とある日の事。
陸斗はすっかり馴染んだ中庭のベンチに座り、一人思いにふけっていた。
思い出そうとしても思い出せない記憶、違和感。
その正体は今もなおつかめない。
そこへ幼げな声がかかる。
「ふーじまる、くーん!!」
「うお?!」
否、声がかけられたと思ったら彼の首根っこをつかむ細い両腕。
無論それはすぐに解かれ、彼は背もたれに沿って首をそらす。
マラカイトグリーンの目、ヒヨコのような形の髪飾りと麦色の髪がわずかに揺れる。
「ヒヨ、だっけか。危ないから本当にやめてくれ・・・」
「あははー…ごめんごめん」
そうやり取りする間に、彼女─ヒヨは陸斗の正面のほうへ歩いてくる。
「颯から聞いてたけど、確かダンスレッスンじゃなかったのか?」
「へへー、もう終わっちゃった!」
「こーら、危ないでしょ?」
更にその後ろからかけられる声。
目を向けると、その先には柔らかめな質感の金髪に赤い目の女性が立っていた。
その顔立ちと纏う気配に、しばし陸斗は我を忘れていた。
それを見て取ったのか、金髪の少女が口を開く。
「藤丸くん、ここの生活は慣れたかしら?」
「えと…レイナさん、だっけ?毎日の業務についていくのでやっとって感じで」
彼の言葉にレイナはしっかりと頷く。
「レイナでいいわよ、飛び入りのスタッフだけど良くやっているじゃない」
そこで一度言葉を切り、レイナは次の話題を口に出す。
「記憶の方はどうかしら?」
「それが全くもって思い出せてないんだ、辛うじて名前だけってのも変わらない。
むしろあの街は何だったんだ、って思いだけが残ってる」
「そうね…順を追って話しましょうか。長い話になるからティーセットを用意しましょう」
それから少しして、用意の整ったティーセットを前に陸斗は改めてこれまでの状況を整理することにした。
「結論から言えば、あの街は新宿区。首都東京を形作っていた場所の一つよ」
「新宿─」
おうむ返しに答える陸斗の脳裏にわずかにノイズのような感覚が走る。
だがその様子は悟られることなく、話は続く。
「ピグマリオンによる新宿陥落以降、その記憶は民間人の記憶から抜け落ちているわ。
マスター…ハヤテ君もここに来た当初は新宿の事を全く知らなかったのよ?」
そこまで話し終えると、レイナは紅茶を口へ含む。
それを見て取り、今度は紫髪にメガネの少女…ナナミが話を引き継ぐ。
「そしてその新宿の中でも危険度がとびぬけて高い箇所が二つあります。
一つは天を衝く異形の塔、アタラクシア。何度か調査に入ったことはありますが、非常に生々しい床と謎の扉が印象的ですね」
一度息をつき、彼女は話を続けた。
「もう一つは地下を貫く大穴、新宿奈落。地上とは別のルールに支配された更なる異空間です
──説明しててなんですが、藤丸さんよく無事でしたね?」
「そーそー!まるでヒヨ達が戦ってきたピグマリオンにリベンジを申し込まれたようなところ!」
横やりを入れてきたヒヨを視線だけで一瞥するナナミ。
だが彼女は意にも介さず次の菓子へと手を伸ばしている。
「食べ過ぎないでくださいよ?
それはそれとして、藤丸さんがこの新宿に放り込まれた理由も手掛かりも全く見当がつきませんね」
「肝心なところがすっぽ抜けてるんだよな、歯がゆくて仕方ない」
新しい手掛かりがない以上、八方ふさがりと言わざるを得ない。
その話題を変えるため、陸斗は脳裏に浮かんだ疑問をぶつけてみる事にした。
「そういえば、颯のやつはどうしてマスターと呼ばれているんだ?」
それに答えたのはナナミだった。
その表情は普段のどこか冷めたような視線から、真剣さを帯びた眼だ。
硬さを増したアメジストの瞳が陸斗を見据える。
「本当は機密の極みです。
こちらもテアトルを展開しますが、くれぐれもオフレコでお願いしますよ」
その声に彼が静かにうなずく。
それを見て取り、「何か」を展開して彼女は話し出した。
「サクラさん…九番目のドールが覚醒した時、彼の力の影響なのかすぐに感情を取り戻しているんです」
まず一言話し終え、彼女は眼を赤く光らせたまま何かを取り出す。
それは白金色に輝きを放つカギだった。
「私たちドールは、ごく端的に言えば「一度死を迎えた」存在です。
それがオーパーツ…"この時代ではあり得ない遺物"のギアと適合し、生まれ変わった存在」
「そうね。ドールとして蘇ってからは、感情も人間らしさもまるでなかったわ」
レイナの補足する言葉に陸斗が驚きの表情を見せた。
「そうなのか…?!今の三人からしたら全く想像がつかないんだが…」
「これでも長い期間をかけてたどり着いたんです、さながらパズルのように」
彼の感想にそう返し、ナナミは話を続ける。
「けど、マスター・ハヤテはサクラさんの感情も人間らしさも即座に修復してみせた。
それが、彼がここに迎え入れられた最大の理由です」
そう話し終えると、彼女はそれまで展開していた「何か」を解除する。
それと同時に赤光の眼は紫水晶の目に戻っていた。
「……とんでもない事を聞いてしまったな…手掛かりの事が消し飛びかけた」
わずかに沈んだ空気を、再度レイナが打ち消す。
「このまま閉じこもっていても美しい習慣じゃないわね。
藤丸くん、私からマスターに話してみるから、買い出しも兼ねて外を歩いてみるのはどうかしら?」
「え…けど俺持ち合わせなんかないぞ?」
「大丈夫よ、アテはあるわ」
その話を最後に、茶会は解散となった。