特務部隊としてのDOLLSのミーティングにて…
「何、貴様も巡回に加わりたい?」
愁眉を吊り上げ、セツナが陸斗の意見の真意を問いただす。
「お前の立場を忘れたのか?要救助者上がりでドールハウスの臨時職員のお前が?」
一気に場の空気が刃をまき散らしたかのような鋭さに覆われる。
それでもなお、彼はひるまなかった。
「どうしても確かめたい事ができたんです、あとの埋め合わせは必ず…」
不安そうにその様子を見ているのはDOLLSのチームA…桃色の髪とアンテナの様に跳ねた髪の少女サクラ、紺色ポニーテールの髪に鋭い眼光のミサキ、草原のような緑髪に母性を感じさせる体つきのシオリ─の3人。
昨晩ヤマダが渡してきた地図の位置は、まさにそのチームAが巡回する地域だったのだ。
「意思は変わらないんだな?お前のその眼に免じて特例中の特例で許す」
「!、ありがとうございます!」
「─ただし」
あくまで冷徹にセツナは付け加える。
「マスター・ハヤテも同行させろ。今のままではお前はただの荷物に過ぎないのだからな。チームAの巡回開始は0830からだ、1分でも遅れたら置いていくからそのつもりでいろ」
それから1時間ほど後。
DOLLS前線司令官でありマスターの颯に陸斗、それにチームAの3人を加えた一行は担当する巡回箇所…目黒区の路地をナビゲーターのカナと名乗る女性の案内に従い巡回していく。
『チームA、ピグマリオン反応を確認しました!』
その彼女の声にいち早く反応し、シオリが鍵を取り出す。
「お二人とも、お願いします──テアトル、開演します─!」
そのセリフと共に彼女は取り出した鍵を胸に刺す。
瞬間、「世界が変わった」。
幾何学模様の結界が即座に形成され、光が溢れる。
それに応えるかのように巨大な歯しか持たないというかのような姿の異形が炙り出された。
炙り出された、のだが。
その奥に控えるものの姿を見た瞬間、ミサキが驚愕交じりの声を上げる。
ファンタジーの代名詞、炎と破壊をまき散らすモノ……ドラゴンの姿そのものだったのだから。
「こんなところでタイプ・ドラゴン?!サクラ、気を引き締めて!」
「は、はい!!」
二人がピグマリオン・タイプドラゴンに打ちかかろうとした瞬間、それは不協和音そのものの悲鳴を上げ、まるで制御が利かないように暴れだした。
遥かに巨大な腕の一振りだけで、テアトルがなければ路地が崩壊するほどの一撃。
それが乱雑に振るわれ、少女たちを寄せ付けない。
「くっ…?!」
「え、ちょ…きゃぁ?!」
「サクラ、ミサキ?!いったい何が起きてるんだよ…?!」
慌てふためくDOLLSの一行とは別に、陸斗の眼は別のものを捉えていた。
それは…いや、それらはおぼろげな大小二つの影。
それらがドラゴンの爪をいなし、あるいは腕を何かで弾き、あるいは少女たちへの一撃をいなしている。
気づけば、左手の甲が燃えるように赤く熱く、眩しく輝いていた。
何かに導かれるようにそれを眼前へかざす。
──筆で描かれるかのように、『盾』を模した真紅の紋章が現れる。
それを認識した瞬間、彼の口から脳裏に刻まれた言葉が飛び出した。
「アサシン…アヴェンジャー……俺の、サーヴァント………!」
「藤丸君、何を言って…?」
誰かの言葉はもう耳に入らない。
そのセリフを認識した瞬間に、彼の意識の中で粉々だった記憶が繋がったのだから。
紋章が、■呪がはっきりとした輪郭を描いた瞬間、おぼろげな輪郭たちもまたそれに応えるかのように姿を現す。
一人は龍と牡丹の刺青に拳法着の下穿きをした精悍な男。
もうひとつは青く燃えるかのような毛皮の巨狼と、それに跨る曲刀を両手に携えたコートの騎士。
