「…」
「そんな顔をするな」
斬鬼の今の顔と言えば腐った卵を食べたような顔だ
つまるところ酷い顔である
「鬼はどいつもこいつも…はぁ」
「アンタなら軽くいなせると聞いてワクワクしてたんだ!」
「いつまで」
「今日までずっとさ!」
これが恋愛ならどれ程良かっただろう
実際には血塗れの戦いをしようと提案されているのだ
「…うわ」
「そんな顔してやるな、斬鬼」
鬼子母神が慰めるように言う
斬鬼は首を振る
「嫌だね、疲れる」
「おうおう、逃げるきかー?」
その勇儀の言葉に辺りが反応する
「おいおい、伝説はこの程度か」
「やっぱり名ばかりだったか」
「…けっ」
辺りから嘲笑と失望の声があがる
斬鬼は俯いたままだ
「…はぁ」
斬鬼は顔をあげ、杯を呷る
そして立ち上がった
「やりゃいいんだろ、やりゃあ」
ヤケクソになった斬鬼はそういう
舞は励ます様に言う
「ほら、頑張って」
「はぁ…仕方ない、やってくる」
「チョロ」
「刀で斬られたいか?」
刀の刃を勇儀の首元に向ける
僅かに当たった首から血で一つ流れる
「…いいねぇ」
「さぁ、場所を変えようか?」
刀を仕舞い、葉巻を咥え、火を付ける
「そうさねぇ…この後ろでやろう」
そう言って勇儀は歩いていく
斬鬼は舞に大人しくしておくように言った
「まぁ、変な事はしませんよ」
上記の彼女の言葉以上に信じられないものはない
それが例え八雲紫であろうが、だ
〇
宴会場の後ろは荒野になっていた
平坦で、変に凹凸もなくて…戦闘に適した場所
「さて」
斬鬼は刀を構える
二振りのうち一つは己の物では無い
それを理解しながら二つを構える
「待て」
鬼子母神が待てを掛けた
横には舞も居る
その後ろには観客の大群だ
「獲物を使うのは卑怯じゃないか?」
そうやって斬鬼の刀を指指す
斬鬼は嫌そうに言った
「鬼相手にそれはどうだ?」
「半霊の癖に何を言う」
「それもそうだな」
斬鬼は刀を仕舞う
そしてそれを抜き取り、舞に投げる
彼女はパシリと受け取った
「さて…」
斬鬼は拳を構える
殴り合いなど白狼の友人以来やっていない
「行くぞ!」
「来い」
正拳突きを与える
いつの間にか目の前に現れた勇儀の拳とぶつかる
それは凄まじい圧力を生み出し、砂埃を舞わせる
「…!」
砂埃が晴れ、2人を見た観客は絶句する
「へへ…良いねぇ」
「…ぐ…馬鹿みたいな力だな…それでも半人か?」
勇儀の腕から血が出ている
筋肉の筋に合わせて切れ目ができ、血が出る
「噂は…本当みたいだねっ…!」
「甘い甘い、来いよ!」
2人は後ろに引き、拳を構え直す
かなりのダメージを与えたが、流石は鬼、動じていない
「はっ」
斬鬼の拳が唸る
ぐおんと振られたそれは勇儀の腹に向かう
それを勇儀は腕で弾き、腹に拳を入れようとする
一旦後ろに飛び退いて走り出す
勇儀は構える、いつ殴られていいように
斬鬼は彼女の予想を裏切るかの様に跳躍する
「なっ」
「ふんっ!」
上からの拳の叩きつけ
それは軽く放射状のヒビを地面に作る
「いい反応神経だ」
斬鬼は拳を引っこ抜き、言う
勇儀は少し冷や汗をかく
「いやー、ちょっと危なかったよ」
「さぁ、続きだ」
斬鬼は飛びかかり、蹴りを発動する
それを左で防ぎアッパーを斬鬼に与えようとする
その前に勇儀から離れ、腹を殴る
肺の息が出ていく音
「ぐっはぁ!」
すかさず回し蹴りを顔面に正確に左右の足でする
それはクリーンヒットし、吹き飛ぶ
ずさぁ、と地面に倒れ込む勇儀
「諦めろ」
「…伝説は本当みたいだねぇ」
斬鬼は勇儀が満足したのを確認して手を伸ばそうとする
だが勇儀は手を借りずに起き上がる
「さて、私の渾身の三発をやるよ」
「…三歩必殺、だったか」
「知ってるようだね」
斬鬼は拳を構える
「来いよ、最後の一撃をこの
「…いいねぇ、行くよ!」
勇儀がまず一歩踏み出す
ガッと地面に亀裂が入る
それが斬鬼を揺らすが、斬鬼はさほど気にしていない
「一」
「…」
目を瞑ったまま斬鬼は動かない
そして勇儀は2歩目を踏み出す
「二」
風圧がどんどん強くなっていく
砂埃を巻き上げ、観客の視界を狭める
それでもなお、斬鬼は動かなかった
そして…
「三ッ!」
「…!」
拳と拳がぶつかる
更に土埃が舞い上がり、何もかもが見えなくなる
地面にヒビが更に入って2人の場を窪地にさせる
そして、それが晴れる頃には
「…ぐがっ」
「どうだ?」
右腕の動かなくなっている勇儀の姿を容易に見ることが出来た
腕の骨を粉々にされた勇儀は何処か嬉しそうだった
「へへ…ありがとう、斬鬼」
「こちらこそ、感覚を取り戻せた」
斬鬼は軽く礼を言った
拳での戦闘など、いつぶりだろうか
2人は先程の宴会の席へと戻り、座る
勝利の祝いとして斬鬼は葉巻を咥えて着火した
「…んんー、格別」
「いいね、酒をもっと持ってこーい!」
勇儀が盃を傾け、叫ぶ
「おおっー!」という叫びと共にわちゃわちゃと観客等が動き始める
その人望の厚さに斬鬼は感心していた
「ここは大天狗のような老害が居なくていいな…」
「上下社会ってのは色々面倒だからねぇ」
「処分はしたいが…如何せん口実が無い」
無能なので処理しますと言われてはいそうですかと答えるバカは居ない
いたら逆に残しておきたくなるだろう
「お前も頭てきな事してんだな」
「鬼痔津もか?」
鬼痔津とは彼女の名前だ
正式な名前は
何とも難しい名前だ
ただの鬼なら鬼子母神になる事はない
彼女が特別な鬼である事が原因だ
それは…
「まぁ…酒飲もう」
「そうだな」
赤い盃に酒を入れる
星熊盃では無いので美味くはならない
戦いの後の酒は格別だ
酒の成分が体に行き渡り、疲れが解れていく
「はぁー…疲れたな…帰ろう」
「お疲れだな、お前さん」
「お前のせいだ」
斬鬼はそう言って、立ち上がると地上目指して歩き出すのだった