天才剣士がいたからって身内も同じだとは限らない 作:塩なめこ
今話投稿の間にも高評価に投票を頂いてしまいました。というわけでこの先も数話は続きます。ヒトリババヌキ様、ご評価ありがとうございます!
今回は前回の話と合体させたかったゆかりんと合うお話です。一応オリキャラ注意です。
人里は幻想郷の中心部に位置している。
門は東西南北にひとつずつあり、それぞれを繋ぐようにした十字の大通りが里の主要道路だ。
東門からずっといけば幻想郷の東端である博麗神社が。北へ行くと妖怪たちの住む山や、麓の大きな湖に例の紅い館、魔法の森なんかが見えてくる。
南から出ればすぐ竹林が見えてきて、南東方向に向かえば太陽の畑、南西方向に向かえば里の墓所やその先の無縁塚に行くことができる。
そして俺が今進む西門から先の道。ここは最も人通りが少ない道で、死者のみが通ると言われている。それは比喩表現ではなく、この先が三途の川に繋がっており、閻魔様の待つ地獄への一本道であるためだ。
そんな道の先に博麗神社と対をなすマヨイガがあるのである。噂ではあの神社とあそことで、幻想郷を外と隔絶させている結界の楔を守っているとかいないとか。
まぁそんな道中であるためか、どうにも寒気がする。というか見られている気がする。何にかは分からないが、どこか遠くから探ろうとしている者の気配を感じるのだ。
(気のせいだって切り捨てる……なんてのはないよなぁ流石に)
畏れ、寒気、恐怖、酩酊、幻覚などなど。その全ての異常は俺たち人間の最強にして最大の武器。最後の防衛線だ。それらが現れるということは何がしかが俺の体に作用しているということ。
里の中でならともかく、里の外でそういったものを軽んじるのは死に直結しかねない。何故ならば、妖怪や妖獣なんかの類は大抵がそういった卑劣な手法を用いる攻撃を行うからだ。
酒に酔わせて喰う。恐怖で精神を攻撃してから喰う。病魔で体を弱らせてから喰う。美味い話をチラつかせて騙し討ちで喰う。幻覚を見せて自分の巣に引き込んで喰う。
奴らは人を喰らう生き物。人が他の動物や植物を食すのに頭を働かせてそれに適した道具を作ってきたように、奴らは人を喰らうために最適な進化を遂げてきた存在だ。
だからこそ妖と対峙する者は人体の危険信号に敏感であらねばならない。自分が今平常ではないことを自覚できたなら、それはこちらの武器になる。
攻撃を受けていると知覚すること。それが俺の家が紡いできた技術の基本。
外からの刺激に対する身体の反応、それを知ることで己の五体を知り、操ることこそが『市川家』に伝わる技法なのだ。
『そうやって自分を知れば、自分が外の世界に発する作用も操れるようになる。己を怨霊と間違わせるんだ。そうすればお前も里の外でほとんど妖怪と合わなくなるよ』
物事は様々な物体の相互作用によって決まる……とかなんとか。
妖怪から受けた刺激に身体が反応するように、妖怪も人間から受けた刺激に対して反応する。前者を操れるならまた後者も操れるはず……というのがウチ流の気配絶ちの理論。
俺が現在進行形でしているのもその理論を元に応用したものの一種。妖怪が好まない気配、つまり死者の魂を真似ることで外の道を歩く際の安全性を高めている。
生命力から生まれる霊力や、発する熱をあえて弱まらせて死の気配をばら撒く。妖怪は魂に寄る生き物だから、触れれば最悪消滅しかねない怨霊の類を検知すると近寄らなくなる。この技はそんな彼らの習性を利用したものだ。
(なーのに見られてる気がするんだよな)
もちろんこの方法で避けられるのは妖怪や妖獣の類だけだ。自然から産み出される妖精や、同様の気配を持つ怨念たちには効果が薄い。
とはいえ太陽が直上に登りかけている今の時間帯、怨霊は外を自由に行き来したがらない。妖精の線もあるが、妖精なら妖精らしい気が感じられるはずなのである。具体的には温もりとかいい匂いとか。
今はそれが全くない。なのに寒気と視線だけが感じられてしまっている。……熟練者はこれらの感覚から何がどこにいるか正確に把握できるのだというが本当だろうか。兄貴とかは虫とか猫探すの上手かったけど。
まぁ俺は未熟者だから正確な位置も大まかな方角も分からないけどね。とりあえず警戒するだけはしとくことにした。どの道、里の人間は専守防衛。あちらから襲わないならこちからも何もしない。それが幻想郷のルールだ。
(っと、アレかな?)
