伝説になるかもしれない話   作:三郎丸

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彼等の道は暗闇に満ちている。
往けば地獄、往かなくても地獄。
どちらを選んでも誰も責めないけど
己自身がきっと後悔するのだろう。


13.暗夜行路(挿絵有り)

【前回までのあらすじ】

スレ建築から3日目で集まったコテハン組。彼等は同郷と言う共通点からお互いに気を許し合い、渋谷事変と言う未曾有の災いへ立ち向かうべく作戦会議をしていく。しかしその作戦会議場では奇跡的に原作サイドの方々が飲み会をしていたので作戦会議どころじゃなかった…。

 

 

 

吸血鬼おじさんドンマイ事件から

時刻は21時を過ぎた頃のスレ。

 

『大変なことに気付いてしまったスレその2』

 

 

34:何処かの名無しさん

なんか集会場で原作サイドと遭遇したらしいな

 

35:何処かの名無しさん

コテハン組今日で事件起こしすぎ!

 

36:何処かの名無しさん

コンビニ店員が術式あって主人公と友人になり

分家は夏の幽霊と同盟組んだとか…なに…この

 

37:何処かの名無しさん

3日目にしてこの騒ぎだけど

今後更に突撃していくんだよね?

 

38:何処かの名無しさん

近日中にフレンズと九相図がぶつかる予定

 

39:何処かの名無しさん

何事も起きないと良いけど絶対何かあるだろ

 

40:何処かのスレ主さん

吸血鬼おじさん宅に移動する!

 

41:何処かの名無しさん

>>40

まさかの吸血鬼宅!?

 

42:何処かの名無しさん

>>40

実質二次会じゃん!!

 

43:何処かの分家さん

取り敢えず原作の方々が

解散したのを見計らって移動する

 

44:何処かの名無しさん

公共の場より個人宅の方がそりゃ良いもんね

 

45:何処かの名無しさん

会議結局深夜帯では…?

 

46:何処かの名無しさん

コテハン組の睡眠が削られてく~!!

 

47:何処かの名無しさん

吸血鬼おじさん宅そんな大人数行けるの?

家族とか大丈夫??

 

48:何処かの吸血鬼さん

今は一人暮らしなので大丈夫です。

自宅は都内の1LDKです。

 

49:何処かの名無しさん

>>48

良いところに住んでそう

 

50:何処かの名無しさん

>>48

コテハン組今日はそこで宿泊?

 

51:何処かのスレ主さん

>>50

会議次第では泊まらせてもらうかも

 

52:何処かの名無しさん

出会って三日目で

自宅訪問からのお泊まりは強すぎる

 

53:何処かの名無しさん

こんなこともあるんやな

 

54:何処かの名無しさん

これが同じ都内で起きてる事なの信じられん

 

55:何処かの名無しさん

行動力の化身…

 

56:何処かの名無しさん

動かないと終わるからね

 

57:何処かの名無しさん

会議報告待機!

 

58:何処かの名無しさん

俺達の戦いはまだまだこれからだ!!

 

 

 

 

 

10月3日(水)21:53 都内某所のマンション

 

 

「すげぇエントランスだった。俺こんなマンション初めて入ったんだけど」

「スレ主薄給そうだよな」

「分家さん!?否定はしないけどさ!」

「吸血鬼教授の自宅お洒落すぎて目が潰れそう…どうしよう我が弟よ」

「どうもしなくて良いと思う」

『君達ずっと呑気だね』

 

 

コテハン組はあれからこのまま居酒屋で会議をするかどうか審議した結果、吸血鬼の「我が家を会議場にして下さい」との申し出に満場一致し五条達へかち合わない様にあの場を後にした。個人宅の方が誰かに見られることも聞かれることもほぼ無いと言える。その様子を本当にこいつら初対面なのかと疑惑の眼差しをしていた夏油。しかし念のためお泊まりグッズを買いにドンキへ寄ってアホみたいにはしゃいでいるコテハン組を目撃した夏油はただの馬鹿達だと判断した。

 

 

