機憶顕出都市 新宿   作:タングラム

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12節 訣意

ドールハウスのある渋谷付近から代々木駅前まで、迎えに来たという自衛隊の車で数分ほど。

だがその数分ほどで、街の気配は物々しく変わっていた。

 

うっすらと覚えている大都会の町並みが妙に寂れていき、真昼間のはずなのにどこか薄暗ささえ感じさせる。

それは気のせいではなく…

 

「こうして改めてみれば、異世界そのものの場所ができてしまってるのにそれを忘れているのも怖いよな」

 

信号待ちの途中、陸斗はそう話す。

その手は、無意識に胸元のペンダントに触れていた。

 

「……、存在していたという証を、記憶を知らない間に消されている。それがピグマリオンの恐怖であり、私たちが止めなければならないものです」

 

 

彼の呟きに、後ろの席へ座っていたシオリが答える。

 

「まして、更なる異世界と融合しつつあるだなんて、本でもなかなかお目にかかれるものは無いですよ?」

「そういうもんか?というかシオリは本が好きなんだな」

 

何となしにというかのようにつぶやいた陸斗の言葉に、わずかに声を弾ませてシオリが返事を返す。

 

「はい。私、本はよく読むんです。他には占いやお茶も好きですね」

「シオリさんの験担ぎに巻き込まれて、私一度ひどい目にあいましたからね?今でもたまに夢に出ますから」

 

たまらずというかのようにナナミも話に割り込んできた。

 

「茶柱を見たいっていうのに付き合ったら、数えきれないくらいお茶を飲むハメになりましてね…」

「あら、良いじゃない。幸運のお守りよ?」

 

「そこまでが酷かったんですってば!!」

 

セリフそのものはわずかに剣呑だが、今にも取って掛かりそうな雰囲気は感じられなかった。

 

 

「これ、彼女たち二人の持ちネタのようなものなんだよ」

 

そう耳打ちしたのは颯だった。

 

 

話を終える間に、車は進む。

何度か呼吸を整えると、彼は再度口を開いた。

 

「藤丸君は、さ」

「ん?」

 

話を切り出したはいいものの、多少悩んだようなそぶりを見せ──彼は話の続きを口にする。

 

「元の世界に帰りたい、って思ってる?」

「…当たり前だろ」

 

 

そう答え、陸斗が続きを話し出す。

 

「確かに俺がいた世界よりはずっと平穏で平和そうに見えるけどさ、ここは俺がいるべき場所じゃないって事は分かる、分かっちまったのさ」

「──」

 

別の車列の車が動いていく姿に目を向け、もう一度車内の方へ視線を戻すと話を続ける。

 

「俺の知り合いにさ、異世界から異世界へ漂流し続ける女剣豪がいる」

「その人って?」

「名前を…宮本武蔵」

 

 

その名前に、颯の表情がこわばる。

彼自身もまた、その名前を知っていたからだ。

 

「彼女にはもう故郷と呼べる世界はない。流れ流れてどこかへ消える、そんな宿命を持ってしまってるんだ。それに比べたら、今の俺は帰るべき世界を知っているからまだいい。

 それに、この世界の戦いはこの世界の住人だったお前らの《宿命(fate)》だろ?」

 

「宿命か、そんなこと思いもしてなかったよ。

 サクラを助けたくて、それから先はマネージャーとしての活動に必死だったからね」

 

 

その間に、車は信号を待つために停まる。

颯の言葉が終わるのを見計らい、陸斗は再び言葉を開く。

 

 

「俺もお前もドールズも、思えば"何かを奪われている"って繋がりがある」

「……陸斗君は元の歴史を、ドールズとこの世界は記憶と存在を、だね」

 

「そういうことだ。今のうちに伝えとく言葉を思い出したからキザっぽく言うけどさ」

 

 

そう言い、陸斗は左腕を─令呪の刻まれた拳を颯の方へ突き出す。

 

 

「取り戻そうぜ、俺たちの奪われた全てを」

「─勿論」

 

 

その拳に、颯の拳が確かに合わさった。

ドールズの他のメンバーとたわいない話をする間に、旧新宿区付近の封鎖区域が近づく。

 