西門からしばらくしたところには山側の雑木林へ入っていく道と丘の間を抜ける道が交差する分岐点がある。そこに一目で妖怪だと分かる派手さと畏れを有している影が見えた。
金の髪に金の瞳、大きなとんがりをふたつ備えた帽子とそれだけでも目立つが、それ以上に視線を吸寄せるのは背にある九本の尾。
毛並みがよく美しい輝きを放つそれは長寿の証。どこからどう見ても妖狐だ。しかもこれは相当の実力者。俺の死の気配なんてものともしないだろうというのが見ただけで分かる。
(そして容姿もべらぼうに良いっていうね……)
緊張からなのか、その実力の高さゆえなのか冷や汗が出るのを抑えられない。やばい、俺耐えられないかも。
「お待ちしておりました、市川琥二郎様。私は紫様の元までの案内人を務めます八雲藍と言う者です。以後お見知りおきを」
「これはご丁寧にどうも。ご存知の通り、人里自警団現代表、市川琥二郎です。マヨイガまでのご同行よろしくお願いします」
「……ではこちらへ」
そうやって形の上での礼儀をお互いに通し終えると、八雲藍に先導されて林の中へと入っていく。
マヨイガは伝承によると遭遇するだけでも奇跡であると言われている。
きらびらやかな屋敷の中はこれまた豪華な内装の部屋が無数に存在し、そこから何か一つでも家具を持って帰ることができればその者には幸運が訪れるとか。
だがその美味しい話だけを鵜呑みにして欲深な人間が入れば、待っているのは地獄だ。そういう奴らは一生屋敷から出られず、時間からも現世からも隔絶させた無限に続く部屋の中を延々彷徨うことになるのだ。
そういう神出鬼没さと迷宮のような複雑な内装を合わせ持っていることから、常人が探してもまず屋敷が見つからず、見つかったとしても当主である八雲紫と会うことは不可能に近い。
家主にとっては無敵の居城だ。こうして招待され、案内人でも通さない限り一生使っても巡り会う事はないだろう。とはいえ、防犯用のカラクリにしてはかなり凝りすぎていると思うけれど。
林の中を進んでいくと次第に傾斜がきつくなっていく。普段は空を飛んでいくからなのか、八雲紫の能力で出入りしているからなのか、今通っている道は酷く汚れていてボロボロだ。昨年のものであろう落ち葉が散乱し、湿気を含んでいるためか足で踏むとぐちゃぐちゃと音が鳴る。
目の前の八雲藍も随分と歩きにくそうにしている。こうやって陸路を進むのに慣れていないのだろう。そんな考えに思い至ると、先程からチラチラと見つめてくるのは俺が煩わしいからなのではないかと思えてくるな。……ごめんね、飛べなくて。
…………いや、違うな。今まで意識してなかったから気づかなかったけど、あの瞳は煩わしいそれを見る目というか、興味本位で観察している目に見えるな。 え、なに? 俺今試されてるのか?
それにしては空気が堅苦しくない。試練を与える妖怪ってのはもっとこう威圧的なものなんじゃないのか? まぁ比較対象が風見幽香だから宛にはなんないけど。
ていうかこうやって意識し始めると、彼女結構な頻度で見てくる。視線は顔だけでなく、身体中に刺さってくるし、なんかむず痒い。
「……何か私に気になるところでも?」
「あっ、いえすみません不躾にジロジロと見てしまって。ただなんというか、あまりに違いすぎたので」
「違う? 何とですか?」
言ってから気づく。あーこれいつものパターンだ。俺が妖怪から好奇の目を向けられる理由なんてひとつしか思い浮かばない。
「貴方の兄君とです。……貴方が私たちに向けてくる感情は兄君のそれとはかなり異なっていたのでつい」
やはり彼女も兄貴との関係者だった。しかし、あぁそうかそうだろう。俺は家族であっても兄貴本人ではない。彼が持つ憎悪の念まで継承していると思ったら大間違いだ。
◆◆◆
「扉を開けたらそこはすぐ当主の間でした。どうかしらマヨイガは」
「どうもしないですよ。想像通り、伝承通りです。靴の脱ぎ場に困るくらいですかね?」
言って草履を脱いで手に持つと、敷かれていた座布団に正座する。そして横に盾を置き、その上に剣と草履を乗せると、俺は改めて部屋の中をぐるりと見渡した。
言い伝え通りどこか古めかしい内装は、しかし綺麗で人を魅了する侘び寂びを兼ね備えているように見える。今座った座布団の布も触り心地が良く、座りやすい。
ここは内装的に居間で間違いないだろう。中心には大きな木の机が鎮座しており、その上には人数分の茶が置かれている。意外なことに暗くはない。部屋同士を隔絶する障子にはありもしない外からの光が差し込んでいるからだ。
ちなみに俺はその障子の先から入ってきた。外から見たらただの引き戸であったのに振り返れば和紙の扉になっていたのには流石に驚いた。まぁ舐められると困るので強気な物言いで隠し通したが。
さてそんな場所に座して顔を見合わせているのは俺含めて
一人は人里の代表たる俺。もう一人は道案内を務めてくれていた八雲藍。そして家主たる八雲紫。残り二人は八雲紫が招待した別の客、天狗だ。しかもかなり高位の。
「さて、ようやっと全員揃ったみたいだから改めて自己紹介をさせてもらおうか。わしは天魔。天狗たちの長にして今の妖怪の山をまとめ役でもある。
こっちは射命丸文、烏天狗だ。一応付き人として付いてきた次第だ。今回の会議には関わりないから気にせんといてくれ」
「射命丸文と申します。以後お見知りおきを」
聞いてどっと汗が吹き出すのを感じる。高位の、所ではない。あれは天狗の中で最上級の強者、首魁ではないか!
