忘れられたテープ「鬼子母神の能力」
斬鬼はとある里に居た
時代はまだ彼が隻眼で無かった頃
彼にとって用があった訳じゃない
ただ、暇だったから
それと新たに打ってもらった刀を試したかったというのもある
これから永遠に彼が使う刀
――秘刀-ゆらめき-
何故に名前がゆらめきかよく分からない
神風部隊の彼はお前は永遠に迷うことになると言ってその名前をつけた
俺はどこに行こうと迷うつもりは無い
そう反論したが彼は力無く首を振ったのを覚えている
『お前は迷う事になる』
ただ、それだけを言い理由を言うことは無かった
俺は刀を受け取り、その刃を見た
その目に迷いはどこにもなかった
むしろ目標に突き進む猛き炎があるくらいに
今更ソレを彼に問おうとも、彼は既に死んでいる
何をどうして、その名前にしたかもう聞くことは出来ないのだ
「…お前のせいで揺らめいている気がする」
刃を見ながら、俺はそう呟いた
コンコンと柄を叩いて納刀する
さて、今回この刀の試し切り相手になってもらいたい女が居る
鬼痔津狼破…二つ名は鬼子母神
鬼の頭領として有名な鬼子母神だ
妖怪の中に知らぬ者居らず、人間に恐れない者居らず
完璧な恐怖の象徴として有名な…1部じゃ力の化身として崇められている鬼だ
そんな存在こそ刀の試し切りに丁度良いだろう
余談だが鬼子母神が試し切りひ丁度良いのは俺が強すぎる訳では無い
どちらかと言えばそこら辺の妖怪はヤワ過ぎるのだ
もはや紙を切っているみたいだ
「…さて」
目標は視認できた
ちなみにとある里というのは鬼の里である
それも狼破がいるからか本拠地らしい、かなりでかい
その狼破自身は広場で美味そうに酒を飲んでいる
酒好きというのは何処の鬼も同じらしい
俺はさっとその広場に飛び降りたのだった
〇
「いやー酒が進むねぇ!」
「最近は人間も攻めてこないから平和だ、退屈だぁ」
がやがやと、騒がしいどころかもはやうるさいそれの中心に居る鬼が言う
四天王と呼ばれた鬼の2人だ
今現在もう2人は諸事情でいなくなっている
片方は行方不明だが、片方は今現在仙人をしているとか
仙人とか退屈でしか無いと思うが、彼女はそれが良かったらしい
「そう言われれば退屈だ」
「鬼子母神さんよ、あんたもそう思わんか?」
「…私はそこまでおもわんな」
鬼子母神はつまらなさそうに言った
それに対して1人がだるそうに言った
「退屈ってのは俺たちを殺すぜ?
んだったら少しは派手なのがいいと思うがな」
鬼たちは一斉にソイツを見た
なぜなら誰も聞いたことの無い声色だったからである
視線を一点に受けた張本人は軽く手を振る
「あ、よう…初めましてだな」
ほぼ全員が拳を構える
明らかに敵意を丸出しにしてその男を睨む
いつの間にこの集団の中に居たのだ
声を上げるまでこいつがいることに気づかなかった
鬼達がそれを認識して油断ならない目で男を見る
そこで、見ていた鬼子母神が
「…お前、紅白斬鬼か」
鬼子母神は軽く手を振って鬼たちの構えを解いた
四天王の一人がほーうと感心したように言う
「あの妖怪の山の…有名人が何故ここに?」
「何でだと思う?」
斬鬼は軽く笑った
そして、鬼子母神を指さした
「俺はあんたに用があってな」
「何さ」
鬼子母神は若干面倒くさそうな顔をしている
淡々と、まるでただ今日の仕事を使えるかのように斬鬼は言う
「刀の試し切り相手になってもらいたくてなぁ?」
「…へぇ」
鬼子母神は笑った
不満の顔から少し喜びが混じった顔に
どうやら血の気のあるのは鬼はどいつもこいつも同じらしい
「刀を打ってもらったのかい」
「そうだ、そこらのヤツじゃ斬れ味が分からん」
「斬れなさすぎて?」
「斬れすぎて」
鬼子母神の笑みが深まった
これは完全にヤル気に入ったなと斬鬼は確信した
「流石伝説と呼ばれる男、その肩書きに嘘は無さそうだ」
「あったら伝説とは言わん、ただの嘘つきだ」
斬鬼という名はこの日の本の国全てに伝わっていると言っても過言ではない
ある物は鬼子母神以上に畏怖し、恐怖する
しかし、そのある者は大体妖怪しかいない
なぜなら彼は人間の味方であるからだ
彼の故郷である妖怪の山には人間がすんでいる
傲慢な天狗と人間が共に暮らすのはありえない
ただ、その山だけが特殊だっただけだろう
「皆、手ぇ出すな…真剣勝負だ」
「おん、お前は拳をだがな」
言ったそばから斬鬼は斬り掛かる
この程度で終わったら鬼子母神はその程度だったといえ訳だ
しかしそれで終わる訳も無く狼破は左腕で防いだ
少し、切り傷が生まれる
「成程、名刀だなそれ。私の皮膚に傷を付けるとは」
「褒めて貰えて結構、じゃ、終わりにするか?」
鬼子母神に傷を付けられる逸品と分かった