「私ドンキ行ったの初めてでした」

「吸血鬼教授ドンキ処女だったのね」

「ねーちゃんもドンキ行ったことなくない?」

「それな、あとドンキに呪霊居たのビビった」

「ああ言う場所は色々と変なのが集まりやすいからな。閉店後に呪術師を派遣して祓ったりなんか良くあることだ」

「分家くんの為になる呪術雑学ありがたい。はい、お礼に私のきびだんごあげる」

「ども」

 

 

吸血鬼の広々としたリビングに各自、正座だったり胡座をかいたりして喋り込むコテハン組。結果的に居酒屋では親睦を深めただけであった。しかしそれは今後戦友となる彼等にとって決して無駄ではないものだ。何気無い会話、何気無い絡み、そう言った積み重ねが信用と信頼を紡ぎ、時に奇跡を手繰り寄せる。

 

 

「だらだら喋ってないで術式の話を進めるぞ」

「うっす、分家さん任せた」

「スレ主が一応リーダーみたいなもんなんだからしっかりしてくれ」

「お腹痛くなってきた」

「スレ主さん正露丸要ります?確かあそこの棚に置いていたはず…」

『君達、特級呪霊と戦う自覚ある?』

 

 

あまりにもノリが馬鹿な会話だった。夏油は真面目なのでいちいち突っ込みを入れてしまいたくなる。高専時代も隣に馬鹿をやらかす白いのが居たが、此処にいる馬鹿はベクトルの違う馬鹿だ。それも馬鹿が複数いる。馬鹿と馬鹿が出逢えば相乗効果でより次元の違う世界が広がっていく。広がった結果が現在のコテハン組だ。

 

 

「で、術式についてな。まずスレ主から行くぞ。あんたはスレを通して自身と縁あるものを手繰り寄せる。今回のスレで言うと"同郷"と言うこの世界において特殊な繋がりを元に広範囲の術式効果を発動させた。更に縁を強固に繋げることで連鎖的に俺達の記憶も手繰り寄せたんだろうな。呪力も縁繋ぎで解消しているコスパ良い術式だ。拡張次第では更に化けるぞ」

「俺そんな高度な事やってたん…」

「はい、次コンビニ店員。スレでも言ったけど魂に術式が刻まれているニュータイプ。魂に直接作用することで虎に変化出来る山月記だ」

「僕は李徴だったのか」

『頭可笑しい奴しかいないな』

「それには同意する」

 

 

分家による一般人でも分かりやすい解説によって術式が開示されていく。此処にいる術式を持っている4人中、2人が既に呪術界隈的に意味不明のイレギュラーだ。夏油はマジで此処にいる奴等狂ってんなと思うほか無かった。高専から呪詛師時代までの間、様々な術式を見てきた夏油もこれ程に"理"をねじ曲げるような規格外に出会ったことはない。

 

 

「そんで吸血鬼は…なるほどバランス良いな。例えるなら回復キャラ。術式発動時に自然治癒力を高める。そのお陰で胃潰瘍が治ったんだろうね。努力次第で色んな病も治せると思う。医者に転職すると頂点取れるぞ」

「反転術式みたいな感じですか?」

「んー、少し違うな。反転術式は術式と名が付いているけど呪力操作の類いだ。負と負を掛けて正のエネルギーを生み出し、それを治癒に活用している。あんたの術式はデフォルトで治療に特化しているから負のエネルギーでそれが出来てしまう」

 

 

反転術式とは異なる治癒のプロセス。それは呪力操作を何も知らない彼等にとって貴重な存在になるだろう。

 

 

「ほう、治れと念じたら良いんですかね」

「え、はいはい!俺の疲労感治してみて!」

「じゃあスレ主さん行きますよ」

「よしゃ!来い!!!」

 

 

吸血鬼がスレ主に向かって手をかざした瞬間、スレ主は燃えた。さながらキャンプファイアーのように燃え盛っている。その光景にジュースを飲みながら胡座をかいていた龍は噎せた。

 

 

