魔都新宿から帰還したその翌日。
チームBはトーク番組の撮影へ向かったという事で、わずかに活気が少ないドールハウスにて。
貸し与えられた地下室。
一時的とはいえそこの主となっていた陸斗が目を開くと、時計は8時を指していた。
「寝過ごした、か」
脳裏から反響するカルデアのざわめきをうっすらと思い出しつつ、彼は礼装に…カルデア極地用制服と呼ばれているソレに着替える。
紐付きのカードキーとペンダントを首にかけ身なりを整えると、部屋を後にした。
朝が早いからか、分析室と呼ばれていたその部屋は最低限の明かりしかともっておらず、辛うじて通路が分かる程度。
そもそも、彼自身は「戦える客人」であるため──
「余計なものは触らないに限るな」
と小さくつぶやくと、通用口の一つを開け廊下へと出ていくのだった。
時間が早すぎるために、人の気配が一切ない清潔すぎる廊下。
霊体化し彼の背後を固める燕青も、
「(清潔すぎて居心地が悪いくらいだぁな、ヘシロボは外の緑地をねぐらにしてるとよ)」
とどこか愚痴のように話すのだった。
* * * *
地下室から上がり、セキュリティにカードキーを通す。
その先は曲がりなりにもアイドルの女子寮であるがために、内心抜き足差し足と脳裏で思いつつ、エレベーターへと滑り込む。
──奇跡的にも、その姿は誰にも目撃されずに済んだ。
時間が朝だったことそのものが良かったのだろう、などと思いながら彼はエレベーターの数字を眺めていた…。
そして食堂に足を踏み入れると、年のころが同じほどと思われる少年少女の姿があった。
「あ、リクトさんおはようございます!」
「おはよ、サクラ」
そうあいさつを交わす間にも、彼は二人から一つ離れた席に腰かける。
「リクトさん朝ご飯はまだでしたよね、食べますか?」
「じゃあありがたく貰おうかな、簡単なものでいいからさ」
彼の答えにサクラは意を得たりというかのようにほほ笑む。
「お任せください!」
意気揚々とした足取りで厨房へと向かっていったサクラを目で追い、そのまま隣の颯に目を向ける。
そこで、つい先日チームBの三人から聞いた話を思い出した彼は口を開く─
「なあハヤテ、一ついいか?」
「うん?何か聞きたい事でもあった?」
「ドールズの…というかサクラの記憶も人格も一瞬で取り戻したって話、本当か?」
その言葉を認識した瞬間、食堂の空気がわずかに張り詰める。
「…誰から聞いた、ってのは置いとくよ。その話は本当だからね」
答えを聞き、陸斗はそれならばと次の質問を繰り出す。
「なら、他の皆の記憶もすぐ取り戻せるんじゃ」
「いや、そう簡単にはいかないんだ」
陸斗の質問にわずかにかぶせた言葉で、颯はその問いと答えを否定する。
「あくまで取り戻せたのは最も表面的なもの、人間的な感情だけなんだ。それ以上となると特殊な機器にドールズの誰かと一緒に乗り込まないといけなくてね」
「特殊な機器?」
「アパテイアっていうんだ。これまでの作戦でドールと化した皆の記憶はなくなったわけじゃなくて、精神の奥底にしまい込まれていることが分かってる。
それを…精神と記憶の姿を実体化させる機械という事だけは分かっているんだけど、それ以上の仕組みを説明しようとなると…」
颯の言葉に、陸斗はつい先日聞いた単語そのものを思い出す。
「精神へのダイブを行えるオーパーツって事か」
「この説明だけでわかるの?!難解だし突拍子ないと思うんだけど……」
颯の驚き交じりのセリフに、陸斗はどこか自嘲を含んだ声音で返す。
その説明で思い出したのは、ある油田基地の一幕だった。
「俺だって歴戦の旅人さ、思い当たることはある。しかし、精神へのダイブか。隠し事はお互いにできなさそうだな?」
「そうだね──美しいものも、目を背けたい物もたくさん見たよ」
そう言う彼の顔立ちは、どこか遠いものを見るようだった。
「それに…サクラが僕と同じ学校の同級生という事も思い出せたんだ。一緒に探し物をしていたこともね」
「──同級生、か」
そのセリフを口にした陸斗の顔に、わずかに影がかかる。
脳裏にうっすらとよぎったのは、周囲に心を開くこともなく打ち解けもできなかったかつての自分自身の姿。