「……人里自警団現代表、市川琥二郎です」
「そして私がこのマヨイガの主、八雲紫よ。まぁお二方はそれぞれ個人的に会っているからやる必要もなかったかしらね?」
くすくすと扇子で口元を隠す八雲紫の横で俺は内心驚いていた。なんとか自己紹介の文がでてきた自分にだ。初対面の女性に対してよくやったと褒めたくなる。
そう、女性だ。この場にいる男は俺以外に居ない。目の前の天魔はその口調や、男の天狗によくある特徴を象った、赤くて鼻の長い面をしているために分かりにくいが女である。
「なるほど、お前があの男の弟か。ならそんな堅苦しい話し方である必要はねぇよ」
「初対面ですから、通すべき礼儀は通すべきだと思いまして、ましてや女性の方にはね。……だがそちらがそう言うなら俺も素で話させてもらうぞ」
「へぇ、気づいたのか。わしが女であることを初見で見破るとは流石あの男の弟よの」
ケラケラと面白そうに笑いながら天魔は天狗の面を横にズラして素顔を見せる。やはりあの男装は試練の一つか。果たして俺は彼女のお眼鏡にかなっているのかいないのか。からかうような物言いから強めな語気程度は効かないことはとりあえず分かった。
「さて、顔合わせも終わったことですし早速本題に入らせて頂きますが、よろしいかしら?」
「待ってくれ。兄……先代からの約定とやらの仔細を俺はまだ知らんが」
「安心しな、それ含めて全部話してやるよ。口止めしてたのはこっちだからな。……まぁ一言で言っちまえば妖怪の山と人里との経済的な連携の話なんだがな」
「……なんだって?」
あの兄貴が結んでいたという約束。それを聞いた時点では何らかの惨事を引き起こしかねない物騒なものだと俺は思っていた。だが意外にも、天魔の口から発せられたのは妖怪と協力するという比較的温和なもの。
あの妖怪を憎んでいた兄貴が? かの妖怪の山の頭領と? そんな疑問符が頭の中を埋めつくし、俺はこの場がどんなものかも忘れ阿呆面を晒していた。
「かかか、餌の供給だとか領地の奪い合いだとかの話だと思ったか? まぁ家族のお前から見ても奴の憎しみの念は相当強かったということだな。
だから話してやるよ。何があってあいつがこんな話に乗ってきたのかをよ」
◆◆◆
兄貴の強さの源はなんなのだろうか。
そう里の人間に聞かれることが多々ある。弟の目から見てどうなのかと。
俺はそういう時には「彼の産まれもっての才能です」と答えるが、実際の所そうではない。
人は才能だけでは強くなれない。大事なのはそれをどれに活かすか。
兄貴なら政治もできた。料理もできた。農業だってできたし先生にだってなれただろう。何故ならそういう才能もあったから。
なのに彼は武人としての道をひた走った。実力を求めて鍛錬を積んだ。何故か。
妖怪が憎いからだ。
父を殺し、母の精神を病ませ死に追いやった妖怪……鬼を彼は心底憎んでいた。
そして奴が過去妖怪の山の大将だったからこそ、他の妖怪に対しても容赦がなかった。それは時折上白沢先生にも向くほどに苛烈で、とても褒められたものではない。
だから俺は嘘をつく。そんなものが兄貴の強さを求める原動力だと周囲に言う事などできなかった。
兄貴は人としてもできていたのでそれが身勝手で醜悪な感情だという事を自覚していた。だからこそ彼は俺にも同じものを求めようとはせず、押しつけようともしなかった。
代わりにその思いを隠そうとはしなかった。十五になって自警団団長に就任するまでの間、彼は夜な夜な外へ赴き衣類をボロボロして帰ってくるという行為を繰り返していた。
「妖怪と戦ってきた」
それだけ言うと床につき、死んだように眠っていたものだ。
「アイツと初めて会ったのはもう六年前になるのか。もうそろそろ秋も近いって頃の夜に山の門番から連絡が入ったのさ。鬼を出せって言って殴り込んできた人間のガキが居るってな。はじめはなんの冗談かと思ったぜ」