「スレ主くん燃えてる!消火せな!みずは?野菜生活でもいいか!?」

「龍さん落ち着け、あれは術式の炎だ」

「あっつ…くない!俺燃えてる!燃えてる!」

「私、人燃やした…?」

『何起きてるんです?画面上ではスレ主が阿波踊りしてる風にしか見えないんだけど』

 

 

リモート参戦中のフレンズは呪力で出来ている炎を目視できていない。その為、吸血鬼がスレ主に向かって手をかざしたと思えばいきなりスレ主が阿波踊りをし始めた感じになっている。非術師やカメラ越しから見れば狂気の沙汰だ。

 

 

『なに…この…なんだろう』

「夏が言わんとしてる事は何となく分かるけどまだ後控えてるからな」

『そう、まだ一人居たか』

 

 

夏油と分家は燃え盛るスレ主を囲ってやべぇすげぇとはしゃぎまわる龍や炎をつんつんするコンビニ店員、人を燃やしてしまったショックで腰を抜かした吸血鬼、それらを画面越しに見ながら爆笑しているフレンズを見守った。居酒屋での混沌とした光景を上回る状況に夏油は何かを言いたかったがそれを表せる言葉は出ない。

 

 

「うぉおおお!モンエナより力が漲る」

「すんげぇ、吸血鬼教授実質温泉施設だね」

「ねーちゃんその例えわかんねぇよ」

「私は温泉施設」

「ほら何か変な感じになっちゃった」

 

 

分家は彼等の様子を暫く見ていたい気持ちもあったが、いい加減作戦会議を始めたいので一拍してコテハン組を集合させる。コテハン組だけでも此処まで自由奔放ゆえ、他のスレ民も集合すれば収拾がつかずに延々と馬鹿騒ぎしていたことだろう。

 

 

「はいはい、最後の龍さんね。龍さんは見た感じコンビニ店員と似ている。魂に術式が刻まれていて"龍"へ身体を変化させる類いだ。正直なところ"龍"と言う特性上、何がどの程度出来て龍さん自体がどうなるか実際の術式発動を見てみないと何とも言えねぇ。勿論それはコンビニ店員にも言えることだがそれ以上に未知だ」

「分家くん解説ありがとう。つまり実践あるのみと言うことだね」

「まぁそうだな」

「ちょい試してみて良い?」

「ちょっとだけだぞ」

 

 

皆が見守る中リビングの中央で龍は集中する。初日は完全に無意識で術式を発動していた。そして過去の呪霊との遭遇時も生命の危機に呼応しその片鱗が表へ出てきている。つまり龍の意思で術式を発動したことはない。

 

集中する。変化無し。集中が足りないのか?変容時に何を考えていた?命の危機、記憶の濁流、それらが術式を呼び覚ましていたはずだ。膨大な記憶の中に何がいた?確か…青い"龍"、いや他にも"龍"は沢山いた。"龍"と言うイメージ、それらが龍自身の中で蠢いている。龍は何となくそれを理解した。術式は"龍"を顕現させる。言うなれば絵を描く液晶タブレット。呪力と言う電気で稼働させることができる。そして絵として完成させるには龍自身のイメージ、空想を術式に描く。思考、思考、思考…。

 

空想を現実へ、虚構を事実へ。人を龍へ。

 

 

「…マジか」

「龍さん本当に龍人なってる!やべぇ!」

『画面上でも姿を確認出来る、いやまさか人が龍へなるとかまるで神話だ』

 

 

黒かった髪は白い髪…否、白い鬣になり毛先は紅く染まって風もないのにたなびいている。頭部は荘厳な1対の枝分かれした角が生え揃い、その下にある皮膚には艶やかな青い鱗が所々浮かび上がっていた。何よりも眼が人間のそれではない。黄金に輝く眼は獣のように鋭く気高さに溢れていた。瞳の中には数多の星が沈んでいるかのように夜空を思い浮かばせる。スレで見た龍人よりも人に近い姿をしているが、ただならぬ雰囲気を発していた。

 

 

