、未知数であらねばならないのだ。
『そういう奴は大抵自分の苦手とする方法で戦ってくる。多くの場合は妖力を用いた何がしかの遠距離攻撃だ。それだけで十分人は殺れる』
分かっている。風見幽香は未だ本気では無い。手心を加えている。俺の事を可愛がるように嬲っているだけだ。そんな力しか俺にはないから。
『だがその事を卑下する必要は無い。俺たちは事実弱いからな。大事なのは奴らの慢心をチャンスに変えられるかどうか。そのための基本になる技をお前に教え込む。最初の一歩は───』
敵を捕捉しろ!
ゾワリとした感触が肌を走る。今まで正面に捉えていたそれは、俺の右肩の表面をなぞるとそのまま下に沈み、脇腹に突き刺さる。
『それは妖怪の持つ畏れだ。それに刺激された俺たちの生存本能が肌に現れる。それで大体の方向が分かるだろ? 敵が近づけばそれは更に強くなる。その感覚があれば視界の塞がれた状況でも適切な距離感を保てるんだ』
まずい。風見幽香は右後ろ方向に回り込んで近づいてきた。まだ俺の正面には奴のばらまいた弾幕が残っている。このまま突っ込んでくるのだとしたら押し込まれて致命傷は必至だ。
だが逃げ道がない。無理にわけいって来たがために退避できる道が限定的すぎる。あの風見幽香が直で殴りに来ているのだ。俺の思考を読んだ上で逃げた先に待ち構えている可能性が高い。
「……っ」
『妖怪は選択肢が多い。その身体能力に任せれば俺たちの動きを見てから動いても間に合いやがる。だからどんなに気をつけても追い詰められるときは来る。だが、そんな時こそ冷静さを失っちゃあだめだ。そんな状況の中でも最高の力を発揮しようとしろ』
ふと空を見上げる。そこはこの地べたよりも自由で穏やかに見えた。
あぁくそ、どこまでも行ける兄貴ならここを選ぶんだろうな。
だが俺には選べない。空に身を投げ出しても待っているのはさらなる不自由だ。
「行くぞ、風見幽香ッ!」
盾と剣を構えて振り返り突貫する。ここがこの戦いの正念場だ。
奴は確実に待ち構えている。俺の肌がそれを訴えている。虫が這いずり回るのと同じくらいの速度で左前方から近づくそれは、まさに今眼前に出てくるであろう敵を見据えているように感じた。
『まぁでも、さっき言ったように基本の2つ目は相手の攻撃に当たらないこと』
光弾の裏でなびく綺麗な緑色の髪が見える。
『何度も言ってわかってると思うけど妖怪の攻撃はいくら霊力で防御を固めても一打一打が致命傷になる』
近づく奴は何か大きな赤い玉のように見えて、その四肢を目で捉えることは出来ない。だがそれが攻撃だと言うことを俺の本能が認識した。
狙うはカウンター。霊力の込めたこの盾で一撃目を流し、力を殺し、振り抜き終えた瞬間を狙う───!
『だから、やっぱり当たらない、当てられない足運びや状況作りがキモなんだ』
(───あ)
だけど俺の斬撃に手応えはない。だと言うのに盾を握る左手は何故か力を逃がした感触が鮮明に焼き付いていて。
「馬鹿ね。真正面で私とやり合おうだなんて、度が過ぎるんじゃないかしら」
瞬間、映ったのは瞳だろうか? 赤く光る点が顔の横を閃光のように駆けて行ったと思えば。
「そもそも、アイツなら八方塞がりの状況になんて陥らないのよ」
俺の視界は激痛と共に大きく暴れ回り、気づいたその時には土の茶色が頭上に見えていた。
「弱い。本当に弱いわ、貴方」
そんな言葉を最後に俺は今日
なんで俺はこんな大妖怪とぶつかり稽古をしなきゃならないんだ。命が幾つ会っても足りやしない。
そんな愚痴をつぶやくのを最後に、俺の思考は完全に真っ暗になった。
◆◆◆
風見幽香と兄貴の関係はどこから始まったのか、俺も正確な時期は知らない。だが、原因になったであろう事件についてなら知っている。
発端はとある悪ガキ共の遊びからだった。
そいつらは寺子屋でも問題児で、暇さえあれば危険なことに挑戦するやんちゃ野郎どもだった。ウチら自警団も彼らの遊びとやらに付き合わされたことが何度かある。
とある日の午前中。彼らは寺子屋を抜け出して里を散策していると、里を囲う壁に小さな隙間があるのを見つけた。丁度子供なら入れるくらいの小さなものだ。
彼らは暇つぶしと称してそこに躊躇うことなく入っていった。すぐ外は雑木林なので迷いやすいのだが、それをその場にいた変に知恵のあるガキが解決しちまったばっかりに事は起こることになる。
「木に目印をつけながら歩けばいいんだよ」
