「だったら、貴方は立ちはだかりますよね」
「当たり前じゃない、行かせないわよ」
大剣を舞に向ける
育ててくれた恩を仇で返す
しかも、この世から冥界に返すという、仇で
もっとも、この亡霊には意味は無さそうだが
大剣を振る、上から下に
若干屈みそこから回転するように体重をかけ、大剣を振り下ろす
舞は避けに徹する
そして、隙ができた時にそこを突く
それは小型の盾で防ぐ
いつも使っていたひし形の盾を小さくして腕に付けたものだ
小盾、と呼ばれる物に近い
紅葉の紋章と紅白の色合いは変わっていない
ただ、パリィの為にこうした
腕に付ける、手で持つ訳じゃない
舞はいつの間にか小刀を2本持っていた
それを使い、乱舞を踊る
大剣の質量に勝てないソレが大剣を弾いていた
普通ならありえない、ありえない
だが、暗殺部隊を率いた舞だからこそ出来る技だった
かつて彼女は斬鬼の母より暗殺部隊司令官の座を引き継いだ
彼の母は暗殺部隊の司令官だったのだ
故にふらりと家から居なくなることがあったのだ
組織の不都合を抹消する為に
彼が当主となった時、伴侶だった舞に司令官の座を譲った
恐らく、そんな習わしだったのだろう
紅白家の妻に暗殺部隊の司令官をさせるというのは
古き時代の天狗の守護者である家でもあったのだから
故に、彼女は暗殺術にも長けた
もっとも、一番暗殺術が得意なのはあの女中だった
当主である斬鬼ですら名を知らない。
本当の、ジェーン・ドウ
だが、それは任務の為と言った方が良いだろう
彼女は暗殺に自分の名は邪魔だと言った
だからこそ名を捨て、暗殺に身を投げたのだ
勿論の事、自分の存在すら、消す事も
あの、気配も無く振る舞うのも暗殺の名残
彼女が部隊で二番だったのは言うまでも無い
尚一番は舞だった模様、生前が怖い
「ふんッ」
大剣を叩きつける
それは舞には当たらず、土を抉る
この天狗に簡単には攻撃は当たらない
もはや周知の事実であり、一筋縄ではいかないのは確実だ
だが、今だからこそ
これだからこそ攻撃出来るのだ
叩きつけた後にくる小刀
大剣より振りの早いそれは簡単に脇腹に入る
だが、望んでいたのはそれだ
「今ァッ!」
「ひぁ――」
大剣を死ぬ気で引っ込ませ、舞の腹に突っ込む
それは軽々と舞の腹を貫通する
彼女から溢れ出たのは、粒子だった
ソレを蹴り飛ばす
舞はその場に蹲った
本当に、痛みを感じていた
彼女の腹から、粒子が出るのが止まらない
「貴女は私には勝てない」
椛は無機質な声で言う
何処か、聞くものの背筋を凍らす声だ
「何故なら」
そう、彼女は子には勝てない
それ相応の、理由が
「お前は、母の亡霊ですら、無いのだから」
舞は、亡霊ですら無かった
体から粒子がこぼれ落ちる
体が、薄くなっていく
「お前は、ただの人型」
それは、波動だった
斬鬼が死に別れた妻を、再現した
ただの、ドッペルゲンガー
本物の母は、常に斬鬼のことを旦那様と呼ぶ
だが、このドッペルゲンガーは違った
どれだけ共にいようとも
それが一生を共にする伴侶であろうと
その者を再現し、しかも本人とする
そんなの、不可能なのだ
何故なら、個人だから
他人を甦らせる
自身の記憶、他人の見方、いつもの行動
それを認識しても、本人は蘇らないのだ
「ふふふ…そうね…私は、あの人のドッペルゲンガー…」
人型は、真顔で笑う
足を折り曲げ、膝を地面についた姿
もはや、諦めた表情
「もう、私は終わる…ふふふ」
だが、この人型にも意思があった
後からその人型に取り憑いた、意思
その意思は、どこから来たのか定かでは無い
ただ、一つ確実なのは
この、意思は、紅白の1人なりたかった
紅白舞という者になりたかった者の意思なのだろう
それだけが、確実だった
「ああ…"俺"は…また、死ぬのか…」
「貴方は死んでいる、そう、あの岩で」
舞を形成していた波動は薄れ、もはや人の形をした何かになっていた
声は変わらず、母のものだった
深い、絶望とも取れる声
だが、その深みにあるのは、喜び
何故か、人型は喜びを隠さなかった
「ははは…これもさだめって奴か、斬鬼」
「…お前は、貴方は」
"彼"はもう、椛を見ていなかった
恐らく、形がハッキリとしていれば彼の瞳が空を見ていた事に気づけただろう
彼が見ていたのは、何も無い空
からっぽの、空だった
「へへへ…ははは…」
力なく、彼は笑う
波動は更に薄れ、青いモヤのようになっていた
認識できるそれでは無い、特に遠距離から見た時は
椛は何も言わず、大剣を振りかぶる
何も付いてない、大剣を
血もついてない、綺麗な刃を
「ははははははははは」
壊れたように笑う彼に、振り下げたのだった
○
「…舞」
自分の繋がりが、ひとつ消えた
彼女が死んでから、悲しみに暮れたのは言うまでもない
だからこそ、作ったのだろうか、あの幻霊を
舞ような、ナニカ
それは確かに彼女であったはずだ
だが、彼女では無いのだ
ただの、波動
半人の時も、ただ自分の魂を半分にしただけ
その半分が、彼女を演じただけ
哀しい一人芝居
もはや、壊れていたのだろう、自分は
「…来たか」
山頂、寂れた神社
「旧・博麗神社」と呼ばれるそれを知るものは少ない
だって、古い神社にくる物好きは居ないだろう
こんな、結界で隠されていた場所なんかに来る者は
その、鳥居をくぐる者が1人いた
大剣を背負い、腕に盾を装着した女
それは、俺の娘
伴侶との愛の結晶
ソイツの名前は
「来たか、"犬走椛"」
俺は、新しい名前を彼女に言ったのだった