だからもう止めるかと斬鬼は聞いているわけである
まぁ、そんな逸品を見せられちゃ鬼は黙っちゃいない
「ほざけ」
拳
距離を詰めて右ストレートをぶち込む
斬鬼は刀で弾き、突きを入れる
それを狼破は横に受け流し腹に拳を入れる
息が詰まる
当たり所は腹筋、致命傷ではない
だが…
「巫山戯た威力してやがるなお前!」
「ごふっ」
思い切り狼破の腹を蹴り飛ばす
今ので腹を貫通されるかと思った
久しぶりに死の雰囲気を濃密に感じた
「舐めるからじゃないかねぇ」
口の端を拭った狼破はそう言った
斬鬼はニッと笑う
「そうかもな、少し過小評価していたらしい」
秘刀が青い膜に覆われる
鬼子母神はそれを見てようやくやる気になったかと呟く
「伝説には斬鬼は不思議な青い刀を持っている、とある
しかし実際は刀に妖力を纏わせているだけ、ねぇ」
「そう、極め単純な事だ…が」
下から上に刀を振り上げる
鬼子母神は瞬発的に避ける
彼女の後ろにある建物が数秒後に"ズレた"
「ぐっ!?」
「妖力を纏わせる事により、斬れ味が上がる、普通に考えりゃわかる事さ」
鬼子母神の右腕がポトリと落ちた
言い伝えにある通り鬼子母神に傷を付けるのはほぼ不可能だ
鬼の頭領である鬼子母神はその他を凌ぐ肌の硬さを持っている
本当に、コイツ何食ってるんだろうか
「面白いね」
鬼子母神は腕を拾い、切断面にくっ付ける
すると簡単に腕は再生して斬られる前と同じように動くようになった
「おーお、凄い再生能力だ」
「言ってないで続きをやろうか」
「上等」
そう言うと2人は駆け出す
拳と刀を打ち合わせ、どちらが強いか競い合う
鋼鉄を超える硬さを持つ拳は刀に斬られることはない
そして、その秘刀もその拳に折られる脆さは無い
空中戦、地上戦
あらゆる角度からの攻撃が二人に襲いかかる
時折胸を殴られ、時折腕を斬られ
2人は確実に相手を追い詰めていた
「あれが紅白斬鬼か」
「伝説が飛躍しすぎて嘘かと思ったけど、こりゃ嘘とは言えんな」
四天王の二人はそう呟いた
この怪力乱神と酒呑童子でさえ鬼子母神には勝てない
それを攻撃を受けながら反撃し、しかも傷をつける
恐らく自分たちがかかれば見られもせずに切り捨てられるだろう
「怖いねぇ…ぷふぅ」
「しかし酒の肴には丁度いいな」
最強と最強がぶつかり合う
これ程酒の肴になる例も他に無いだろう
「ふん」
「ぐっ」
狼破の腹に刀を突き刺す
流石にこれは効いたのか狼破は呻く
「どうだ、刀が腹を貫通する感覚は」
「あぁ、最高ッだよお前」
「…!?」
拳が思い切り振られる
斬鬼は後ろに側転し、それを避けた
流石に反撃されるとは思ってなかった
狼破は刀を簡単に引き抜き、斬鬼に投げて寄こした
「良いねぇ、刀が腹を貫通する感覚
初めてだよ私の腹に一太刀入れたのは」
「それは良かった、ついでにくたばって行こうぜ」
「嫌だね」
斬鬼は距離を詰める
刀をその間に鞘に仕舞い、抜刀の構え
後は奴の懐に潜り込み、真っ二つにしてやるだけだ
狼破は動かなかった
仁王立ちのまま、動かなかった
斬鬼は違和感を覚えた
何故奴は構えすらしない?
どうしてそんなに余裕を…
「―――!!!」
「油断したねぇ!」
斬鬼の目には一瞬で姿を変えた狼破が拳を振るった姿があった
全ての物に焦点が合う、全知全能になった気分だ
スローモーションになった世界で斬鬼は己の右目に迫る拳を見ることしか出来なかった
「うぐぁあああああああっ!!!!」
己の右目に走る痛み
目そのものを潰そうとする圧力
既に目の感覚がない
だが、腕は止まらなかった
柄を掴みそのまま鞘から刃を走り切る
あまりに力を入れたせいか、鞘と刃が擦れ、火花を散らしていた
「ああぁっ!!!」
奴の横腹に刃を入れる
思い切り込めた力をそのままに、その腹を斬り裂いた
「…はー」
口から息を吐き出し、切り抜いた体制から立ちに変わる
そして、刀に付着した血液を袖で拭った
「…お前さん、そういう能力だったんだな
ただの馬鹿力かと思ってた」
「この姿は異質だから見せたことがない
久しぶりにこの姿になった」
そこには上半身だけになった狼破が居た
その頭には獣耳が付き、立ったままの下半身には尻尾が垂れていた
能力は…獣人化
素早くなったり力が上がったりするのだろう
鬼子母神ともなればそのスピードは音を置いてけぼりにする
というかさっきしていた、恐ろしかった
「やれやれ、疲れたから帰らせてもらうぜ」
「そうもいかんなぁ、折角だ、酒でも飲もうじゃないか」
既に下半身と上半身をくっつけた狼破がそう言った
斬鬼は少し面倒くさい顔して、口を開いた
「改めて名前を聞こうか、俺は紅白斬鬼」
「鬼痔津狼破、よろしくな、斬鬼」