藤丸陸斗(21歳)
人理保障機関カルデアの最後のマスターにして唯一のマスター。
カルデアに来る前は本とゲームが好きな、どちらかというと内向派な性質だった。
人理をめぐる長い戦いの中で非常に我慢強くなり、一見無感情のように見える。
だが人並みに泣き笑いできるだけの感情の動きはまだ残っている。
別世界に迷い込みやすい体質に徐々に目覚めつつあり、カルデアという楔から解き放たれている状態は魔術視点から見てもかなり危険な状態にあることを彼は自覚していない。
また、この体質と全力をもって別世界から帰還してきた経験があるため、見識は非常に広い。
「──っ!」
がばりという擬音が似合うような勢いで彼は飛び起きる。
纏っている礼装はそのまま、天井には電灯。
・・・そして、興味深そうにこちらを覗きこんでいる麦色の髪とヒヨコのような髪留めに、どこか小動物の気配をまとっている少女と目が合った。
『・ ・ ・ ・』
見つめて数秒。
彼の手を取った桃色髪の少女とはまた違う趣向の可愛らしさに見とれていたわけではない、ないはずだった。
そして次の瞬間。
「目が覚めたー!!みんな、要救助者の人が目を覚ましたよぉー!!!」
そう叫びつつ、少女は一直線に部屋を飛び出していった。
「あいつ?あの子?何者だ……」
その勢いに押されたままの彼だったが、さらに複数の足音が聞こえたことで意識をはっきりと取り戻す。
少しして十人ほどの人物が次々と部屋に入ってきた。
その人物たちの中で唯一の男性…いや、少年が一歩前へ踏み出て口を開く。
赤と緑の格子チェックの上着にシンプルなインナー、ジーンズといった現代そのものの出で立ちだ。
「君、名前は言える?これまでの事は思い出せるかい?」
「あ、ああ─」
少しためらったものの、陸斗は意を決して口を開いた。
「俺は陸斗、藤丸陸斗という。確か瓦礫まみれの異世界でピンク色の髪の少女に助けられて…後、大切なことを覚えていたはず……っ…」
走る鈍痛、そして違和感。
自分自身の立っているべき軸が丸ごと消えたかのような感覚。
それを見て取り、少年の後ろにまで来ていた緑髪の淑やかな女性が顎に手を当てつぶやく。
「あの新宿にいた影響でしょうね・・これは明確な記憶障害ね」
「けれど、まだ良いほうかもしれないわね」
後ろのやり取りを一瞥してから振り返り、少年もまた自己紹介を返す。
「僕はハヤテ、三隈 颯。国土調査院特務部隊DOLLSのマスターだよ」
「ドール…人形??」
首をかしげる陸斗の前に、さらに別の人物が姿を見せる。
漆黒のスーツを一部の隙も無く着こなす、意志の強さを感じさせる眼の女性だ。
「君が要救助者だな?私は班目セツナ、国土調査院を取り仕切る者だ。あの新宿でよく生きてくれていた、しばらくは保護観察という形になるが構わないな?」
拒否という選択肢は、陸斗の中に存在するはずもなかった。
* * * *
同時刻、異界と化した新宿では。
『ヘシアンの旦那、陸斗の・・マスターの気配はどうだい』
『かすかに、ほんの微かにだけれど残っているね。令呪がまだ残っていて幸いだった』
取り残される形となってしまった二騎のサーヴァントが額を突き合わせ、次の行動を決めようとしていた。
正確には決めあぐねる、という状態ではあったが。
『しかしやっこさんの無茶はいつもの事だが、そいつに救われるとはねぇ
──従者失格だよ、クソッタレ』
『悪態をついても仕方ないさ。それに』
そこまで、声…首無し騎士の姿をとるヘシアンが話したところで、瓦礫を踏み割る足音。
『戻ッタゾ』
『よぉ相棒、成果はどうよ』
たどたどしい声が二人の会話へ割って入る。