俺はこの時はじめてあの夜に何があったのかを知った。俺が今まで聞く事のできなかった戦いの夜を。
「現場に行ってみれば本当にガキだった。あとで聞いたら当時はまだ十二だって言うんだから驚きだよな。そんな童があろうことか誇りある天狗の兵士たちを嬲ってるんだからまた驚きだ」
天魔は続ける。その表情は楽しそうで懐かしそうで、しかし悲しそうに。
「わしが到着してすぐに奴はわしのとこまで来て斬りかかって気やがった。気配で気づいたんだろうよ、わしがこの山で最強の妖怪だってことに。だからわしの口から真実を言ったのさ。ここには鬼なんかいねぇってな。そうしたら奴はこう答えた。じゃあ先日里を襲ったアレはなんだったんだってよ」
兄貴が十二の時、当時の俺は九つ。母が自殺し、その亡骸を埋葬してすぐの頃、それが天魔の語る時期にぴったりと符合する。父が鬼に殺されてから半月経つか経たないかの時分だ。
「わしはそう言われると心底困った。確かに鬼は妖怪の山を支配していたが、今は地底に潜んで気まぐれに地上に遊びに来るだけ。わしら天狗には今すぐにどうこうできるわけじゃない。
だから奴の暴走を止めようにも材料がなかった。実力で抑えようにも仲間を巻き添えにしかねない状況。まだ死者が出ていない今のうちに解決を図りたかった。だから提案したのさ、約束を」
「それが里と山の協定に繋がる……のか? 聞く限りだと協力だ何だと話していられるような雰囲気には感じられないが」
「それを受け入れられるから奴は凄いのさ。冷静さを失っているようで冷静だった。少なくとも鬼を直接屠る機会を一時の感情で潰すことは無かった。ある程度の対価を支払ってもらう代わりに、鬼との対戦の場を設けてやると契約を交わしたのさ」
「その対価こそが、経済協力」
「その通り。そしてこれは俺の仲間を傷つけたことに対する落とし前でもあった。個人の憎しみを理由に今まで以上に人里への妖怪の侵入を許すんだからな」
確かにそう聞くと中々不釣り合いな協定のように思えてくる。だが実情はこちらにも十分利があるものだ。市場の拡大に、新しい技術の流入、さらなる儲けを里にもたらすかもしれない。それ故に解せない。
「何故商売を? 山の技術は里の数年は先をいっている貴重なものだと聞く。それを商品にしようだなんて」
「内々だけじゃつまらないのさ。山の外で商売するからこその駆け引きが生まれ、面白みも増す。わしも外交っていう新しい遊びができる。
……戦いを捨てた幻想郷の妖怪はな、こうした代わりになるものを見つけないと消滅しちまうのさ」
妖怪は人を喰らうことが生き甲斐だった。だがそれは幻想郷を保つために捨てざるを得なかった。なぜならここが崩れれば待っているのは外の世界との同化。確実なる消滅。
だがそれを分かっていたとしてもやはりつまらないものはつまらない。そうやって腑抜けになっていたがために吸血鬼異変は起こった。突如として来訪した新参者に唆されて数多の妖怪が戦いに参加する羽目になり、その犠牲としてたくさんの人が亡くなったのは記憶に新しい。
「それはわしたち山の妖怪も、そこのスキマ妖怪も望んじゃいない。本当ならあんなことが起きる前に生き甲斐を用意してやりたかったと思っているくらいさ」
「……」
「それにだ。妖怪と人間が共存できる幻の理想郷を作りたいっていうのがそこの八雲の願いなのよ」
「この話は渡りに船でしたのよ? 経緯はどうあれ人と妖怪が自らの意思でお互いに歩み寄ろうとしている。乗らない方がおかしいですわ」
今回の会談の本題、その仔細は確かにこれで分かった。それぞれ独立し、閉鎖的な生活を送っていた山と里による開放市場。幻想郷を変える前代未聞の出来事になり得るだろう。
だが問題はそれを取り決めるはずの、鬼と戦いたいという願いを叶えるはずの存在がもうこの世にはないという点。