そうやって当たり前のように持ち歩いていた小さなナイフ(あとで事情聴取したら一人の少年が父親からくすねたものらしい)で傷を刻みながら冒険を始めたというわけだ。
そうして雑木林を抜けた先が太陽の畑だったのは運が悪かったとしか言いようがない。当時のそこは夏真っ盛りだったこともあり、綺麗な向日葵が一面に咲き誇っていた。故に風見幽香がいるのは間違いなく、しかしそれを知らない無知な子供たちは果敢にもこの場所に足を踏み入れてしまった。
道中妖精にすら会わなかったことは幸運だったと言えるだろうか。それ故に怪我をすることもなく、逃げ帰るという発想も浮かぶことはなかった。
結局彼らはその美しい向日葵に魅力された。綺麗なものを見た悪ガキ共にそのままの状態を保つなどという考えなどなく、やはり小僧らしくその花々を手中に収めようとした。粗雑なやり口で。
それも一本や二本ならまだ許容範囲だったかもしれない。だが欲深い童たちは新しい畑道を作らんばかりの勢いで摘み始めた。なまじ人数がいたばかりに競い合いになり、その行為を花をこよなく愛する風見幽香が許すわけがなかった。
「そこでなにをしているのかしら」
初めて怒気ではなく殺気を受けた子供たちはそこではじめて自分たちの行動の愚かさを知った。あとは有無を言わさぬ制裁が彼らに下り、数名の若い命が消えることになるだろう。
本来ならば。
「こちらに非があるのは認める。罰を与えるから殺すのは待ってくれないか」
彼らの命が果てることは無かった。どうやったのかは俺も知らないが、風見幽香の繰り出したあらゆる攻撃を既のところで兄貴が全て無力化したからだ。
兄貴が風見幽香と対峙する少し前、自警団に悪ガキ共の行方が分からないと上白沢先生が上がり込んで来た。俺と兄貴含めた数人が彼らの捜索にあたり、壁の穴とその先に見える木に刻まれた目印を見つけたことで事態を把握。なんとか間に合うことが出来たのだ。
そこからはなんやかんやあって風見幽香を兄貴がコテンパンにした。死なない程度に。
ここからあやふやなのは空を飛ぶ兄貴との連絡用に施していた遠隔会話の術が切れてしまったからだ。いくら兄貴とは言えど幻想郷でも屈指の大妖怪相手には全力だったのだろうと思う。子供たちも護りながらだし。
俺が子供たちの確保のために太陽の畑に着いた時には全て終わった後だった。兄貴からプイっと顔を逸らし、静かに花の傘を持って佇む風見幽香の後ろ姿はとても印象的だった。
まぁその後ろで兄貴の説教を聞かされながら土下座している子供たちの姿もあり、とてもシュールな光景でもあったからなのかもしれないが。
それから兄貴は子供たちを引き連れて太陽の畑で向日葵の世話をするようになった。風見幽香に誠意を示すためだ。
そうして夏が過ぎ秋の頃になると、風見幽香の姿が里で頻繁に目撃されるようになる。向日葵の世話が終わり兄貴が彼女の所に赴かなくなったからだと思う。
彼女の目的は兄貴との決着をつける事。あの時は油断があったし殺されてもいないのだからまだ終わってない、戦え! ……というのが彼女の言い分。俺との付き合いはそうして家の玄関に押しかけるようになってからだ。
兄貴は当然戦う理由がないので断り続けた。里の中で戦うのはご法度で最悪幻想郷から追い出されかねないので、彼女も強硬手段を選べず、結果兄貴が死ぬまでずっと付き合いが続いた。
そう、死ぬまで。
「ハァ……」
自警団の駐屯所のベットの上で思わずため息が出る。兄貴の死亡報告をしたのは俺だった。それがほとんど毎日のように訪れる彼女に対しての礼儀であり義務であると思ったからだ。
『…………嘘』
あの時の彼女の顔もまた、印象的で忘れることができない。一体彼女はあの時何を思っていたのだろうか。兄貴を
それから数日して、彼女は俺に対して八つ当たりにも似た稽古をつけ始めた。最初で殺されていたならどれだけ良かっただろうか。彼女はこうして毎度毎度俺を生還させる。
故に断るに断れない。数日で治る傷しかつけない代わりに、癒えた時を狙ってまた戦う。戦う。戦う。戦う。
明らかに彼女は俺に兄貴の代わりになることを求めていた。自分を打ち負かし、本気で勝負できて、決着をつけてくれる相手を。
「師事も受けた。同じ飯を食って同じ屋根の下で同じように育ったさ。でもな風見幽香、いくら身内が天才だったとしても────」
人は他人とは絶対同じにはなれない。
好評なら続くかもしれません
10月22日追記
次話投稿が決まったのでサブタイトルを変更しました。
本日21時投稿予定です。