人生一の幸せ
それは誰しもある筈の記憶
それは、あの日、初めて舞と交わった日だった
記憶に一番残り、夢でも見る記憶
性を知ったのもあの日だった
あの日は知るものが多すぎた
幸せが始まった日
だからこそ
だからこそ
目の前の幸せを終わらす者を
殺す
「レエエエエエエエエエエエエイムッ!!!!」
叫ぶ
激情が、怒りが心を支配する
何をしている、俺の妻に何を
何をしてるんだ俺の伴侶に!!!
刀は音速を超え振られる
それは彼女のリボンを斬っただけだった
「あああああああああああぁぁぁ!!!」
黒刀が舞から抜かれる
その血が怒りを増幅させる
その倒れる姿が怒りを増幅させる
その無念の姿が怒りを増幅させる
こいつを殺さなければならない
頭の中はそれだけだった
もはやケダモノと化した脳はそれ以外の目的を持たない
幸せを奪う者
再開して、まだ10年と立っていないのに
妖怪にとってこの時間は短すぎる
刀が応呼して青い波動に包まれる
酷く青い、悲しみを表現したかのような蒼
それは必然であった
彼の瞳
その端から、ポロポロと涙が零れていたから
彼は2つの感情に板挟みだった
一つは己の伴侶を奪われたという凄まじい怒り
それは他の目的を置いてけぼりにするほどの物
心の中に奴への報復心以外は何も無いと言える程のもの
もう一つはかつての親友を殺すという深い哀しみ
博麗の巫女の役目を与えたのは自分で、人間の親友だった
それを与えた自分が殺すという構図になってしまった
何か、図られたんじゃないか
誰かの、計画じゃないか
そうとしか思えなかった
信じたく無かったから
彼女が裏切ったことを、信じたくなかったから
「死ぬのは貴方だ!」
「うるさい!死ぬはお前だ!」
靈夢の叫び
巫女は涙を流していた
白狼は涙を流していた
2人とも、本来はただの凡人だった
靈夢は、里のただ霊力が多い娘
斬鬼は、守護の家に生まれた妖怪
2人とも、特別な力を得て生まれた訳では無かった
共通するのはたった一つだけ
守る物が出来たということ
靈夢は2人の娘
斬鬼は愛する妻
それだけが、生きがいと化していた
今までの自分と変わったと理解出来た瞬間だった
隻眼天狗と名乗ったのはいつか
斬鬼は覚えていない
だが、理由はハッキリと覚えている
差別化されないのが嫌だったから
こんなに鍛えたのにただの白狼と同じ?
そんなの受け入れる事は出来ない
「波動を操る程度の能力」も苦労して手に入れた
それまではただの剣士として動いていた
ただ、剣を振るだけの白狼
そんなのただの白狼と同じだ
だからこそ能力を手に入れた
ゲボを吐くような訓練を重ね、手に入れた
そのような能力は白狼には収まりきらない
故に、隻眼になった
この目の傷はかつて鬼子母神に受けた物だ
野郎の能力があんな物とは思わなかった
だが、あのスピードと火力は鬼子母神に相応しい
この傷を受け、名前を白狼から隻眼天狗となったのだ
刀の切り上げ、切り下げ
白銀の刃は服を斬り、肌を裂く
だが、致命傷には至らない
黒刀の一突き
脇腹を掠めて止まる
そのまま横に薙ぎ払う
「ふっ」
刃を下に下ろし、それを止める
そのまま切り上げて刀を押し込む
鍔迫り合い
靈夢が強く押してくる
それに対抗して斬鬼も強く押す
それに負けるのを察したのか、強く押して後ろに引く
こちらも後ろに引き、横に移動する
靈夢はこちらの行動を伺っている
2人は反時計回りにゆっくり歩く
刀を構え、相手に備える
不意に、フラッシュバックする
白い服
双剣
能力無しの、白狼
彼は双剣を構え、瞬歩で距離を詰めてきた
それに反撃する
靈夢は刀を蹴りあげ、顔面を蹴る
足が顔にめり込む
歯が折れた、血が出る
口からぶしゃりと血が出た
「く、やってくれるな」
「貴方なら余裕のハズだ、「霊符」夢想封印!」
靈夢は術を発動する
七色の光が回転、暫くすると斬鬼に向かう
それを刀で叩き切ると、ぐるりと刀を回す
終わらせる
何のためにこうなってるのか
眼帯を外す
鬼に潰された目は視力が十分に回復していた
視野が広くなる、立体感が深まる
目一つ捧げる覚悟、あるさ
だからこそ
居合の体制
チンと刀を仕舞い、鞘に手を置き、柄を握りしめる
心が深く収まっていく
靈夢は黒刀を片手に飛びかかっていた
全てが遅く見える
靈夢が黒刀を振った瞬間
そこが、全ての終わりだった
「はぁ!」
「斬ッ」
左目が赤黒く染まる
血が飛ぶ、黒い何かも飛ぶ
体を翻し、靈夢に向き直る
靈夢は切られていた
胴体を斜めに、綺麗なくらいに
そこから血が流れ、巫女服を赤く染める
彼女に近づき、その腹に刀を刺し突き立てる
致命傷を負った彼女によける術なぞ無い
狂乱の巫女は、無名の丘に倒れた
○
巫女は何も言わなかった
ただ、緑の海に身を沈めるだけ
彼女の横に、誰かが立った
逆光で良く見えないソレは彼の筈だ
「…うけとって」
最後の力を振り絞り、声を出し、黒刀を持ち上げる
彼はそれを右手で受け取った
僅かに、彼の顔が見えた
赤い涙を流す右目
黒刀の怨念により見えなくなったであろう瞳
左目は何かが消えたような瞳
それが、巫女を見ていた
彼は暫し黒刀を見ていたが、それを腰にしまう
その顔は何もなくて、表情筋が消え失せたかのように無表情だった
何事にも、興味を無くしたかのような顔
声を出そうと、口を開く
出たのは、かなり小さなものだったけど
「貴方の為に、縫ったの…付けさせ…て…」
懐から眼帯を取り出し、手を伸ばす
彼は何も言わず、跪く
頭に紐を回し、眼帯の位置を調節する
それは、ピッタリと彼にはまった
「…今から、幻想郷は変わる」
ポツリポツリと呟く
「血塗れの戦いは、いつしか無くなる」
巫女は己の姿を見た
血にまみれ、ぐちゃぐちゃにされた己の体
とても直視出来るものでは無かった
「こんな姿になるのも、少なくなる筈」
巫女がこんな汚れ仕事から足を洗う日は近い筈
それが次代でなくても
それが、10代目であっても
それが、100代目であっても
巫女は、見続ける
いつまでも
手を汚さなくなる日まで
「終わらせて」
「私を、解放して」
沸き上がる思い
博麗の巫女から解放される
巫女は心のどこかでそれを望んでいた
心が浮き続ける
それは誰にも縛られないということ
それが愛した娘であろうと、何者であろうと
心には何も無かった
憤ることも出来ず、ただ怒った振りしか出来なかった
「霊符・夢想封印」
博麗の力を見出した妖怪は、刀を向ける
彼の周りには青い玉が回る
そして、それが回転を止めた時、私に向かってきた
青白い光に包まれながら、私は静かに笑った
○
斬鬼は彼女を桜の下に埋めた
怒りは湧いてこなかった
だだ、悲しい女だと思った
だだ、美しい物の下で死ねた事
鈴蘭が咲く、美しい場所で死ねた事
それだけが、羨ましかった
牙狼作戦は、終わった