「美味かったな」
「かなり美味しかったですねぇ、なんででしょう」
「そんな味しなかったわ」
貪る様に食えば当たり前のことである
味はしっかり噛むことで生まれる
こいつの場合よく噛んでいないから味が無いのだ
なお、斬鬼と舞は凄まじい回数噛んで食べているらしい
あまり聞きたくない数字なので、明言はしない
…例えれば1回噛んでるように見えて10とか
まぁ、ヤバいと言う事だ
「焼き鳥のタレが美味い、ありゃやり手だな」
「秘伝だってさ、美味くない筈が無い」
秘伝が美味くなかったら俺は笑う
それは最早ただの詐欺だ
まぁ、そんな事をするとは思えないが
「あんたら味を感じたの…?」
どうやら文だけ味を感じたなかったらしい
こいつはどれだけ本能的に貪ったんだか…
「いや?私も感じなかったが」
「天月ィ…」
腹が減った奴が多すぎる
舞でさえ味をちゃんと感じているのに
ちなみに本人は娘をおんぶしていた
「やれやれ、帰るとしますかね」
「明日、寝坊すんなよお前達」
「天月もね」
文は己の自宅に飛んでいく
天月も同じように飛んで行った
青年は口笛を拭きながら森の中に入っていった
恐らく、帰っても暇だからなのだろうな
「暇人ねぇ、やる事は無いのかしら」
「新人の頃を思い出すな」
伝説の息子でも、最初からいい職には着けなかった
親は下っ端の哨戒任務に着かせたのだ
実力で上がってこいという挑発に俺は軽く乗ったものだ
真夏の暑さ、真冬の寒さ、蚊
これらを今でも思い出す事が出来る
己はとても恵まれているな、と斬鬼は思った
「ま、いいさ」
斬鬼はそう呟く
「早く帰りましょう?」
「眠たい…」
娘が目を擦りながら言う
舞も少し眠たそうだ
ここでグダグダしている場合ではないだろう
家族3人で、家に帰った
〇
「ただいまー」
「ただいま」
玄関の戸を開け、中に入る
くあっと娘が背伸びする
「もうお疲れか、ま、早く寝巻きに着替えろ」
「はーい…」
娘はそういうと部屋の奥に進む
時間を置けば、こちらに来るだろう
「よっこらしょ…」
斬鬼は席に座る
応接間で食事をとるのは何時からだったろうか
ふと、彼はそう思った
この山で生活して、当たり前になったのはいつだったか
己が親に認められたのは…
「着替えてきましたーってまだ着替えてないの?」
「いや、少し考え事をしていただけさ」
そういうと服を脱ぎ変える
肌触りの良い、寝巻きにすぐに着替えた
「何を?」
「面倒事だ、あーあ…」
斬鬼はどすりとソファーに横になった
自分の体重の分だけ、沈む
舞は冷蔵庫に近づいて中を開けた
その数秒後
「―――」
一瞬、"俺"は極寒の地獄に落とされたのかと思った
今の今まで感じた事の無いような冷たい殺気
極寒に落とされ、刀で胸を刺されたかのような感覚
…もしかして
「ねぇ、旦那さん」
氷の様に冷たい声が背後から聞こえた
思わず、沈んだ体を起き上がらせる
震えた声で俺は言う
「どうした?」
「ねぇ、知らない?」
肩に肘を置き、首を抱く様に舞はする
俺自身には首を絞めようとしているようにしか思えなかった
「私の、羊羹」
「知らないな、いつの間に買っていたんだ」
なるべく平常を装って言う
なんだろうか、物凄く命の危険を感じる
「本当に?」
「あぁ、知らないさ」
「そう…」
それと共に腕が離れ、殺気も消えた
斬鬼はため息をついて後ろを向く
「お前さんちょっと疑心暗鬼過ぎるぞ…」
「あら、ごめんなさいね」
そこにはいつもの笑顔の舞が居た
先程の鬼は居なかった、どこに消えたのだろうか
「ガッ!?」
「と思っていたのか阿呆ですねぇ貴方はふふふふふふふ」
がっと首を絞めあげられる
斬鬼より身長は低い、だが、持ち上げられている
というより目がやばい、ガンギマリしている
口は三日月の様に歪んで先程の殺気が復活している
「男というのは本当に詰めが甘いですねぇあはははは」
「待った絞まってる!首が絞まってる!」
ミチミチと酷い音を出している
意識が遠のきそうだ
「台所に羊羹の爪楊枝置きっぱなしにして…
私を煽っているのですか?ねぇ?」
「む、娘が食ったのかもしれないだろ!」
さらに力が強くなる
物凄い失言をしてしまったようだ
「あの娘は今寝ていますよぉ?娘に罪を被せるんですかぁ?」
「ま!ギブ!ギブ!止め!」
バタバタと足を振るが何の意味もない
舞は嗤う
「ねぇ?どうして?どうして私の羊羹を食べたの?」
確かめるように、斬鬼に聞く
「アナタ、分かってるでしょ?
私がお楽しみ盗られて怒るの」
「こ、ここまでとは―――」
「思わなかった?」
舞の問
「そ、そうだ」
斬鬼の答
「死ぬがよい」
結果、絞まる首
強かった力が更に強くなる
意識が遠のいていく
消える寸前に、斬鬼はソファーに落とされた
「腹が立ちます、もう知りません」
そういうと彼女は背を向けてどこかに行った
それを見届けて、斬鬼は意識を手放した