「え、えー?!あなたたちどちら様?!」
「話は後!貴方達、手を貸してもらうわよ!」
グル、と獣が唸り、ドラゴンの方へと向き直った。
同様に、それは状況を観測していたカナの側にも伝わる。
『霊的反応が急出現?!──マスター・ハヤテ、詳しい状況報告をお願いします!』
「は、はい!藤丸君が奇妙な言葉を口走ったと思ったら、巨大な獣に乗った首なしの男と謎の男が──」
報告を続けようとする颯の肩を叩く手が一つ。
振り向くと、極北の氷河の様に固く青く澄んだ両目と視線が合った。
「…藤丸君?」
「ハヤテ、安心してくれ。あの‘二人’は味方だ。全て思い出した……!!」
それまでのどこか虚ろ気さを感じさせた眼とは違う。
それに気おされつつ、颯は小さく、だがしっかりと頷く。
『カナさん、タイプ・ドラゴン以外の二つの霊的反応は味方になると藤丸君から話がありました。臨時でも、彼らに友軍のマーカーをお願いします!』
『り、了解しました!』
そのやり取りの間にも、陸斗の胸元で涙滴型の宝玉がわずかな光を放っていた…
* * * *
一方のサクラ達は…
「(マスター、指示が来なくなったけれど大丈夫でしょうか?)」
不意に途切れた指示に不安を覚えつつも、目が馴染み覚えてきたドラゴンの一撃を飛びずさって回避する。
そこへ刺青の男が声をかけてきた。
「へえ、お嬢ちゃん華奢そうな割にやるじゃねぇの。これまでの動きを見させてもらってたが、ずいぶんと場慣れしてやがる」
「そ、そうでしょうか?・・っと!」
会話を中断させるかのように竜の腕が二人を押しつぶさんと振り下ろされる。
それぞれ別方向に飛びのき、男がまた口を開いた。
「とはいえ、俺らじゃこんな様に足止めが精いっぱいだ。隙は作ってやるから仕掛けてみな!」
サクラの返事を待たず、男─陸斗がアサシンと呼んだ人物は振り下ろされた竜の腕を駆け上がる!!
いや、それすらも一瞬だった。
「そらよ、っとォ!!」
まるで影を踏ませないかのように空を舞った男が、竜の横っ面に掌底を叩きこむ。
その頭が脳震盪を起こしたかのように小刻みに揺れる。
「!、好機は逃がさないわ!!」
強い意志を感じさせる声が上空から響く。
見れば、紅眼をぎらつかせたミサキが得物を──蒼い結晶を粗く削りだした巨槌を振りかぶっていた。
「これで、沈めぇ!!」
その軌道に迷いはない。
空気すら震わせるかのような衝撃音を置き去りに、タイプ・ドラゴンの頭部が沈む。
沈んだ、のだが。
「え………ピグマリオン、消滅しません!お二人とも、気を付けて!!」
「──え?」
シオリの警戒する声にサクラが怪訝な反応をした瞬間、さらに別の変化が起きた。
うずくまったはずのドラゴンが、形容しがたい光に包まれ姿を変えていく。
やがてその光はその体全てを覆い、形すら作り替えていった。
呆然とした一行を引き戻したのは、カナの声。
『チームA、聞こえますか!』
『っ、はい!』
『テアトル内部に無数の小型ピグマリオン反応の兆候を検知!チームBおよびチームCがそちらに到着するまで耐えられますか?!』
その声を聴く間にも、光は更なる形を形作り、それに応えるように虚空からにじみ出る無数の異形。
『…く、カナさん、到着時間はわかりませんか?!』
『算出します─出ました、現時点から約8分!』
そのやり取りは、陸斗にはどこか遠く聞こえていた。
変化し変質する姿から目を離せない為に。
姿を変えた異形は、ドラゴンとは明らかに違う姿。
薄緑色の滑らかな鱗に覆われたヒトの胴を超える太さの胴体に、ワイバーンを思い出す二対四翼の覆膜翼。
