「陽乃先輩……私どうしたらいいですかね……私、私――」
ぐっと歯を食いしばったのは、目の前の亜麻色の髪を伸ばした少女。
まだあどけない、幼さの残る可愛らしさと、女性的な美しさの混在した、男心をくすぐるだろう少女──一色いろはに間違いなかった。
場所は生徒会室。
そこにあるのは陽乃といろはの姿のみ。
めぐりは他の生徒会メンバー達と共に部屋を出ていってしまったため、完全に取り残される形となった。
言いたいのか、又は言いたくなかったのか。
しかしどちらにせよ我慢はできなかった。
少女は、何とか堪えていたその楔を断ち切るように、自分の罪を告白するように、
たった二人しかいない生徒会室の中で独白した。
「あの、その、私、無理やり処女を奪われちゃいました……」
あぁもう、帰りたい。
憚らずに内心を吐露すれば、陽乃は素直にそう思った。
しかしここで「ごめん帰る!」とはさすがの強心臓を自負する自分でさえ躊躇われた。
なにせ内容が内容だ。
下手を打てば、一人の少女の今後の未来が真っ暗になる可能性がある。
そのため陽乃は緩み切っていた精神を引き締め、思考を高速で回転させる。
処女を奪われた。なるほど一大事だ。
シチュエーションにもよるが、少なくともこの報告がポジティブな話には見えない。
繊細なガラス細工に触れるように、陽乃は口を開いた。
「……うん、相談してくれてありがとうね。一色ちゃん。言いにくいことかもしれないけど、その、相手は誰なの?」
その呼びかけに、彼女はためらうようにスカートの裾を強く握りしめた。
その顔に浮かぶのは、隠しきれない不安の色。
それを少しでも和らげるように笑みを浮かべ、陽乃はどんな言葉が飛び出てきてもいいように身構えた。
「相手は……その、先輩、です……」
「フゥン?」
どうやら私は、この学校に住まう大魔王を殺さなければいけないらしい。
ちいかわのウサギのような声を漏らしながら、静かに決意を胸に抱いた。
◆
おいおいおい、●すわアイツ。
ほう、先輩ですか。
上級生からの強姦ですか。
などと、とぼけることはできない。
先輩というのは自分より年上の人間を指す曖昧な形容詞だが、
彼女が「先輩」と呼ぶ人間はたった一人のみ。
いうまでもなく――比企谷八幡、その人である。
まさか、そんな、彼が? ありえない。
そうは思うが、かといって目の前の彼女がウソを吐いている風でもない。
誰よりも嘘という存在が身近だった陽乃だからこそ理解できる、本気の色が彼女からは感じられたのだ。
「えぇと、一色ちゃん。つまり、比企谷君が、一色ちゃんを無理やり襲った……ってことで、いいのかな」
そう聞くと、彼女は一度固く目をつぶり、絞り出すように言う。
「はい……っ! 実質、その認識で間違いないです……!」
「……ん?」
何だ今の。不穏な一言が入ったぞ。
ここ数日間の濃密でいて正気など蒸発しきった日々が経験となり、その経験が「おい、突っ込むのはやめておけ」と強い警鐘を鳴らしていた。
これ以上踏み込むと、底なし沼に足を取られる感覚があった。
しかしもう、ことここまで至って止まる選択肢など存在せず、やや身を引きながら陽乃は問うた。
「一応聞くけど、比企谷君に、犯されたってこと、だよね?」
そう聞くと、彼女は何故か顔を赤らめながらもおずおずと言った。
「はい……雪乃先輩と結衣先輩の先輩とのプレイ報告を全部盗み聞ぎしてしまったせいで……もう6割くらい先輩とエッチしてしまった感覚です……っ!」
この時手が出なかった事を自分をほめたい。
心の底からそう思った。
「……あの、一色ちゃん。それは、別に犯されてないと思うんだけど」
とりあえず、気を使う必要もないので目の前のナマモノに真正面から正論をぶつけてみた。
良かった。何が良かったかって比企谷君をこんなアホな理由で殺さなくてよかったことだ。
その至極まっとうで一ミリの隙もないド正論はしかしどうやら彼女の心には響かなかったようで、目の前の頭ハッピーセットちゃんは顔を真っ赤に染めたまま言った。
「そうですけど! でも私は先輩のチ……! パオンのサイズも一回のプレイでどれくらいするのか、どれくらい出すのか、どこが性感帯なのか、どんな風に攻めるのが好きなのかも全部知ってるんですよ!? もうこれって8割くらいセックスですよね!?」
「いや0割だよ」
勝手にイマジナリー処女膜を失うんじゃない。あと割合をちょっと盛るな。
そんなので処女を失ってたらこの世はとうにディストピアだ。処女厨が毎秒首つって死ぬ。
白けた目で見てしまったのが気にくわなかったのか、目の前の頭のおかしい生徒会長はズビシと指を突き付けた。
「じゃあ陽乃先輩はここまで先輩のセンシティブ情報を聞きまくって、本人に会っても何も感じないんですか!?」
「――っ!!!」
その問いかけは、まさに青天の霹靂だった。
そう言われると――確かに、と思ってしまったのだ。
少なくともすぐに否定できなかった時点で、論破された形になってしまった。
目の前の頭おかしいのが得意げに言う。
「これから陽乃先輩も思うんですよ。センパイとすれ違うたびに、『凄いつれない態度だけど夜は……』とか、話すたびに『でもベッドの上だと例のアレで……』とか」
「やめてやめてやめてやめて!!!!」
あり得る未来だった。
というか、数十分後の未来の自分の姿で間違いなかった。
嘘。じゃあなに? 私も結局この頭おかしい娘と同じレベルって事!?
それは嫌だ……。それは嫌だ……組み分け帽子に忖度してほしいくらいには嫌だ……。
というか。
「なんで一色ちゃんが、私が比企谷君のセンシティブ情報を知ってることを知ってるの……?」
「え? それは勿論部室でお二人が得意げに話していたのを聞いていたからですけど……」
「……」
ここ数日間で、目に入れても痛くないと思っていた妹の存在が、急激に疎ましく感じつつある。
一度マジ叱りした方がいいかもなぁ……。
しかしここでブチギレない時点で相当姉バカだという事実を、本人は認識できなかった。
ちいかわを多用すれば汚い内容も中和できると信じてます。
でも謝っておきます。ごめんなさい。