修行を積め
「今日は特に異常無しかな」
椛はそう呟き、帰路に着く
人の里に少し寄ることにした
日が少し傾きけれども、人は活発だった
天狗の庇護があるからかもしれない
「あら、椛さん?団子食べに来たの?」
「いえ、持ち帰りですよ」
「分かったわ、少し待っててね」
「はーい」
女の店員にそう言われ、長椅子に座る
横に一人、男が居た
背中に猟銃を背負っているので、猟師と認識した
「何か狩れましたか?」
「ああ、野ウサギが数匹」
その腰に、皮が2枚見受けられた
恐らくその横にある袋には肉が入っているのだろう
血、特有の鉄の匂いがする
「最近は大変でしょう?」
「いんや、そうでもないさ」
彼は笑うと団子を食べる
ここの団子は美味しいことで有名だ
まぁ、食べるのはもっぱら天狗かここの人だが
「野ウサギがまだ居る時期だ、まだ食い物には困らん」
「米やらは貯めてないのかしら?」
その男は頭をボリボリとかく
「いやね、売っても食い繋げないからさ
たまに売るしかないんだよ」
「はぁー…」
売ってもどうやら買えるのは団子くらいだ
パンやらの食材は買えなかったらしい
「ま、熊でもいりゃあ儲けもんだよ」
「干し肉にいいですからねぇ」
「余った奴はな、まぁ俺は大体それだが」
男はくあっと欠伸をした
そこに、頼んだ団子が届く
「どうぞー」
「どうもありがとうございます」
「それじゃ、またどこかでな」
「ええ、また」
そういうと、椛は空を飛んだ
ふわりと、当たり前のように
〇
「ただいまー」
「おかえりなさーい」
「…?」
返ってきたのは1つの返事だった
戸を閉めて、居間を確認する
「あら、どうしたの?」
舞がずぞぞっとお茶を啜っていた
もう1人の姿が見当たらない
「お父さんは?」
「さぁ?分からないわ
それはそうと部屋に行ったら?
貴方が紅白家の当主…仮だし」
あれから、少し紅白家の仕事を分けてもらう事になった
いずれ当主になる私に、少しでも慣れてもらう為らしい
…私、お父さんより強くなれるのかなぁ
「そんな顔してないで…あら、団子じゃない」
「あ、買ってきたんですよ、食べます?」
「六個ね…3個ずつかしら」
2人で団子を分ける
そして当たり前のように舞は四個取った
「その癖、嫌われますよ?」
「うふふ、どうかしらね」
「…ぃーだ」
椛は逃げるように当主の部屋に向かった
その扉の前でコンコンと扉を叩く
「…?」
反応が、無い
いつもなら「いいぞ」だのなんだの来るが…
もしかして、寝てる?
いや、それはないと思うが…
「お父さん?」
部屋に入る
そこに、父は居なかった
見渡しても、椅子に座っている訳でもない
父の机に近づく
書類が隅に置かれ、その机の上に紙が置かれてあった
それを取り、広げる
『修行を積め』
たった、それだけだった
妖術の火で炙ろうが、それ以外の字は無かった
…は?
いやいや、修行を積めって…
それだけ?それだけしかないの?
どこに行くとかそういうのは…
いや、父はそういうのはしない人だった…
「…はぁ」
自然とため息が出た
父がこうやって居なくなるのも慣れた
多分、今頃どっかで寝ているに違いない
ドタドタと床を鳴らして家から出ていって…
帰ってきたら血塗れ
何を聞こうと「仕事だ」の一点張りだった
そんな父を母はいつもの事だとあまり心配しなかった
彼女は彼が確実に生きて帰ると知っていたから
その、彼女は
「やれやれ、修行ですか」
そんな邪な考えを振り払い、椅子に座る
おお、結構柔らかいんだなコレ…
コップを取り、コーヒーを飲む
「うんブラック」
うわ、苦ッ
私としては苦いのは好きじゃない
ミルク入れよ
…
…
……
「無いッ!?」
嘘ォ!?あの人ミルク置いてないの!?
根っからのブラック派ですか!
客人が来るかもしれないからミルクの1つくらい…
「あ」
そこで、私は視線を下に落とした
そこに、ミルクはあった
「コレ使えばいいじゃない」
〇
「んんー、覚えてない味」
何時だろうか、いつなのか覚えていない
乳のみ子だった時はいつだったか
私が物心ついたのは…
あー、まぁいいか
「というか甘くないですねこれ」
どうやらコーヒーのミルクには砂糖が入っていなかったようだ
代わりに入っていたのはタンパク質である
それはさておき
さて、この紙、どうしてくれようか
「燃やすか」
ゴウ、と音を立てて紙が燃えた
塵も残さず、火の残焼を残して消えた
もはや紙があったとは思えない
火の消える音がした後、音は消えた
静か
静寂
「修行、か」
椛は呟いた
修行をするには、どうすればいい?
あ、簡単な話か、とても簡単な話だった────
「だからって私に喧嘩を売る事はないんじゃない?」
「いえ?修行ってこういうものでしょう」
「本当に価値観がズレてるわね
ま、斬鬼の娘なら仕方ないか…」
幽香はため息を着きながら傘をぶん回した