だが、彼らは気分を害した様子すらない。
『ウム。異界トナッテイルノハコノ新宿トイウ街並ミダケノヨウダ』
『新宿だけ、ねぇ』
巨狼の影─かつて狼王ロボと呼ばれた獣の話を聞き、霊体化したままの燕青は深く息を吐き、腕を組む。
「あの特異点の本人」ではない。
だが、英霊の座に刻まれた記憶は彼自身にも確かに引き継がれていた。
『俺らは、特異点の方の新宿で奴さんとぶつかり合ったって記録は残されてる。俺もヘシアンも、そしてロボの旦那もあの特異点で生まれたサーヴァントだ』
『つまりは土地の縁という事だね。ファントムや黒いエミヤ君、それにジェームズ氏は…』
『そいつはマスターとの繋がりの差としか言えねえんじゃねーか、モリアーティの旦那とは正式な契約してねーんだしさ』
《……》
燕青の言葉に一同は押し黙る。
これまでまとめた話を咀嚼し、飲み込むかのように。
少しして言葉を発したのはロボだった。
『シテ、燕青。次ハドウスル』
『まぁこんな辛気臭い所にいても何も始まんねぇ。宝具を切らないようにして動くしかねーかな』
その目線の先には、崩壊しかけの国道が伸びていた…
― ― ― ―
陸斗がドールハウスと呼ばれる施設に救助されて三日が経過した。
記憶の欠落感だけはまだ治らないものの、それ以外は問題なしと診断された彼はドールハウス地下の一室を貸し与えられることになる。
そんなある日の事…
「アイドル事務所、なぁ。関わることはないと思ってたけどな」
「僕だってそうだよ。あの日DOLLSのライブに行かなかったらここにいるはずがないんだから…っとここだね」
居ても立っても居られない、と陸斗は何かしかの手伝いを申し出る。
その申し出は女性陣の多いドールハウスには非常にありがたい申し出であったため、颯とともに力仕事の類を頼まれるという状況だった。
彼が空けた扉の先には、鈍い色のコンテナがいくらか並んでいる。
今回の作業は次のイベントに使う資材搬入の下準備だ。
「よし、始めようか!」
・・・小一時間後。
作業を終え、マネージャー業務に戻った颯と別れた陸斗は所在なさげに敷地内を歩いていく。
暑くもなく寒くもない、過ごしやすい日差しが降り注ぐ中庭。
ふと目を向けると、並んだベンチの一つに銀髪にゴシック様式の白いシャツと黒いスカートの少女が気持ちよさそうに寝息を立てている。
「確か・・ユキ、って呼ばれていたな」
起こさないように足音を忍ばせつつ、陸斗は隣のベンチへ腰かける。
そしてつい先日半ば詰め込むように覚えた知識を脳裏で繰り返していた。
「(ヒトの、いや生物の存在と感情を喰らう異形、ピグマリオン。それに対する研究は当初霊障と呼ばれていて、西暦2014年に正式な名がつけられた)」
「(当時の人類…東京はこれに対する具体的な対策はなく、“ギア”というアーティファクトの研究の果て、異形への対抗策を得た)」
「(けど、それは非道な人体実験か)」
そこまで思考を巡らせたところで、鈍痛が彼の脳裏を走る。
そして朧気によみがえるのは、一面の炎の中で眼鏡の少女の手を握った記憶──
「がっ……なんでこんな時に痛むんだ…」
「大丈夫…ですか?」
苦悶する彼に、静かな声がかけられる。
そちらへ振り向くと…陽光にきらめく銀髪にペリドッドグリーンの瞳。
鈍痛に悩まされてさえいなければ、その純真な瞳に心を射抜かれたかもしれないと思わせるあどけなさ。
特務部隊DOLLSにしてアイドルの一人、ユキだった。
「く…ごめん、起きていたのか」
「はい。気配には、敏感なんです」
陸斗が隣を勧め、ユキがそれに応えて座る。
「リクトさん、お話、しませんか?」
小首をかしげる彼女はあくまで純粋だった。