「人間キャンプファイヤーより此方の方が凄くないですか?ね、スレ主さん」

「吸血鬼さん、そんな死にそうな顔で人間キャンプファイヤーと比べたら駄目だって!」

 

『君達ほんと意味がわからない。状況を…?そんな深刻そうな顔してどうしたんだ』

 

 

夏油は龍の術式を見てあまりにも常識外れな様子へ分家の解説を求めた。だが分家は"龍"を見て黙り込んでいる。"龍"に何を見ているのかは分家しかわからない。夏油はそれに焦りにも似た感情が湧いた。可笑しい、彼等と出会って1日も経ってないのに愛着のようなそんな何かが宿っている。おそらく彼等を見ていて単純に愉快なのだ。そして彼等は夏油の存在を知っていて分家は言葉を交わしてくれる。約一年の間、誰にも話し掛けられず誰にも知られなかった夏油にとってそれはとても嬉しかった。故に馬鹿騒ぎしていた奴等へ暗い影が射してその空気が壊れるのが嫌なのだろう。

 

 

『君、何を視て…』

「ねーちゃん、ご感想どうぞ」

 

「…めっちゃもさもさ」

「良かったね」

 

 

龍虎姉弟は夏油や分家の様子に気付くことなく呑気に会話をしていた。その姿に夏油は一安心するが分家の表情は曇ったままだ。そして分家は無表情で龍に話し掛けた。

 

 

「どした分家くん、顔死んでるよ」

「今どんな感覚だ」

「うーーーん、何かなんでも出来るようなそんな感覚かな。今ならビーム出せそう」

「なら別に良い」

「…そう?所で聞きたい事あるんだけどさ」

「なんだ」

「分家くんの背後の黒靄ってスタンド?」

「見えるのか…?」

 

 

龍の眼には分家の背後で何処と無く縦に長い黒い靄が見えていた。先程まで何も見えていなかったが"龍"の眼による影響か、分家以外誰にも見えていない夏油の姿を少しだけ目撃することが出来たようだ。

 

 

『まさか今日だけで私が見える者に2人も会えるとはな』

「何か喋ってる?ノイズに聴こえる」

「ちゃんと喋ってる。認知に格差があるのか」

「これもドラゴンぱわー?」

「まぁ…そうかもな」

『もっと考えろ』

「今突っ込まれた気がする。そんなノイズだ」

「正解」

『君達何なの?』

 

 

シリアスな雰囲気が数秒で粉砕した。それが良いことなのかそれとも悪いことなのか夏油にはよくわからない。ただ夏油を認識できる者が増えたのは確かだ。

 

 

「よし、弟よ。お前も人外にならないか?」

「それだと僕死ぬ。試してみるけどさ。何かコツとかあるの?」

「あんた絵上手人(えうまんちゅ)じゃん?脳内で虎の絵を思い浮かべてそれを出力する感じ」

「ねーちゃんも絵上手人(えうまんちゅ)じゃん。スケブで依頼やってんの知ってるからな」

「ちょちょちょまって、私の垢バレてる!?」

「え!凄い!龍虎姉弟は絵描き人なのか!今度良かったら見せて~!」

「はい、スレ主さんこれねーちゃんの」

「あ"ーーー!やめろー!」

「はわ!うめぇ!!!神絵師やんけ!」

『え、え、俺も見たい。画面此方向けて。山じいも見たいよね…見たいって!』

「私も見たいです」

 

「お前ら早く会議しろ」

『うわぁ…学級崩壊みたいだね』

 

 

──閑話休題。

 

 

先程の龍のようにリビングの中央へ立つコンビニ店員。固唾を呑む龍とめちゃくちゃわくわくしているスレ主、吸血鬼、フレンズ。それを後方で静かに見守る分家と夏油。コンビニ店員は完全に見せ物と化していた。

 

コンビニ店員は眼を閉じる。姉に教わった通り自らが思い描く虎を想像した。大きくて鋭い牙と爪を持ち、此方を見詰めてくる…そんな想像を脳裏で考えていく。その時、コンビニ店員はぽつんと水面に雫が落ちる音を聞いた。その方向へ向いてみると美しい金属の装飾に彩られた真っ白な虎が紅い炎を携え眠っている。白い虎はコンビニ店員に気付いたのかゆっくりと眼を開け、空色の瞳を此方に向けた。