「だから確認したいのです。市川琥二郎、貴方は兄の残したこの新たな試みに挑戦する勇気があるのか」
……正直、俺はこの話に乗ってもいいのではないかと思う。これは双方得になる約定だ。確かに内部勢力を統合したり、密に連絡をして調整していったりと苦労することは多々あるだろう。だがそれ以上の利益と、何より安全が買えるかもしれない。
「俺は────」
「いや、待ちな八雲。ついでにそれに見合う実力があるのかどうかも示してもらわなきゃ困る」
────瞬間、俺の横を旋風が凪いだ。
「……っ!? 天魔、貴方何を」
彼女を中心とした風の渦がこの部屋全体に吹き込む。部屋を隔てる戸という戸は全て開き、無限に続く数多の部屋全てに風の権化たる天魔の力が轟いていく。
急に空気が変わった。このまま穏やかに話が進んでいくと思い込んでいた俺や、八雲紫は驚愕の色を隠せない。
「言ったろ。これはあくまでも龍一との契約だ。知恵も実力もあった龍一との、だ! お前が政治を楽しむっつうわしのメリットを満たすことが出来るのか? お前が不測の事態に対応できるほど強いのか?
否! 断じて否だ市川琥二郎! 貴様に、龍一の代わりになる力は無い!」
その豪風に耐えかねて思わず膝をついてしまう。このままではマヨイガの無限迷宮に飛ばされてしまうだろう。何とかしなければいけない。でなければ俺は帰れなくなる。
「がしゃどくろなんぞに遅れを取りおって。お前なら全力を出せば奴を滅せられたろうにそうしなかった。それをすれば貴様は霊力が尽き機能不全を起こすからな」
「そう、だ……ともッ! あの程度の怨霊を相手に全力なんて出せるものか!兄はもう居ない。今、里の人間で最大戦力たる俺が、あんな小物相手に倒れていいわけが無いだろう!!」
「ほぉ、この強風の中言い返したその根性だけは認めてやってもいい。だがそう言うならば、なればこそ貴様では足りないのだ! 奴ならばその程度の相手を軽くあしらった上でわしと一戦交えるだろうよ」
「……っ」
「加えて貴様には知恵もない。この会談の裏も見ようとせず、知ろうとしない! そしてなにより、貴様は妖怪に対して恨みすら抱いていない。張り合えるかそんな小僧とッッッ!!」
ギチギチと畳が音を立て始める。彼女は床からひっくり返さんばかりの勢いで風を強めていく。霊力を体に纏い抗ってはいるが、限界が近いのは誰の目にも明らかだった。
「ならばお前は、この俺に何を望む……ッ」
「決まっている。知恵と力だ。まずはここに墜ちろ。出てきたら一考してやる。でなければ貴様の兄は落とし前をつけられなかったとして、我々が報復に出るのみだ」
「報復……だって!?」
嫌な汗が吹き出す。それが意味するところ、それ即ち。
「あの兄が傷つけた同胞の分だけ、貴様の里にいる人を殺すのみよ。そして、そうなった場合そこに貴様はおらんだろうがな」
その一言を最後に俺の聴覚は轟音以外の何者も捉えられなくなった。耳を潰すほどの強風に耐えきれず、俺はついに五体を宙に晒す。
天魔を含めた四人の妖怪の姿が遠くなっていく。空も飛べず、風も操れない俺に最早抗う術などなく。やがて彼らは次第に閉まっていく扉の裏に消えた。
俺はこの無限迷宮にて完全に孤立することになる。
六千字程度になる予定が八千字に……。読みにくくなければ幸いです。
簡単登場人物紹介
・天魔
原作において射命丸文がその名前に言及するが未だに出番のない妖怪の山総大将。性別や容姿すら分からないのでこの作品ではわしっ娘キャラになっている。 髪は白に近い灰色、瞳の色は射命丸文と同じ赤っぽい茶色。
服は天狗で画像検索して出てくる、男の翼の生えた天狗の服の色を白基調にしたような感じ。チャームポイントに高尾山とかのお土産で買えるような赤い天狗の面をしているが、これは彼女で言うところの男装である。
グラマラスボディ