それにつれ一同の口調は少なくなり……彼らは三度、魔都の地を踏んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*     *     *     *

 

 

 

【周囲に皆さん以外の反応なし…これが別世界の新宿、なんですね】

 

 

どこか緊張感を隠しつつ、NDトランシーバー越しのマシュが話す。

その画面が映すのは、崩壊した街並みと青く発光する霧のみだった。

 

遠くに映る尾を引く光はピグマリオンの先触れである光る蝶、プシュケーのものだろう。

なによりヒトから忘れられた街に、人工的な光は期待できない。

 

「そのー・・マシュさん?」

【はいっ、何でしょうか?】

 

サクラの呼び声に反応し、NDトランシーバーが空中を滑る。

 

「ええっと…"そちら側"の新宿ってどういう感じだったんでしょうか?話を聞いていて気になってきて」

【………】

 

その問いに彼女はいくらか戸惑っていたが、意を決して頷くと話し出した。

 

【先輩がかつてレイシフト…転移した新宿は、ありとあらゆる悪意が集まった特異点でした。

 善人は誰一人いなく、住人は歪みはてた悪人ばかりの異世界。

 そんな街にも、先輩を助けてくれたサーヴァントの皆さんがいたんです】

 

「特異点…?」

 

要領を得ないという態度そのままに、サクラが小首をかしげる。

その疑問には陸斗が答えた。

 

「特異点ってのは、聖杯を手にした存在が作り上げてしまった異世界だ。

 新宿特異点は本来あるはずがない異世界だったんだが、何故か観測されてしまった。

 それを解決するために俺が飛び込んでいったわけさ──」

 

そこまで話し、陸斗は一度口を閉じて魔都の天と地を往復するかのように眺める。

その先には異形の姿と化した東京都庁──アタラクシアの影がうっすらと見えていた。

 

「─まあ?転移して即座にスカイダイビングする羽目になったけどな」

「スカイダイビング?!なになに面白そう!藤丸くん続きはないっ?」

 

 

話を聞いていたヒヨが小刻みに飛び跳ね、話をせがむ。

だが、一方の陸斗はさほど気乗りのしない表情だった。

 

「そんな楽しいもんじゃなかったぞ?正直死ぬかと思ったからな…紐とか安全器具とか全部なしで空中に投げ出された、って想像してみろ」

 

その声に、一呼吸ごとにヒヨの表情が青ざめていく。

 

「さ、流石にヒヨもそれはごめんだなぁ~」

「………だろ?」

 

 

 

 

その間にも、一行の足は止まらない。

やがて歩き続けると、唐突に開いた大穴が一行の目に飛び込んでくる。

 

【なんでしょう、あの大穴…"こちら側"の新宿御苑と同座標?】

 

モニターを操り大穴に近づこうとするマシュを、銀髪の少女──ユキが掴み、それを阻止する。

 

【えっ?!何をするんですか!】

「マシュ、さん。あの大穴に近づいてはいけません」

 

画面越しに射抜いてくるかのようなペリドットグリーンの眼に、彼女自身もただならぬものを感じ端末をユキの近くへ浮遊させる。

 

「あれは新宿奈落、私たちがかかわる事件の始まりと言っていい場所の一つです」

 

【奈落──ユキさん達はあの中へ入ったことはあるのですか?】

「はい。その時の私達では力及ばず途中の探索まででしたが、それでもまだ奥へ続いているようでした」

 

ユキの話は続く。

 

「かつて私たちが戦ってきたピグマリオン、その記憶が門番をしています。

 一定期間でそれらは活性化し、私たちの設置した機器と戦っていました」

 

その話に、マシュが何かを飲み込み問いかける。

 

【───そのピグマリオンが止められなかったら?】

 

「活性化したピグマリオンに押し戻され、調査はやり直しです」

 

【やり直し、だけで済むものなんですね…お話、ありがとうございます】

「参考になれば何よりです」

 

画面越しにそれぞれ一礼を返し、マシュが話のまとめを口にする。

 

 