 

はっと目が醒めた感覚と共に何かが変わったようなそんな違和感を持ったコンビニ店員は眼を開ける。すると、周囲のコテハン達は驚いたような顔つきをしていた。

 

 

「白虎だ!敦くんやん!!私の弟、山月記!」

「水色の眼してる!半獣人だ!ケモ耳!俺リアルケモ耳見たの初めて!すごーい!!」

「漫画に出れそうな見た目ですね」

「いや、吸血鬼も人燃やせるんだから十分漫画に出れるぞ」

『おお、龍虎が揃った。荘厳…え、山じい何か見覚えあるの?…やっぱ気のせい?…そうなの』

 

 

コンビニ店員の姿は半獣人と化していた。黒髪は白に染まり、所々黒い模様が入っている。手足は人と獣の間を彷徨うような形だ。また人の耳がある場所には虎の耳が生えており、眼は空色に染まっている。その姿に龍とスレ主がテンション爆上がりし、盛り上がっていた。

 

 

「うわ、えっすご…なにこの感覚」

「違うかもしれない」

「え、分家さん今なんて?」

「…何でもねぇ、ところで夏は見えるか?」

「うーん、何か黒い霧が見える。あの辺りだけ黒い霧がかかってるようなそんな感じ」

『龍より見えていないのか』

「今微かに物音がした?」

「今、夏が喋った。龍さんより店員は魂の認識能力の様なものが低いのかもな」

 

 

分家は当初、龍とコンビニ店員の術式は変容対象が違うだけで大枠自体は同じものだと考えていた。しかし、実際に術式が発動している時に目撃した過程が異なることに気が付く。何か、何かが違う。結果はどちらも魂に直接作用することで変容を遂げるが、何処か違和感がある。

 

──それにこの呪力は…。

 

 

『呼ばれてるよ』

 

「あ"?…いや別に切れてる訳じゃないからそんな顔するなスレ主」

「ウッス…あの、会議開こうぜってことで」

「あぁ、漸く開くのか」

 

 

リビングにそれぞれが適当に座って集まる。話し合いの内容は今後についてだ。それは渋谷事変に介入する事への最終確認。命を懸けて戦う意志があるのか、何のために戦うのか、命を殺すことが出来るのか、それらを含め実際に行動し遂行することが可能なのか。後から出来ないや止めると言った行動は仲間の致命傷になり得る。だからこそ此処で主要メンバー足る彼等は決めなければならない。

 

スレ主が重々しく口を開く。

 

 

「まず一つ目に皆の戦う理由を教えてほしい。俺の戦う理由は俺自身の日常を諦めたくないから。東京には俺の馬鹿やってる友達や同僚がいる。それ以外にも知り合いはいるし、俺は此処で生きてきた。それらを失いたくない。そもそも俺が事の発端だし投げ出したくないんだ」

「戦えば死ぬかもしれないぞ」

「分家さんの言う通り死ぬかもしれない。そりゃ怖いし死にたくないよ。でも俺はこの事実を知って生き延びれる程強くない。多分廃人になっちゃう。だから俺は俺のために戦う」

 

 

誰かの為ではなく、あくまでも自分の為。自分自身がどうしたいのか。他者に理由を求めることは簡単だ。でもそれは他者の存在が揺らげば自分自身も揺らいでしまう。故に重要な分岐点では己自身が何を求め、何を自身に還元したいのかを決めた方が真っ直ぐ進める。そう判断しての発言だった。

 

 

「じゃあ次は俺が理由を話す。俺は知っての通り五条の分家だ。どっぷりと呪術界隈に浸かっている家で俺自身も一応呪術師見習い。そんでこのまま渋谷事変が起きれば当主は封印、東京は堕ちて主要な政治拠点も潰れるし、呪術師も多く死ぬ、呪霊もわんさか。ついでに死滅回游が起きて殺し合いの儀式とか俺は無理だね。死んでもそんな地獄を受け入れたくない。俺はそんな殺伐とした世界は見たくないしそんなところで生きたくもない。理由はそれ。要は平和に暮らしたいんだよ」

