まだ寒さの残る日、煙羅が自宅で珈琲を淹れて飲んでいる時だった。
「煙羅、雄英からだよ」
「おう」
煙羅はそれだけを言うと、祖母の持ってきた茶封筒を受け取る。
合否通知書が入っているにしては、やけに重さと厚さがあるそれの封を開くと、白い封筒と六角形の機械が入っていた。
「んだこりゃ?」
煙羅が首を傾げ、その六角形の機械を眺める。一瞬、何時もの嫌がらせかと思ったが、確かに雄英高校からだったので、嫌がらせの線は薄い。
しかし、万が一を考え、祖母を下がらせた後、家に備えてあるベニヤ板で衝立と盾を作り、手に取った箒で機械のスイッチを押す。
『私が投影された!!』
「あ?」
どうやら、機械は小型のプロジェクターだった様で、煙羅が予想していた事は起こらず、よく知る姿が投影された。
「また、金掛けてんな」
『HAHAHA、煙堂少女。君に関しては、様々な事情を考えて、特別生放送でお送りしてるぞ!』
「マジかよ」
『それでさ、話は変わるけど、……その装備なに?』
「あ? また何時もの嫌がらせかと思って……」
『よし分かった! とりあえず聞かないでおくよ』
ヘタレめ。
八木の時から思っていたが、彼、オールマイトは妙な所でヘタレというか、ポンコツの気配があった。
煙羅からすれば、貴重なまともな大人だったので言わなかったが、煙羅の予感は正しいのだろう。
『ん゛ん゛、それでだね、何故私が投影されたかと言うと、合否を伝える為と今年から私も、雄英高校の教師になるからという事と、幾つかお知らせがあるからだ。まず、どれから聞きたい?』
「ふーん、じゃあ順番で」
『ううん、このあっさりガールめ。じゃあ順番に行こう!』
とりあえず、煙羅は手にした箒とベニヤ板を脇に置いて、少し冷めた珈琲を口に含んだ。
事情の事に関しては、まあ分かる。今までも届く筈の郵便物が届かなかったり、届いても無事な姿で無かったりしたのだ。
生放送という形にしておけば、
というか、合否を伝える為と言っているが、こんな大それた機械を送ってくるという事は、もうそれが答えになっていないだろうか。
煙羅は楽しそうに勿体振って、ドラムロールを口ずさむオールマイトが、なんだか哀れに思えてきた。
『ジャン! おめでとう煙堂少女! 君は合格だ!』
「だろうな」
『あれ? リアクションが薄い、……薄くない?』
「いやさ、オールマイト。……もしかして苛められてない?」
『え、何いきなり? ……いやいやいや! そんな事は無いぞ! うん!』
「そこで焦んなって、現実味が出てくるから」
やはりポンコツだったかと、頭を抱えたくなったが、珈琲を飲み干す事で代わりとした。
「幾つかのお知らせってのは?」
『スルースキル高めだね煙堂少女』
「今更イジメの一つ二つで、アタシが動じるかよ」
『ここぞばかりに闇が出てくるぅ……。まあ、気を取り直して、まずは入学後は皆、寮生活となる』
「雄英って、全寮制だったっけ?」
『この数年、雄英生徒というより、ヒーロー科のある学校の生徒に対する嫌がらせが増えてきててね。雄英は先んじて全寮制とする訳さ。これについては、同封している資料に書いてるし、後日保護者説明会を開くからね』
ちらっと、後ろで珈琲を淹れる祖母を見ると、黙って頷いていた。
全寮制ともなれば、煙羅に対する直接の嫌がらせは減るだろうが、問題はこの家に一人残る祖母だ。
祖母は一度襲撃されている。頭のイカれた愉快犯の仕業で、居合わせたヒーローのお陰でどうにかなった。あの事件から今までは落ち着いているが、その襲撃がまた起こらないとも考えられない。
祖母の護衛に、ヒーローを配置するという判断もあるだろう。
だが、煙羅はヒーローの護衛というものを信用していない。
母を殺したのは、公安に所属するヒーローだった。
母の葬式に来た、子供心に嫌悪感しか抱けない男と、ピンクと青のバイカラーの髪の女が、薄っぺらな謝罪をしに来た事を覚えている。
『煙堂少女、君の祖母君についての事だが』
「ヒーローの護衛なら、お断りだ」
『知っている。だが、警察では守りきれない事態も起こる事もあり得るのも事実』
だから、
『祖母君には、雄英高校にて住み込みで働いてもらいたい』
「こんな老いぼれに何させようってんだい? No.1ヒーロー様」
