オールマイトの話より一夜明け、煙羅は爆豪と緑谷に連れられ職員室に向かっていた。
「ついて来なくていいのに」
「うっせ、俺らも出すんだよ」
「あはは、かっちゃんも正直に言えばいいのに。煙羅さんを待ってたって」
「うるっっっせえ! 要らねえ事言うんじゃねえデク!」
軽い爆発を起こし、額に青筋を浮かべた爆豪が叫ぶと、緑谷が苦笑する。我が幼馴染みながら素直じゃない。
だが、だからこそ今の三人がある。
「まあ、ありがとな。待っててくれて」
「余計な事言うな。俺らが置いてったら、テメーは勝手にどっか行くだろうが」
「そうだよ。ほら、煙羅さん。行こう」
三人は職員室の扉を開けた。
一瞬、中に居た教師の数人がこちらを見るが、すぐに自分の仕事に戻っていく。
その中を、三人は遠慮無しに、自分達の担任の前まで進む。
「おら、進路志望だ」
「優等生二人を巻き込んで、締め切りの当日とは、中々嘗めた真似をするな。煙堂」
「うるせえ、さっさと受け取れや」
担任は三人の進路志望の用紙を受け取ると、その一枚である煙羅の用紙の、一番上の欄を見て鼻で嗤い突き返した。
「お前が雄英? 嗤わせてくれるじゃないか」
「はっ、嘗めんな。第一第二第三志望全部、雄英のヒーロー科だ」
心底馬鹿に仕切った声と共に突き返されたそれを、煙羅は口の端を吊り上げた笑みで、再び机に叩き付ける。
凶相、煙羅のその笑顔は〝黒腕〟を知る者誰もが、彼を思い出させる。そんな笑みだった。
その凶悪な笑みに気圧されたのか、たじろいだ担任の眼前に、煙羅は黒化させ自身の煙を纏わせた中指を突き出す。
「文句があんなら、アタシのこの指へし折ってから言いな」
担任の間抜けた面を写す指は、正しく黒曜石の如く艶めいていた。
「つー事があったんだよ、八木さん」
「うーん、人に中指を立てるのもあれだけど、教師云々より人としてどうなのその人?」
「クソ無能モブの事はほっとけ」
「あれでも一応は担任の先生だからね、かっちゃん」
半日授業の土曜日の今日、午前中に学校で起きた事を八木に愚痴りながら、三人は密かな溜まり場としている喫茶店で昼食を摂っていた。
「所で煙堂少女。君、勉強は大丈夫なの? あまり学校行ってないよね」
「ん? ああ、雄英の模試A判定余裕」
「え゛、本当に?」
驚く八木に、煙羅は親指を立てて応える。
「この頭脳明晰知識博識煙羅様にかかれば、雄英程度余裕余裕」
「デクに泣きついてた癖に、よく言うわ」
「ああ? アタシに点数で負けたバ勝己の癖に」
「んだとゴラア!!」
「かっちゃん、他の人がびっくりしちゃうからダメだってば。煙羅さんも挑発しないの」
「はーい」
「けっ」
仲の良い事だ。ほんの数日前までは、見られなくなっていた光景を微笑ましく思う。
あれは自分の軽率な言葉が引き金になった事で、それを申し訳なく思っていた。
――我ながら、律儀というかなんというか――
ヒーローである自分が、ヴィランの頼みを聞く必要は、本来は無い。
だが、
――あの女が育てるガキが、ヴィランになんぞなれるかよ。どうせ根性無しの泣き虫に育つ。そんな奴はヒーロー程度がお似合いだ――
実の娘に言う言葉ではなかったが、〝黒腕〟は煙羅を愛してはいたのだろうと、八木は感じていた。
計算高く狡猾な奴を捕捉出来た時期と、煙羅の母が彼女を身籠った時期は一致している。
あの男の計算の中に、愛の一文字は無かった。
だが彼はそれを知った。知ってしまった。
恐らく、最後の奴の狙いは母娘を自分達に守らせる事。
そして、〝自分〟をあの悪意の権化に渡さない事。
――〝黒腕〟、君は――
彼は愛を知るのが遅すぎた。もし、ほんの少しだけ歯車が狂っていれば、何かが違っていれば、煙羅は祖母と二人だけにならず、両親と過ごしていたかもしれない。
しかし、そうはならなかった。
「煙堂少女」
「なに? 八木さん。今、このバ勝己分からせるからちょっと待って」
「上等だゴルアアア!!」
「だから他の人の迷惑になるからやめなって! あ、オー……、じゃなかった。八木さん何ですか?」