「海外なら平和じゃない?」

「龍さん突っ込んだ質問してくるね。確かに海外なら平和かもしれんが俺は別に故郷を見捨ててまで平和な暮らしを求めてるんじゃない。俺は此処で平和な暮らしを送りたい。それに俺は海外で一人暮らし出来る程技量はないぞ」

「分家くんはありそうだけどな」

「まぁあるかもだが、今を変えれるチャンスがあるなら試したくなるだろ?」

 

 

地獄の中で生きたくない。そのために一時的に地獄へ浸かってやろうと言う分家の意志。海外へ逃げることも一応どうにかこうにかすればまだ可能だ。だがそれは渋谷事変を改変する可能性を放棄する事と同義。分家は可能性に賭けてみたかった。

 

 

『チャンス、良い言葉だね。俺はこの世界が辿るかもしれない道とは別の道を見たい。未知なる世界のその先を俺は知っていきたいんだ。だから変えようと思った。それに困難なものほど手に入れた時の価値は何ものにも代え難いさ』

「フレンズさんらしいですね。私は大学で都市開発の一環として東京に人生を投じて来ました。今まで私達が積み上げてきたものを何もせず見ている事など出来ません。私達が血の滲むような努力で生み出した今の街を殺させない」

 

 

一方は未知なる世界を知る為に新たな未来を求め、戦うことにした。一方は積み上げてきたものを壊させない為に新たな未来を求め、戦うことにした。

 

理由を話していないのはあと龍虎姉弟。

 

 

「私はスレ主くんと似てるかな。私は私の愛してる日常を守りたい。私の延長線上にいる大事なものが消えてなくなるなんて許せない。知らない不幸ならまだ許せた。とても悲しいし怒りは湧くだろうけど私ではどうしようもない。でも今回は違う。先の不幸を知っているし、それを変えることが出来るかもしれない。私はこれから起こる自身や私に纏わるもの達の不幸を消し飛ばしたいね。勿論死ぬ危険性しかないだろうけど、それこそ大事なものが消えたら死ぬ程後悔して人生全部真っ暗だから戦う」

 

 

知ってしまったが故、知らなかった頃には戻れない。渋谷事変が起きれば多くのものが不幸のどん底へ堕ちるだろう。そこには龍や龍の大切なもの達も含まれている。今から動けばまだ何とか出来るかもしれない。それは一筋の希望でありとても儚い願望。でも此処には志を同じくする仲間達がいる。仲間とならこの望みを現実へ変えることが可能性だと龍は思った。

 

 

「…ねーちゃん」

「あんたの番、本音を言えば戦って欲しくない」

 

「僕は」

 

 

コンビニ店員は言い淀む。姉の言葉を聞いて動揺してしまったのだ。あの発言は言うなれば、唯一の家族が死地へ飛び込むと言う宣言に他ならない。姉にとって弟は守るべき対象である。でも弟からすれば姉こそ守るべき対象だ。戦って欲しくないなんて言葉はコンビニ店員が言いたい事だと思った。

 

 

「僕は、僕や姉が愛したものを守りたい。僕の懐に入れたものは取り零したくないんだ。誰だって見捨てたくない。僕の好きな人達には幸せになってくれなきゃ困る。そうじゃなきゃ僕は幸福になれない」

「ねぇ水渚(みずな)。あんたは今日、虎杖悠仁くんと友達になったんだよね。それってつまり」

「僕は絶対行くからな」

「止めない、だから友達はしっかり守れよ」

 

 

此処に集まった6人の戦う理由を聞いた夏油は無言だった。誰も彼もが死ぬ可能性を理解している。彼等は夏油同様一度死を経験しているがそれでも再び死へと向かっていくことを選択した。決して死を恐れていない訳ではない。死ぬことへ恐怖がある。戦う事も怖い。でもそれよりも"今"を守れる可能性を見出だしてしまった。その精神性は一般的なものより異常だ。普通なら逃げて当然、最悪精神が壊れてしまうだろう。だが、彼等はそうならなかった。彼等を突き動かしているのはその特異な精神性なのかそれとも他に原因があるのかわからない。