そして、そこから遠く離れた地にいるはずの自身を先輩と慕ってくれている少女の姿や、戦友であり同胞でもある英霊たちの姿だった。
だがそれをかき消すと、彼は次の話を始めた。
「俺の学生時代はいまいちぱっとしなかったからなぁ。他には何かあったか?」
「ぱっとしなかった、って…失礼かもしれないけどリクトくんっていま幾つ……」
「俺か?年を覚えている奴がいれば21かな」
その答えに颯は眼を白黒させる。
「ぼ、僕より4つも上!?ごめん、失礼だとか思わなかった?!」
「気にすんな、極端に生意気な態度でもなければなんも問題ねぇからな。むしろお前はかなり丁寧な態度だと思うぞ?」
そんな彼のセリフに、颯は心底ほっとした表情を返す。
「よかった…」
そんな話を、厨房のサクラも聞いていた。
「(も、もうマスターったら…恥ずかしいじゃない……それに、リクトさんが私達よりお兄さんだったなんて)」
どこか顔を赤くしながらも、その手を止めることはない彼女だった。
「へぇ、リクトくん元山岳部だったんだ?珍しい部活にいたんだね」
「だろ?地元ならではの部活って言っていいと思う。で、ハヤテは陸上部だったのか」
「うん。走っていれば色んなことを考えないでいいから──」
話を続けようとして言葉を止めた颯につられ、陸斗も彼の目線を追う。
すると、ピンク色の髪に頭巾を巻き、トレイを持ったサクラの姿があった。
「あ、あのお邪魔でしたかっ?」
「いや、全然!話してたら腹もすいてきたしさ」
礼を言い、陸斗はサクラからトレイを受け取る。
その上には湯気を立てているおにぎりが三つと漬物の乗った長方形の皿、そして氷を浮かべた麦茶の入った湯飲み。
目の前へそれを置くと、彼は小さく目礼してそれを口へと含んだ。
「……」
「あの…?」
まず、無言で一口。
そこから後は止まらなかった。
物の数秒で、彼は一つ目のおにぎりを食べ終える。
「…美味いし、ものすごく心にしみた。暖かさを感じたのはいつぶりだっただろうな」
「そ、そうですか?」
「ああ。具も俺好みのツナマヨでよかったよ」
そう話し、彼は残りのおにぎりもほんのわずかな時間で食べ終える。
それを見ていたサクラも、釣られてほほえみを返すのだった。
そしていくらか後。
「そういえばサクラ、そっちにも聞きたいことがあったんだ」
「はい、何でしょう?」
小首をかしげた彼女に向け、彼は昨日遭遇した銀髪灼眼の麗人の事を思い出す。
「ハヤテが声を荒げていた相手がいただろ?あいつについて何かわかってることってあるか?」
その問いに、彼女はわずかに表情をしかめながらも答える。
「デウス、ですね。彼女は私たちをまがい物と呼んで、人間とは違う価値観のままに私たちと対立していました」
「人間と違う価値観、それに人間をヒトとも思わないか。
俺の知り合い…というかカルデアにいるサーヴァントでもそんな奴がいる」
「そうなんですか…よければどんな方なのか話してくれませんか?」
隠しきれない興味のままに彼女は話をせがむ。
無言の颯もそれに聞き入っているようだった。
それを見て取り、陸斗は話し始める。
「分かった──名前をエルキドゥっていう。
バビロニアの伝承にある、泥から作られた人形兵器さ」
「人形兵器…まるでサクラたちじゃないか」
「ああ。だがアイツは最初の世話人だった巫女から感情を学び、自分自身と同格のやり手だった若きギルガメッシュ王と会って無二の親友になった。だが、それは彼本来の役割からは外れていたのさ」
「役割、それにギルガメッシュ王……天の鎖の伝承かな」
思案顔で話す颯の言葉に、陸斗が意表を突かれた表情とセリフを返す。
「ハヤテ、バビロニア神話なんてわかるのか?」
「触りだけだけどね。伝承だけならこうでしょ?──『造られた目的から外れた人形兵器は神々の怒りを買い、泥へと分解される。そして目の当たりにした死を恐れ、ギルガメッシュ王は不死の探求を始める』」
「──当たりだ、と言っても俺も特異点の旅路の中で知った話だからな……」
「(感情を知った人形が神々の怒りを買い、元あった泥に還された…
「(では、人間だった私たちが神様の怒りを買ってしまったらどうなるんでしょう?)」
わずかな不安感を覚え、サクラは胸元を…「