【奈落……地下は死者の国へ続くという神話や伝承はいくつもあります。

メソポタミアの冥界もウルクの街の地下でしたね】

 

「果てしない地下と死者の国は結び付きやすいのかな?」

「だろうな、よくある埋葬の仕方は土に埋めるもんだからな──棺を使う、他いろいろあれど」

 

何となくと言ったような颯の声に陸斗が同意の意見を返す。

新宿奈落の大穴は、彼らの存在を意に介さないように沈黙を続けていた。

 

 

 

やがて一行は旧新宿駅の正面を通る国道20号線と呼ばれていた巨大な交差点に差し掛かる。

 

『(世界ガ違エド、我ノカツテノ狩リ場カ)』

『(気をとられるなよ、相棒。本番はここからだ)』

『(承知シテイル)』

 

どこか呼吸が荒ぶっているヘシアンたちを、ユキはじっと見ていた。

そこへ通信が入り、颯の身に着けていた端末から声が流れる。

 

《DOLLSの作戦開始ポイントの到着を確認、これより最終ブリーフィングを行いたいのですが大丈夫ですか?》

 

「僕は問題なく」

「俺の方もOKだ」

 

二者二様の返事を確認すると、カナは話を進めだした。

 

《オペレーション・アスガルドは旧新宿駅…ターミナルへの突入は最大戦力の状態です。

ですがそれ以降は戦力を分散せざるを得ない状況下になります》

 

【こちらも確認しました、ドールズの皆さんや先輩の生体反応以外を敵と認識させます。

…ターミナル、とは?】

 

カナとマシュがそれぞれモニター越しに声を交わす。

だが、不意に増えた単語にマシュは目をまばたかせた。

 

《情報の更新があって、この旧新宿駅…複数の世界が融合しつつある状態について、改めて名前が付けられたところなんです》

【ありとあらゆる路線へ接続するための始発駅、ですね。わかりやすいです】

 

マシュが頷いたことを確認し、カナが話を進める。

 

《話を続けます。

 …その為、オペレーション・ミズガルズを担当するDOLLSチームB、およびチームCは周囲探索、または状況の記録に努めてください。戦闘は可能な限り避けるようにお願いします》

 

「承知したわ」

「了解よ」

 

二者二様に、レイナとアヤ…チームBとCのリーダーを務める彼女たちが答える。

 

《オペレーション・ビフロストを担当するDOLLSチームAとカルデアの皆さんは、ピグマリオン及びナハツェーラーの排除を優先してお願いします》

 

「ナハツェーラー、それがあのピグマリオンもどきの名前──」

 

ドレスの袖を摘まみ、わずか数日前の映像を思い出したサクラが身震いする。

だが、その彼女の肩に手を置く人物がいた。

 

「大丈夫さ、サクラ。シミュレーターの記録もあるし、もう見知った敵に僕たちが後れを取るはずがない…そうだろ?」

「マスター……そうですね、ありがとうございます!」

 

会話が落ち着いたところをみはからい、カナが話の続きを始める。

 

《両オペレーション共に、最終合流地点は旧新宿バス発着場の最上階になります》

 

「高速バス発着場か…因果なもんだ」

「藤丸くん?何か思う所でもありますか?」

 

 

どことなくと呟いた陸斗の言葉を聞きつけ、シオリが問いかける。

 

「世界が違ったとしても、俺が東京への行き来によく使ってた交通手段が高速バスだからさ」

「これはこれで"思い入れのある場所"といえるのかしら?」

 

「─そうなるんだろうな」

 

答えた彼の脳裏をかすめる、銀髪灼眼の麗人の声。

 

「『記憶を思い出したら向かってみるといい』とは言われたが、本当に向かうことになるとは」

 

 

 

 

最終確認を終えた一行は、旧新宿駅へ向け歩き出す。

それと同時に、二つのモニターで同時に別反応が現れる──!!