 

夏油はどうにかなりそうな気持ちに陥った。彼等は本気で、本当かどうか怪しい記憶を元に命を懸けて戦おうしているのだ。さっきまであんなにもはしゃいで楽しく話していたのに、互いに身勝手な重いものを背負ってる。

 

──私自身もそうだった。

身勝手な野望を抱き戦って死んでいった。

 

出会って数時間と言う短い間で彼等は夏油の心を突き動かしている。彼等には時間がない。彼等には余裕がない。彼等には悪意がない。だからこそ正直な言葉が飛び交い、真っ直ぐにそれらは夏油へ響く。つまりは疑うのが馬鹿らしくなる程の馬鹿達を多少なりとも気に入った為、心配になってしまった。

 

 

『もし、本当に渋谷事変が起こるとするなら君達は今のままだと』

「今のままだと俺達は九分九厘死ぬ。渋谷へ行っても無駄死にするだけになるだろう。もしくは改造人間にされてしまうかもな」

「分家くんの言う通り特級呪霊や呪詛師、それに改造人間が相手になるだろうからそりゃ死ぬわな。何も対策なしに行けば無意味になる」

 

 

夏油の言葉を辿るように分家が言葉を続け、龍がそれに肯定する。当たり前の事実だ。先日まで戦いを知らなかった者がいきなり戦える訳ない。相手の方が力も技量も経験も何もかも勝っている。それを素人である彼等が行ってもただの自殺行為だ。故にその大きな格差を埋めるために彼等は工夫を凝らさなければならない。一人なら思い付かなくても複数ならその方法が見付かる可能性がある。スレ主は口火を切った。

 

 

「うん、俺たちの"呪術廻戦"を始めるために今から命のやり取りの話をしよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

次回、呪いの世界へ続く…

 

 

─────────────────────────

 

 

「皆さんごきげんよう、

私は吸血鬼現状を纏めるおじさん」

「吸血鬼現状を纏めるおじさん!?」

「では今回の登場人物を纏めていこう!」

 

○今回の登場人物

 

・龍虎姉弟─本名:東西水稀(とうざいみずき)東西水渚(とうざいみずな)

姉弟は前世からとても仲が良い。一緒にゲームしたり出掛けたり旅行に行ったりしてる。逃げることよりも守ることを選んだ。懐に入れた者をめちゃくちゃ大事にする奴等。

 

 

・吸血鬼現状を纏めるおじさん─本名:夜間紅雀(よるまこうじゃく)

本日の出費が高い。初めて家に人を上げた。都市開発の研究をしている大学教授であり、その人生の大半を東京と言う街へ費やしている。

 

 

・フレンズ&山じい─本名:勅使河原晴彦(てしがはらはるひこ)

ただいま鯉ノ口渓谷からリモート参戦中。ちなみに山じいは今のところ、店長であるフレンズがやりたいならやれば良いスタイル。

 

 

・分家─本名:五条(さとり)

視ることに特化した眼なので色々見えた。嫌なものは基本的に見たくないしその中で生きるのは無理。でも故郷を捨てる程薄情じゃない。

 

 

・夏油傑(幽霊の姿)

本日の情緒がジェットコースター。馬鹿達を怪しんだりドン引きしたり突っ込んだり心配したりと忙しい奴。

 

 

・スレ主─田代将司(たしろしょうじ)

一応リーダーかつ素直な馬鹿。重要な事は把握しており、それが何を意味するのか理解している。それでも戦うことを選んだ。

【挿絵表示】

※コテハン集会の様子




待ち受けるのは希望?それとも絶望?
彼等の勝機は果たしてあるのだろうか。
呪いの世界に彼等は進んでいく…。

案の定、また話が分割されました。
次でおそらく1章が終わって2章が開幕するはず。

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