「いや、雄英は授業厳しいから、サボりはダメだぞって話さ」
〝黒腕〟の真実は、今は自分の胸に留めておこう。
これから先、彼女がそれを知ろうとした時に話せる様に。
八木は三人の賑やかなやり取りを眺めながら、少し冷めた茶を啜った。
そして日は巡り、雄英高校の入学試験当日。
筆記試験は満足のいく出来に終わった三人は、晴天の下、いやに緊張した雰囲気の中リラックスした様子で、周囲を観察していた。
「しかし、こうやって見ると居るなあ」
「どうせ、俺ら以下のモブ共だ」
「かっちゃん、そういう事は言っちゃダメだよ」
三人に緊張は無い。いや、緑谷は緊張でガチガチに固まっているが、それでも怯えた気配だけは無かった。
〝夢を掴め! アメリカンドリームプラン〟
あの日から約一年程、嘗て、八木がオールマイトになる前に師と、もう一人に課せられた訓練内容を、調整した訓練により三人は以前よりも更に、体も心も成長していた。
その為か、周りからは予想よりも圧を感じず、現在の実技試験会場を観察する余裕もある。
――場所は市街地、ビル郡――
――せめぇし隠れる場所もありやがる――
――そして、ヴィランや理不尽は――
待ってくれない。
三人は煙羅を中心に、右に爆豪、左に緑谷で肩を組む様にして集まり、その一瞬を待った。
「なあ、君達一体何を……?」
『はいスタート!』
眼鏡を掛けた体格の良い男子が、声を掛けてきた瞬間、煙羅も聞き覚えのある声が、開始の合図をあっさりと告げる。
「出久! 勝己!」
「うん!」
「しゃあっ!」
突然の開始に呆ける他の受験生を置いて、三人は集団から飛び出す。
スタートダッシュは、オールマイトから〝ワン・フォー・オール〟を受け継いだ、緑谷の超パワーによる跳躍。そして、浮遊飛行の出来る煙羅に掴まる事で会場を俯瞰しつつ、爆豪の爆破による加速で一気に会場の中心に辿り着く。
八木のプランニングによる肉体強化で、緑谷は初期の頃の様に自壊する事無く、爆豪も細かな爆破のコントロールをものにしていた。
無論、煙羅も煙と化した体の更なる制御と、〝凝縮硬化〟との両立をものにしている。
そして、
「かっちゃん、右から来るよ!」
「見えてんだよボケがあ……!」
「出久! 前からぶん殴れ!」
三人の連携は、受験という場において異色を放っていた。迫るヴィランロボを、代わる代わる次々と撃破しては、どんどんと標的の密集地へと進んでいく。
爆豪が道を切り開き、緑谷が広い視野で二人に指示を出しつつ、更に標的の群れを瓦解させ、煙羅が二人のサポートを行い、討ち漏らしを叩いていく。
「おいおい、凄いのがいるな」
「蹴落とし合いの受験で連携か」
三人が絶え間無くロボを撃破していく、それをモニターで見る試験官であるプロヒーロー達は、素直に感嘆する。
プロ故に、三人の連携はまだ拙いながらも、完璧に近い域にあると分かる。
そして、三人がヒーローとして在るべき行動を取っている事も。
「ヴィランポイントもかなりですけど、レスキューポイントも中々ですよ」
「ああ、意識してるなありゃ」
三人は、試験内容として開示されたヴィランロボを倒すだけではなく、開示されていない部分、誰かを助けるレスキューポイントも高得点をマークしていた。
ヒーローの仕事はヴィランを倒すのではない。ヒーローは誰かを助けるのが、本来在るべき姿。
〝夢を掴め! アメリカンドリームプラン〟で、三人はそう八木に叩き込まれた。
それは理想に過ぎないかもしれない。だが、ヒーローという理想に、憧れになるには理想を体現する。
これが必要不可欠だ。
「三人共、折寺中学で爆破の子と、あれは強化系の子は内申と成績は問題無し。ですが……」
一人の試験官が、事前に渡された生徒の情報を見る。
爆豪と緑谷のページには、特に問題となる事項は無い。だが、煙堂は違った。
「数度の補導歴に、喫煙と飲酒に乱闘。それに反して、学業は優秀。……まあ、これに関しては、今までのヒーローにも居なかった訳ではない。だが、あの〝黒腕〟の娘か……」