『煙堂少女の祖母君、まずは誠に勝手ながら、貴女の事を調査した事を謝罪します』
ホログラムの向こうで、オールマイトが真摯な態度で、煙羅の祖母に頭を下げた。
「頭を上げな、No.1ヒーロー様。あんた達は間違っちゃいない」
『しかし……』
「話が長い。短い婆の時間を無駄にするんじゃないよ」
『はい! では、祖母君。貴女は調理師資格をお持ちで、実務経験もお有りです。なので、貴女には煙堂少女の入学に合わせて、雄英高校の食堂にて、実務に就いて戴けないかと……』
「分かった」
『え! あ、宜しいのですか?』
「宜しいも何も、これに了承しなけりゃ、公安の護衛付きだろう? 誰が好き好んで、娘を殺した連中の世話になるものかね」
『あの事件に関しては、私も……』
「話は終わりさね。私は準備があるからね。煙羅、しっかり話聞いときな」
「おーう」
鼻を鳴らした祖母が、さっさと奥に引っ込むと、オールマイトは呆気に取られていたが、すぐに気を取り直して、話を続ける事にした。
『それでだね、煙堂少女。君の合格について、もう一つだけ、話があるんだ』
「んだよ?」
『……本当は私が話す事ではないんだが、君の内申点に関して、君の担任の先生が送ってきたものだと、君は不合格そのものだった』
「だろうな。アタシ自身がよく分かってる」
『だが、もう一枚。君の学校から送られてきた文書があった』
「はあ?」
自身の内申点については、言われずとも最悪だと理解している。あの担任が〝黒腕〟の娘である煙羅に、まともな評価を下す筈も無く、煙羅も煙羅でまともに相手をしなかったので、内申心証共に最悪だっただろう。
だから、送られてきた文書というものが、一体何なのか想像も出来なかった。
『内容と送り主は伏せさせてもらう。だが、これにはこう書かれていた。彼女は〝
「…………」
『他も、君がこっそり行っていたボランティア活動への参加等々、担任の先生から送られてきた文書には、記載されていなかった内容だった』
煙羅には送り主が判った。
唯一、学校で煙羅の事を気にかけ、事ある事に生徒指導室に呼び出しては、面倒な説教をしてきた生徒指導教員だ。
煙羅の進路を気にしていたのも、教員の中では彼だけだった。
『以上と、試験結果を鑑みて、雄英高校は君の入学を認めた。……長くなったが、来いよ煙堂少女! ここが君達のヒーローアカデミアだ……!』
「……ああ、行くさ。アタシ達三人でヒーローになる為に」
『あと、今日だけどこの後時間あるかな? 八木くんが君達に、話があるらしくってさ』
「話?」
『話というより、お祝いに食事でもどうかなって』
何やらモジモジしながら、オールマイトはそう言った。
彼と煙羅達の間で、オールマイトと八木ははっきりと別人として扱うと、事前に話をつけてあった。
私人として三人に接する時は八木、ヒーローとしてはオールマイト。彼の秘密を守る為の判断だったが、肝心の彼が妙な所でポンコツなので、中々に苦労した思い出がある。
なので、八木として話があるという事は、大事は大事だが、特に重要な話ではないという事なのだろう。
「いいぜ、八木さんにも伝えといてよ」
『うん、ごめんね? おじさんの用事に巻き込んじゃって。あ、待ち合わせは何時もの海岸だってさ』
「いいよ。じゃ、八木さんに宜しく」
オールマイトが頷いたのを確認して、煙羅はプロジェクターのスイッチを切った。
天井を見上げ、一つ溜め息を吐く。重いものではなく、軽い息。密かにのし掛かっていた重圧から、解放された吐息をもう一度吐いて、煙羅は片手で目元を覆った。
「ババア、今日の晩飯は要らねえ」
「分かったよ。……あと、煙羅。出ていくなら、顔洗って化粧して行きな。泣き腫らした目で、祝いの場に行くもんじゃないよ」
「……るせえ」
「はい、という訳で、三人共に合格おめでとう!」
「さみぃんだから、さっさと行こうぜ」
「かっちゃん、ご馳走になるんだからさ」
「つか、マジで寒い。出久、暖めてー」
「わ! 煙羅さん?!」
頭から足先まで、防寒着に身を包んだ完全防備でも、まだ突き抜けてくる寒さの中、四人は合流した。
「だぁっー! 目障りだからいちゃつくなや!」
「はー? 別にいいじゃん。なー、出久?」