深緑色の二つ並んだ複眼のそれぞれ…四つ眼がうごめき、彼らを睨みつける。
そして、「ソレ」が吼えた。
顕現し終わったピグマリオンたちが一斉にこちらを向く。
口しか持たない姿の異形、イーター。
巨大な手とその手のひらに眼を持つ異形、スラッパー。
硬質な六角形の形をした板の集合体、セルブロッカー。
「……楽しくなりそうだな、オイ?」
どこか呆れを含んだアサシンの声に応えるかのように、ピグマリオンの怒涛が彼ら一同に襲い掛かった。
* * * *
「折角巡回さぼれるかと思ったのにー・・」
「もぉ、またアンタ性懲りもなく!」
金髪の肩までかかるツインテールにアパタイトブルーの目をいからせる少女─アヤがヤマダの悪態に小言を返す。
だがヤマダにとってはいつもの事、聞いていないかのように受け流していた。
最後尾を走る銀髪の少女ユキも、その会話に入り込む。
「けれど何でしょう、この感覚…いつものだけでは済まされないような……」
そう話しつつも、彼女たちの足は止まらない。
チャンネルを切り替えていたカナの案内に従い、裏路地を疾走する。
やがて─不自然なまでに人も、いや動物でさえも追い払われた空間が彼女たちの目に飛び込んでくる。
『チームC、チームA以下二名はこの先です!』
「了解よ!!」
カナの案内に、返答を返すのと同時にアヤが銀の鍵を顕現させて手に取る。
「テアトル展開!ユキとヤマダはそのまま戦闘行動に入りつつチームAへの道を切り開いて!!」
「言われるまでもねぇっすよォ!!」
展開されたテアトルの先は、まさに混乱の坩堝だった。
だが、その向こうで確かに息づく存在が──
「全部喰らい尽くしてやらぁぁ!!」
機械仕掛けの鉄槌を振りかざし、ヤマダが手ごろな位置にいたイーターを殴り飛ばす!!
その反応は半ば籠城のような状況になっていたチームAにも届いていた。
「テアトルが接続された…?」
目に見えない波のようなものを感じ取り、ミサキが彼方を見上げる。
するとその先で、多数のピグマリオンが左右に吹っ飛ばされながら光へと還っていく様子が彼女の目に飛び込んできた。
「あの荒々しいのは─ヤマダね。元気が有り余ってるようね」
軽くため息をつきつつ、彼女は得物を、結晶の槌を構えなおす。
そしてその隣に降り立ったのは、『青炎の獣』とでも例えるかのような巨狼。
ソレは一度鼻息を鳴らすと、ひしめく異形の群れへと飛び込んでいった。
入れ違いに銀色の光が煌く。
瞬間、彼女に迫っていたスラッパーが音もなく両断されていた。
彼女と目線があった瞬間、少女─ユキが得物である純白の日本刀を下げ、少し落ち着いたかのような表情と声音で口を開く。
「ミサキさん、ご無事でしたか」
「見ての通りよ。ヤマダは相変わらずだし…それとアヤはどこかしら」
「大丈夫です、私の少し後ろについてきています」
ユキの後ろをみやると、目を閉じ集中している姿の金髪のツインテール…アヤの姿。
その間にも、ピグマリオンは加速的にその数を減らし──やがて、全滅した。
それを感じ取り、シオリが戦いの終わりを宣告する。
「これにて終演です、テアトル、閉幕します──」
その声とともに、張り詰めた空気と隔絶された世界が巻き戻る。
ドールたちの衣装も戦闘用の「ドレス」から、アイドルとしての制服に戻っていた。
「さて」
深呼吸し、精神を落ち着けたシオリが陸斗と…顕現したままの二つの霊的存在、アサシンとアヴェンジャーと呼ばれた彼らの方へ向き直る。
「記憶喪失から回復したのなら、全部話してもらいますよ…藤丸くん」
その翡翠色の目は一切の揺らぎもなく、彼を見据えていた──