一人のヒーローが、苦虫を噛み潰したかの様な声を漏らす。他にも苦い表情をする者が数人、溜め息を吐く。
判断の難しい相手だ。あの腕とプロフィールと、彼女の両腕を見る限り、あの〝黒腕〟の血縁である事は明白。
最悪のヴィランの娘が、ヒーローとなろうとしている。
これをどう見るか。不合格とするのは簡単だが、そうした場合彼女がどうなるか。想像出来ない者は居ない。
「僕は彼女を雄英に迎え入れるつもりさ」
そんなヒーロー達の葛藤を断ち切る様に、モニターの明かりに照らされた小柄な姿が口を開いた。
「彼女は確かに〝黒腕〟の娘だ。だけど、それと同時に彼女、〝スモーキー〟の娘でもある。ヒーローとヴィランの間に産まれた子が、父の悪名に負けずにヒーローとなろうとしている。この事は彼の悪名でも消せない事実だ」
それに
「子供が間違った未来を選ばず、正しい道に進もうとしているなら、それを支えるのがヒーロー、いや、大人としてあるべき姿だと、僕は思っているよ」
そう言う彼の手には、他の試験官が持っていない資料が一枚あった。
それはあの学校で、唯一と言っていい程、煙羅を気にかけていた生徒指導教員が、彼宛に送ったものだった。
「さあ、皆。先入観も忌憚も無い選択をしようじゃないか」
彼の背にあるモニターには、0ptと記された巨大ヴィランロボに、他受験生を背にして立ち向かう、三人が映し出されていた。
「バカ煙ぃ……!」
「分かってる! 出久……!」
「行って! 煙羅さん!」
――ストック全部使わねぇと無理だな!――
レシーブの要領で、緑谷が煙羅を跳ね上げ、一気に巨大ロボの眼前に躍り出る。
ロボが煙羅に反応して、右の拳を繰り出し、煙羅の体が弾け飛ぶ様に二分されるが、煙である煙羅に効果は無い。
「残念ハズレ、また来世ってなあ!」
巨大な拳によって二分された体、それを蛇の様に伸ばし絡み付き、巨大ヴィランロボの上半身を締め上げる。
「勝己、出久!! 早く、しろ……!」
抵抗するヴィランロボの動きを、自らの胴を凝縮硬化させて、締め上げを強くして制するが、それも長くは保たない。
次第に煙羅の伸びた胴は、薄くなり更に伸ばされ、あと十数秒と保たず千切られる。
「デク!」
「お願いかっちゃん!」
ロボに弱い爆破を叩き付け、一瞬だがセンサーを焼いた爆豪が、その反動で緑谷の元へ飛び、彼の手を取る。
「行けやぁっ……!」
緑谷の手を取った爆豪は、もう片方の手で連続の爆破を行い緑谷を伴い回転し加速、そしてその勢いのまま彼を射出した。
八木は言っていた。この力は理不尽に立ち向かい、誰かを助ける為の力だと。
なら、この力を振るう時は今だ。
「SMASH……!!」
煙羅が締め上げ拘束したヴィランロボが、緑谷の拳を受けた瞬間、耐える事すら出来ず破壊され、そのボディが瓦解していく。
まるで、その体を支えていた軸が喪失したかの様な様相は、その巨大さも相まって崩落と言って過言ではない。
「出久!!」
煙羅は拘束を解いて、落下する緑谷へと飛ぶ。
破片が邪魔だが、その程度のものは障害ではない。
「煙羅さん」
「出久、確り掴まってろよ」
緑谷を抱き抱える様にして、煙羅は迫る破片に右拳を構える。
――見とけやクソ親父――
黒曜石の如く輝く拳を固めて、煙羅は天に突き上げた。
全力で突き出された拳は、緑谷程の威力も、爆豪程の破壊ももたらさない。
煙羅の拳はもう、折れず砕けず曲がらない。
その決意を指し示す拳は、迫るヴィランロボの装甲を易々と砕き貫き、高々と晴天の空に掲げられる。
『タァーイムアップ!!』
試験終了を告げる声と共に掲げられた、煙羅の黒腕は彼女の決意を示すかの如く、艶やかに光輝いていた。
煙堂煙羅の秘密¦実は投げキャラ、一発よりコンボを繋げるタイプ
煙羅コスチューム
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軍服風
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作業着風