「あのね、煙羅さん。僕は別にいいけど、かっちゃんの顔がスゴい事になってるから離れよ?」
「HAHAHA、相変わらずで何よりだ」
夕暮れ時の海岸、普段から人の居ない寂れた場所。
潮風でボロボロの、錆の浮いたベンチとお情け程度の緑である手入れのされていない茂み。
一応は海水浴場でもあるので、テトラポット等は無いが、それだけだ。
何も無い場所。ここが三人のヒーローとしての出発点。
「さ、行こうか。と、その前に煙堂少女」
「なに? 八木さん」
「私は君に謝らねばならない事がある」
そんな場所で、にこやかだった八木が、急に畏まった様子で頭を下げた。
「あの日、君にここで会ったが、実は私はあの日が君と初対面という訳ではない」
「あー、もしかしてオールマイトで、どっかで会ってた? いや、でも会った覚えは……」
「覚えていないのも無理はない。……私は君が産まれた日、つまり母君の出産に立ち会っていた」
無言。煙羅は何も言わない。
勿論、二人も同じく。
「私という立場上、それ以上に君に関わる事は出来なかった。そしてその結果……」
「八木さん、いや、オールマイト。ババアも言ってたけど、あんたに非はないよ」
「しかしだね……」
「はいはい! この話は終わり! 飯の前にする話じゃないって」
煙羅は強引に八木の話を切り上げると、爆豪と緑谷の肩を叩いた。
「アタシには二人が居て、あんたも居る。……今はそれでいいんだ」
「……分かった。ごめんね。ご飯前にこんな話して」
「まったくだ。ほら、行こうぜ。お詫びに、とびきりに高い店な?」
「HAHAHA、そう言うと思って、とびきりにお高い焼肉屋を予約しておいたのさ!」
「よっしゃ! 食うぞ、デク! 食ってこいつ破産させたらあ!」
「かっちゃん、遠慮! 遠慮!?」
「HAHAHA、気にする事なく食べなさい」
八木は肩を並べて歩く三人の背中に目を細めた。
平和の象徴として、何十年と在り続け、そして今は終わりを迎える身。
だが、悲観は無い。こうして、未来を紡ぐ若者達が確かに居る。
年老いた。八木は苦笑し、もう一度前を見た。
――あれは……――
それを見せたのは、人の思いを受け継いでいく個性の残滓だろうか。
それは煙羅の背後に居た。小柄な影と大柄な影。寄り添う様にして立つ姿は、嘗て見られなかった姿。
――まったく……――
もう一度目を凝らすと、二人は見えなくなった。
だが、確かに大柄な影の方は、こちらに中指立てていて、小柄な影に叩かれていた。
その事にまた苦笑する。
この事は自分の胸の内に留めよう。
「おーい、八木さん早くー」
「ああ、今行くよ」
三人の背中を追うようにして、八木は歩き出した。
自分は永くはない。だが、必ずこの子達を育て上げよう。
そう決めた。
「おい、バカ煙羅。俺ら三人でトップヒーローになんだ。もう逃げんなよ」
「なろう、煙羅さん。僕達三人で」
「ああ、なるさ。アタシ達三人でヒーローに」
ヒーローにはなれない。
ヴィランになるしかない。
そう思っていた。
だが、現実は違った。
煙堂煙羅はヒーローになれる。
これは、ヴィランの娘だからヒーローになる事を諦めていた少女、煙堂煙羅がもう一度ヒーローを目指すまでのお話。
はい、最終話で御座います。
如何でしたでしょうか。
この後、学校編で物間くん辺りが煙羅の地雷源でブレイクダンス踊ったり、神野編で記者が煙羅の事で爆弾ぶちこんだり、梅干しおじさんと煙羅パパの因縁が彰かになったりならなかったりする予定でしたが、拙作はここで完結とさせていただきます。
元は身内の罰ゲームから始まった拙作、致命的な説明ミスをかましたりしましたが、予想外な高評価をいただきまして、皆様に感謝が絶えません。
誠に有り難う御座います。
最後になりますが、高評価、お気に入り登録をしてくださった皆様、誠に有り難う御座います。
そして、素敵な原作〝僕のヒーローアカデミア〟の作者である堀越耕平先生に最大級の感謝を。
Plus Ultra
煙羅コスチューム
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軍服風
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作業着風