 

《皆さん、即時戦闘態勢を!》

 

カナの声に、一同が警戒のスイッチを切り替える。

わずかに遅れ、燐光の残る霧の中から現れたのは白く変色した大歯の異形、イーターを始めとしたピグマリオンの群れ。

 

だが、この魔都ではあり得るはずのない物にドールズ一行の足が止まる。

 

「何、あの被り物…?」

 

 

太鼓のような鉄槌を持つ手を僅かに震わせ、ヒヨが恐れをまとった呟きを漏らす。

それは、にわかに使い込まれた様なボディアーマーにホースを伸ばしたオレンジのガスマスクを被り──何より、その手には小銃が握られていた。

 

よろけるような足取りではあったが、その影は時間を追うごとに増えていく。

姿を認識した瞬間、陸斗が叫んだ。

 

「新宿繋がりだとは思ったが─ドールズの皆、あの人影は俺たちで引き受ける!!」

「ちょ、いきなり何言ってるんすか藤丸氏?!アタシ達があんなのに後れを取るとでも?!」

 

機械製の鉄剣を構えたヤマダが、いくらかの怒りをにじませ陸斗を睨む。

だがその彼も即座に言い返した。

 

「あいつ等は雀蜂、新宿特異点にはびこっていた戦争屋くずれだ!!」

 

 

彼の言葉が終わると同時に数を増やしていた雀蜂たちが一斉に発砲し、ピグマリオンもばらばらに一同へと躍りかかる。

颯はサクラが抱え、陸斗はロボに咥えられて一斉射撃から退避した。

 

その間にも、雀蜂の群れに目にもつかせない足さばきで滑り込んだ燕青が吹きすさぶ風となって暴れまわる。

 

 

「遅え、まるで遅ェな!!」

 

縦横無尽に拳と足が暴れまわり、雀蜂たちを四方八方へ蹴散らす。

だがその彼らは虚ろさを感じさせる足取りで立ち上がると、それぞれに銃を構える。

 

サーヴァントといえど、純粋な手数の多さを覆すには手数が足りない。

 

そのうえ、ピグマリオンの群れの乱入によって混戦模様と化している。

自身に噛みつかんとするイーターを身をひるがえしてかわし、入れ替わるように蔦の模様が装飾された剣を振るうシオリの姿を見つつも、颯が叫ぶ。

 

「っ、チームBの皆は燕青を援護!」

「おい、作戦は?!」

 

「今はそんなことにこだわっている場合じゃないでしょ?!」

 

 

言い合うマスター二人の声を置き去りに、ドールズのチームBがそれぞれの得物を構え、即座に攻撃に移る。

正に横っ腹を叩かれた格好になった雀蜂たちは今度こそ消滅した。

 

 

先手を打たれた格好ではあったが、一度体勢を立て直しさえすれば後はどうとでもなる。

終わってみればそういった状況であったが、陸斗の表情は硬い。

 

 

「新宿と言えば、って記憶そのものに襲われたような、そんな感じだ」

 

開口一番、彼はそう言う。

その声に、ヒヨもわずかに身震いし答える。

 

「そーだね…銃を向けられたとき、怖かったもん。ピグマリオンとはまた違う不気味さかなぁ」

「記憶が現れる都市、ですか。センスあるんじゃないですか?」

 

 

ほとんど崩壊した改札をくぐり、一行はこれまでの手はず通り三手に分かれる。

 

 

「本命はチームAやカルデアに譲るっすよ、今の最高戦力はそっちっすからね」

「今日は聞き分けがいいじゃない?」

 

僅かにいじるかのようなアヤの口調に、ヤマダが脱力感と共に答える。

 

 

「流石にこんな状況で普段通りの態度なんかとれるわけねーっすよ」

 

そう言葉を交わすと、二人は旧新宿駅の西側へ…担当区域の方へ足を向ける。

最後に残ったのはユキだった。

 

その彼女はペリドットグリーンの瞳を瞬きもせず、陸斗へと向ける。

 

「陸斗さん」

「?、なんだ?」

 

「何があっても、惑わずあなたが後悔しない選択を選んでください」

「後悔…って」

 

納得のいかない表情の彼を見て、彼女もわずかに鉄面皮を崩す。

 

「ごめんなさい、こうとしか伝えられなくて…では、また」

 

 

その言葉は、やけに彼の脳裏に残った。

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